世界一短い論文【第129号】
2️⃣ワトソンとクリックの「DNA論文」はとても短いながら多大な影響を与えました
3️⃣世界一短い論文もご紹介します
いちです,おはようございます.
ゴールデンウィークがあけまして,今年度もいよいよ本番を迎えた感じですね.
今日(5月12日金曜日)は元旦から数えて132日目にあたります.1年のおよそ36パーセントをすでに消費していることになるのですよね.いやあ時の流れは速い……

Photo by Annie Spratt on Unsplash
さて,今週は「科学系ポッドキャスト」イベントに連動しまして「論文」をテーマにお送りします.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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科学と論文
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ワトソン・クリック論文
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もっと短い論文は?
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今週の書籍
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最短のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
科学と論文
STEAM.fmエピソード115「科学という方法を支える3要素」(AIによる文字起こしあり)では,科学は次の三つの要素が必要というお話をさせていただきました.(STEAMボート乗組員はオリジナル原稿もお読みいただけます.)このエピソードでは,科学には
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適切な証拠
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明確な結論
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証拠と結論を結ぶ妥当な推論過程
が必要というお話をさせていただきました.この3点のうち,1点でも欠けていたら科学とは呼べません.
そして,科学的な発見を科学者へ伝え,後世に残す役割を担うのが「論文(paper)」という文章です.科学論文には必ずこの3点「適切な証拠」「明確な結論」「証拠と結論を結ぶ妥当な推論過程」が入っています.
「論文てなに?」についてより詳しく知りたい方は,ぜひポッドキャスト「サイエントーク」のエピソード60「論文ってそもそもなんだっけ?」(AIによる文字起こしあり)をお聞き(お読み)くださいね.こちらでは学術論文と一般的な書籍や記事との違いとして,学術論文掲載には「査読」というプロセスがあることを詳しく説明されています.査読というのは同業の科学者による記事の審査で,多くの論文がここで落とされたり修正を指示されたりします.
さて,論文にはさきほどの3点「適切な証拠」「明確な結論」「証拠と結論を結ぶ妥当な推論過程」が必ず入っているという前提のもと,論文はどこまで短くなれるものなのでしょうか.
論文の長さは,和文でも英文でも,6ページ以上が標準的な分量だと僕は思います.しかし,従来の科学をひっくり返すような「神」論文が信じられないぐらい短かったということもあるのです.
ワトソン・クリック論文
イギリスの著名論文誌「ネイチャー(nature)」が「新分野を拓いたNature論文10選」の1本目に選んだのが「DNAの構造」を明らかにしたジェームズ・ワトソン(James Watson)とフランシス・クリック(Francis Crick)の論文でした.
1953年4月25日に掲載されたこのワトソン・クリック論文は,わずか2ページの長さでした.いや,レイアウトを工夫したら1ページにも収まりそうな長さです.
この論文は,当時知られていなかったDNAの立体構造を明らかにする画期的なものでした.DNAが遺伝物質であると突き止められたのは1年前の1952年のことで,その当時は遺伝物質はタンパク質だろうという考えが生物学者のあいだで一般的だったそうです.しかし,論文共著者のクリック,そして本発見に決定的な役割を果たしたモーリス・ウィルキンス(Maurice Wilkins)とロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)は生物学ではなく物理学出身でした.生物学の「常識」に囚われなかったことが大発見につながったのかもしれません.
物理学者リチャード・ファインマン(Richard Feynman)はワトソン・クリック論文に触発されて,1955年の全米科学アカデミーでの講演で「無視することの大切さ」を説いています.
たった2ページ,というよりはほぼ1ページで世界を変えてしまった論文,恐るべしですね.
ワトソン,クリック,ウィルキンスには1962年にノーベル生理学医学賞を受賞しています.

