【第19号】トリチウムは怖くないけれど…〈読者アンケートあり〉
いちです,おはようございます.
2011年の東日本大震災で事故を起こした福島第一原子力発電所周囲の「汚染水」の処理を巡って,先週政府から発表がありました.汚染水から放射性物質を除去した濃度約100万ベクレル/リットルの「処理水」を100倍以上に希釈して海洋放出するというものです.この処理水は,汚染水から様々な放射性物質を取り除いたものとされていますが「トリチウム」は除去しないことが明示されています.
汚染水からトリチウムを除去しなくて良いのでしょうか?
そもそもトリチウムとは何なのでしょうか?
今週は,放射能とトリチウムの話題を取り上げます.

トリチウムとは?
トリチウムという名前は人体に有害な金属の「リチウム」とよく似ていますが,全くの別物です.トリチウムは英語ではtritiumで発音は「トゥルィリアン」に近いのですが,リチウムは英語ではlithiumで「リシアン」に近いです.異なる外来語が似てしまうのは音素が少ない日本語の宿命かもしれませんね.
このトリチウムは「水素」の仲間,というよりは水素そのものなのですが,放射線(後述)を放出する能力,すなわち「放射能」を持っています.そこでまず,水素としてのトリチウム,そして放射性物質としてのトリチウムについてお話していきましょう.
大事なことなので何度もでも繰り返したいのですが,トリチウムは水素です.水素と言えば「水(みず)の素(もと)」ですよね.水分子はご存知の通り水素2個と酸素1個が結合したものです.

水に無理やり学術名をつけると「ヒドロゲンヒドロオキシド(HH)」または「ジヒドロゲンモノオキシド(DHMO)」となりますが,学者がこの長ったらしい名前で水を呼ぶことはありません.トリチウムも本来の学術名は「ハイドロジェン・スリー」(英語読み)または「三重水素」なのですが,トリチウムのほうが短いのでこちらが定着しています.
水分子は水素2個と酸素1個で出来ているので個数比で言うと2:1ですが,水素に比べて酸素のほうがずっと重いので,重量比は1:8になります.なお水分子のような小さな分子や原子は日常感覚から見るとあまりにも小さく軽いので,重さはグラムではなく「ダルトン(Da)」という単位で測ります.1ダルトンはおおよそ
1Da = 0.000,000,000,000,000,000,000,000,001,661kg
という関係にあります.なんて小さいのでしょう.キログラムを医薬品やサプリでよく使われる「ミリグラム(mg)」に変えても,おおよそ
1Da = 0.000,000,000,000,000,000,001,661mg
と,あまりぱっとしません.実は国際単位系では「ヨクト(y)」という補助記号(接頭辞)を用意しています.ヨクトグラム(yg)はミリグラム(mg)をさらに7回1/1000にしたもので,これを使えば,およそ
1Da = 1.661yg
と現実的な桁数になります.国際単位系ではヨクトよりも小さい接頭辞を用意していないのですが「もうこの辺で十分」ということなのでしょうね.1ヨクトは漢字文化圏では「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」というなかなかに格好いい名前で呼びます.偶然にも,涅槃寂静のほうも漢字文化圏で最小の数値を表します.
一般的な水素原子の重さは1ダルトンまたは1.661涅槃寂静グラムで,水分子には水素原子が2個,それに重さが16ダルトンの酸素原子が1個くっついていますから,合計18ダルトンということになります.
さて,話をトリチウムに戻しましょう.トリチウムは和名を「三重水素」と言って,他の性質はだいたい水素と同じなのですが,重さだけが通常の水素の3倍の3ダルトンあるのです.増えた重さはの理由は「中性子(ニュートロン)」という,それ自身は無害で短命な粒子のせいです.

通常,水素原子は陽子(プロトン)1個と,電子(エレクトロン)1個から出来ています.水素の重さは1ダルトンでしたが,その重さの99.9パーセントは陽子の重さなので,陽子の重さを1ダルトンだとしても差し支えありません.
