【第14号】くたばれ!ゲーテの色彩論〈後編〉

詩人ゲーテが「色彩」について犯した間違い〜いよいよ核心へ
金谷一朗(いち) 2021.03.25
誰でも

いちです,おはようございます.

今週は「くたばれ!ゲーテの色彩論〈後編〉」をお届けいたします.〈前編〉をまだお読みでない方は,是非こちらから〈前編〉をお読みください.

〈前編〉では触れられなかったのですが,文豪ゲーテが残した「色彩論」は今でも美術教育に強い影響を残しています.ゲーテの「色彩論」が科学的に正しい内容だったなら,なんの問題もないのです.そうではなく,ゲーテの「色彩論」は科学的に見て間違いだらけなのです.

しかし,ゲーテの「色彩論」に触れる前に,簡単にこれまでの内容を振り返っておきたいと思います.

ニュートンの「光学」

イギリスの物理学者アイザック・ニュートンは白色の太陽光をプリズムで7色に分解し,それぞれの色の光線をレンズで混ぜ合わせて再び白色にするという実験を繰り返しました.なお虹を7色に分解したのは7色に見えたからではなく「ドレミファソラシ」の7音階からの類推でした.このあたりの事情は本誌【第7号】「音楽がインスパイアした科学」をお読みいただければ幸いです.

さて,ニュートンが7色を全部を混ぜ合わせた結果,光の色は白に戻ったのですが,これは想定の範囲内だったことでしょう.ニュートンはそこから1色ずつ減らしていって,ついに「これだけあれば白色に戻る」という色の組み合わせを見つけました.それが「赤」「緑」「青紫」でした.ニュートンはこの実験をまとめて「光学」という本にまとめました.1704年のことです.

ニュートンがみつけた三つの「原色」つまり「三原色」の正しさを目に見える形で示したのは,イギリスの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルによる世界で初めてのカラー写真でしょう.このリボンを写した写真は1861年に撮られています.

James Clerk Maxwell
James Clerk Maxwell

当時はモノクロ写真しか撮れなかったのですが,マクスウェルはカメラに「赤」「緑」「青」のフィルタを順番に取り付けて,3回にわけて写真を撮影しました.撮影されたモノクロ写真にもそれぞれ「赤」「緑」「青」のフィルタをかぶせて3台の映写機で壁に映し,壁の上でカラー写真を合成したのです.

またも余談ですが,このマクスウェルは電気と磁気の関係をまとめあげ,本人は意図しなかったものの結果としてニュートンの物理学を修正することになりました.この点を最初に指摘したのはドイツ人アルベルト・アインシュタインだったのですが,この話はまたいずれしたいと思います.

ニュートンの「三原色」のほうは現在に至るまで修正されずに,あらゆる表示装置で使われています.

ここで少し前にJR東京駅で撮影した写真を御覧ください.

筆者撮影
筆者撮影

右の電光掲示板は赤,橙,黄,緑しか表示できていません.一方,中央と左の電光掲示板は青緑,青,紫,赤紫,それに白まで表示できています.三つとも発光ダイオード(LED)という半導体を使って発色しているのですが,右の電光掲示板だけ製造年が古く「青色LED」が発明される前のものなんです.

青色LEDは文字通り青色に光る半導体で,日本人の中村修二が発明・実用化しました.1993年のことです.この発明以前は赤色や緑色LEDしかなく,それらの光を混ぜた橙や黄までしか出せなかったんですね.青色LEDの発明のおかげで三原色が揃ったことになり,白を含むあらゆる色を発光できるようになりました.(実際には,青色LED発明後に緑色LEDか改良され,これをもって三原色が揃ったことになります.)

つまりは,ニュートンの「三原色」論は現在に至るまで修正が必要なかったのです.

しかし,今からおよそ200年前に,ニュートンに噛み付いた大物がいました.それがゲーテです.ニュートンの「光学」からおよそ100年後,マクスウェルがカラー写真を撮影するおよそ50年前の1810年のことでした.

ゲーテの「色彩論」

ゲーテの「色彩論」は「教示篇」「論争篇」「歴史篇」の3部構成になっています.「教示篇」でゲーテ独自の理論を述べており「論争篇」でニュートンの「光学」を批判しています.「論争篇」の原題は「ニュートン光学理論を暴く」となっており,タイトルからして穏やかではありません.

