アーティストと特許【第139号】
2️⃣アーティストによるアートのための特許がいくつも生み出されています
3️⃣著作権は自動的に生じますが特許権は申請が認められてはじめて生まれます
いちです,おはようございます.
国際会議の運営で早稲田大学とリーガロイヤルホテル東京に缶詰になっています.表も裏もエキサイティングな会議になっていますので,後片付けを終えたらご報告しますね.
(音声版の方は土曜日の朝に更新予定です.)
さて,今週はアーティストと「特許」に関する話題をお届けします.

Michael Jackson: Smooth Criminal
このダンスの写真には,ある特許技術が隠されています.どんな特許なのかも,このニュースレターでご紹介します.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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特許ってなんだっけ?
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アーティストが生み出した特許
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野口五郎特許
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現代アートと特許
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ホリエモンの発明は特許になった?
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今週の書籍
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今週のTEDxトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
特許ってなんだっけ?
「特許」と言った場合,通常は特許法によって与えられる「特許権」のことを指します.特許権は「特許になる発明」を「特許を受けられる者」が「適切な出願書類」を政府に出願し,審査にパスすると得られるものです.
特許権が認められると「出願日から原則20年間その発明を独占」することができ「自分の特許を勝手に使っているものを訴えることができる」上に「自分の特許をお金を取って他人に使わせること」ができるようになります.
では「特許になる発明」とは何かというと「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」ということになっています.なんだか難しそうですね.簡単に言うと「特許になる発明」とは,自然法則に従うもので(永久機関は駄目),創作で(発見は駄目),技術的思想です(キャラクターデザインは駄目).
また,特許法では上記の条件に加えて「産業上利用可能性があること」「新規性を有すること」「進歩性を有すること」などを特許登録の条件としています.進歩性とは,先行技術の単なる延長ではないことを示します.進歩性については,あとで「ホリエモン特許」のところで見てみましょう.
アーティストが生み出した特許
歴史的ミュージシャン,マイケル・ジャクソンはミュージックビデオ(MV)を音楽の付属品から芸術にまで高めたアーティストです.彼の作品のひとつに「スムーズ・クリミナル(Smooth Criminal)」のフィルムがあります.
彼は重力を無視するかのような踊り,通称「反重力傾斜(Zero gravity)」を行います.僕はこの映像をはじめてみたときはカメラによるトリックだと思ったのですが,そうではありませんでした.彼はライブステージでもこの踊りを披露するのです.
お時間のない方も,どうか上の動画の6分30秒過ぎから30秒だけ見てください.
この反重力傾斜を実現しているのが,マイケルによる特許「反重力イリュージョンを作る方法と手段(Method and means for creating anti-gravity illusion)」(米国特許第5255452号)です.
靴の裏側にフックが有り,ステージから突き出たボルトをこのフックに掛けることで靴をステージに固定するものです.あとは,マイケルとダンサーたちの背筋力でスムーズに体を傾けるのです……って,どんだけ筋力あるねんっ!
なお反重力傾斜の特許権は2005年に消滅しています.つまり,真似をしても合法なのです.とは言え,誰かが真似をしてもマイケルのパロディになってしまうところに,マイケルのアーティストとしての偉大さがありそうですね.
野口五郎特許
歌手の野口五郎さんは,音楽家のほかに情報技術者としての顔も持っています.彼は音楽ライブの映像をデジタル配信するサービス「テイクアウトライブ」の発案者で,本サービスを実現するためのいくつかの特許(特許第4859882号,第6032997号,第6091357号,第6192178号)を取得しています.
テイクアウトライブでは,アーティストはQRコードのようなデータコードをユーザーへ販売します.ユーザーはデータコードを携帯電話やスマホで読み込んで,ライブ映像へアクセスします.このときデータコードとユーザーの電話番号が紐づくので,ユーザーはライブ映像を転売することができなくなります.
賢い仕組みですね.本特許は日本でiPhoneが販売開始された2008年に出願されています.先見の明とはこのことかもしれません.
現代アートと特許
クリエイター集団として名高い「チームラボ」も特許を取得しています.その名も「お絵かき画像表示システム」(特許第5848486号)で,ユーザーが描いた絵をコンピューターで読み取って,絵をアニメキャラのように動かすシステムです.(チームラボの皆さん,雑な説明でごめんなさい.)