中性子は陽子と同じく1ダルトンの重さを持っていて,ときたまどこからともなくやってきて水素原子の陽子にくっつくことがあります.なんか女に言い寄る悪い男のようですね.いや中性だったか…中性子も重さが1ダルトンなので,中性子1個がひっついた水素原子は2ダルトンの重さになります.この体重2倍の水素を「デューテリウム」または「重水素」と呼びます.デューテリウムは珍しいというほどではなく,地球上の水素全体の0.015パーセントほどが中性子1個付き,つまりデューテリウムです.
デューテリウムは中性子が余分にくっついたとはいえ,水素は水素ですから,酸素とくっつけば水になります.デューテリウムがくっついた水分子のことを「重水」と呼びます.重水で作った氷は普通の水(軽水)に浮かべるとその重さで沈みます.
重水は動植物に吸収されにくいため,動植物に「死ぬほど」大量に与えると有毒になります.重水は通常の水と見かけが変わらないため暗殺にも使えそうですが,重水を使った暗殺事件はいまのところ報告されていません.〈追記:重水は「甘い」そうです.〉
このデューテリウムにもうひとつ中性子がくっついた場合,すなわち陽子1中性子2がくっついた水素原子がトリチウムです.
デューテリウムは安定した物質だったのですが,トリチウムはデューテリウムと違い,放射線を放出して「ヘリウム3」という別の原子に「変身」します.ヘリウム3は安定した物質で,これ以上変身することはありません.この変身は,正しくは「崩壊」と呼びます.
放射線
放射線とは,目に見えないビームの一種です.ビームとは粒子の流れのことですが,光の流れすなわち光線もまたビームに数えることもあります.光線は英語では「レイ」と言いますが,フォトンビームとも言います.「レーザービーム」も光線なので,正しくは「フォトンビーム」ですね.
放射線は,どのような粒子のビームかで種類がいくつかにわかれます.有名な放射線にはアルファ線,ベータ線,ガンマ線,中性子線があり,ほかにマイナーな種類もいくつかあります.本稿で取り上げるのはこれらのうちアルファ線とベータ線だけですが,ご興味のある方はウィキペディアなどで検索してみて下さい.
トリチウムが放出する放射線はベータ線です.ベータ線は何のビームかというと,電子のビームです.そう,水素を構成する「超」軽い粒子でしたね.電子ビームというのは透過力が弱く,とりわけトリチウム由来の電子ビームは水中を1ミリメートル程度しか進むことが出来ません.したがって「処理水」に含まれるトリチウムから出てくる放射線は,処理水がタンクにある限り大きな問題にならないのです.
では,トリチウムを含む水を自然界に放出するとどうなるでしょうか.
それを知るには「放射能」と「被爆量」というふたつの考え方を学ばねばなりません.
ベクレル
放射性物質が放射線を放出する「能力」を「放射能」と言います.放射能を表す単位として「ベクレル」が定義されています.1ベクレルは,1秒間に1個の原子が放射線を放出する(正確には崩壊する)ことを意味します.
ここで注意しないといけないことは,放射性物質はいつも決まった時刻に放射線を放出するというわけではないことです.それは確率的にしかわかりません.あるトリチウムが放射線(ベータ線)を放出するかどうかは,待ってみないとわからないのです.そのかわり,例えば100個のトリチウムのうち50個が放射線を放出するのにどのぐらい時間がかかるかは正確にわかっています.一揃いのトリチウムのうち半分が放射線を放出するには12.32年かかります.そして,残り半分のうちさらに半分,すなわち四分の一が放射線を放出するのにも12.32年かかります.
これはまた,1秒あたりに何個のトリチウムが放射線を放出するかが確定できることを意味します.自然界にはごくわずかながらトリチウムが存在しており,天然の水1リットルに自然に含まれているトリチウムは1秒あたり1個程度が放射線を放出しています.つまり,天然水は1リットルあたり1ベクレル程度の放射能を持つ,ということになります.これは組成の6割が水である人間にも当てはまって,人間ひとりあたり40から50ベクレル程度の放射能を持っていることになります.
