【第15号】色を混ぜるとはどういうこと?

加法混色と減法混色の違いとは?
金谷一朗(いち) 2021.03.26
誰でも

いちです,おはようございます.

このニュースレター『STEAM NEWS』は毎週金曜日朝7:00にお届けしています.

すでにお気づきの方もおられるかと思いますが…実は本日配信予定だった【第14号】を間違って木曜日に配信してしまいました.僕はニュースレターを配信プラットフォームにアップしたら,まずは自分宛てにテスト送信して,修正して,またテスト送信してというのを数回繰り返して本番送信に備えるのですが,今回は間違って1回目のアップロードで配信してしまいました.

誤字脱字はもちろんのことなのですが,流れの悪い部分なんかもテスト配信してから気づくことが多いのですよ.なぜなんでしょうか.

というわけで,いきなりメールが届いてしまった皆様,いつもより誤字が多いとお気づきの方,どうか笑ってお許しください.(ウェブ版では若干修正をしています.)

さて,折角の機会ですので,改めて【第15号】として補足を送らせていただくことにしました.今回の号は【第13号】【第14号】を先にお読みいただくと,言葉の意味がより分かると思います.

加法混色と減法混色?

色の混ぜ合わせ,つまり混色には「加法混色」と「減法混色」のふたつがあると言われています.

「加法混色」は光の混色のことで,赤,緑,青を混ぜると白色になるとか,赤,緑を混ぜると黄色になるとかですね.これはニュートンが見つけていたものでした.こちらに加法混色の概念図をご紹介します.

この図の通りに,例えば色付きのスポットライトを白い壁に当てると,3色が重なった部分は白く見えます.これを利用したアート作品もあります.

これ,影の部分に色がついて見えるんです.面白いですね.

「減法混色」は絵の具の混色のことで,赤と黄色を混ぜると橙色になったり,黄色と青を混ぜると緑になったり,絵の具をいっぺんに全部混ぜると黒っぽい何かになったりするとかですね.こちらも概念図をご紹介します.

これは絵の具を混ぜたときに起こる現象で,現在ではカラープリンタに応用されています.ゲーテは「赤」「黄」「青」を三原色としましたが,プリンタで使われているのはシアン(C),マゼンタ(M),黄(Y)です.あと,この3色を混ぜても真っ黒にはならないので,黒(K)インクないし黒(K)トナーの追加がほとんどいつも行われます.いわゆるCMYKですね.

あれ,じゃあどっちが色の三原色なの?ゲーテは青とシアン,赤とマゼンタを取り違えただけなの?どっちの混色が「科学的に」正しいの?

実はここに,ゲーテが勘違いした,そして現在においても誤解されがちな現象が隠されています.

まず加法混色のほうですが,これはニュートンが示した通り,物理的な光(フォトン)が生理的な目に引き起こすメカニズムに他なりません.400テラヘルツのフォトンは目のL錐体を刺激して赤の感覚を提示します.600テラヘルツのフォトンはM錐体を刺激して緑の感覚を提示します.650テラヘルツのフォトンはS錐体を刺激して青の感覚を提示します.L錐体とM錐体が同時に同程度刺激されると,人間は黄色を感じます.L錐体とM錐体とS錐体の全てが同時に同程度刺激されると,人間は白色を感じます.これが加法混色のメカニズムでした.

一方「減法混色」のほうは名前の付け方には難があります.というのは,どこにも「引き算」(減法)が無いからなのです.

絵の具に含まれる色素は,顔料または染料と呼ばれます.どちらの名前で呼ばれるかは,水や油に溶けるかどうかで決まっていますが,これからお話する内容に関して言えば気にする必要はありません.

色素はある特定の周波数を持つフォトンを選択的に反射または透過させます.反射でも透過でもだいたい同じことが起こっているので,簡単にするために透過で説明をさせてください.いま,絵の具を小さなステンドグラスと思ってください.

一番劇的な混色である,黄色と青から緑を作るところを考えてみます.まず白い紙の上に,黄色いステンドグラスで太陽光を落とします.もちろん紙の上に黄色が見えます.もとの太陽光は様々な周波数のフォトンを含んでいますが,黄色いステンドグラスによってかなりの(例えば5割の)青成分が捨てられてしまいます.この紙からあなたの目に反射してくるフォトンは赤成分,黄成分,緑成分といったところになります.もちろん赤と緑は目の中で合わさって脳に黄色信号として届けられていますので,全体として黄色だけが見えています.

この黄色を反射する白い紙を,今度は青いステンドグラスを通して見てみると何色が見えるでしょうか?ご想像の通り,緑色が見えます.青いステンドグラスは,青以外の光を遮るフィルタとして働きます.青いステンドグラスは,特に青から「遠い」色,つまり赤に対して強く働きます.白い紙から反射してくるフォトンが赤成分,黄成分,緑成分だったことを思い出しましょう.青いステンドグラスは赤成分のほとんど(例えば9割)と,黄成分の一部(例えば6割)を捨ててしまいます.残ったのは,そう,緑成分でした.

これが,絵の具による混色のメカニズムでした.

どこにも引き算はありませんよね?無理に解釈すれば,ステンドグラスがある特定の周波数を持つフォトンを「引き去って」しまうところでしょうか.物理学者はこの現象を記述するのに「引き算」ではなく「掛け算」を用いることを好みます.それがこの物理現象をより良く記述するからです.

減法混色と言わずに「乗法混色」と呼べば,科学用語と美術用語の関係はより良いものになるでしょう.