ゲーテは「色彩論」の冒頭でこう述べます.

色彩は光の行為である.行為であり,受苦である.
ゲーテ「色彩論」

僕は確か高校生の頃,とある物理学者が書かれた教科書にこう書いてあったことを思い出します.

科学的なものの見方がいつも正しいとは限らないし,まして唯一でもない.

夜空の月の神秘的な美しさは,科学的知識によって損なわれるものではありません.色彩の情緒もまた,科学が否定するものではありません.ゲーテのような偉大な芸術家が,色彩について心の動きを歌い上げることに僕は全く反対しません.

しかし,です.

「色彩は光の行為である」とはどういうことでしょうか.光は動物あるいは精神だと主張したいのでしょうか.それともゲーテの言う光は物理現象の光とは違うのでしょうか.

冒頭でつまづいてしまいそうになりますが,読み進めます.(ファウストが無理だった僕もちゃんと読みました.)

ニュートンが「闇」を単に「光がない状態」としたのに対し,ゲーテは「光」と「闇」を二つの基本要素に据えました.そして「光」と「闇」の相互作用によって色彩が生まれるとしました.ここでゲーテの「光」とはニュートンの言う「白色光」のことですね.

ゲーテは紙に描かれた白と黒の境目をレンズを通してよく観察してみました.そうすると,白の境目には黄色が,黒の境目には青が見えました.黄色と青の中間には橙,赤,紫が見えました.ゲーテは「黄色」は白つまり「光」から滲み出したもの,「青」は黒つまり「闇」から滲み出したものと解釈しました.

現在では,ゲーテが見た色は「レンズの色収差」として説明がつきます.レンズの色収差とは,レンズが光の向きを曲げるときに,光の周波数によって曲がり具合が異なる現象で,結果としてレンズを通してみると本来ない色が見えてしまう現象です.

このレンズの色収差ですが,ゲーテの時代,いえいえ,ニュートンの時代にもすでに知られていました.ニュートンはレンズの色収差は避けられないと見て,レンズの代わりに凹面鏡を使うニュートン式望遠鏡まで発明しています.地球周回軌道から数々の天体写真を撮影しているハッブル宇宙望遠鏡もこのニュートン式を改良した「リッチー・クレチアン式」を使っています.

ニュートンがレンズの色収差は避けられないと見抜いたのは正しい知見だったのですが,それでは不便ということで,レンズの色収差を軽減させる方法がこれまたイギリスで発明されています.「色消しレンズ」と呼ばれた設計で,1729年または1733年(文献によって異なる)にチェスター・ムーア・ホールというアマチュア天文学者によって作られました.

もっともホールは自身の発明を公表せず,色消しレンズがイギリスで発売されたのは1758年になってからなので,ゲーテの「色彩論」執筆には間に合わなかったのかもしれません.ゲーテと同郷かつ同時代の人,カール・フリードリヒ・ガウスが「ガウス型レンズ」と呼ばれる改良型「色消し」レンズを開発するのが1817年のことなので,ゲーテはぎりぎり「色消し」レンズを知らなかったのかもしれません.ただし色収差の知識はあったようで「色彩論」にも記述があります.

なおガウス型レンズのさらなる改良型(ダブルガウス型)は,後にドイツを代表する光学メーカー「カール・ツァイス」によって名レンズ(銘玉)として世界に名を轟かせることになります.

ともかく,ゲーテは自分の見た色収差をもとに理論を組み上げていきます.まず「色彩を生み出すもの」として「光」と「闇」があります.「光」から「黄色」が生まれ「闇」から「青」が生まれます.レンズを通してみると「光」と「闇」の中央に「赤」があったので,この三つを「三原色」とします.

「青」「黄」「赤」

なんとなく我々の直感に合う組み合わせですね.

円環を1/3に分けて,それぞれの頂点にこの三原色を配置してみます.青と黄色の間は,両方の絵の具を混ぜてできる色,すなわち「緑」を置きました.

ゲーテ
ゲーテ

この色彩感の「正しさ」を,ゲーテは残像を使った実験で確かめようとします.白い紙に絵の具で特定の色を置き,それをじっと見ます.しばらくたってから,今度は真っ白な紙を見つめます.ゲーテは,残像に見えた色こそが「反対の」色だと解釈しました.これはご自身でできる実験なので,お試しいただくのも面白いと思います.ゲーテの記録によると,緑の残像は赤,黄色の残像は紫,青の残像は橙色でした.(僕の左目もだいたい同じ感じです.)