なお水1リットルに水分子が何個入っているかを計算する簡単な方法があります.水1リットルの重さはおよそ1キログラム(1,000グラム)です.一方で,水分子1個の重さは18ダルトンでした.そこで1,000を18で割って約56という数字を得ます.これは水分子の個数を表す数字で,56モル(mol)とカウントします.1モルは正確に
1mol = 602,214,076,000,000,000,000,000個
になります.日本語で表すとおよそ6千垓(がい)個となります.なおモルの定義は2019年に,ここで示した定義に改定されました.
水1リットルの中の水分子数は56モルでしたから330千垓個つまりは33𥝱(じょ)個という聞いたこともない数の分子が入っているわけですね.国際単位系の接頭辞ヨタ(Y)を使うと,水1リットルの中の分子数は「およそ33ヨタ個」となります.
ところで,日本には「ラジウム温泉」という温泉があります.日本ではラジウムという金属がほとんど産出しないので,正しくは「放射能泉」という温泉のことだと理解して良いでしょう.放射能泉は温泉1リットルあたり673ベクレル以上の放射能を持つことと環境省によって定められています.
神戸の有馬温泉は有名な放射能泉で,泉源近くは国の基準によれば危険なレベルではあるのですが,僕は子供の頃から随分と浸かったり飲んだりしてきました.なお,日本の放射能泉の放射能の由来はほとんど「ラドン」という気体です.ラドンはベータ線の他にアルファ線も放出します.
アルファ線はベータ線と異なって,陽子2個と中性子2個がひとかたまりになった粒子のビームです.浸透力は極めて弱く,空気中を数センチメートルしか進めません.しかし体内で放射されると極めて有害とされます.2006年に無くなった元ロシア連邦保安庁職員のアレクサンドル・リトビネンコは,アルファ線を放出する物質を飲まされたことによって暗殺された疑いが強いです.死後解剖から,彼が飲まされた物質は44億ベクレルの放射能を持っていたのではないかとされています.
なお370億ベクレルのことを1キュリー(Ci)と呼びます.キュリー夫妻が研究したラジウム1グラムの放射能が370億ベクレルであることから,このような単位がかつて使われました.
シーベルト
放射性物質はそれがトリチウムだろうとラジウムだろうと,また放射線がアルファだろうとベータだろうと,1秒間に1回放出されれば1ベクレルと数えます.
これでは我々人体を含む生体への影響を測るのに不便です.生体が放射線を浴びることを「被爆」と言いますが,被爆による影響の大きさを表す単位が欲しいところです.「シーベルト(Sv)」という単位はまさにこの目的のために考案されました.
シーベルトの定義の前に「グレイ(Gy)」という単位を定義しておかねばなりません.単位ベクレルは放射する側を「数える」単位でしたが,単位グレイは放射される側の影響を測る単位です.物質が何らかの放射を受けて,1キログラムあたり1ジュール(J)のエネルギーを受け取ったとき,その放射の量を1グレイと数えます.(1ジュールはおよそ1/4カロリーです.)
同じ1グレイの放射線を受けても,放射線の種類によって生体が受けるダメージは異なります.もし放射線がアルファ線だった場合は,ベータ線の場合の20倍の影響があると考えられるため,放射線の種類に応じて重み付けをした単位としてシーベルトが考案されました.1グレイのアルファ線は20シーベルト,1グレイのベータ線は1シーベルトと数えるわけですね.
人体への放射線の影響を考えるときはこのシーベルトで測られる量,すなわち「等価線量」で考えなければなりません.ただシーベルトという単位はそのまま使うには大きすぎます.通常はシーベルトの1/1000のミリシーベルト,またはミリシーベルトのさらに1/1000のマイクロシーベルトが使われます.国際放射線防護委員会(ICRP)は一般人が浴びて良い放射線の量を年間1ミリシーベルトまでとしています.1日あたりに換算すると2.7マイクロシーベルト(0.0027ミリシーベルト)までということになりますね.なぜ上限が「1年あたり」と時間区切りなのかというと,人間には自己修復能力があるため,ある程度のダメージは自然に治っていくからです.
