不思議の国のアリスの不思議ではない話【第113号】
2️⃣最初期の写真家でもあった彼はルイス・キャロル名義の児童文学作家になりました
3️⃣名作「不思議の国のアリス」のアリスには叶わぬ恋の物語がありました
いちです,おはようございます.
今週日曜日,月曜日と将棋の「王将戦」第1局の中継に見入ってしまいました.将棋をバックにSTEAM NEWSの執筆に取り掛かろうとしたのですが,藤井聡太王将と羽生善治九段の繰り広げる名勝負に,将棋ど素人の僕でさえ引き込まれました.
2日目の午後5時,藤井聡太王将の勝ちが揺るぎなくなった瞬間,中継のマイクが町内放送を拾ったんですよね.曲はドヴォルザークの交響曲第9番第2楽章.なんですかこのエヴァみたいな演出は.将棋というのは勝ち負けのゲームではなくて,二人の棋士が棋譜という作品をつくるアート活動なのだと改めて知った一局でした.
そう言えば去年は王将戦第1局の前に「棋士『藤井聡太』が戦う世界【第60号】」をお届けしていました.あれからもう1年なんですね.

不思議の国のアリス
さて,今週は「不思議の国のアリス」にまつわるお話をお届けしようと思います.
📬 STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.ぜひ無料登録してみてください.
《目次》
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数学者チャールズ・ドジソンが出した問題
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This isn't magic, it's logic!
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不思議の国のアリス
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その後のアリス
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
数学者チャールズ・ドジソンが出した問題
イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(Charles Lutwidge Dodgson)はかつて,こんな問題を出しました.
次の前提から,何を導き出せますか?
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赤ん坊は非論理的だ
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ワニを操ることができる人は軽蔑されない
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非論理的な人は軽蔑される
意味があるのかないのか不思議に見えますが,ともかく何が導けるか考えてみましょう.
前提2から「軽蔑される人はワニを操ることができない」と導けます.ワニを操れる人は決して軽蔑されないのですから,ある人が軽蔑されるとしたら,それはその人がワニを操れないからに違いありません.このように考えることを「対偶(たいぐう)を考える」と言います.
前提3は「非論理的な人は軽蔑される」ですから,前提2とくっつけると「非論理的な人はワニを操ることができない」が導けます.
最後に前提1「赤ん坊は非論理的だ」を考えましょう.前提2,前提3とくっつけると「赤ん坊はワニを操ることができない」が導けます.
すべての前提を使い切りましたので,この「赤ん坊はワニを操ることができない」が結論になります.もちろん対偶を考えて「ワニを操ることができれば赤ん坊ではない」と答えても正解です.
このような問題を「ロジックパズル」と呼びます.ドジソンはロジックパズルの名手かつパイオニアでした.彼の後継者にはアメリカの数学者マーティン・ガードナーや,同じくアメリカの数学者レイモンド・スマリヤンがいます.おもしろいことにふたりとも手品師でもあったんですよね.
スマリヤンは「この本の名は?」という本を書いています.どう答えたら良いのでしょうか.
This isn't magic, it's logic!
小説「ハリー・ポッターと賢者の石」で,スネイプ先生が仕掛けた罠に対して魔女っ子のハーマイオニーが "This isn't magic, it's logic" と叫ぶシーンがあります.「これは魔法じゃないわ,ロジックよ!」ということですね.残念ながら映画版ではカットされてしまっているのですが,原作ではハリーとハーマイオニーの前にこんな酒瓶が並べられていました.
この酒瓶たちを前に,こんなヒントが置いてあります.
前には危険 後ろは安全
君が見つけさえすれば2つが君を救うだろう
7つのうちの1つだけ 君を前進させるだろう
別の1つで退却の道が開ける その人に
2つの瓶はイラクサ酒
残る3つは殺人者 列にまぎれて隠れてる
長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい
君が選ぶのに役に立つ 4つのヒントを差し上げよう
まず第1のヒントだが どんなにずるく隠れても
毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左 (*)
第2のヒントは両端の 2つの瓶は種類が違う
君が前進したいなら 2つのどちらも友ではない
第3のヒントは見たとおり 7つの瓶は大きさが違う
小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
第4のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
左端から2番目と 右の端から2番目の 瓶の中身は同じ味
(*この部分は日本語版の誤訳で,正しい訳は「イラクサ酒の左にはいつも毒入り瓶がある」となります.ヒントの原文はこちらで読むことができます.)
「ハリー・ポッターと賢者の石」は魔法世界の話でしたが,ここはとってもロジカルな部分でした.ヒントからロジカルに答えを導き出せるのです.作中でもハーマイオニーが冷静に答えを見つけていましたね.なお,画像情報なしでは,このパズルは解けません.しかし原作にはこの挿絵がないんですよね.
ほんと,挿絵は大事なんですよね.
不思議の国のアリス
挿絵の大切さを本当に理解していた作家といえば,もちろんルイス・キャロル(Lewis Carroll)でしょう.「不思議の国のアリス」の作者ですね.彼は看板画家ジョン・テニエル(John Tenniel)を口説きに口説いて「アリス」の挿絵を描いてもらいました.冒頭でご紹介したアリスや,次のチェシャ猫が有名ですね.

