【第18号】フランス革命とメートル法

135年前の今日,日本政府が移行を宣言したメートル法とは?
金谷一朗(いち) 2021.04.16
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いちです,おはようございます.

普段何気なく使っている「メートル」という単位.日本では計量法によって,長さを表示するときは必ず「メートル」を使わないといけないと決まっています.日本古来の「里」とか「尺」とかを使ってはいけないということですね.

日本政府は1886年(明治19年)4月16日に「メートル条約(明治19年4月20日勅令)」を公布しました.135年前の今日です.この時代はまだ日本古来の単位を使ってもお咎めなしだったのですが,1966年(昭和41年)には厳格なメートル法への移行が政府によって指示されました.当時は随分と行き過ぎた取り締まりもあったようですが,永六輔さんによる「尺貫法復権運動」もあってか,取り締まりは徐々に下火になったようです.

日本で法的に認められている単位は長さのメートルの他に,質量(重さ)の「グラム」,時間の「秒」などがあります.これらの単位は「国際単位系」として世界標準に定められています.もっとも,世界最大の国,アメリカ合衆国だけは国際単位系を使っていません.ほんと,いい加減にしてほしいものです.実際,アメリカが国際単位系を採用していなかったばかりに,1999年に火星探査機を失っています

この国際単位系,英語では International System of units と言うのですが,略称はISではなくSIです.フランス語の Système International d'unités から来ているんですね.なぜ英語ではなくフランス語由来かと言えば,SIの元になった「メートル法」がフランス発祥だからなのです.そもそも「メートル」だってフランス語なんです.このメートル法は,フランス革命中の1791年にフランス議会で決議されたのです.

メートル法を初めて提案したのはフランスの政治家タレーラン=ペリゴールとされていますが,数学者ニコラ・ド・コンドルセ侯爵とする説もあります.コンドルセ侯爵は「人々が真に平等であるため,また真に自由であるため」に,新しい普遍的な単位が必要だと考えたのです.

この頃,フランスで何があったのでしょうか.

フランス革命

1789年7月14日,フランスで群衆がバスティーユ要塞監獄を占領しました.これが「フランス革命」の始まりです.絶対王政をとっていたフランス王国で国家財政が破綻したのですが,王に次ぐ貴族たちはその財政負担をブルジョワジー(有産階級,商工業や金融業)に被せようとしました.反発したブルジョワジーたちは民衆と一体となって「国民議会」を結成し,国王軍を敗北させました.

このときの革命のスローガンは「自由・平等・財産」でした.革命のスローガンはその後の恐怖政治の時代を経て「自由・平等・友愛」に変わります.

名門貴族出身ながら国民議会議長にも選出されたペリゴールは,フランス革命のさなかの1790年3月に,長さの単位の統一を呼びかけます.それを受けて1791年には新たな長さの単位「メートル」が決定されました.ただ,フランスにおいてさえ普及には時間がかかり,最終的な普及は1840年以降になります.

フランス革命の方はその後,何度も転換点を迎え,ナポレオン・ボナパルトの台頭をもって一区切りとなります.僕にはこれ以上のことが書けないのですが,今週の「おすすめ書籍」で是非お読みいただければと思います.(後述)

メートルと古代エジプト

メートル法を発案したペリゴールたちは,フランス国内でさえばらばらだった単位を統一しようとしました.そのとき,この新しい単位はフランスのみならず,世界中で使われなければならないと考えました.そのためには,フランスにしか無いものさしを使うわけにはいきません.まして,現在でもアメリカで使われている「フィート(フット)」のように,人間の足(フット)のサイズ由来では困ります.人によって足のサイズが異なるからです.

コンドルセ侯爵,ラグランジュ,ラプラス,モンジュといった「検討委員会」のメンバーたちは,当初振り子を使った長さの定義を検討しました.周期がきっかり2秒であるような振り子 (seconds pendulum) が当時作られていたので,この振り子の長さを1メートルにしようとしたのです.残念ながら,振り子の周期は地球上のどこに立つかで微妙に異なります.そこで検討委員会は振り子案を諦め,地球のサイズを使うことにしました.子午線に沿った地球の円周の4千万分の1を「1メートル」と決めたのです.なお,振り子の長さは地域によるもののおおよそ99センチメートルでした.