先程お話した有馬温泉の泉源は1日あたり310マイクロシーベルトあるそうですが,365日,1日中温泉に浸かっているわけではないので大丈夫ということなのでしょう.
さて,最初の話に戻ります.
トリチウムを含む「処理水」を海洋放出しても良いのでしょうか?
まず,トリチウムは化学的には水素で,酸素と結合して水になっています.したがって処理水中の「軽いほうの」水分子に混ざっているわけです.そのせいで,水からトリチウムだけを選り分けることが大変むずかしいわけですね.化学的性質がほとんど同じですから.また,水中にあるということは,トリチウムが放出するベータ線がほとんど外へ漏れ出さないということでもあります.
トリチウムの周辺に十分な「軽い」水があれば,トリチウムは生体への影響を持ちません.ではどのぐらいだと十分かと言うと,日本政府は水1リットルあたり6万ベクレル以下という基準を設けています.飲料水に関しては,WHOが「飲料水水質ガイドライン第4版」で1リットルあたり1万ベクレル以下という基準を示しています.
トリチウム1万ベクレル分というのは,個数でいうと5兆6,000億個ぐらいに相当します.水1リットルが33𥝱個(33兆の1兆倍)でしたから,このぐらいの比率に希釈すればまず無害ということですね.また1万ベクレルのトリチウムを飲んだ場合,人体が受ける等価線量は0.19マイクロシーベルト(190ナノシーベルト)です.
現在,福島第一原子力発電所のタンクに保存されている処理水は1リットルあたり約100万ベクレルの濃度です.政府は100倍以上に希釈して放出する方針ですから,政府発表通り処理水にトリチウムしか含まれず,発表通りに希釈すれば問題ありません.
実は,日本を含めた世界の原子力発電所がすでにトリチウムを希釈した上で海洋放出しています.日本全体で毎年380兆ベクレルの放出を行っており,これまでトリチウム由来の健康被害がないことから,十分に希釈すれば問題はないのでしょう.
またトリチウムは「生物濃縮」しないため,トリチウム濃度の高い水域の海産物を食べても全く問題はありません.
そうは言っても…
そうは言っても,心配ですよね.
わかります.
それはなぜかと言うと,福島第一原子力発電所を管理している東京電力がトリチウム以外の懸念について公表してこなかったからです.
もとの「汚染水」にはトリチウム以外に,強い放射能を持つ「セシウム134」「ストロンチウム90」「ヨウ素129」「ルテニウム106」などが含まれています.これらの放射性物質を除去しきれていなかったにも関わらず,東電および政府は積極的に公表してきませんでした.
前提となるデータが正しくなければ,どれだけ合理的に説明されても信頼できませんよね.
周期表を見ると一目瞭然なのですが,セシウムは生体に欠かせないナトリウムやカリウムと同じ列にあります.同じくストロンチウムは,これまた生体に欠かせないマグネシウムやカルシウムと同じ列にあります.周期表で同じ列にあるということは,化学的性質が似ていることを意味します.セシウムやストロンチウムは生体に欠かせない材料として,間違って身体に取り込まれてしまうのです.
またヨウ素に関しては,日本人がよく摂取しているヨウ素127と放射性物質のヨウ素129の化学的性質が全く同じなので,海洋に投棄するのは危険です.ヨウ素129は1ミリグラムで6,500ベクレルの放射能を持ち,経口摂取された場合の人体への影響は720マイクロシーベルト(0.72ミリシーベルト)になります.日本人のヨウ素摂取量は1日1から3ミリグラムと推定されていますし,人間を含めた生物はヨウ素を濃縮する性質を持っていますので,ヨウ素の海洋投棄は極めて慎重でなければなりません.