チェシャ猫
ハーフトーン印刷技術の無かった時代ですから,完全にペン先だけで陰影を表現しています.余談ですが,ここからスクリーントーンを1種類だけ使うと宮崎駿さんの「ナウシカ」のタッチになります.
「不思議の国のアリス」は,作者ルイス・キャロルが少女アリス・リデル(Alice Liddell)のために語ったストーリーを元にしたものです.「アリス」はヴィクトリア朝にあたる1865年に刊行されました.児童書と言えば「良い子に育つ」とか「頭が良くなる」とかがタイトルにつく時代だったそうですから,本書は衝撃的なデビューを果たしました.

Mouse's Tail
キャロルが挿絵にこだわった理由は,彼がグラフィカルなものに多大な興味を示していたからにほかなりません.上に示したような「コンクリート・ポエトリー」という詩の形式も「アリス」に登場させています.

アリス・リデル(ルイス・キャロル撮影)
またキャロルは1856年という写真湿板の時代にカメラを手に入れて,少女の写真を多数撮影しています.キャロルはアリスの両親の再三の苦情を押し切って,少女アリスの「コスプレ」写真を撮影し続けました.

ベアトリス・ハッチ(Beatrice Hatch)のポートレイト(ルイス・キャロル撮影)
また,アリスではありませんでしたが,キャロルは少女のヌード写真(上)やスケッチも作成していました.そのため彼を小児性愛者ではないかと疑う意見もありますが,否定的な見解のほうが多いようです.
「アリス」の作者ルイス・キャロルは「人食いワニのジレンマ」というパラドックスを発表しています.このようなパラドックスです.
ナイル川の河畔でワニが赤ん坊をかすめ取った.その母親は赤ん坊を返してくれるようにワニに懇願した.
「うーむ」とワニは答えた.「もしお前が次に俺が何をするかを言い当てたら,赤ん坊を返してやろう.言い当てなかったら赤ん坊は食ってしまうぞ.」
母親は狂わんばかりに叫んだ.「あなたは赤ん坊を食べてしまうでしょう!」
「さてと」と賢いワニは答える.「赤ん坊は返すわけにはいかんな.だって返したらお前は言い当てなかったことになるんだからな.言い当てなかったら赤ん坊を食ってしまうと言っただろう!」
もっと賢い母親は言った.「それは逆よ.あなたは私の赤ん坊を食べるわけにはいきませんよ.なぜなら,食べようとするなら,私はあなたがすることを言い当てたことになるのですからね.私が言い当てたら赤ん坊を返すと約束しましたよね!」
さて,ワニはどうすればよいのでしょうか.
ワニと赤ん坊……聞き覚えがありますね.冒頭に登場した数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンこそ,作家ルイス・キャロルの本名でした.
その後のアリス
「不思議の国のアリス」には続編「鏡の国のアリス」があります.不思議の国のアリスが書かれたのはアリスが10歳から13歳のときでした.鏡の国のアリスはその6年後に出版されています.こちらでは,アリスがチェスの駒になって盤面を動いていきます.
「鏡の国のアリス」が出版された翌年,アリスはオールバニ公爵レオポルド王子と知り合います.レオポルド王子はアリスに恋をしたと言われていますが,アリスが受け入れたかどうかはわかっていません.身分の違いもありましたし,オープンに恋愛もしづらい時代でしたから,アリスの本心をひょっとしたら王子も知ることが出来なかったかもしれません.レオポルド王子は1882年にヨーロッパの王族と結婚し,長女としてイギリス王女アリスを授かります.
不思議の国の方のアリスは1880年に28歳で結婚し,3人の男の子をもうけています.1883年に生まれた次男にはレオポルドと名付けましたが,残念ながら長男と次男は第一次世界大戦で戦死しています.彼女自身も第一次世界大戦には赤十字のボランティアとして参加しています.
1934年,アリスは自宅で息を引き取りました.アリスの孫娘の写真はいまでもネットで閲覧できます.どことなく,アリスに似ているような……
今週の書籍

