科学者をリレーした「時間」のバトン【第100号】

STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです．国内外のSTEAM分野（科学・技術・工学・アート・数学）に関するニュースを面白く解説するほか，今週の書籍，TEDトークもお届けします．芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方，古代エジプト好きな方にとくにおススメです．

いちです，おはようございます．

今年は美術にとって災難な年です．先週，ゴッホの「ひまわり」にトマトスープが投げつけられました．また 本誌【第81号】でご紹介したとおり「モナ・リザ」にクリーム・ケーキが投げつけられています．

ほんと，美術へのやつ当たりはやめていただきたいものですね．自称「環境活動家」に伝わればいいなと思って，英語版The STEAMにも記事を掲載しました．僕たちは微力だけれども，無力というわけでもないと信じています．このSTEAM NEWSの読者の皆様も「STEAMボート」に乗り合わせた仲間として，一緒に航海していければと願っています．

そんなことを願いつつ，この連載もお陰様で【第100号】を迎えることができました．本当にほんとうに，ありがとうございます！

そしてそして，このニュースレターの音声版「STEAM.fm」も歩調を合わせて「エピソード100」をお送りできました．音声版のほうは，僕の大好きなポッドキャスト「サイエントーク」のレンさんの企画に取り上げて頂けることになりました．

こちらも，音声版を聞いて下さっている皆様のお陰です．

ほんまありがとうございます．

さて，今週は僕がずっと目標にしている科学者，ガリレオ・ガリレイについて，彼が本当に見つけたものは何だったのかというお話を，数式抜きでしたいと思います．

暑苦しく語ると思いますが，急に寒くなってきましたので，カイロと思って読んで（聞いて）頂ければ幸いです．

【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています．ときどき裏話をつぶやいています．ツイッターアカウントをお持ちの方は是非ご参加ください．

• 音楽家に生まれて

• ガリレオが見つけたもの

• 世界初の科学ジャーナリスト

• 有罪判決と死

• ガリレオがアルベルトに贈ったもの

• 今週の書籍

• 今週のTEDEdトーク

• Q&A

• 一伍一什のはなし

イタリアでは，真の天才は下の名前だけで呼ぶそうです．レオナルド（ダ・ビンチ），ミケランジェロ（ブオナローティ），ラファエロ（サンティ），ダンテ（アリギエーリ），そしてガリレオ（ガリレイ）．

この習慣にしたがって，僕たちもガリレオと呼び捨てすることにします．

ガリレオがピサに生まれたのはユリウス暦の1564年2月15日．ユリウス暦は1582年10月4日まで用いられ，その翌日がグレゴリオ暦1582年10月15日となりましたから，ガリレオは10日間だけ生き急いだことになります．（＊）

（＊ガリレオはグレゴリオ暦1600年をまたいで生きていますが，この年は400年に1度の閏年にあたるため，ユリウス暦とのずれが生じません．）

ガリレオはピサ大学で医学を志しますが，途中で飽きてしまったのか，ひょっとしたら学費が尽きてしまったのか，4年で中退します．その後，数学や，現代の言葉で言う物理学を独自に研究し，頭角を現しました．彼は25歳でピサ大学に数学の教授として舞い戻っています．その後28歳でパドヴァ大学の教授になり，数々の発見を成し遂げます．

この間，父であり音楽理論家，作曲家，演奏者であったヴィンチェンツォ・ガリレイが亡くなっていて，そのために弟のミケランジェロ・ガリレイの面倒を見ています．ミケランジェロ・ガリレイは父を継いで音楽家になっています．

そんなガリレオですが，パドヴァ大学で「落体の研究」を行っています．「ピサの斜塔から重い球と軽い球を同時に落とした」と語られていますが，実際には斜面上を重さの異なる球を転がして実験したと考えられています．また，振り子が揺れ幅にかかわらず揺れの「時間」が同じであることも発見しています．当時はストップウォッチがありませんでしたから，脈で測ったと言われています．ここら辺は医学を志したガリレオならではの発想かもしれません．

1609年，ガリレオはオランダで「望遠鏡」が発明されたという噂を聞き，なんと自作してしまいます．ガリレオはこの望遠鏡を使って「とんでもないもの」を発見します．

まず彼は「月」を望遠鏡で見ました．月って神秘的ですよね．当時は夜の街明かりも今に比べれば格段に暗かったわけですし，赤みがかった温度の低い炎の色でしたから，白く輝く月は現代人にとっての月よりも異世界感があったでしょう．

その神秘の月を望遠鏡で見たのです．

そしてガリレオは発見しました．月には陸や海があるということを．もちろん，ガリレオの小さな望遠鏡では，月に水があるのかどうかまではわかりませんでした．しかし「海のようなところ」が見えたのです．天文学者がいまでも玄武岩の平原を「海（mare）」と呼ぶのはこれが理由です．