ただし,世界全体では1993年までに8京5千兆ベクレル(85ペタベクレル)の放射性物質が海洋投棄されています.なんてことを人類はしてきたのでしょうか.ぷんすか.
がんに限って言えば,放射線よりも野菜不足や運動不足,酒タバコの影響のほうがリスク要因ではあるのですが,だからといって放射性物質を市民に知らせず投棄して良いものではありません.この点に関しては,今後も政府,東電に強く主張し続けて行きたいと思います.
放射線とアートについて
最後に少しアートに関係のあるお話をして締めくくりましょう.

ガラスにウランを少し混ぜることで,夜中にぼんやり緑色に光るウランガラスを作ることが出来ます.現在ではほとんど生産されていませんが,骨董品が流通しています.僕は神戸の専門店で見かけたことがあります.
電気のなかった時代,熱を持たずに自発光する物質は大変珍しがられたことでしょう.
ウランガラスの歴史は意外と古く,古代ローマでは紀元79年には使われていたようです.工業生産されるようになるのは19世紀半ばですが,第二次世界大戦とともに一気に廃れました.米国では政府がマンハッタン計画のためにウランを押収したために,ウランそのものが市場から消えました.
戦争終結後もウランは戦略物質として国家に管理されることになり,ウランガラスの製造は難しくなりました.
ミリタリーウォッチで有名な「ルミノックス」はトリチウムを使った水素ガス(トリチウムガス)を封入したガラスカプセルを用いた腕時計を販売しています.トリチウムガスが放出するベータ線をガラスカプセルおよび蛍光物質で受け止めて発光させているため,電池無しでずっと光り続けるという仕掛けです.トリチウムガスは通常の水素ガスより重いとは言え空気よりはずっと軽いので,万が一ガラスカプセルが壊れても上空へ抜けていくため安全だというのがルミノックス社の主張です.
深夜真っ暗になるエジプトのオアシスでの調査では,僕もルミノックスを使っていました.オアシスの遺跡調査を卒業してからは使わなくなってしまったのですが,引き出しにはまだ入っており,いまだに光り続けています.
おすすめ書籍

NHK Eテレ『バークレー白熱教室』の講師による講義録. 著者が教授を務めるカリフォルニア大学バークレー校で「学生が選ぶベスト講義」に選ばれた,科学入門講義の書籍版です. 科学初心者を対象とした講義なので,知識ゼロでも大丈夫. エネルギー問題,温暖化,テロなどの身近な時事問題を通じて,現代人に必須の科学知識が体系的に身につく,驚くほどわかりやすい,世界レベルの科学入門講義録です.
本書は2巻構成なのですが,第1巻のほうに「エネルギー」「原子核」「放射能」の講義が掲載されています.
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我々は身近な問題をついつい情緒的に見てしまったり,また大きすぎる問題に対して思考停止してしまったりしがちですが,いつも「物理学」という窓を持っておくと,ある程度冷静に物事を見ることができるようになります.
是非,ご一読ください.
おすすめTEDトーク

カーク・ソレンセンは,トリウム溶融塩炉がエネルギーを生産する上で,現在の原子力発電よりももっと安全で,環境にやさしく効果的な方法であることを説明します.
日本は今後,地球温暖化ガスの放出を抑えつつ,電力の供給源を確保していかなければなりません.しかし,いくら二酸化炭素の放出量が少ないからと言って,今後は従来型の原子力発電所を作ることも出来ないでしょう.水力,風力,太陽光は有力な代替案ですが,安定した電力を確保するためにはどうしても火力か原子力が必要になります.
「トリウム溶融塩炉」は従来の原子炉に変わる新しい原子炉の設計として期待されているものです.原子力の研究には,とりわけ日本ではネガティブなイメージが付きがちですが,このように人類全体を明るく照らす可能性もあるのです.
(トリウムとトリチウムを間違えないようにご注意くださいね.)
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
さて,今週はこちらの質問&回答を…
現在「日本学術会議」の会員承認で揉めて居ますが,そもそもこの会議に何故200人以上もの学者が参加して居るのですか?もっと参加人数は絞っても良いのでは無いでしょうか?