僕はこの話を初めて知ったときに,なぜ「4千万分の1」なのか疑問に思いました.「直角」をひとつの単位とすると,地球でもピザでも1周は4直角ですから「4」という数字が入ってくるのは自然かもしれません.実際,後でご紹介する「グラード」という角度の単位も円を400分割したものです.しかし「4千万(40,000,000)」というのは「千(1,000)」「百万(1,000,000)」「十億(1,000,000,000)」で区切る西洋の数え方と照らし合わせるとどうにも不自然です.

キュビットの解説, <a href="https://www.getreligion.org/getreligion/2019/12/12/bible-trivia-time-for-hard-working-scribes-what-is-a-cubit-a-shekel-an-ephah">GetReligion</a>

キュビットの解説, GetReligion

地中海世界では,古代エジプトの時代から「キュビット」という長さの単位が使われてきました.1キュビットは肘から指先までの長さで,現在の50センチメートル程度の長さです.そして1.5キュビット程度に相当する「大工のキュビット」や,2キュビットに相当する「ダブルキュビット」という単位も使われていたようです.ここらへんが,身の回りのものの長さを測るのに適度なサイズ感だったのでしょうね.

お気付きの通り,どうやら1メートルはダブルキュビットに近い長さとして選ばれたようです.地球を基準にと言いつつも,どうしても身体という物差しを使ってしまいますよね.もしメートル法がアジアで生まれていたら,1メートルは6尺前後になるように取り決められたかもしれません.

またメートル法の採用にあたって,10進法を採用したこともヨーロッパでは大改革でした.アメリカでは現在でも1フィートが12インチですが,これはヨーロッパで12進数が広く使われていたことの名残です.全部12進数で統一していればまだしも,1フィートより長い方は1ヤード=3フィート,1チェーン=22ヤード,1ハロン=10チェーン,1マイル=8ハロンと,今見ると一体何がしたかったのかという単位が並びます.さらに1ロッド=1/4チェーン,1リンク=1/100チェーンという単位まであります.

ハリー・ポッターの魔法界ではお金の単位が1ガリオン=17シックル,1シックル=29クヌートですが,これは英国人作者一流の皮肉でしょう.ところで,10進法の採用はすんなり決まったとする文献と,大揉めにもめたとする文献の両者があり,どちらだったのかははっきりしません.

現在,1メートルは時間から決められています.すなわち,1メートルは真空中の光が1/299,792,458秒進む距離と定義されています.真空中の光の速度は一定なので,時間さえ正確に測ることが出来たら,自動的に長さの方も決まるのです.もともとメートルを周期の決まった振り子の長さで決めようとしていたわけですから,原点回帰と言えなくもないですね.

僕は,ここまで来たのだから,長さの単位を逆に「1秒間に光が進む距離」つまり「光秒(lightsecond)」にしてしまえばいいのにと思います.1ナノ光秒はおよそ30センチメートルで,日本を含む東アジアの「1尺」にだいたい等しくなります.便利じゃないですか?

質量(重さ)

長さの単位が決まると,面積や体積の単位が決まります.1辺が1メートルの正方形の面積を「1平方メートル」,1辺が1メートルの立体の体積を「1立方メートル」と言います.しかし,1立方メートルは膨大な大きさになってしまうため,日常使いには不便です.フランス人の大好きなワインが入っている樽も,1立方メートルのおよそ5分の1程度の容量です.グラスだと1立方メートルの5千分の1程度になります.

そこで,1辺が1センチメートルの立体の体積すなわち「1立方センチメートル」を使い,蒸留水1立方センチメートルの質量(重さ)を「1グラム」と定めました.その後,質量の決め方は何度も変更されたのですが,現在では2019年の定義が最新版として使われています.2019年の定義では,光のエネルギーから質量が決められています.そんなことができるの?と思われるかもしれません.ここでアルベルト・アインシュタインの有名な式を使わせてください.

cは真空中の光の速度で,一定値です.Eはエネルギー,mは質量です.つまり,エネルギーが決まれば質量が決まるわけですね.2019年の定義では,このエネルギーのほうを決めました.光のエネルギーは振動数つまり1秒間に何回振動しているかで一義に決まるので,ここでもやはり時間の単位さえ決まれば,自動的に質量の単位も決まるのです.

