【第14号】くたばれ!ゲーテの色彩論〈後編〉

詩人ゲーテが「色彩」について犯した間違い〜いよいよ核心へ
金谷一朗(いち)
2021.03.25
読者限定

いちです,おはようございます.

今週は「くたばれ!ゲーテの色彩論〈後編〉」をお届けいたします.〈前編〉をまだお読みでない方は,是非こちらから〈前編〉をお読みください.

steam.theletter.jp

〈前編〉では触れられなかったのですが,文豪ゲーテが残した「色彩論」は今でも美術教育に強い影響を残しています.ゲーテの「色彩論」が科学的に正しい内容だったなら,なんの問題もないのです.そうではなく,ゲーテの「色彩論」は科学的に見て間違いだらけなのです.

しかし,ゲーテの「色彩論」に触れる前に,簡単にこれまでの内容を振り返っておきたいと思います.

ニュートンの「光学」

イギリスの物理学者アイザック・ニュートンは白色の太陽光をプリズムで7色に分解し,それぞれの色の光線をレンズで混ぜ合わせて再び白色にするという実験を繰り返しました.なお虹を7色に分解したのは7色に見えたからではなく「ドレミファソラシ」の7音階からの類推でした.このあたりの事情は本誌【第7号】「音楽がインスパイアした科学」をお読みいただければ幸いです.

steam.theletter.jp

さて,ニュートンが7色を全部を混ぜ合わせた結果,光の色は白に戻ったのですが,これは想定の範囲内だったことでしょう.ニュートンはそこから1色ずつ減らしていって,ついに「これだけあれば白色に戻る」という色の組み合わせを見つけました.それが「赤」「緑」「青紫」でした.ニュートンはこの実験をまとめて「光学」という本にまとめました.1704年のことです.

ニュートンがみつけた三つの「原色」つまり「三原色」の正しさを目に見える形で示したのは,イギリスの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルによる世界で初めてのカラー写真でしょう.このリボンを写した写真は1861年に撮られています.

James Clerk Maxwell
James Clerk Maxwell

当時はモノクロ写真しか撮れなかったのですが,マクスウェルはカメラに「赤」「緑」「青」のフィルタを順番に取り付けて,3回にわけて写真を撮影しました.撮影されたモノクロ写真にもそれぞれ「赤」「緑」「青」のフィルタをかぶせて3台の映写機で壁に映し,壁の上でカラー写真を合成したのです.

またも余談ですが,このマクスウェルは電気と磁気の関係をまとめあげ,本人は意図しなかったものの結果としてニュートンの物理学を修正することになりました.この点を最初に指摘したのはドイツ人アルベルト・アインシュタインだったのですが,この話はまたいずれしたいと思います.

ニュートンの「三原色」のほうは現在に至るまで修正されずに,あらゆる表示装置で使われています.

ここで少し前にJR東京駅で撮影した写真を御覧ください.

筆者撮影
筆者撮影

右の電光掲示板は赤,橙,黄,緑しか表示できていません.一方,中央と左の電光掲示板は青緑,青,紫,赤紫,それに白まで表示できています.三つとも発光ダイオード(LED)という半導体を使って発色しているのですが,右の電光掲示板だけ製造年が古く「青色LED」が発明される前のものなんです.

青色LEDは文字通り青色に光る半導体で,日本人の中村修二が発明・実用化しました.1993年のことです.この発明以前は赤色や緑色LEDしかなく,それらの光を混ぜた橙や黄までしか出せなかったんですね.青色LEDの発明のおかげで三原色が揃ったことになり,白を含むあらゆる色を発光できるようになりました.(実際には,青色LED発明後に緑色LEDか改良され,これをもって三原色が揃ったことになります.)

つまりは,ニュートンの「三原色」論は現在に至るまで修正が必要なかったのです.

しかし,今からおよそ200年前に,ニュートンに噛み付いた大物がいました.それがゲーテです.ニュートンの「光学」からおよそ100年後,マクスウェルがカラー写真を撮影するおよそ50年前の1810年のことでした.

ゲーテの「色彩論」

ゲーテの「色彩論」は「教示篇」「論争篇」「歴史篇」の3部構成になっています.「教示篇」でゲーテ独自の理論を述べており「論争篇」でニュートンの「光学」を批判しています.「論争篇」の原題は「ニュートン光学理論を暴く」となっており,タイトルからして穏やかではありません.

ここから先は限定公開です

下記からメールアドレスを入力するだけで続きを読むことができます。

すでに購読された方はこちら

ログインする