日本学術会議は(その内実はともかく)日本の科学者の内外に対する代表機関であることから,日本が取り組んでいる科学研究を網羅的に拾い上げる必要があります.
日本の科学者は(建前上は)全員が「科学研究費補助金」の助成を申請しますから,この申請分野の数だけ既存の研究分野があるということになります.年度によって若干の変動はありますが,日本学術振興会が定めている学術分野の細目表によると,およそ300の研究分野があることになります.
学術分野間の重複や,1人の研究者でも複数の分野をカバーしているケースがあることを考えるとおよそ200名という学術会議の会員数は,科学研究を網羅的に抑える意味では妥当なものだと考えられます.
ただし,学者が200名集まって意味のある結論を出せるかというと,話はまた別です.
例えば,1980年代〜1990年代にかけての日米貿易摩擦で半導体貿易が問題になったとき,米国政府は全米工学アカデミーに学術面の交渉を委託したのに対し,当時日本側にはカウンターパートが無かった(日本の科学技術会議あるいは学術会議では対応できなかった)と当事者から伺ったことがあります.
こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.
振り返り
先週のテーマ「フランス革命とメートル法」について,YouTubeでお話してみました.
YouTubeと言えば,僕の畏友,河江肖剰先生がYouTubeチャンネルを始められましたので,こちらの方も是非見てくださいね.
読者様限定!アンケートを実施いたします
今週も最後までお読みいただいてありがとうございます.
さて!ここで!
今後の紙面づくりの参考にさせていただきたく,読者アンケートを実施させてください!
今後このニュースレターで取り上げてもらいたい話題について,該当する行をクリックまたはタップしてくださいませ!
出来ましたら次回発行日(2021日4月30日)までにご回答ください.結果はまたこのニュースレターでご報告させていただきますね.
あとがき
本文中で水の学術名として「ジヒドロゲンモノオキシド(DHMO)」を紹介させていただきました.
事情をよくご存じの方は「それって冗談じゃなかったの?」と思われたかもしれません.というのもDHMOにまつわる科学的な冗談があるのです.
皆さんはすでにDHMOが水であることをご存知です.しかし,いまDHMOが未知の化学物質だと仮定してください.
DHMOの性質を列挙してみます.(Wikipedia日本語版より引用.)
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水酸と呼ばれ,酸性雨の主成分である
-
温室効果を引き起こす
-
重篤なやけどの原因となりうる
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地形の侵食を引き起こす
-
多くの材料の腐食を進行させ,さび付かせる
-
電気事故の原因となり,自動車のブレーキの効果を低下させる
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末期がん患者の悪性腫瘍から検出される
どれも嘘ではありません.他に「犯罪者が犯行前に摂取していた」「中毒性がある」「水死体から見つかる」などの冗談もあります.しかもDHMOは以下のようにあらゆる場所で用いられているのです.
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工業用の溶媒,冷媒として用いられる
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原子力発電所で用いられる
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発泡スチロールの製造に用いられる
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防火剤として用いられる
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各種の残酷な動物実験に用いられる
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防虫剤の散布に用いられ,洗浄した後も産物はDHMOによる汚染状態のままである
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各種のジャンクフードや,その他の食品に添加されている
こうなれば「規制すべき」という意見が出てきそうですね.実際,DHMOが水であることを伏せた状態で上記の説明をしたところ「法規制すべき」と回答する人が多いという結果が報告されています.
しかし,DHMOは水です.しかも,水の正しい学術名でもあります.
どうも我々は語感に騙されやすいようですね.「がん」と聞くと恐ろしい病気に聞こえますが「コロナウイルス」と聞くとそこまでの恐ろしさに聞こえません.コロナウイルスは「デスラーウイルス」とでも名前をつけたほうが良かったのかもしれません.
新型コロナウイルスの変異株が猛威を奮っています.皆様もどうかご安全にお過ごしください.
ではまた来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
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