ワールドカップの「1ミリメートルの奇跡」を支えた工学〈前編〉【第107号】〈特別配信〉

日本を奇跡へと導いたゴールライン・テクノロジーについて
金谷一朗(いち) 2022.12.05
誰でも

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【140字まとめ】サッカーのワールドカップが盛り上がっていますね.日本の決勝進出に大きな影響を与えた「ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)」テクノロジーの活躍も記憶に新しいところです.今週はそんなVARを解説します.今号は金曜日を待たずに,執筆中の前半を〈特別配信〉としてお届けします.

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STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.

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いちです,おはようございます.

サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)が盛り上がっていますね.僕は「にわか」サッカーファンなのですがAbemaで録画再生を追いかけています.結果がわかっていても,つい白熱してしまいます.

AP

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さて,今週はグループステージの日本vsスペインで話題になったビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)と,サッカーボールに仕込まれたセンサー・テクノロジーについて書いてみます.レギュラー配信日の金曜日を待っていると,決勝トーナメントの日本vsクロアチアに間に合わないので,執筆中のVARの部分を〈特別配信〉として月曜日にお送りします.

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《目次》

  • ゴールライン・テクノロジーがもたらしたもの

  • 1画素ぶんの奇跡

  • 画像で判定していいの?

  • 〈後編〉でお話ししたい内容

  • 一伍一什のはなし

ゴールライン・テクノロジーがもたらしたもの

ビデオ技術によってスポーツにおける判定の補助をすることを「ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)」と呼びます.日本のプロ野球でも2018年から「リクエスト」制度が導入され,野球ファンにも有名になりました.

サッカー・ワールドカップは日本のプロ野球に比べて積極的にVARを導入しています.英語版ウィキペディアによると,それでも「他のスポーツに比べて遅かった」とは書かれているのですが,専用のカメラを用いた本格的なVARが導入されています.

サッカーの場合,ボールにセンサーを仕込むということも行われています.VARとあわせて,機械によってゴールかどうかを判定するテクノロジーを国際サッカー連盟(FIFA)は「ゴールライン・テクノロジー」と呼んでいます.

ゴールライン・テクノロジーについて,2017年の興味深い記事を見つけました.

フェイエノールト vs PSV(2-1)のトドメに,レフェリーのバス・ナイホイス氏がゴールライン・テクノロジーに基づき,勝ち越しゴールを判定した.この一件は,イェルーン・ゾエのオウンゴールとして記録に残る.ゾエがオウンゴールしたのか,それともヤン・アリー・ファン・デル・ヘイデンの活躍でボールがゴールラインを越えたのか……トップ通過後,多くの人の頭をよぎったのはそのことだった.VI社の取材に対し,ナイハイスはこう説明した.「ゾエがライン上でボールを拾った瞬間はゴールのシグナルが出なかったんだ.ボールを自分のほうに引き寄せた瞬間,そうなったんだ.ゾエのオウンゴールだ」.PSVからは猛烈な抗議があり,ナイハイスもある意味,それを理解していたようだ.「最初,PSVの選手たちは,私がゴールを与えずに歩いているのを見て,何をやっているんだと本当に迫ってきたんです.システムは正しいか? システムを疑っていたわけではありませんが,こんなに遅く来るとは,とても驚きました.それでも,システムに異常があるのではと思ったが,終わってみると……追いかけてよかった」とナイハイスは言った.PSVのストライカー,ルーク・デ・ヨングはその後ナイハイスの判定に疑問を呈したが,ゴールライン・テクノロジーの存在により,ボールがラインを越えたことは確かなようだ.

この試合では,キーパーがボールをキャッチしたものの,一瞬ゴールラインの内側にボールを引き込んでしまったため,ゴールライン・テクノロジーがゴール判定を下したというものです.

人間ではまずできない判定ですね.

こちらはビデオ判定ではなく,ボール内のセンサーによる判定だったようなのですが,ボール内センサーについては〈後編〉で解説したいと思います.