(僕の提案に沿って長さの単位に「光秒」を使うと,アルベルトの有名な式はよりシンプルに E=m となります.絶対こっちのほうがいいですよね.)

国際キログラム原器, <a href="https://japanese.engadget.com/jp-2018-11-16-kg.html">Engadget</a>

国際キログラム原器, Engadget

なお1799年から2018年の間は「国際キログラム原器」というおもりの質量が1キログラムだと決められていました.国際キログラム原器は白金90パーセント,イリジウム10パーセントの合金で出来ていました.密度がうんと高くて,錆びず,溶け出すこともなく,傷もつきにくいことから白金・イリジウム合金が選ばれたのですね.この白金・イリジウム合金またの名を「イリジウム割プラチナ」の性質は,金属アレルギーになりにくい指輪の素材としても注目されています.

現行の1円硬貨はきっちり1グラムですので,日本に住んでいると1グラムを実感しやすいですね.

時間と角度

初期のメートル法で決められたのは,長さと質量(重さ)の単位だけでした.実はフランス革命中の1793年に「十進化時間」という時間の単位も提唱されています.これは,1日をまず10等分して1十進時(または1刻)とし,1十進時を100等分したものを1十進分とし,さらに1十進分を100等分したものを1十進秒とするものです.まとめると,1日を100,000十進秒に分割するのですね.フランス革命政府は,従来の週(7日)や月(28日〜31日)も廃止してデカード(10日)の導入や新たな月(30日で固定)を導入しましたが,どちらも普及しませんでした.

十進化時間を採用した時計, <a href="https://medium.com/creative-technology-concepts-code/universal-decimal-calendar-and-time-system-70e22e958fc">Kim T</a>

十進化時間を採用した時計, Kim T

十進化時間は定期的に人々を魅了するらしく,1998年には「スウォッチビート」という時間単位がマサチューセッツ工科大学(MIT)のニコラス・ネグロポンテ教授とスウォッチ社によって提案されています.1スウォッチビートは1日を1,000分割したもので,1分26.4秒に相当します.スウォッチビートを刻む時計がスウォッチ社から発売されており,今でも中古品を見かけることがあります.

フランスの「革命歴」は,フランス革命を終わらせたナポレオン・ボナパルトによって1806年に廃止されました.時刻の方も,1日を24時間,1時間を60分,1分を60秒に分割するほうが残りました.

ただし,1日という天文学的現象を時間定義の基点にしてしまうと,1日の長さのゆらぎがそのまま単位のゆらぎになってしまいます.そこで,メートル法をもとに作られた国際単位系(SI)では,1967年からはセシウム原子時計を使って1秒の長さを決めています.これならば,地球が1回転する時間にゆらぎが生じても1秒の長さは変わりません.

時間の長さが決まると,今度は逆に1日の長さが不定になってしまいます.先程書いたとおり,地球は正確に24時間で1周するわけではないからです.そこで,原子時計で計測した経過時間をもとにした時刻を「国際原子時」とし,地球の回転から割り出した時刻を「世界時」(旧グリニッジ標準時)と呼んで区別します.現在は,国際原子時とのずれが整数秒になるように世界時を調整した「協定世界時(UTC)」が旧グリニッジ標準時(GMT)の代わりに世界共通の時刻として使われています.

一言でいうと,時間の単位は「秒」であって「日」は秒から作られているということですね.

フランス革命政府は角度のほうも十進化しようとしました.それが「グラード(grade)」または「グラディアン(gradian)」という角度の単位で,1直角(90度)を100グラードに分割するものでした.英語圏では斜面の勾配のこともグレード(grade)と呼ぶので,代わりに「ゴン(gon)」という呼び方が割り当てられました.こちらも,ほとんど普及はしなかったのですが,ヨーロッパ製の測量機器では角度の単位が最初からゴンになっているものがありますし,日本製の関数電卓も角度の単位としてグラードが選べるようになっています.1度よりも小さい角度を表現する場合,正しくは1度=60分,1分=60秒としなければならないのですが,10進法を使ったほうが便利なため「ミリゴン」を使うことがあります.

