天国を観察した科学者ガリレオ・ガリレイ【第133号】
2️⃣ガリレオの観察は神話を地上へと取り戻す営みでした
3️⃣神話と人間をつなぐものは「観察」なのです
いちです,おはようございます.
今週,アップルの開発者向け年次大会WWDCが,カリフォルニアのアップル本社で開かれました.

アップルVision Pro装着イメージ.ユーザの目の部分は外部ディスプレイに描かれたCGです.
このWWDCでアップルは新製品「Vision Pro(ビジョン・プロ)」を初公開しました.Vision Proは頭に装着するコンピューターで,単体でデスクトップコンピューターのように使うことができます.学生の頃,研究室の先輩が数キログラムもある超巨大ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を被り,さらにデスクトップコンピューターをカートに乗せてごろごろと引っ張っていたことを思い出すと,テクノロジーは30年で昇華していくものだなあと感じます.
Vision Proで僕が一番気になった機能は,装着者の目元をCGで再現して外向きディスプレイに表示する「逆パススルー」技術でした.アップルは本技術をEyeSight(アイサイト)と呼んでいます.CGの研究者が言うのもアレですが,フェイクの顔をメガネの上に表示するのって,目元から感情を読み取る文化を持つ日本や他の東アジア各国ではどのぐらい受け入れられるのか関心があります.意外とこういうところから文化は変わっていくのかもしれませんが,暗い部屋だと目だけ光ってるんですよね……?
さて,この号では「観察」をテーマに,本誌【第100号】「科学者をリレーした『時間』のバトン」でご紹介した科学者ガリレオ・ガリレイを改めて取り上げたいと思います.
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《目次》
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ガリレオが見上げた空
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望遠鏡と月・木星・土星
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太陽
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ガリレオが取り戻したもの
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
ガリレオが見上げた空
カリフォルニア州ロサンゼルスに「ゲティ・センター」という美術館があります.世界の美術品が集められていて,ルパン三世になった気分になれる場所です.今週お届けするお話は,この美術館に収蔵されている,次の作品と関係があります.

アントワーヌ・カロン:異教徒の哲学者を改心させたアレオパゴスのディオニシオ
フランスの画家アントワーヌ・カロンの1570年頃の作品「異教徒の哲学者を改心させたアレオパゴスのディオニシオ」は,当時の日食をモデルに描いたものと考えられています.この日食ですが,絵の所有者ゲティ・センターでは1571年1月25日または7月22日の日食と推定しています.ただし16世紀の日食リストを確認すると,フランスから1571年の日食が見られた可能性は低く,おそらくは1567年4月9日金環皆既日食をモデルにしたのではないかと,僕は考えます.
この日食の日,ガリレオ・ガリレイは3歳でした.
習い事は数え7歳(満6歳)からと言う通り,3歳では何も覚えていないかもしれませんが,それでもガリレオの家族はガリレオに繰り返し日食の話を聞かせたのでしょう.音楽理論家という,時代的には数学者のような存在で,なおかつアーティストでもあった父ヴィンチェンツォは,ガリレオにときに天空の神秘を話して聞かせたかもしれません.
ガリレオは晩年に視力を失うのですが,それまではいつも,天体の観測をしていました.
望遠鏡と月・木星・土星
1609年ですからガリレオが45歳のとき,彼はオランダで望遠鏡が発明されたという噂を聞きつけて,望遠鏡を自作します.オリジナルの望遠鏡はオランダのメガネ職人ハンス・リッペルハイによるものと考えられていますが,結局この望遠鏡は「ガリレオ式望遠鏡」という名で歴史に残りました.ずるーいっ,とは思わないでください.ガリレオは望遠鏡デザインを創意工夫し,世界ではじめて天体観測に耐えうる望遠鏡を独力で組み上げたのです.
そうなんです,ガリレオは自作の望遠鏡を天体へ向けました.
いいですか,17世紀に望遠鏡を天へ向けたのですよ.現代の日本の感覚で言えば,女湯を望遠カメラで覗くようなものでしょうか.フランス人男性の友人に「なぜ日本人は見るだけで満足するのか.我が国では(以下略)」と問い詰められた日を思い出します.
ガリレオははじめて見た月の様子をスケッチしています.「宇宙人の目撃者に限って絵が下手」という法則がありますが,ガリレオは絵も上手でした.本誌【第100号】でご紹介したものとは別の,ガリレオによる月のスケッチを掲載しますね.

ガリレオによる月のスケッチ
ガリレオが見た月には,大地があり,海がありました.少なくともそのように見えました.生命力にあふれているのは地球だけではなかったのです.これは大発見!
さらには木星を観察し,木星を中心にまわる4個の「木星の月」を発見します.この木星の月は現代に至るまで「ガリレオ衛星」と呼ばれ,すべての天文学者たちに愛され続けています.ガリレオ衛星は,天が地球を中心に回っているのではないことを明確に示す証拠なのです.
ガリレオは土星も観察しています.彼の望遠鏡では土星の輪がきれいに分離して見えず,球体に「とって」がついたような形状に見えました.完全な球体ではない星の発見は,鼻血がでるほどの驚きだったでしょう.
太陽
そして,ガリレオは望遠鏡を太陽にも向けたのです.
これは,絶対に,絶対に真似してはいけないことです.視力を失います.事実,ガリレオはその結果視力を失いました.ただ,ガリレオ以前に望遠鏡がなかったことを考えると,ガリレオに「望遠鏡を太陽に向けてはいけない」という知識がなかったことを責めるわけにはいきません.フグをはじめて食べた人に「ほらね」と言えないのと同じです.
記録でわかっている範囲では,望遠鏡をはじめて太陽に向けたのはガリレオではなくイギリスの天文学者トーマス・ハリオットで,1610年だったようです.ガリレオも太陽を見たに違いないのですが,記録に残したのは1612年からでした.実は月のスケッチもハリオットのほうがガリレオよりも数ヶ月早かったことがわかっていますが,こちらは誤差の範囲と言えるかもしれません.

