神はサイコロを振る【第101号】

2022年ノーベル物理学賞受賞研究が示したもの
金谷一朗(いち) 2022.10.28
誰でも

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【140字まとめ】2022年のノーベル物理学賞は,量子力学を大きく発展させ,量子情報科学という新しい学問分野を切り開いた3人の物理学者に贈られました.今週はこの3人の前に立ちはだかったアルベルト・アインシュタインの疑問と,3人の成果の意義についてお話しします.

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STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.

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いちです,おはようございます.

The Nobel Prize
The Nobel Prize

2022年のノーベル物理学賞は,フランスのパリ・サクレー大学のアラン・アスペ(Alain Aspect)博士,アメリカのジョン・クラウザー(John Clauser)博士,オーストリア・ウィーン大学のアントン・ツァイリンガー(Anton Zeilinger)博士の3人に贈られました.

3人は物理学の一分野である「量子力学」の発展に大きく貢献し,また「量子情報科学」という新しい学問分野を開拓しました.

YouTubeチャンネル「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」では「【速報】ノーベル物理学賞2022を解説【ベルの不等式の破れ】」という動画をアップして,とても分かりやすく解説してくれています.

この号では,2022年ノーベル物理学賞が贈られた「量子もつれ」現象の理論について,そのエッセンスをお届けします.

あ,少し見栄を張りました.

「量子もつれ」現象の理論について,僕の理解できた範囲で,なおかつ説明できそうな範囲で,エッセンスをお届けします.

今週もどうぞお楽しみください.

【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています.ときどき裏話をつぶやいています.ツイッターアカウントをお持ちの方は是非ご参加ください.

《目次》

  • 「神はサイコロを振らない」と,アルベルト・アインシュタインは言った

  • 中の人などいない

  • 量子テレポーテーション

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

「神はサイコロを振らない」と,アルベルト・アインシュタインは言った

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)は1905年に「光の粒子説」を発表します.当時,光は「波」だと考えられていたのですが,アルベルトによると,光は「波」であると同時に「粒」でもあると言うのです.

この発見によって,物理学は新しい時代を迎えます.「量子力学」の誕生です.

量子力学はやがて,アルベルトの想像とは違う方向へ急速に発展します.

たとえば,こんなことがあります.

「ラジウム226」という放射性元素があります.ラジウム226の半減期は1,600年.ということは,200個のラジウム226があったとすると,1,600年目にはおよそ100個に減っており,3,200年目にはおよそ50個に減っているということです.(より正確に言うと,1,600年おきに半分のラジウムが「ラドン」と「ヘリウム」という気体へと「崩壊」します.)

最初の200個のラジウム226のうちのひとつに目印を付けておいたとしましょう.この目印付きのラジウム226は何年目に消えて無くなるでしょうか.

答えは確率的にしかわからないのです.その確率は「1,600年目に1/2」です.

そんなことがあるでしょうか.

太陽と地球の位置関係は,1,600年後のことまで計算できます.もっと複雑なこと,たとえば1,600年後の長崎に雨が降るかどうかを我々は計算できませんが,もし我々が大気中の分子1個1個の状態を知っていて,それに十分なパワーのある計算機があれば,計算できるかもしれません.

目印を付けられたラジウム226にも,ひょっとしたら我々の知らない内部メカニズムがあって,いついつに消えて無くなると決まっているのではないでしょうか……アルベルト・アインシュタインはこのような疑問を持ち始めました.

量子力学がもたらす発見には,我々の直感に反するものがいくつもあります.ラジウム226はその一例で,他にもたとえば,電子の通り道は「確率的にしか」分からないと言ったこともあります.ひとつの電子が大阪から東京へ旅行するのに,名古屋を通るのか,金沢を通るのか,確率的にしか分からないのです.それどころか,ひとつの電子が「半分」名古屋経由で「半分」金沢経由になるのです.

「電子だって物質なんだから見りゃわかるでしょ」と思いがちなのですが,なんと「見る」つまり「観測する」と,その瞬間に電子は名古屋か金沢のどちらを通ったか確定してしまいます.

えーっ,これ絶対内部メカニズムあるよね,我々には見えないだけだよね……と,アルベルト・アインシュタインたちは考えました.アルベルトは「神はサイコロを振らない」と,1926年に物理学者マックス・ボルンへ手紙を書いています.

中の人などいない

アルベルトが決定的に疑ったのは「量子もつれ」という現象に対してです.ラジウムよりもうんと小さい粒子,ある種の素粒子がぱかっとふたつに割れて「電子」と「陽電子」になったとします.この二人はお互いに「もつれた」状態にあって,どれだけ遠くに引き離しても,極端な話,銀河の果てまで引き離しても,その関係は変わりません.

量子もつれのイメージ. (Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences)
量子もつれのイメージ. (Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences)

そして,もし「電子」のほうを「観測」して状態を確定させると,自動的に,銀河の果てにある「陽電子」のほうの状態も決まります.電子が「⬆️」状態だとすると,陽電子のほうは「⬇️」状態である,などです.気をつけないといけないのは,観測前は電子も陽電子も状態が決まっていなかったということです.正確に言えば,両方とも「半分⬆️半分⬇️」だったのです.

