ロボット工学三原則とファウンデーション【第43号】
【140字まとめ】今週はSF作家アイザック・アシモフが我々に残したものについてお話をします.SF作家が科学や工学に多大な貢献をした例はたくさんあるのですが,アシモフの功績である「ロボット工学三原則」はその中でもトップクラスでしょう.そしてもうひとつ「心理歴史学」も.氏の作品の読み方もご紹介します.
いちです,おはようございます.
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今日から緊急事態宣言,まん延防止等重点措置が全面解除されましたね.コロナ第5波の急速な収束の原因はわかりませんが,気を緩めると「GoToトラベル」のときの二の舞になりかねないので,しばらくは様子見をしたほうが良さそうですね.

ファウンデーション (Apple TV+)
さて,自宅に引きこもることが多かったタイミングと,動画配信サービス「Apple TV+ 」でTVドラマ「ファウンデーション」が始まったことで,今週はネットで動画を観る機会が多くありました.
この「ファウンデーション」ですが,原作はアメリカ人作家のアイザック・アシモフです.彼は初期の小説「われはロボット」(1950)で「ロボット工学三原則 (Three Laws of Robotics)」を示したことで,ロボット工学に大きな影響を与えました.今週は,このロボット工学三原則と,アシモフについてご紹介したいと思います.
ロボット工学三原則
「ロボット工学三原則」とは次のようなものです.
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない.また,その危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない.
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない.ただし,あたえられた命令が,第一条に反する場合は,この限りでない.
第三条
ロボットは,前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり,自己をまもらなければならない.
アシモフ作品に登場するロボットは,この三原則を必ず遵守するように設計されています.これはアシモフの物語上の設定でしたが,他の作家の作品はもとより,すぐに現実のロボット開発にも影響を与えました.アシモフの作品中では,ロボットが三原則を破ることが理論上出来ないことになっていますが,現実のロボットはいくらでも自由に設計できます.しかし「できるだけこの三原則を守りましょう」という設計指針として採用されることが多いのです.

I, Robot (20th Century Fox)
ロボット工学三原則は,作品「われはロボット (I, Robot)」と同名の映画「アイ,ロボット (I, Robot)」にも登場します.映画はアシモフの原作を下敷きにしていますが,中身は別物です.どちらかというと映画のほうが面白いので,未読の方は映画のほうをおすすめします.
ロボット心理学
アシモフ作品ではしばしば,ロボットが不可解な行動を起こします.例えば,映画「アイ,ロボット」では殺人事件の「容疑者」としてロボットが浮上します.しかし,ロボットはロボット工学三原則を絶対に守っているはずなのです.そこで,ロボットの思考と行動を研究する「ロボット心理学」が作中に登場することになります.

現実のロボットは,誰かが設計したものなので,心理学者のように外部から観測するだけでなく,設計図やプログラムを読んだり,ロボットを分解したりすることでその行動を読むことが出来るでしょう.少なくとも原理的には.
残念なことに,現在の巨大化したソフトウェアは例え設計図(ソースコード)が全て公開されていたとしても,多くの場合,我々は心理学者にならざるを得ません.人間や猫と同じで,外部から観測し,ときには刺激を与え,その反応を引き出して,何らかの法則があることを期待するのです.こうなるともう「伝統的な工学」では無くなってしまいますが,ソフトウェア開発の世界ではそうなりつつあります.
ロボット開発もひょっとしたら,そうなっていくかもしれません.将来は,生きている,あるいは眠っているロボットを回収して,うまく仕込んで,再利用していくような技術が必要になるかもしれません.それらの技術は「ロボット行動学 (robot ethology)」と呼ばれるかもしれません.
心理歴史学
アシモフは「われはロボット」(1950)で「ロボット心理学」を提示しました.同じく小説「ファウンデーション」(1951)で「心理歴史学 (psychohistory)」という新しい学問を設定してみせました.心理歴史学は同名のTVドラマ「ファウンデーション」の第1話の中でも紹介されています.
アシモフのアイディアはこうです.物理学に「気体分子運動論」というものがあります.気体は御存知の通り多数の分子から出来ており,個々の分子は予測不能な動きをします.しかし分子の集団としての「気体」の性質は予測可能です.容器に満たされた気体を想像してください.この気体を加熱すると,もし容器に蓋がしてあれば,気体の圧力が上昇します.もし容器に蓋がしてなければ,気体は体積を増やします.このとき,個々の分子はランダムに運動していますが,圧力や体積と言った「統計的な」性質を我々は正確に予測できるのです.アシモフは,分子を人間に置き換えてみました.個々の人の行動は予測不可能ですが,社会全体として見れば予測可能だとしたのです.