もう一度まとめます.ゲーテによると「光」と「闇」がまずあって,その「対立」から「黄」「赤」「青」が生まれました.それらを「混ぜ合わせる」ことで他の色,例えば緑や紫が生まれていきます.

そして,ゲーテはニュートンの考えた色彩に関する理論は「大間違い」だと批判を加えます.

ニュートンへの批判

ゲーテのニュートン評は辛辣です.ニュートンを「ニュートンの徒輩」と呼んでいるところはご愛嬌としても「実験が稚拙」「錬金術の時代以来の秘密癖」「実験用具が愚劣」と散々です.しかも「もし一般界に…虚妄形象が発現するならば,かかる誤謬も…強厭的に蔓延して,数世紀に渡って人々を幻惑しかつは瞞着する」とはいったいどちらのことかと言いたくなります.

(ゲーテの怒りは収まらないのか,流れ弾がティコ・ブラーエにまであたっています.)

そしてゲーテは「光学」においてニュートンが掲げた「仮説」と「検証」についていちいち持論をぶつけ,ニュートンの「検証」は間違っている「はず」だと決めつけます.そもそもニュートンが壁の穴から光を導いたことが,ゲーテの気に入らないようです.

科学者は自然現象を調べるために,極端な実験環境を準備します.現代なら超高温,超高圧にするとかですね.イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは実験のことを自然を「拷問にかける」と呼びました.ニュートンができるだけ純粋な光線を得ようとして,壁の穴から光を引っ張ったことも,極端な条件設定という意味では一種の「拷問」です.

しかし,ゲーテはそんな極端な条件で自然現象が理解できるのかと疑問を投げかけるのです.

それ,科学ちゃう…

少しだけゲーテに同情するならば,当時のヨーロッパではニュートンが「権威者」であって,ゲーテは権威を疑うという科学的には至極まっとうな態度をとった点でしょうか.ガリレオ・ガリレイも当時の権威であったアリストテレスを疑ったわけですし,アルベルト・アインシュタインはガリレオを乗り越えたのですから.

ガリレオは実験によって従来理論が現実をうまく説明できないことを見つけました.アルベルトは思考によって従来理論の矛盾点を見つけました.しかしゲーテは,従来理論(プリズムによる白色光の分解)が「現実をうまく説明できる」ことを「見落としだ」(壁の穴のせいだ)と否定し,従来理論(ニュートンの三原色による白色の合成)が「矛盾しない」ことを「理屈に合わない」(理論に闇が含まれていないのはおかしい)と否定しました.

そして,ゲーテがあまりにも偉大だったために,彼のニュートンへの批判は未だに一部の芸術教育者の間で生き続けています.

これが僕が「けしからん」と言う理由です.

色覚はどこから来たのか

ゲーテと同時代のイギリス人化学者,ジョン・ドルトンは,ちょうどゲーテが「色彩論」を執筆していた頃,同じように色彩に興味を持ちました.ただし,ドルトンとゲーテでは色の見え方が違ったのです.

ドルトンは太陽の下で鮮やかな青に見えていたゼラニウムの花が,ろうそくの下では赤に見えることに気づきました.彼の弟も同じように見えたようです.しかし,彼らの友人たちには,ゼラニウムの花はいつも同じ色に見えていました.ドルトンはそこで「色覚に関する異常な事実ー観察記録」という本を書きます.

あまり口にしたことはないのだが,私は,多くの色の名称は無思慮な形でつけられている,という意見を常々抱いている(中略)桃色のかわりに赤という語を用いるのは,大変不適切であると私は思った.私の理解では,青なら桃色のかわりになるはずだ.つまり,桃色と青は,私にはほとんど同じように見え,その一方,桃色と赤は互いに似ても似つかないからだ
ドルトン著,高橋正雄訳:色覚に関する異常な事実

そうなんです,ドルトンは現在で言う「色覚多様性」の持ち主でした.(かつては「色覚異常」と呼ばれていました.)

ドルトン以降,生物がもつ色覚に一気に関心が高まりました.そして,目に飛び込んでくる光の振動数(あるいは波長)に応じて,異なる細胞(視細胞)が反応することがわかりました.例えば青に対応する光が入ってくれば,青に対応する視細胞(S錐体)が反応します.赤に対応する光が入ってくれば,赤に対応する視細胞(L錐体)が反応します.