ロザリンド・フランクリン
論文執筆者たちは十分に報われたのですから,本誌ではロザリンド・フランクリンの写真を掲載することで,彼女への不公平な扱いを少しでも補償したいと思います.
もっと短い論文は?
ブログ「Colorless Green Ideas」に「最短の学術論文」という記事があります.この記事で紹介されている論文はどれもおもしろいのですが,その中から2篇の短い学術論文をご紹介します.
1本目.
「等しい累乗の和に関するオイラーの予想」とは「オイラー予想」とも呼ばれています.そのうちのひとつが
a⁵ + b⁵ + c⁵ + d⁵ = e⁵
となるような自然数 a, b, c, d, e は存在しないという予想でした.ランダーとパーキンの論文はこの予想に対して
27⁵ + 84⁵ + 110⁵ + 133⁵ = 144⁵
という反例を上げているのですが,本文はたったの2文でした.なんかこう,どやーって感じで好感が持てますね.
本論文の「明確な結論」は「オイラー予想の否定」で「適切な証拠」は本文に掲載されている式です.「証拠と結論を結ぶ妥当な推論過程」ですが「○○は存在しない」を否定するためには「○○」の一例を示せば十分なので,適切な証拠がそのまま結論を指し示す妥当な推論過程になっています.
2本目.
本文はなんと,空白です.本当に行き詰まってしまったのでしょうか.
掲載した論文誌にはご丁寧に「1973年10月25日受理,修正なく掲載」とも書かれています.本論文には査読者からのコメントも添えられているのですが,それがまた奮っています.
I have studied this manuscript very carefully with lemon juice and X-rays and have not detected a single flaw in either design or writing style. I suggest it be published without revision. Clearly it is the most concise manuscript I have ever seen—yet it contains suficient detail to allow other investigators to replicate Dr.Upper’s failure. In comparison with the other manuscripts I get from you containing all that complicated detail, this one was a pleasure to examine. Surely we can find a place for this paper in the Journal—perhaps on the edge of a blank page.
(私はこの原稿をレモン汁とX線で丹念に調べたが,デザインにも書き方にも一点の欠陥も見出せなかった.私はこのまま修正無しで掲載することを編集者に提案する.本論文は私がこれまで見た中でもっとも簡潔な原稿であることは明らかであるが,他の研究者がアッパー博士の失敗を再現するのに十分な詳細が含まれている.編集者から送られてくる複雑な詳細が書かれている他の原稿に比べ,この原稿は査読が楽しかった.きっと,この論文をジャーナルに掲載する場所が白紙ページの端にあるはずだ.)
査読者は,明らかに却下の意図をもってこのジョークを書いていますよね……編集者が間違って載せてしまったのか,あるいはここまで来たら乗らなきゃ損と思ったのか……
本論文の「明確な結論」はタイトルにあるとおり「執筆の行き詰まり」症例に対する自己治療の失敗で,その「適切な証拠」は本文が空白であることです.「証拠と結論を結ぶ妥当な推論過程」を著者は書こうとしたのでしょうが「執筆の行き詰まり」によって書けなかったと……たぶん,著者本人もまさか掲載されるとは思わなかったのでしょうね.
まったく個人的な思い出話で恐縮ですが,実は僕も空白の発表論文を某学会へ提出したことがあります.しかもタイトルは「無題」だったんです.確か,仮提出して,そのまま消し忘れたという事故でした.で,大変恐ろしいことに,その後学会から「貴殿が投稿された論文『無題』は厳選なる査読の結果採録となりました」という通知をいただきました.慌てて取り下げたのですが,もしそのまま放置していたら,僕も今頃「世界一短い論文」の著者リストに名前を残せたかもしれません.
今週の書籍

自分の頭で考え,自力で飛翔するためのヒントが詰まった学術エッセイ.アイディアが軽やかに離陸し,思考がのびのびと大空を駆けるには?自らの体験に即し,独自の思考のエッセンスを明快に開陳する,恰好の入門書.考えることの楽しさを満喫させてくれる一冊.
学術論文をはじめて書く学生さんには是非読んでもらいたい一冊です.
もちろん,思考を整理する必要があるすべての社会人にもおすすめします.
最短のTEDトーク
今号のテーマ「世界一短い論文」に合わせて,今週は「最短のTEDトーク」トップ3をご紹介します.選んだ条件は「TEDウェブサイトに掲載されているTEDトークであること」「スピーカーが顔出ししていること」あと「僕が探せる範囲であること」です.
では第3位から行きましょう.
第3位(2分8秒)
ボタンというシンプルなものが世界をどう変えたか,ファッションデザイナーのアイザック・ミズラヒが解説します.
たったの2分8秒ですが,とってもおもしろいトークです.勉強になりますね.
第2位(2分2秒)
TED2007での物理学の美しさについての講演の後,驚異のマレー・ゲルマンが,もう一つ情熱を傾ける対象である「現在用いられている言語に共通する祖先を探すこと」について,簡単にその概観を語ります.
物理学者マレー・ゲルマンが,なんと言語学のトークをしていました.多才な人ですね.
第1位(1分59秒)
寝つきが悪かったり熟睡できなかったりしますか?アルコール,睡眠薬や大麻のようなドラッグは短期間なら役にたちますが,その場しのぎにしか過ぎないと睡眠学者のマット・ウォーカーは説明します.しかし不眠症を治療する実証済みの方法があり,それにより必要なだけの睡眠をとることができるようになります.
そして!
同率1位がもうひとつ.
自分が正しかった時のことは誰も覚えていない一方で,自分が間違っていた時のことは忘れてもらえないものです.地元の気象予報士はこのことをよく分かっているでしょう.気象予報士は多くの批判の「雨」を浴びますが(わかります?),この批判はどこまで正当化できるのでしょうか? このエピソードでは,モナ・チャラビが気象予報のデータを解析して,予報はどこまで正確であるか考える中で,いつ予報を信じるべきか,または信じるべきでないかを教えてくれます.もっとモナの話を聞きたいですか? TEDオーディオコレクティブのポッドキャスト,『私って普通?―モナ・チャラビ』を聞いてみてください.
予報の難しさについて,わずか2分ですがわかりやすく語っています.こういうのいいですね.
モナ・チャラビのポッドキャスト(英語)もとてもおもしろいですよ.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
あなたが実際に食べたことがある,印象深い大盛り料理は何ですか?写真があればベストです!

学生が作ったバケツプリンは好印象でした.食べても食べても減らない印象でした.

中野のタイ料理店999(カオカオカオ)で食べたバケツパクチーも印象深かったです.
以上,バケツつながりでした.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
皆様はゴールデンウィークをいかがお過ごしになったでしょうか?
僕はオンライン,オフラインともに色々な出会いの日々でした.いくつかの出会いは動画や音声で公開される予定ですので,どうか気長にお待ちいただければ幸いです.
今週は久しぶりに体調を崩してしまいまして,ご迷惑をかけてしまいました.ゴールデンウィークを少し張り切りすぎたかもしれません.休暇の休暇が必要ですよね.
皆様もどうぞご自愛くださいませ.
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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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