ミルまたはミリラジアンの定義

ミルまたはミリラジアンの定義

現代のフランスも加盟する北大西洋条約機構(NATO)と日本の軍隊では1直角の1,600分の1の角度に「ミル」という単位をつけています.これは1キロメートル先にある1メートルの棒を見たときの角度がおよそ1ミルとなって都合が良いからです.ミルのことを日本ではかつて「密位(みりい)」と呼んでいたそうです.

なお数学者たちは角度を語る場合には「度」も「グラード」も使わず「ラジアン」という単位を使います.1直角がπ/2ラジアンすなわち1.571ラジアン程度,あるいは1,571ミリラジアン程度になります.これは半径が1の円弧の長さが1直角につきπ/2になるからです.円弧ではなく円,つまり4直角だと2πになり,半径rの円周の長さの公式(2πr)と r=1 のときに一致しますね.角度の「ミル」はミリラジアンを大雑把に丸めたもので,1キロメートル先の1メートルの棒というのは,もともとラジアンがそのようになるように設計された単位だからでした.

日本はどうだったの?

工業や測量技術が高度に発達した現代では,あらゆる長さをメートルの1,000倍,あるいは1,000分の1といった単位で測ることは理にかなっています.しかし,例えば17世紀ごろまででしたら,隣町までの距離と,服のサイズを同じ単位で測る必要性は殆どありませんでした.アメリカではマイル(約1.6キロメートル)とヤード(約0.9メートル)の間の単位はあまり使われず,どうしても必要なときは1マイル=1,760ヤードとして換算するのですが,馬や乗り物に乗る距離ならマイル,身体的な長さならヤードやフィートを使うといった感じで,同じ単位系であるという意識が薄いのかもしれません.例えば1マイル半という言い方はあっても,1マイルと880ヤードという言い方は無いのです.また,ヤードの起源は先述のダブルキュビットとされています.

似たようなことが,日本古来の単位にも言えます.メートル法以前の日本の単位系は「尺貫法」と言われていますが,こちらも時代によって変遷しています.最終的に長さの定義が落ち着いたのは1951年(昭和26年)の旧計量法の条文で,次のようになっています.

1里=36町

1町=60間(けん)

1間=6尺

1尺=10寸

そして1寸は1/33メートルと,旧計量法で決められました.特に1間は日本の建築の基本単位で,畳の長辺の長さとして用いられていたのですが,これがもう地域ごとにばらばらでした.畳は人間ひとりが寝るのに必要なサイズとして,長辺をおよそ6尺ないし6尺3寸,短辺をおよそ3尺ないし3尺1寸5分とし,2枚つなげた正方形つまり1坪が土地の単位になりました.この畳の長辺を1間としていたわけですが,地域ごとに尺数が違った上に,尺のほうも一貫した定義が明治時代まで無かったので,1間の長さは統一されていませんでした.

こういった事情で,部屋のサイズを何畳だとか,土地のサイズを何坪だとか言うのはいくらでもごまかしが効くので,計量法で禁止されたわけですね.同じ10畳の部屋でも,畳のサイズが違えば部屋のサイズも違ってしまうのですから.また300坪を1反(たん)とする数え方もかつてはありましたが,現在は廃止されています.

体積のほうはより日本らしさ,コメ国らしさが出ます.成人が1年間に食べるコメの量を1石(こく)として,1石=10斗,1斗=10升,1升=10合,1合=10勺としました.いまでもお酒は1升瓶で売っていますね.田んぼの1反(たん)はもともとは,毎年1石のコメが収穫できる広さから決められたそうです.16世紀の太閤検地によって,またコメの生産性向上によって,1石=1反の関係は江戸時代にはすでに無くなっています.

最後に,日本古来の重さの単位についてお話しておきましょう.古来使われた単位は

1貫(かん)=100両

1斤(きん)=16両

1両=10匁(もんめ)

です.1匁は,旧計量法で3.75グラムとされました.となると1貫が3.75キログラムということになりますね.日本では一文銭というコインの重さが1匁,それを1,000枚束ねたものの重さを1貫目(かんめ)として,お値打ちのほうを1貫文(かんもん)と呼びました.1貫文は持ち歩ける最大の金額ということでもあったようです.江戸時代の1文(もん)は金1/4000両でしたが,1両でおよそコメ1石に相当したそうですから,1貫文で1シーズン(3ヶ月)分のコメの価値ということですね.