お絵かき水族館(チームラボ)
アート作品を保護する法律と言えば「著作権法」のほうが有名ですし,一般的です.著作権法が保護するのは「思想または感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」です.なお1985年(昭和60年)の法改正で,コンピュータープログラムも著作権法の保護対象になっています.
というわけで,チームラボが制作する(僕たちも制作する)コンピュータープログラムを駆使したアート作品もまた,著作権法で保護されている……とは言えないのです.著作権法は「表現」を保護する法律であって「アイディア」つまり「思想」を保護する法律ではないのです.アイディアを保護してもらおうと思ったら,特許申請をするしかないのです.
チームラボが特許申請を行ったのは,このような事情があったのでしょうね.
ホリエモンの発明は特許になった?
ホリエモンこと堀江貴文さんも興味深い特許申請をしています.彼が申請したのは,ウェブブラウザのエラー画面を広告にするというもの.アドレスバーにたとえば「google.com」と打ち込むべきところを「gooogle.com」と打ってしまうことはありますよね? そんなとき,ウェブブラウザは「サーバーが見つかりません」というページを表示するのですが,その代わりに広告を表示しようというものです.(なお現在のところ「gooogle.com」は「google.com」にリダイレクトされますが「goooogle.com」はエラーになります.)
本申請は「進歩性」が認められず,拒絶査定になっています.ホリエモンは特許の勉強に申請しただけだったそうで,そのまま不成立にしています.
ただし,特許権が認められなかったからといって,その発明が無意味なものだったということにはなりませんし,逆に特許権が認められたからといって,その発明に効果があるとも限りません.商品広告に「特許取得」と高らかに歌い上げているものがありますが,それは必ずしも商品の性能や効能を保証するものではないのです.
世の中にはたくさんの,そして意外な特許があります.また折りに触れ,ご紹介しますね.
今週の書籍

大学三年生のマイは特許事務所でアルバイト中.マイの仕事は「個性的な特許を見つけること!」.仕事を通じてマイは「特許とは何か?」を学んでいく….ビートたけし,大前研一,孫正義,ホリエモンの発明や,話題のiPS細胞特許も登場.
ちょっとばかり手に取るのをためらうタイトルですが,中身はなかなか硬派です.とくに「ファイル13」として掲載されている「ドクター中松のウデンワ」はドクター中松の特許戦略をうまく解説してくれています.特許関係の本というと彼を批判的に紹介することが多い気がするのですが,本書は公平に評価しているところが良かったと思いました.
今週のTEDxトーク
愛知県の小学六年生,神谷明日香は,ただ祖父の仕事を楽にしたい一心で自由研究に取り組んだ.そこから生まれた缶自動分別ゴミ箱の発明により,明日香は日本で最年少の特許保持者の一人となった.彼女は子供たちの持てる力を示し,他の子供たちを勇気づけてくれる.
僕がTEDxKyotoというイベントでプロデュースをさせていただいたトークです.このトークは,発明は「とにかくやってみる」ことからという基本に立ち返らせてくれます.当時の思い出はここには書ききれないので,別冊でお届けします.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
あなたは,現実世界で「現場猫」案件に出会ったことはありますか?(なんだか知らんがとにかくヨシという,危険,ダメな案件などなど)

ヨシ!
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
「日米先端工学シンポジウム(JAFOE)」というイベントが終了しました.日本の若手工学研究者30名,アメリカの若手工学研究者30名を集めて,3日間缶詰にして徹底討論させるというクレイジーなイベントです.日米ともに超ハイレベルな研究者が集まってくださったうえに,特別講演に伊藤公平先生(慶應義塾長),浅川智恵子先生(日本科学未来館館長)のお二人も駆けつけてくださいました.お二人はこの立場にありながら,自ら実験もする第一線の研究者でもありつづけているところが,なんというか,驚異的です.
最先端の知見をお届けすることもSTEAM NEWSの使命だと思っています.引き続き拡散,コメントなどよろしくお願いします.あと,STEAMボート乗組員(サポートメンバー)も募集しております.ぜひメール末尾のご案内をご参考にしてくださいませ.
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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