陸や海があるということは，月は地球と同じ天体ということです．人類ははじめて，地球が宇宙で唯一の「地面」ではないことを知ったのです．

1610年，ガリレオは望遠鏡で木星を観察します．そして，木星を中心に回るよっつの「月」を発見します．この「木星の月」は「ガリレオ衛星」と呼びます．人類ははじめて，地球以外を中心に回る天体を発見したのです．

コペルニクス，そしてケプラーが唱えていた地動説を信じかけていたガリレオは，ここに至って確信します．太陽が地球の周りを回っているのではなく，地球が太陽の周りをまわっているのだと．

1613年，ガリレオは望遠鏡で太陽を観察しました．これは絶対にやってはいけないことなのですが，当時は目を痛める危険性が知られていなかった，というよりは他に誰も望遠鏡を持っていなかったので，ガリレオの無知を責めるわけにはいきません．

ともかくガリレオは太陽を拡大してみました．そして太陽には「黒点」というシミがあることを発見しました．完全無欠であるはずの太陽，全宇宙の中心たるべき太陽にシミがあるとはどういうことでしょう．

太陽もまた，我々の住む地球や月，木星と同じように同格の天体だったのです．

1632年，ガリレオは彼の発見を「天文対話」という本にまとめます．ところで，なぜ報告書なのに「対話（ダイアログ）」だと思いますか？

まず，ガリレオは本書をイタリア語で書きました．当時は，学術書と言えばラテン語と決まっていたのです．同時代のコペルニクスもラテン語で書いていますし，1687年のニュートンもラテン語で書いています．しかし，ガリレオは誰でも読めるようにと，イタリア語で書いたのです．

しかも，ガリレオは「天文対話」を本当の「対話」にしたのです．登場するのは架空の哲学者「サルビアーティ」と，架空の一般人「シンプリチオ」そして，間を取り持つ「サグレド」です．シンプリチオはイタリア語の「センプリチェ（semplice）」つまり「素朴」を人物名風にしたものでしょう．日本語にたとえると「バカボン」ですね．

シンプリチオ（バカボン）は頑固に古い説を支持するのですが，サルビアーティに「論破」されてしまいます．

「天文対話」を書いたガリレオは，世界初の科学ジャーナリスト，科学コミュニケーターかもしれません．最先端の科学を，世界ではじめて，母国語でわかりやすく一般向けに書いたのですから．

しかしガリレオは，同年ローマ教皇庁から出頭を命じられます．

1633年，ローマ教皇庁検邪聖省からガリレオは有罪の判決を受けてしまいます．理由は諸説ありますが，ローマ教皇の側近が「このシンプリチオ（バカボン）とはローマ教皇のことであります」と吹き込んだからとも言われています．

ガリレオは以後，フィレンツェ郊外アルチェトリの別荘に軟禁されます．太陽を直接見たことがたたって，1937年に片目を失明，翌年にはもう片方の目も視力を失います．

それでも探究心は衰えず，最晩年には「振り子時計」を発明しています．振り子の観察から50年前後が経過していました．

1642年，ガリレオはアルチェトリで亡くなります．異端者として有罪判決を受けたガリレオの葬儀は許可されず，正式な葬儀は1737年3月12日まで持ち越されました．死後95年が経っていました．

1965年にローマ教皇パウロ6世がガリレオの裁判の見直しを始め，1992年，ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が裁判の誤りを認めて，ガリレオに謝罪しました．死後350年の出来事です．

ガリレオは後の人類にかけがえのないものを贈ってくれました．それは「科学」という方法です．彼は，この宇宙が数学という言葉で書かれていることを信じました．しかし，ガリレオはアリストテレスのように「数学ポエム」にとどまりませんでした．ガリレオは宇宙を「観察」してはじめて，何が書かれているかを知ることができると訴えたのです．自身の人生をかけて．

ガリレオは振り子の振れ時間がいつも同じ時間になることを発見しています．ピサの教会のシャンデリアを見て発見したとする説もありますが，確かではありません．先述したとおり，当時はストップウォッチが無かったので，ガリレオ自身の脈で時間を計りました．

ストップウォッチが無かった時代，物体の運動を扱う学問は「幾何学」の一種でした．時間が計れないのですから，仕方ないですよね．

ガリレオは振り子の往復を数えるとストップウォッチになることを発見し，それ以降，物体の運動を時間の問題と捉えるようになります．大雑把に計算すると，1メートルの振り子が端から端まで振れるのが1秒です．偶然にしてはきりが良いなあと思われるかもしれませんが，偶然ではありません．メートル法のほうが合わせているのです．ガリレオの発見からおよそ200年が経っていました．