PC-9801N (<a href="http://museum.ipsj.or.jp/computer/personal/0032.html">情報処理学会</a>)

PC-9801N (情報処理学会

この1貫目が,日本人が常時持ち歩ける最大の重さの参考値となった例があります.1980年代後半に東芝と日電(NEC)がしのぎを削ったノートパソコン開発で,両社とも1貫目を切る重量を目指しました.初めての実用的なノートパソコンと言われた東芝J-3100SSが(付属品抜きで)2.7キログラム,日電PC-9801Nもまた(付属品抜きで)2.7キログラムでした.

皆さんも一度かばんの重量を測ってみてはいかがでしょうか.かばんの重い人でも,だいたい1貫目前後ではないかと思います.

斤と匁は現在でも使われています.例えばパン屋さんに行けば,1斤のパンを売っています.1斤は160匁なので本来は600グラムないといけないのですが,パン屋さんの都合に合わせて現在は法律で「340グラム以上」と決められています.また,日本の計量法によって,真珠の質量(重さ)を測るときのみ「もんめ」の使用が許されています.この「もんめ」は日本の匁が世界で momme になったものを逆輸入したものです.真珠が日本の特産品だったことから,単位が生き残ったのですね.

現行の五円硬貨はきっちり1匁ですから,やはり日本に住んでいると1匁も実感しやすいと思います.

おすすめ書籍

1789年,市民によるバスチーユ襲撃によって始まったフランス革命は,「自由と平等」という光り輝く理想を掲げ,近代市民社会の出発点となった.しかし,希望とともに始まった革命は,やがて恐怖政治へと突入,ナポレオンを登場させ,彼の皇帝即位をもって幕を下ろす.本書は,ドラマに満ちた革命の有為転変をたどりつつ,当時を生きた人々の息づかいや社会の雰囲気を丁寧に追い,革命の時代を鮮やかに描き出す.
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物語タッチで読めるフランス革命の紹介です.僕のような世界史に弱い人にも読みやすいように配慮が行き届いた書ですが,かといって塩味(作家の塩野七生さん風味)は効いていないので,安心して読めます.短めながら,メートル法の導入についても触れられています.

フランスのこういう歴史的背景を知ると,現代の社会情勢に関するニュースも少し深く理解できるようになりますね.現代を知るために,そして未来を想像するためにも,歴史は重要な1ピースだと改めて感じさせてくれる書でした.

18世紀末,コルシカ島出身の一軍人から皇帝にのぼった英雄ナポレオン.父帝に憧れ軍功を焦るが,病のため夭折した2世.二月革命を経て大統領に当選,その後クーデタで皇帝となった甥の3世.帝政復興の期待を背負うも,英兵として赴いた戦地で落命した4世.二組の父子,そして一族は栄華と没落という数奇な運命を辿る.革命と激変の時代に「ナポレオン」はどう生き,民衆に求められたか.ボナパルト家から近代史を読む.
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僕が本書を手にとったのは,当時のヨーロッパ諸国が,ワーテルローの戦いで負けたナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)をどのように扱ったのかを知りたかったからなのですが,本書はナポレオン1世の死後の,2世から4世までがどう生きたかをも紹介したものでした.

フランス革命末期の恐怖政治時代には人々がばんばんギロチンで処刑されていったのに,なぜナポレオン1世はギロチン台に送られなかったのかというのが,僕の疑問でした.その答えは本書には短くしか書かれていなかったのですが,ナポレオンの子孫たちの物語は「ちょっと出来すぎた小説」のように魅力的です.ナポレオン1世は一族もろとも国外追放されるのですが,彼の甥っ子はやがてナポレオン3世としてフランス皇帝に返り咲きます.その後フランスは帝政を廃するのですが,皇統はなんと続いているのですね.