ハリー・ポッターと賢者の石の,ジム・ケイによる「キンドル・イン・モーション」版. (A specially designed Kindle in Motion edition of Harry Potter and the Philosopher’s Stone as illustrated by Jim Kay.)
習慣に反して洋書をご紹介することをお許しください.読まなくてもいいんです.見るだけでおもしろいんです.デジタル版はKindle Unlimitedに加入していれば無料で閲覧できます.ていうかデジタル版を御覧ください.スマホやタブレットの無料Kindleアプリで楽しめます.
本書は表紙から絵が動いているのですが,ジム・ケイによる挿絵は本文中も動いているんです.本当にハリー・ポッターの世界観そのまんまなんです.
本文は読まなくても良いので,ぜひ開いてみてください.
実は絵本作家の金澤麻由子さんと組んでこんな絵本をつくりかけたことがあったのですが,僕が機能を盛り込みすぎようとして頓挫したことがありました.第1回デジタルえほんアワードにノミネートまではいったのですが……また挑戦してみたいなあ,と思います.
ハリー・ポッターの動く絵本はいいバランスだなあと感じました.
今週のTEDトーク

TED
マルコ・テンペストが紡ぎ出す美しい物語は,マジックとは何であり,それがいかに人々を楽しませ,いかに人間性に光を当てるかを語ります.自作の拡張現実マシンで作り出すものすごいイリュージョンとともに.
拡張現実感(AR)技術を使ったマジックです.普通はカメラを通してCGと実写が合成された後の画像を我々は見せられるのですが,このトークでは「生」のマジシャンも一緒に見ることができるように工夫されています.
これもマジック(魔法)というよりは,ロジックですね.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はマシュマロで頂いたご質問から.
お誕生日おめでとうございます!!! ケーキは食べますか?
そうなんです,実は前号の配信日(1月6日)が誕生日だったんです.気づいてくださった方,ほんとうにありがとうございました.
その日は遠方へ日帰り出張で,ふらふらして帰ってきました.ケーキ食べたのですが,なんとそのあと調子悪くなってしまって……そろそろ「年寄りの冷や水」ですかね.
でも,ケーキ美味しかったです.来年も食べます.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
気づくのが遅れたのですが,本ニュースレターの音声版STEAM.fmがAppleポッドキャストの「お正月」特集にフィーチャーされていました.応援本当にありがとうございます.
今週末は「大学入学共通テスト」ですね.僕が受験したころは「センター試験」でしたが,こんなことがありました.

本誌【第5号】にその後のことをご紹介していますので,よろしければご参考になさってください.まあその,準備はしっかりとね,ということです.
受験生の皆さん,応援しています!
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【休刊日のお知らせ】1月27日はニュースレター配信をお休み致します.
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ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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