ガリレオが空間に加えて時間というものを，彼が創始した「科学」の中に埋め込みました．アイザック・ニュートンはそれぞれを「絶対空間」「絶対時間」と呼びました．空間と時間は独立に，過去から未来まで普遍に存在すると仮定したのです．

20世紀初頭に電磁気学が急速に発展すると，ニュートンの「絶対空間」「絶対時間」のどちらかを修正する必要が出てきました．

1905年，スイス特許庁3級技術専門職員アルベルト・アインシュタインは「絶対空間」「絶対時間」のどちらかを修正するのではなく，最初から「時空間」という考え方を持てば万事解決することを主張します．「時間」の発見から300年と少しが経っていました．

この話は少しマニアックになりますので【第100号別冊】でお届けしたいと思います．【第100号別冊】はSTEAMボート乗員（読者様）全員にお届けしますね．

最後に，アルベルトが宇宙について語ったことを引用します．

本当に不思議ですよね．

ガリレオは，宇宙が誰にでも理解可能だということを示すために魂を捧げたと，僕には思えます．

小山宙哉：宇宙兄弟

「宇宙兄弟」です．

宇宙へ向けて，思いっきり想像力の地平を広げてくれる，おもしろいマンガです．

是非ぜひ読んでみてください．きっとはまりますよ．

ニール・ドグラース・タイソン：もっとも人間らしい活動（日本語字幕）

もし存命中の人物の中で，誰を一番の目標にしますかと聞かれたら，僕はニール・ドグラース・タイソン博士を挙げるでしょう．彼は天文学者で，科学コミュニケーターで，主にコメディ作品に出演する俳優です．

そんな彼からの，とても大切なメッセージを共有させて頂きました．

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています．普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ，こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます．

今週はこちらのご質問から．

アラブの春が始まる直前のエジプトでの出来事です．

先に現地入りしていたエジプト調査隊メンバーと連絡がつかなくなりました．政府がインターネットへの接続を遮断したためです．報道も厳しく制限されており，また日本のメディアが比較的無関心であったこともあって，日本国内ではリアルタイムに情報が入ってこない状況でした．

僕はアルジャジーラやBBCの報道を翻訳ツイートしつつ，調査隊メンバーとの連絡手段を模索しました．日本から唯一通じたのが，現地のVodafoneでローミングされたソフトバンク携帯のSMSでした．送受信に1回100円かかる大変高価な通信手段でしたが，背に腹は代えられないため，支払うつもりでいました．

現地の河江肖剰さん（@yukinegy）から状況が連続して入ってくるようになってから，当時ツイッターを積極的に使われていたソフトバンクの孫正義さん（@masason）に，エジプトとのSMSを無料にしてもらえませんかとお願いしてみました．

その翌日，通勤中の電車内で，孫さんからのツイートを受け取りました．

SMS無料よりも，仲間になってくれる人がいたこと，僕のツイートをたくさんのひとがリツイートしてくれたことが嬉しくて，混み合った阪急京都線の車内で膝をついて泣きました．

これが，僕にとって血が沸くほど興奮したエピソードです．

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています．質問をお待ちしております．

当初は【第100号】だからといって特別なことはしないつもりでした．

しかし，ガリレオについて書き始めてみたところ，久しぶりに1万字を超えてしまったので，後半は【第100号別冊】のほうでお送りすることにしました．

改めて，ニュースレターを読んで下さった方，感想を下さった方，共有して下さった方すべてに感謝いたします．ニュースレターの「読んだよ」ボタンを押してくださるのも嬉しいです．

また配信プラットフォームtheLetterの至さん（@itarumusic）とおぎたさん（@kai_ogita）にも，スタートアップで超絶に多忙なはずなのなか，心のこもったサポートをして頂きました．感謝です．

中には「STEAM NEWSが届くと金曜日だと気付くんですよね」と言ってくださる方もいらっしゃいました．エジプトでは週末が木曜日，金曜日になるので，当初はこれでエジプト出張中も週末を利用して書けるなと思っていたのですが，時差のことをすっかり忘れていました．が，金曜日配信はすっかり僕のリズムにもなりましたので，金曜日配信を続けます．

音声版のほうは木曜日の夜から週末にかけてのどこかでほぼ毎週配信しています．番組後半で余談もお話ししていますので，こちらも併せてお楽しみ頂ければ幸いです．

最後になりましたが，STEAM NEWSはSTEAMボート乗組員（有料購読者様）のご寄付によって運営しています．【第100号】までこぎ着けられたのも，乗組員ひとりひとりの支えがあったからです．深く深く感謝申し上げます．

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今週も最後までお読みいただきありがとうございます．メールでお読み頂いた皆様は，よろしければボタンを押して行ってくださいませ．（ボタンは匿名化されています．集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません．）

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では，また来週，お目にかかりましょう．

ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗（いち）

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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