第9代ウェリントン公爵,ナポレオン7世,ブリュッヘル侯

第9代ウェリントン公爵,ナポレオン7世,ブリュッヘル侯

ワーテルローの戦いから200年が経った2015年に,ナポレオンの末裔と,敵国だったイギリスのウェルズリー公(初代ウェリントン公爵)の末裔,プロイセン(ドイツ)のブリュッヘル元帥の末裔が集まって握手を交わしています.

おすすめTEDトーク

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民主主義が壊れているとお考えのあなた,こんなアイデアはどうでしょうか:「無作為に選ばれた人たちが政治家に代わって政治を行う」 作家であり活動家でもあるブレット・へニッヒが「抽選制による民主主義(政治家の無作為抽出)」を提唱し,力強く主張します.これは古代アテネ発祥で,民衆の知恵を活用し,公共の利益のためのバランスの取れた決定を一般人に委ねる制度です.突飛なアイデアでしょうか? 党利党略政治のない世界を作るため,この制度をどのように活用できるか学びましょう.
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「民主主義は最悪の政治形態といえる.これまで試みられてきたあらゆる形態を除けばだが」と言ったのはイギリスの首相ウィンストン・チャーチルでした.メートル法を生んだフランス革命は,絶対君主制(絶対王政)から立憲君主制へ,立憲君主制から共和制へ,共和制から帝政へと目まぐるしく揺れ動いていきます.

古代ギリシアの都市国家アテナイ(アテネ)は王政,貴族政を経て,独自の民主政(直接民主制)に至ります.そして,アテナイでは公職がくじ引きで決められました.これが最も民主的だと考えたのですね.古代ギリシアの民主政は結局うまくいかず,古代ローマの共和制が地中海世界を支配していくのですが,アテナイの試みは現在に蘇っています.

選挙ではなく抽選で議員を選ぶことを「ソーティション (sortition)」と呼びます.このソーティションが現代でも,あるいは現代だからこそ,うまく機能する場面があるかもしれません.是非こちらのTEDトークで確かめてみてください.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

先週は間違って,すでに回答済みのQ&Aを再掲載してしまいました.ごめんなさい!ウェブのほうは訂正させていただきました.

今週は,ワクチンに関する質問と回答をピックアップします.

ビーガンのひとはインフルエンザのワクチンなどは打てないのですか?
Quora

インフルエンザワクチンは,ニワトリの受精卵にインフルエンザウイルスを植え付けて培養し,これを弱毒化あるいは不活化することで作ります.そのため,動物性製品を避けるヴィーガンや,卵アレルギーを持つ人はインフルエンザワクチンを打てません.

現在はFlublokと言う,鶏卵を使わないインフルエンザワクチンが開発されています.米国では18歳以上に使用が許可されており,ヴィーガンの他,卵アレルギーのある人にも使用可能なワクチンとして考慮されています.

日本でも導入のための研究は進められているようです.

こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.

振り返り

このニュースレターの振り返りのYouTube動画をお送りすることにしました.先月まではポッドキャストでお送りしていたのですが,もともと運用していたYouTubeチャンネルと統合することにしてみました.お楽しみいただければ幸いです.

YouTubeの音声はポッドキャストにも転送しています.こちらも通勤中などにお楽しみいただければ幸いです.(アップルのポッドキャストやSpotifyへも転送しています.)

あとがき

今週,福島第一原発事故で生じた放射性物質を含む「処理水」の海洋放出が政府によって決定されました.放出される予定の処理水は,汚染された水からセシウム137,ストロンチウム90,コバルト60などの放射性物質を取り除いたものですが,トリチウムとも呼ばれる三重水素(水素3)が残っています.トリチウムは化学的性質が「普通の」水素すなわち軽水素と同じであること,酸素と結びついて水分子になっていることなどから,水の中からトリチウムだけを抜き取ることは大変に困難です.(コストを度外視すれば出来ます.)

トリチウムは自然界に存在すること,人類がすでに放出しているもののトリチウムが原因と思われる影響は皆無なこと,原理的にも生体への毒性が無視できるレベルであることから,処理水を希釈した上で海洋へ放出することは安全だと考えられています.

ただ「そうは言っても…」となるのが人情ですよね.

近いうちに,このニュースレターでも放射能の話題を取り上げたいと思います.

では,またお目にかかりましょう.

***

ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」

発行者:いち(金谷一朗)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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