186年ぶりの新発見!エジプトのピラミッドに未知の空間【第120号】
2️⃣この発見にはミュオグラフィという新技術が使われています
3️⃣「なぜこの場所に空間が?」を考えるヒントをエジプト考古学者に教わりました
いちです,おはようございます.
去る3月2日に,NHKが「エジプト 世界最大のピラミッド 186年ぶりに未知の空間を確認」というニュースを流しました.

ニュースになっているのは,このイラストで「通路状の空間(2016)」と書かれている右下の部分です.
NHKから記事を引用します.
エジプトを代表する考古学者が会見で「今世紀最大の発見だ」とその意義を強調しました.世界最大のエジプトのクフ王のピラミッドの内部に,これまで知られていなかった空間があることが,186年ぶりに名古屋大学などが参加する国際調査チームによって確認され,いまだ多く残るピラミッドの謎の解明につながることが期待されます.
およそ4500年前に造られたとされるクフ王のピラミッドでは,内部構造を解き明かそうと,8年前の2015年からエジプトと日本,フランス,ドイツなどの国際調査チームが最新の技術を用いて調査を進めてきました.
その結果,先月までにピラミッドの北側の斜面から中央部に向かって延びる通路のような形の,縦横2メートル,奥行き9メートルの空間があることが,確認されました.
ピラミッドの内部で新たな空間が確認されたのは,186年ぶりとされています.
これは大発見ですね.今週はこの発見を支えたテクノロジーについて,お話しします.
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《目次》
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ピラミッドを透視する「ミュオグラフィ」
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なぜここに空間があったの?
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
ピラミッドを透視する「ミュオグラフィ」
クフ王のピラミッドは紀元前2500年頃に建てられました.日本ですと縄文時代ですが,世界史の枠組みで考えると,この時代の日本は中〜新石器時代にあたります.当時は地域ごとの文明の差ってここまで広かったのですね.日本よくぞ追いついた.

さて,クフ王のピラミッドは高さが138.5メートルあります.現在は先端が欠けてしまっているのですが,もともとは高さ146.6メートルあったと考えられています.
建設機械のない時代にこれだけの建築をしたことは驚きなのですが,その建築方法や内部構造はまだまだ謎に包まれています.解体してあとで組み立て直せばある程度はわかるのでしょうが,唯一無二の遺産を解体するにはよほどの理由と資金が必要です.クフ王のピラミッドだと,解体は現実的でないでしょう.
というわけで,なんとかピラミッドを破壊せずに検査する方法が模索され続けてきました.とくに我々が興味を持つのは,ピラミッドの内部構造がどうなっているかです.そのためにはピラミッドの透視が欠かせません.
透視といえば「X線撮影」あるいは同じことですが「レントゲン写真」が有名ですよね.レントゲン写真を撮影するにはX線を発射する装置,つまりX線源が必要になります.X線源としてはなんとセロテープでも良いという研究もあるのですが,ピラミッド全体を照射するようなX線を発生させる方法は,核爆発を除けばまだありません.
そこで考えられたのがミュオグラフィという技術です.
ミュオグラフィは,地球の大気中で絶えず生成されている「ミュオン」という,猫の鳴き声のような名前の粒子を使います.ミュオンは寿命が短く,すぐに壊れてしまうのですが,短い存在時間の間,ほとんどの物質を貫通してしまいます.
ミュオンは大気中で生成されるので,地上にばらばらと降り注いでいると思えばよいのですね.ほとんどの物質を貫通するとはいえ,ときどきは物質に捕まります.そしてミュオンは無尽蔵に降ってくるので,結果として物質が「濃い」ところと「薄い」ところとでは,透過するミュオンの割合が違ってきます.
物質が「濃い」というのは密度が高いところ,物質が「薄い」というのは密度が低いところということです.ピラミッドで言えば,石組みがされているところは密度が高く,部屋や通路のように空気しかないところは密度が低いのです.この密度の差を見つければ,外からは見えないピラミッドの「空間」を見つけられます.
このようにして見つかったのが,クフ王のピラミッドにあるふたつの「未知の空間」です.そのうちのひとつにファイバースコープを挿入して撮影したのが,先週発表された写真でした.

なぜここに空間があったの?
クフ王のピラミッドの断面図を下に示します.クフ王はピラミッドの中心部,図の10番のお部屋(王の間)に埋葬されていたと考えられます.考えられている……というのは,どうやら盗まれてしまっていて,石棺しか残されていないからなのです.
クフ王のピラミッドには,ほかにふたつ部屋があります.それが7番のお部屋(女王の間)と,5番の地下室です.両方とも,なぜ作られたのかはわかっていません.

さて,新たに発見された「通路状の空間」の位置を確認しておきます.上の図の青丸の部分です.
なぜここに空間があったのか……僕にはわかりません!
というだけではあんまりなので,我々調査チームのリーダー,河江肖剰先生(ゆきさん)のYouTubeメンバーシップに加入して,緊急YouTubeライブを聞いてきました.こちらのチャンネル,無料動画だけでもめちゃくちゃおもしろいので,ぜひ登録してみてくださいね.
さて,YouTubeライブでゆきさんが念を押されていたのは,ピラミッドは「ここにピラミッドがあります,どーん」で理解するのではなく,建設途中のことをいつも考えること.あたり前のことを言われているように聞こえるかもしれませんが,ついつい見落としがちなことですよね.
まずピラミッド建設初期の段階.