ガリレオによる太陽のスケッチ
テキサス州ヒューストンにあるライス大学は,ザ・ガリレオ・プロジェクトとしてガリレオのスケッチを公開しています.その中の一点が上に示した,太陽表面のスケッチです.このスケッチには「太陽黒点(Sunspot)」が精緻に描かれています.太陽黒点の存在はアジアでは紀元前800年以前から,ヨーロッパでは紀元前300年頃から知られていたのですが,詳細なスケッチはガリレオによるものがはじめてです.
太陽でさえ完全無欠な光球でないことを,ガリレオは観察によって示したのです.
ガリレオが取り戻したもの
ガリレオが望遠鏡を天体へ向けたのは17世紀のことでした.彼はすべての惑星に望遠鏡を向け,金星の「満ち欠け」も見つけています.これもまた当時信じられていた天動説を否定する根拠となりました.
ガリレオのもうひとつの発見は,天の川の本当の姿でしょう.天の川はイタリア語で「ラ・ヴィア・ラッテア(La Via Lattea)」で「乳の道」という意味です.ミルキー・ウェイですね.ちなみに牛乳ではなく,女神ヘラの母乳です.ギリシア神話の最高神ゼウスの妻,女神ヘラ,ローマ名ユノですね.ガリレオは天の川を観察して,それが無数の星々からできていることを突き止めました.
ガリレオはひとつひとつ,当時の「神話」を地上の営みへと取り返していったのですね.
1994年にロサンゼルスを大規模な停電が襲いました.人々は夜空に謎の光が見えたことを不思議がり,地元天文台へ問い合わせたそうです.(911へ通報したという説もありますが,都市伝説のようです.)
いつの時代も天体は神秘的なのです.その神秘的な現象を,僕たちの「科学」へとつなぐものが「観察」なのです.
今週の書籍

なぜ人間は宇宙に存在するのか? 人気の素粒子物理学者が物質の起源に迫る120分の超絶講義.◆宇宙はどのように誕生し,今の姿になったのか? 140億年後を生きる人類は,加速器という装置を作り出し,宇宙が生まれた瞬間――100兆分の1秒後にまで迫っている.なぜそんなことができるのか,人気素粒子物理学者がその仕組みをわかりやすく解説.ラーメンをフーフーする理由とは? マカダミアナッツチョコのナッツだけを人類は食べることができない? スキーに行った修学旅行生は夜,何をしているのか?――宇宙誕生の謎を巧みな比喩と共に描き出す.
人類の宇宙への飽くなき追求を面白おかしく語ってくれている書籍です.読み始めたら止まらないです.
今週のTEDトーク

宇宙物理学者ミホ・ジャンヴィエは太陽嵐を研究しています.太陽嵐とは,太陽から飛び出した粒子の巨大な雲で,地球での生活を混乱させる可能性があります(一方で素晴らしいオーロラも発生させます).1千万ケルビンに達する太陽の大気をどのようにして研究するのでしょうか?数学を使うんです!TEDフェローである彼女が,太陽が地球上にいる私達に与える影響をより深く理解するための研究について語ります.
太陽の観測は,いまや地球規模の関心事です.なぜ太陽を観測しなければいけないのか,太陽を観測すると何がわかるのか,ぜひこのTEDトークでご確認ください.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
一般的に市販されていない野生のモノで「美味しいので一度は食べてみるべき」というモノはありますか?
高尚な回答が並んでいる中,貧乏くさいものでお恥ずかしいのですが……僕はヤブガラシ(別名を貧乏葛)を挙げたいと思います.
ヤブガラシは市販されていません.と言うか,日本ならどこにでも生えています.それでいて,アク抜きをして天ぷらにするとそこそこ美味いです.
一度は試される価値があると思います.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
今週,Facebookで知人から「ZEN大学」という新設大学の教員になる予定だとの通知を受け取りました.YouTubeでCMを見て意味が分からなくなり,設立発表会の中継をリアルタイムで視聴して余計にわけがわからなくなったのですが,後追いでZEN大学発表会実況&振り返り生放送を見てようやく理解しました.本当に大学を作るのですね.
さきほどの「振返り生放送」で面白かったのは,大学で見かける「求道者」のような研究者が,誰かの人生の役に立っているという話でした.研究成果が巡り巡って人類のためになっているという壮大な話ではなく,ただそのストイックな姿勢が学生に「刺さる」こともあるという話です.
僕はどちらかと言うと豪快な研究者たちに影響を強く受けてきたほうだと思うのですが,学部時代に師事した天体物理学者のストイックな姿勢にどこか憧れを持っているようにも思います.
皆さんはどんな先生の影響を受けましたか? ぜひこのメールに返信してお知らせください.
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では,また来週,お目にかかりましょう.
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ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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