もし黄色に対応する光が目に入ってくれば,赤と緑のそれぞれに対応する視細胞(L錐体とM錐体)が「同時」に反応します.

では,色に反応する視細胞は何種類あるのでしょうか.

多くの動物,すなわち魚類,両生類,爬虫類,鳥類は「4色型色覚」と言って,4種類のし細胞すなわち4原色を持っていることがわかっています.例えば鳥類の持つ色覚はこんな感じの感度を持っています.

Shyamal L. and others; 横軸は光の波長で500nmが600THzに相当する,縦軸は相対的な感度
Shyamal L. and others; 横軸は光の波長で500nmが600THzに相当する,縦軸は相対的な感度

一方ほぼすべての哺乳類は「2色型色覚」です.例外は我々霊長類で,進化の過程で失った色覚をどこかで再生し「3色型色覚」を獲得しました.この再生した色覚は赤と緑なのですが,進化の途中で再獲得したためか,鳥類の色覚のようにきれいに分離していません.

Vanessaezekowitz; 横軸は光の波長で500nmが600THzに相当する,縦軸は相対的な感度
Vanessaezekowitz; 横軸は光の波長で500nmが600THzに相当する,縦軸は相対的な感度

そして,色覚多様性の研究から,赤と緑が分離する前は黄色を見ていたのではないかと言われています.僕自身は,なんと目の左右で色覚が違います.僕の右目は赤と緑の分離がわずかに悪く,左目の黄色にかすかに近い色に見えています.鮮やかな違いは無いのですが,それでも僕は一般的な「正常」から外れていることを誇りに思ってもいます.

話を戻すと,生物進化の過程で,哺乳類は色覚を失ったと言えます.これは哺乳類が夜行性だったこと,それゆえ色の識別が不要だったことが理由だと考えられます.特に赤と緑の区別は,哺乳類にとってはどうしても必要だったわけではないのかもしれません.霊長類においても,仲間内の誰かが赤と緑の区別をつけてくれればそれで良かったとも言えます.大雑把に言うと,青くなければ「食える」.そう言えば,食品を青く染めると不味そうに見えますよね.

つまり,色は大雑把に言って,青系統と黄色系統に分けておけば良いという事ですね.これは工業デザインや映像制作,ファッションなんかで使われる色体系にも反映されています.まず全ての色を明暗で区分して,次に青・黄色で分けて,最後に赤・緑の区別をつけます.

あるデザイナが「世の中は灰色と茶色だ」と言ったことがあります.灰色は青系統の色,茶色は黄色系統の色のことでしょう.デザイナがよく使うカラーマーカーに「コピック」という製品があるのですが,そこでは3種類の灰色すなわちクールグレー(青系統),ニュートラルグレー(無彩色),ウォームグレー(黄色系統)があります.僕も基本,この3系統だけでスケッチを描きます.

どうやら,心理的に黄色が純色なのはただの偶然ではなくて,進化的な意味があるようです.

その意味で,ゲーテはある意味,正しい洞察を残したのかもしれません.

ユニーク・グリーン

人間の色覚では,赤と緑が反応する領域が重なっています.例えば600テラヘルツのフォトンが目に飛び込んだとき,緑に対応する視細胞(M錐体)が反応しますが,つられて赤に対応する視細胞(L錐体)も反応してしまいます.緑の視細胞「だけ」をたたき起こすことは出来ないのです.少なくとも,フォトン(光)によっては.

ところが,ある種の化学物質を用いると,緑の視細胞(M錐体)だけを刺激することができるようです.というかですね,体験したんですよ.

それはカンボジアでのことでした.

アンコール遺跡の調査中のことだったのですが,屋台で見つけた「水草」というメニューに興味を惹かれて頼んでみたのですね.その水草とは巨大なレモングラスでした.レモングラスは鍋に香り付けとして入れられているものなのですが,僕はそうとは知らずにがじがじと食べました.「変わったものを食べさせるなあ」と思いながら.繰り返しますが,現地の方もレモングラスは食べません.食べてはいけないのです.

その夜に,来ました.極彩色(ごくさいしき)とはよく言ったものですが,本当に彩りが極まった絵が目の前をぐるぐる回りました.特筆すべきは緑で,絶対に見ることが出来ない「鮮やかすぎる」緑がちかちかと見え続けたのですね.