「え,これって,元から状態決まってたよね,でないと一瞬で銀河の果てに情報が伝わったことにならない?やばくない?」とアルベルトは疑いました.「中の人」いるんちゃうんかと.アルベルトは,ボリス・ポドルスキー(Boris Podolsky),ネイサン・ローゼン(Nathan Rosen)と共同で1935年にこの懸念を訴えています.

1964年,北アイルランド出身の物理学者ジョン・スチュワート・ベル(John Stewart Bell)は,もしそのような「中の人」がいるとしたら満たすべき「ベルの不等式」を提唱しました.

1972年にアメリカのジョン・クラウザーとスチュアート・フリードマンによって,ベルの不等式が成り立っていないことを示す実験がなされました.

1982年には,フランスのアラン・アスペによってより精緻な実験が行われ,ベルの不等式は成り立たないことがほぼ決定づけられました.

「中の人」はいなかったのです.

ベルもフリードマンも残念ながら故人となっており,ノーベル賞の受賞には至りませんでしたが,クラウザーとアスペはノーベル物理学賞を受賞しました.

量子テレポーテーション

最後に,アントン・ツァイリンガーのノーベル賞受賞理由となった「量子テレポーテーション」についてご紹介します.

まず,アルベルトが疑ったこと,つまり「量子もつれ」の中の人がいないとすると,情報のワープを認めることにならないのという疑問について,解決しておきます.

「情報を伝える」というのは,突き詰めて言えば「コインの表が出ます」というメッセージに他なりません.「コインの表か裏のどちらかが出ます」というメッセージは情報量ゼロです.これでは「犯人は内部,もしくは外部の者の犯行」というプロファイリングと同じですね.

銀河の果てまで「もつれた」粒子を持って行って,その粒子を「観測」しても,地球に残してきた粒子の観測結果に何かの影響を与えるわけではありません.ですから,情報が一瞬で伝わったわけではないのです.

では「量子もつれ」は何の役にも立たないのかというと,これが大いに役立つのです.「量子もつれ」を利用すると,先ほど出てきた「半分⬆️半分⬇️」という,どっちつかずの粒子をコピーすることができるのです.これを「量子テレポーテーション」と呼びます.

「量子コンピューター」という「半分⬆️半分⬇️」粒子を使って計算を行うメカニズムがあります.これは「⬆️」に「1」を,「⬇️」に「0」を割り当てることで,本来なら1か0か確定しているべきところを「半分ずつ」の状態のまま計算してしまうものです.量子コンピューターの計算結果を取り出すのに,この量子テレポーテーションを応用すると,コンピューターの中身を乱さなくて済むため信頼性が向上すると期待されています.

今週の書籍

「量子ビット」を使うと,なぜ「超並列計算」ができる? 莫大な計算結果の重ね合わせ状態から,答えを1つに確定できるのはなぜ? まったく新しいしくみによって,現在のスーパーコンピュータをはるかに凌ぐ力を発揮する量子コンピュータ.研究の最先端にいる著者が,従来のコンピュータのしくみと対比させながらその基礎と,実現にむけた試みを平易に解説.
Amazon

量子コンピューターの理解に必要な最低限の量子力学の説明から,代表的な「量子アルゴリズム」まで詳しく解説してくれています.2005年の出版ですが,いまでも古くなっていません.

今週のTEDトーク

量子コンピュータは現在私たちが利用しているコンピュータを単に強化したものではありません.それは既存のコンピュータとはまったく異なり,新たな科学的理解,すなわち大きな不確定性に基づくものなのです.TEDフェローのショヒーニ・ゴーシュとともに量子の不思議の国に入り,この技術がいかにして医学を変革し,ハッキング不可能な暗号を生み出し,さらには情報のテレポートを生み出す可能性を持っているかを学びましょう.
TED

量子コンピューターが「半分⬆️半分⬇️」というどっちつかずの状態を使って計算するメカニズムを,興味深い実験を通して示しています.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのご質問から.

なぜプログラミング言語は複数存在するのでしょうか?混乱を避けるためにもひとつに統合するべきだと思うのですが?
Quora

プログラマには作りたいものがみっつあります.

オペレーティングシステムと,ゲームと,プログラミング言語です.

これが,プログラマがいる限り,新しいプログラミング言語が産まれ続ける理由です.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

量子力学に関して,アルベルト・アインシュタインの直感「神はサイコロを振らない」は結果的に誤っていましたが,その事はアルベルトの名誉を僅かにでも曇らせるものではありません.

実際,1905年に「特殊相対性理論」と「光量子仮説」(光の粒子説)を同時に発表したアルベルトは,この時点でいずれ当時の物理学が大きく修正されるだろうことを見越していたようです.物理学者の砂川重信先生は「相対性理論の考え方」で,ほとほと感心したと言われています.

さて,ポッドキャスト番組「サイエントーク」のレンさんが主催される「科学のおしゃべり、しませんか?科学系ポッドキャストの日」企画にあわせて,次回のテーマを考えています.この企画にはお題が出されていまして,そのお題が「発明」なんです.STEAM NEWSでもこれまで数多くの「発明」をご紹介してきましたが,次はどんな「発明」をお届けできるかなーと,いま思案しているところです.

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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