心理歴史学が現実世界でどのぐらい妥当性を持つのかはわかりません.一般的には「空想」と思われがちです.しかし,小説「ファウンデーション」の日本語訳の「解説」を読むと,少しは見方が変わるかもしれません.小説「ファウンデーション」は「銀河系の最果てにある,天然資源を全く持たない,孤立した小さな惑星(中略)軍備はほとんどなく,科学技術だけを頼りに,便利な日用品を生産して近隣の諸国に売り込み,それで支配権の拡張を図っている」国家が巨大な軍事国家を,手段を変えつつ翻弄する様子を描いています.しかも,小説の連載は1942年に始まっていますから,アシモフはなんと太平洋戦争の真っ只中にこの未来予測を書き始めているのです.この時点で,アシモフは戦後の日本を予想していたと強弁できるかもしれません.
家電三原則
便利な日用品こと家電製品は「安全」「便利」「長持ち」であることが求められます.今の家電は「長持ち」の部分が怪しいですが,かつてはそうだったのです.この「三原則」はそのままロボット工学三原則ではないかと研究者らによって指摘されています.
第一条(安全)
家電製品は人間に危害を加えてはならない.
第二条(便利)
家電製品は人間の意思を反映しなければならない.ただし,その意志が,第一条に反する場合は,この限りでない.
第三条(長持ち)
家電製品は,前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり,出来るだけ壊れてはならない.
僕も小なりと言えど,ものを作るメイカーなので,この「三原則」は出来るだけ守っています.もっとも,こんな法則もあるにはあるのです.
Quality, Speed, Price — pick two.
品質,納期,価格の三つは揃わない.そう考えると「うまい,やすい,はやい」は名キャッチコピーですね.
話は変わりますが,僕はTEDxというイベントに長く関わっています.ボランティア運営なので,その地域ごとにメンバーを集めるのですが「技術」「情熱」「時間」の三つがなかなか揃わないんです.技術と情熱がある人は本業のために時間が無いですし,情熱と時間がある学生は技術が未熟だったりします.そこをまとめていくのが運営者の腕の見せ所なんでしょうね.なお僕が代表をかつて務めさせていただいた長崎県西海市のTEDxSaikaiは,TEDxとしては日本最小自治体だったにも関わらず,この三つが揃った人たちが何人も集まるという奇跡のイベントでした.
おすすめ書籍:アイザック・アシモフSF作品と読む順序
「ファウンデーション」の原作者アイザック・アシモフのSF作品群は「ロボットシリーズ」「銀河帝国シリーズ」そして「ファウンデーションシリーズ」に別れます.これらのシリーズは当初別々に書かれていたものの,最終的にひとつの物語へと統合されていきます.そのため,全作品を読むとばらばらだった物語のピースがあるべきところにはまっていくような快感があります.
よく「スター・ウォーズ」シリーズを観る順序を得意げに語る「おっさん」がいるじゃないですか.時系列に「エピソード1」から順番に「新三部作」「旧三部作」「続三部作」と観るべきだとか,公開順に「エピソード4」から始めて「旧」「新」「続」と観るべきだとか.
僕は「スター・ウォーズ」はどこから観てもいいんじゃないかと思っている口なのですが,アシモフ作品に関してはおすすめしたい順序があります.ほんと,この順序で読んだら,後半で震えが来ますよ.
数えてみると長短合わせて19編なので,吉川英治「三国志」全8巻よりは長いですが,山岡荘八「徳川家康」全26巻に比べたら大したことはありません.
というわけで,読むべき順序をご紹介します.
ロボットシリーズ前編
まずは「ロボット」シリーズ前篇です.
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われはロボット (I, Robot) — 1950
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聖者の行進 (The Bicentennial Man) — 1976
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母なる地球 (Mother Earth) — 1948 (アシモフ初期作品集 (The Early Asimov) に収録)
「われはロボット」は映画「アイ,ロボット」のほうが面白いのと,どちらもロボット工学三原則が出てくるので,映画のほうが良いと思います.
「聖者の行進」は映画「アンドリューNDR114」の原作です.こちらも映画のほうが良いかな.
「母なる地球」は後でご紹介する「鉄鋼都市」の原作なので,スキップして結構です.
ロボットシリーズ中編
映画2本で助走したところで,いよいよ小説に取り掛かります.
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鋼鉄都市 (The Caves of Steel) — 1954
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はだかの太陽 (The Naked Sun) — 1957
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ミラー・イメージ (Mirror Image) — 1972 (コンプリート・ロボット (The Complete Robot) に収録)
「鉄鋼都市」は,映画「アイ,ロボット」が実はこちらを下敷きにしたんじゃないかと言えるような,緻密な世界観とプロットを見せてくれるSFミステリ作品です.「はだかの太陽」は「鉄鋼都市」の続編で,両方とも一気読み出来ます.