一部の色彩学者はこの極彩色の緑を「ユニーク・グリーン」と呼ぶそうです.視細胞を直接刺激しないと見られない緑,視細胞に固有(ユニーク)なグリーンということでしょう.

いやあ,怖かったですよ.白状すると,一晩中女の名前を叫んでいました.

そう言えば,平等院鳳凰堂もまた,建立当初は極彩色に近くなるように様々な顔料で色を塗られていたそうですね.修行すると,薬物無しでも見られるのかもしれません.

「黄い」じゃなくて「黄色い」

話の締めくくりに,ひとつの謎掛けを出させてください.なぜ「青い」「赤い」「白い」「黒い」と言うのに「黄い」と言わないのでしょうか.

どうも決定的な説はまだないようなのですが,僕が一番説得された説をご紹介しますね.

「青い」の語源は「淡い」色のこと.

「赤い」の語源は「明るい」色のこと.

「白い」の語源は「徴(しる)しい」または「著(いちじる)しい」色のこと.

「黒い」の語源は「暗い」色のこと.

この4色が日本語のネイティブで,他の色はあとから輸入されたものだという説です.

「白」については無理矢理感がありますが,黒と赤の対比なんかはうまく説明をつけているように思います.また,青,赤,白,黒は中国から日本にもたらされた五行思想のそれぞれの色とも一致しています.

僕の住む長崎には中華街があるのですが,その東門は青龍すなわち青,南門は朱雀つまり赤(朱),西門は白虎すなわち白,北門は玄武つまり黒(玄)というわけです.では5番目の色は何でしょう.5番目は中央の色で,黄色とされることもあるのですが本来は金色なんだそうです.中央の神獣は黄色だからもちろん,麒麟ですね.

生き残るゲーテの色彩

さて,ゲーテの色彩論ですが,ゲーテの文豪としての影響力が強すぎたのか,あるいはまた我々の審美的な感覚と合うのか,実は現在でも生き続けています.

例えば,デザインを学ぶときに必ず出てくる「イッテンの色相環」はこのようなものです.

ヨハネス・イッテン
ヨハネス・イッテン

この図を作成したのは,スイスの芸術家・デザイナー・教育者であり,今でも強い影響力を残しているヨハネス・イッテンです.中央に置かれた三つの色,赤の反対側に緑,黄色の反対側に紫,青の反対側に橙色と,見比べていけばこれがゲーテの色彩環そのものだと言うことがおわかりになるでしょう.実際イッテンもゲーテからの影響を認めています.

イッテンの色相環は,対角線上の2色を選べば「ダイアード」という強いコントラストを持つ関係になり,二等辺三角形を選べば「スプリットコンプリメンタリー」という,デザインでよく使われる3色の選択になります.

勘違いしてはならないのは,これらの色彩の「調和」は人間の感覚が引き起こしている現象であり,また文化や環境の制約を強く受けるということです.例えば顔料が乏しい時代,地域ではこの「調和」の意識も異なったでしょう.日本の「寂び(さび)」はその一例かもしれません.

科学は普遍性を追求する学問です.

ゲーテは「色彩論」の執筆に20年もかけたにも関わらず,またニュートンから100年の蓄積があったにも関わらず,自らの直感と怪しげな実験だけで独自の「色彩論」を考え出してしまいました.ゲーテが無名の人ならば,あるいはまた「色彩論」が色彩の心理的側面であることを断っていたならば,歴史の中に「色彩論」は埋もれていたでしょう.

しかし,ゲーテは自身の筆力を注ぎ込み,あまりにも堂々と間違いを記してしまったために,後世の美術教育に影響力を残してしまいました.

ニュートンが科学的な間違いを犯さなかったわけではありません.彼は真剣に「賢者の石」を探しました.しかし,ニュートンは絶えず普遍的な理論を求めるという,科学者としての態度は守りました.少なくとも,自然現象に対しては.(ニュートンは科学者対科学者という関係においてはかなり人当たりが厳しかったようです.)

美術は「真理の探求」という側面があります.いえ,美術とは「真理の探求」そのものかもしれません.それ故,科学的知見を覆い隠す世迷い言にはノーと言わなければならないのです.

それが,僕が「くたばれ!ゲーテの色彩論」を書いた理由でした.