いろんな色素の話

ついでながら,現在使われている代表的な色素をご紹介しましょう.色素は膨大な種類があるのですが,ここでは古くから使われ,現在でも使われている「無機顔料」つまりは鉱物由来で,水や油に溶けにくいものをご紹介します.

黒として最もよく用いられているのは,カーボン(炭素)です.書道で使う墨もカーボンですし,鉛筆や木炭もまたカーボンです.

黒,というよりも,光を吸収する素材は長く材料科学の研究対象で,例えばベンタブラックと呼ばれる物質は可視光の99.965パーセントを吸収します.これはカーボンナノチューブから作られるもので,成分だけ考えればカーボンですね.

2019年には可視光を99.995パーセント吸収する物質がMITによて発見されています.こちらもカーボンナノチューブから出来ているそうで,やはりカーボンでした.

右が「最も黒い物質」, MIT

右が「最も黒い物質」, MIT

茶色

茶色の原料として古くから使われてきたのがシェンナと呼ばれる土(主に酸化鉄,二酸化マンガン)です.イタリアのシエーナ産のものが最も有名だったためシェンナと呼ばれていますが,世界中で見つかります.

赤の原料として最も一般的なのは,弁柄(べんがら)またはレッド・オーカーと呼ばれる鉱物由来の顔料です.成分は我々の血液と同じ,酸化鉄です.

同じく鉱物由来ですが,やや橙色に近い四酸化三鉛が鉛丹(えんたん)として知られています.古代ローマや日本でも広く使われています.

(無機顔料ではありませんが,より深い赤として,カーマインという色素が古くからよく使われています.こちらは生物(コチニールカイガラムシ)由来で,食品添加物として許可されているものもあります.)

黄色も茶色と同じく,土から取り出すことの多い色素です.古くから使われていたものにアンバー(主に水酸化鉄,二酸化マンガン),オーカー(主に水酸化鉄)があります.

また鉛錫黄 (lead-tin-yellow) という顔料が15-17世紀によく用いられていましたが,18世紀中頃に突然姿を消しています.

より鮮やかな黄色として,クロム・イエローという顔料があります.これは鉛とクロムの酸化物で,現在の工業製品に広く使われています.またほとんどの緑顔料がこのクロム・イエローと青顔料との混合物です.

比較的登場が遅かった色素としてカドミウム・イエローがあります.こちらは安定した色を出すことが近代まで難しかったのですが,現在では絵の具に広く使われています.

他に雄黄(ゆうおう)というヒ素化合物が中世まで使われていましたが,毒性のため使われなくなりました.

緑顔料は選択肢が少なく,ビリジアン(クロム化合物)はその数少ない中のひとつです.その使用は16世紀まで遡れるのですが,それ以前はわかっていません.

マラカイト(孔雀石,炭酸水酸化銅 )という緑色の石を砕いたものは,クレオパトラのアイシャドーに使われていました.日本でも岩絵の具として使われています.

青の原料は地球上の分布が偏っており,それ故高貴な色とされることが多かったです.今でも青色絵の具は赤や黄色に比べて高かったりします.代表的な青顔料はウルトラマリン(瑠璃)でしょう.これは天然石のラピスラズリから作られています.金と補色関係にあるため,高級感を出すにもうってつけだったのでしょうね.現在では工業生産された青のほうをウルトラマリンと呼び,ラピスラズリのほうはペルシャン・ブルーと呼ぶこともあります.

ウルトラマリンは高価すぎたため,アズライトという鉱物で代用することがしばしば行われました.しかし画家のフェルメールはウルトラマリンをたっぷりと使っていました.

なお古代エジプトではエジプシャン・ブルー(カルシウム銅珪酸塩)が発明されています.こちらは天然鉱物ではなく合成顔料で,おそらくは人類最古の人工合成された顔料です.

東洋の磁器ではコバルト・ブルーが8世紀頃から使われています.

2009年に,ウルトラマリンよりもさらに「青い」インミン・ブルー(YInMnブルー)という顔料が発見されています.

インミン・ブルー, Mas Subramanian, CC BY-SA 4.0

インミン・ブルー, Mas Subramanian, CC BY-SA 4.0

〈追記:本誌【第31号】でブルーについて詳しくお話しています.〉

紫は青よりもさらに手に入りにくい色です.中国で漢王朝の頃まで使われていた Han purple (漢紫)という,バリウム・銅・珪酸塩が紫色を示しています.

(Han purple はあまり用いられず,衣服の染料としてロイヤル・パープル(貝紫)という生物由来の色素が,多くの場合,高貴な色として用いられました.)

さて,最後に白顔料をご紹介して締めくくりましょう.現在広く使われている白顔料は酸化チタン(チタニウム・ホワイト)ですが,チタニウム・ホワイトが実用化される前は,鉛白(えんぱく,リード・ホワイト)がよく用いられていました.リード・ホワイトは人間の肌と色彩的によく馴染むため,化粧品として,また人物画の絵の具として欠かせないものでした.(有毒なため,現在は化粧品としての使用は禁止されています.)

リード・ホワイトの代用品として使われたジンク・ホワイトは絵の具としての耐久性に乏しく,あまり普及しませんでした.

胡粉(炭酸カルシウム)は日本で非常に多く用いられてきた白顔料で,主に貝殻から作られています.チョークは炭酸カルシウムを工業的に生産したものです.

あとがき

…というわけで,緊急配信(?)させていただいた【第15号】をお楽しみいただけましたでしょうか.

『STEAM NEWS』では皆様からの質問もお待ちしております.よろしければこちらから匿名質問をお送りください.

では,今度こそ,また来週.

***

ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」

発行者:金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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