「ミラー・イメージ」のほうは全体的な流れに影響しないので,スキップしても構いません.
銀河帝国シリーズ
ここで「銀河帝国」シリーズと呼ばれる作品群にジャンプします.こちらは「ファウンデーションシリーズ」の舞台,惑星トランターが銀河帝国の首都になっていく時代を描いた作品群です.
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宇宙気流 (The Currents of Space) — 1952
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宇宙の小石 (Pebble in the Sky) — 1950
作品「宇宙の小石」は歳をとったらもう一度読みたい作品です.本作には “Grow old along with me, the best is yet to be” (ともに老いていこう,一番いいときはこれからだ)というメッセージが込められています.こちらもまたアシモフらしくミステリタッチなので,ミステリファンもお楽しみいただけると思います.
「暗黒星雲のかなたに」は大幅に整合性が取れなくなるので,むしろスキップしたほうが良いかもしれません.
ファウンデーションシリーズ中編
さて,ここで「ファウンデーション」を読み始めます.
映画「スター・ウォーズ」はエピソード4から観てもエピソード1から観ても良いのですが「ファウンデーション」は中編から始めてください.
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ファウンデーション (Foundation) — 1951
Apple TV+ で始まったTVドラマ「ファウンデーション」もこの中編を下敷きにしています.現時点ではまだ全エピソードが公開されていませんが,内容は原作と少し異なるようです.
中休み
「中編」を読んだところで,中休みに次の作品を読んでも良いですし,スキップしても良いです.本作は「ファウンデーション」シリーズの後編の中で,伝説として語られているストーリーをまとめたものです.
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永遠の終わり (The End of Eternity) — 1955
ファウンデーションシリーズ後編
そしていよいよ「ファウンデーション」シリーズ後編です.
きっと震えます.
すごいです.
そして,本当に面白いです.
ロボットシリーズ後編
「ロボット」シリーズ後編に戻ります.
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ロボットと帝国 (Robots and Empire) — 1985
旧友に会えたような感覚を持たれるかもしれません.
ファウンデーションシリーズ前編
最後に,本当の最後に「ファウンデーション」シリーズの前編に進みます.そのほうが読後感にたっぷりと浸れます.
「ファウンデーションの誕生」はアシモフの遺作になってしまいました.
…お疲れさまでした.これでアシモフの示した世界観の1/3ぐらいでしょうか.ロボット工学三原則に始まり,ロボット心理学,心理歴史学と旅をしてきました.
是非お楽しみくださいね.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらのご質問から:
戦争史上,もっとも「悪意」に満ちた武器はなんですか?
紀元前525年,エジプトに攻め込んだペルシア帝国は,エジプト側死傷者5万人,ペルシア側死傷者7千人という圧倒的な勝利を収めます.
伝説によると,その時ペルシア側は兵士の盾に猫を縛り付けて戦ったそうです.猫大好きなエジプト兵士たちは,なすすべもなく降伏したとか.
伝説が本当なら,猫を武器に使うとはけしからん暴挙です.
リンク先にはイラストもご紹介しています.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問お待ちしております.

今週は “Resonance: The Future and Past of Art, Science, and Diplomacy Intersections” というオンラインイベントに参加しました.TEDxKyotoの仲間で,映画監督,映像学者,北マケドニア共和国大使のアンドリヤナ・ツヴェトコビッチに誘われたんですよね.
アンドリヤナは信じられないほど才能に溢れた,本当に素敵な女性です.彼女とはずっと英語で会話していたのですが,実は日本語も流暢で「〜でござる」のような時代劇の言い回しまで出来ます.
京都のちょっと不思議なバー「八文字屋」に入ったときに,マスターの甲斐扶佐義氏が出版された写真集に彼女の写真が掲載されていて,驚いたこともありました.
このイベントの中で,アメリカからの参加者からこんな質問が出ました.
In the US, there is debate that STEM education is over-emphasized at the expense of humanities and the arts. How would you respond to this point of view? How should educators bridge what is perceived as a gap between STEM and the arts in schools?
簡単に言うと「アメリカでは理系(STEM)教育が偏重されすぎている.教育者は理系と人文学 (the arts) との橋渡しをどうしたらいい?」との質問でした.これにハーバード大学の教授が,STEAMという単語こそ使いませんでしたが,STEAM教育のアイディアを回答していました.
今週は他に国際会議にも参加していたのですが,日本時間の深夜だったので記憶がぼんやりしていまして…あとで録画を観ておきます.
今週はラジオ番組「李白の愛したサイエンス」とYouTube番組「世界遺産の旅」でそれぞれ「奄美大島」についてお話をさせていただきました.「李白の愛したサイエンス」のほうは,奄美大島からゲスト出演もしていただいています.よろしかったらご視聴をお願いいたします.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
では,また来週,お目にかかりましょう.
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