おすすめ書籍

豊かな色に囲まれた私たちの世界.だがそもそも「色彩」が見えるとはどういうことだろうか?ニュートンやゲーテの色彩論以来,多くの人々がこの問題に取り組んできた.それらの成果を踏まえ,色覚異常や動物の色覚からイマジナリー・カラー,色ベクトルなどの最新理論まで,多岐にわたる色彩の世界を,物理学・心理学の両面から論じる.
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僕が色彩に興味を持ったきっかけになった本です.色彩の不思議について噛み砕いて,かつ興味深く書かれています.このニュースレターではあまり触れられなかった「混色」についても詳しく書かれているので,色彩の科学的側面に興味を持たれたら,是非お手にとってみてください.

残念ながらまだ電子化されていないのですが,古本もあるようです.僕が調べたときは1円でした.1円の古本で買うのは著者には申し訳ない気もするのですが,それでも人類の英知が流通すると考えれば,著者の金子先生もご納得いただけるでしょう,きっと.

おすすめTEDトーク

TED
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アーティストのニール・ハービソンは完全な色盲として生まれました.しかし,頭に装着したデバイスが,色を音に変換してくれます.ハービソンの目に映る世界はグレイスケールですが,彼の耳は常に色彩に溢れたシンフォニーを聴いています.人の顔や絵画も,彼は耳で聴いているのです.
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生まれつき「色彩」の見えないアーティスト,ニール・ハービソンはあるユニークな方法で色彩を見る方法を発明しました.彼は色彩を「聴く」のです.ステージ上での実演から,視聴者も追体験することができます.

iPhone, iPad, Mac などアップル製品をお使いの方は,画面を「グレースケールモード」に切り替えるとより集中できると思います.僕は iPhone と iPad の電源ボタン3回押しでグレースケールモードに切り替わるようにしています.iPhone, iPad だと「設定」,Macだと「システム環境設定」から「アクセシビリティ」に進んでいただき「視覚」または「ディスプレイ」の中を見ていただくと「カラーフィルタ」という設定項目があります.そこでグレースケールをオンにすると昔の「白黒テレビ」みたいな画面に切り替わります.

僕は左右の色覚が少しずれているので,たまにグレースケールモードにして目というか脳を休めています.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週のお題は…

口に出すと外来語的な響きを持つ日本語には,何がありますか?
Quora

はーい!

僕はずっと外国語だと信じていた日本語があります.それは!

シュワキマセリ

これ,ロシア語だと思っていたんです.でも「主は来ませり」ですね.原曲(のひとつ)で米国で広く歌われている Joy to the world のシュワキマセリの部分は

And heaven and nature sing (海山島々 いさ歌へよ)

となっています.

歌詞の翻訳てものすごく難しいそうで「アナと雪の女王」の主題歌 Let it go は,翻訳にあたって音の響きが元歌に近くなるように「れりごー」を「ありのー」に訳したんだそうです.母音にだけ注目すると「えいおー」と「あいおー」で似ているわけですね.(ディズニーからの注文だったという話もあります.)

僕も翻訳をしたりTEDトークに字幕をつけたりすることがあるのですが,本当に難しいですね.

ゲーテの文章を読んでどうこう言っていられるのも,格調高い翻訳があってこそなので,僕が参考にさせていただいた「色彩論」翻訳者の木村直司先生,菊池栄一先生に感謝を申し上げて,この〈後編〉を終わりたいと思います.

振り返り

このニュースレターでは「振り返り」ポッドキャストを公開しています.今週は〈前編〉の振り返りと〈後編〉の見通しをお話していました.来週の振り返りでは,色彩論について書き足りなかったことなんかも触れられると思います.

アップルのポッドキャストにも対応していますので,アプリ内で「STEAM NEWS」を検索してみて下さいね.

あとがき

今週も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました.

今週の初めに,このニュースレターの発行媒体である theLetter のいたるさんとオンラインでお話をさせていただきました.そんな中で,例えば企業をリタイアされた方などで「自分の知見を社会に還元したいが,いまさらブログでもないし」と思われている方にも是非ニュースレターという媒体を試していただきたいと思いました.

是非,読者の中で「私も書いてみようかな」と思われたかたがいらっしゃったら,是非ご一報ください.マシュマロでも結構です.

ではまた来週,お目にかかりましょう.

***

ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」

発行者:金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

Photo by Tyler Lastovich on Unsplash

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