1画素ぶんの奇跡

カタール・ワールドカップのグループステージ日本vsスペインで,日本のゴールが有効だったかどうかが大きな話題を呼びました.

AP

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APのニュース画像から三苫選手の切り返しのシーンを拾ってみます.この瞬間が切り返しの瞬間という保証はないのですが,ニュース画像を信じることにしましょう.審判はボールに内蔵された加速度センサーから切り返しの瞬間の時刻を割り出し,正しいフレームを決定しているはずで,この写真がそのタイミングかどうかはわからないのですが,十分近い瞬間だと仮定します.なおこの画像は1752×986画素でしたが,ニュースレターではサイズを調整してお送りしています.

この写真をラインが垂直になるように時計回りに3.3度回転させて,ラインの上に青い矩形,ボールの上に赤い真円を描いてみました.ラインは境界がはっきりしないこともあり,矩形の幅は「えいやっ」です.青い矩形の幅は画像上で92画素,赤丸の直径は画像上で164画素です.ラインの幅を120ミリメートル,ボールの直径を220ミリメートルとすると,1画素がおよそ1.34ミリメートルに相当します.「えいやっ」でフィッティングしているので,有効数字3桁はないでしょうから「1ミリメートルとちょい」といったところでしょう.

で,この画像をクローズアップすると,矩形と円が1画素ぶん重なっています.ニュース画像が「決定的瞬間」だとすると「1ミリメートルとちょい」残したということになるわけですね.「1.88ミリメートル」とする説は出典がよくわからなかったのですが,間違いとは言えないでしょう.

ワールドカップ本番で使用されたテクノロジーでは,加速度センサーの使用に加えて,高精細ハイスピードカメラを使っていますから,本稿でお話したような「1画素の差」だったということはないでしょうが,それにしても際どい判定でした.

画像で判定していいの?

ところで,1枚の画像でボールがラインをかすっているのか,それともラインを超えているのか,判定して良いものでしょうか? 画像1枚で正しく判定するためには,カメラがラインとボールを「真正面から」「遠近感なしで」捉えている必要があります.このような画像を「オルソ画像(orthoimage)」と呼びます.オルソ画像でなければ,手前にあるボールは奥のラインよりも大きく見えますし,ボールとラインを斜めに捉えてしまって正しく判定できないことがあります.

しかし一度の撮影でオルソ画像を取得できるカメラは基本的にはありません.

そこでFIFAと契約しているホークアイ(Hawk-Eye)というVARシステムではゴールを7台のカメラで捉えているそうです.判定にかかる時間を考えるとオルソ画像の生成まではやっていないと思うのですが,三角測量法を使ってボール位置の推定を行っているようです.もっとも,日本vsスペインの試合では,最終的に目視で確認したんじゃないかなあと想像します.

〈後編〉でお話ししたい内容

ニュースレター〈後編〉では,ボールにセンサーを仕込む技術をお話しようと思います.ボール自身が自分の位置を知ることができればわかりやすいのですが,いまのところそのような技術はコストが見合いません.しかし,加速度センサーやジャイロセンサーといった比較的低コストな技術とVARを組み合わせると,イベント発生時のボール位置を十分な解像度で知ることができます.こういったセンサー・テクノロジーについて書こうと思っています.

一伍一什のはなし

STEAM NEWSは毎週金曜日7:00にお届けしているのですが,今週はサッカーに関係する話題で,なおかつ火曜日0:00に日本vsクロアチアがあるため,ニュースレターを前後半にわけて前半部分を月曜日にお送りしました.

さて,どんな試合になるでしょうか.

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では,また金曜日にお目にかかりましょう.

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追伸:先週までお送りしていました《STEAMな言葉》はウェブサイト「steam.micro.blog」および僕のツイッターアカウント@kanaya,マストドンアカウント@kanaya@mstdn.jpに掲載してみました.成り行きを見て運用を見直します.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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