エジプトでは,王様をピラミッドの地下に埋葬するシステムとなっていました.クフ王だけが例外なのですが,建設当初はクフ王も地下に埋葬する予定で,地下室(図の5番)を作っていました.また下降通路(図の4番)も同時に作っています.(仮説です.)
ところが,どういうわけかクフ王は「ワシは地上がええんや」と言い出しまして……現場のエンジニアが頑張って地上にお部屋(図の7番)を作ることになりました.(仮説です.)

こんな感じでしょうね.となると,ニュースになった新発見の空間(図の青丸)は,地上のお部屋(図の7番)へつながる通路だったのかもしれません.実際,新発見の空間は,ピラミッドの正門(図の3番の通路の左端)と同じ高さにあるようです.
しかし,このお部屋(図の7番),なんと破棄されてしまいます.理由はわかりません.ゆきさんは「ヒビが入っちゃったから破棄したのかも」と言われていました.ともかくこのお部屋は使われませんでした.ひょっとしてひょっとすると,新発見の空間(図の青丸)も一緒に破棄されたのかもしれません.

結局,クフ王のエンジニアたちはさらに上部にお部屋(図の10番)を作ります.またお部屋につながる大回廊(図の9番)も作っています.
ほんと,頑張りましたね.
日本の大林組が1978年に見積もったところ,重機を使った工法で1,250億円,古代エジプト人と同じ工法なら約4兆円の総工費がかかっただろうとのことでした.1978年の大卒初任給は6万円だそうですから,この見積もりの3倍ぐらいで見れば良さそうですね.(追記:YouTubeチャンネル「河江肖剰の古代エジプト」に動画が上がっています.)
今週の書籍

写真とイラストで紐解く 神秘と謎に満ちた古代エジプト
■古代エジプトの全体像を学べる◆約3000年続いた古代エジプト文明.多くのファラオたちが国を統治し,その中で神話や建築といった文化も多く生まれました.本書では,黄金のマスクで知られるツタンカーメン王をはじめ歴代のファラオたち,ピラミッドやミイラが生まれた理由,人々の暮らしと彼らが信仰する神々など,膨大な古代エジプト文明の全体像をコンパクトにまとめ,豊富な写真とイラストで分かりやすく紹介しています.
■最新技術で判明した新事実を紹介◆ピラミッドってなぜ四角推なの? ギザの大ピラミッドにまだ発掘されない謎の空間がある? スフィンクスって何のために作られたの? ツタンカーメンはどのようなファラオだったの? 古代エジプトには,まだまだ解明されていない謎がいっぱいです.技術の進歩によって近年判明した最新情報を数多く紹介しています.
このニュースレター配信時点ではまだ予約受付中なのですが,おもしろそうなのでご紹介させていただきました.僕も買います.
今週のTEDトーク

TED
古代文明の人々は,どうやって巨石を動かしてストーンヘンジやピラミッド,イースター島の像を作ったのでしょうか? この短くも楽しいトークで,TEDフェローのブランドン・クリフォードは過去の建築の秘密を明かし,こうした巧妙な手法を未来に残る建造物を作るのにどう使えるかを教えてくれます.「30年か60年の寿命を想定して建造物を設計する時代にあって,どうしたら永遠に人を楽しませるものを作れるかを知りたいのです」と,彼は言います.
巨石てなんか心惹かれませんか?
ギザのピラミッドは,ピラミッドそのものも巨石で作られていますが,ピラミッドの立つ台地もまた大きな岩です.
理由はなんだかわからないのですが,僕はいつも巨石に惹かれます.
ブランドンもまた,そんな一人のようです.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
何者かになるにはどうすればいいでしょうか?
学問の世界で何者かになる方法についてお答えします.学問の世界で「何者か」とは一流研究者のことです.そこで,一流研究者への道を僕なりにまとめてみます.
1990年代にとある大学教授が以下のような趣旨の発言をメーリングリスト上でされました.
大学院博士後期課程を出た直後ぐらいの研究者を五流としよう.その後の道は「五流→四流→二流」という道と「五流→三流→(壁)→一流」という道がある.
これを図にすると次のようになります.

学位取得直後ぐらいが五流(柿の種)です.ここから,オリジナリティを求める(莫迦に徹する)渋柿コースと,ものまねをする(賢く上を目指す)甘柿コースに分かれます.甘柿コースを選ぶと,すぐに四流(未熟な甘柿)にはなれるでしょう.一方渋柿コースだとなかなか上のランクである三流(渋柿)には上がれません.
甘柿コースで四流になると,普通はそこから「駄サイクル」を回すことになります.身内だけで褒め合うってやつです.業界が未熟な場合は身内褒めをしつつ一定数の仲間を増やすことも必要ですが,四流しかいない駄サイクルはまず何も生みません.しかも悪いことに,駄サイクルを回しているうちに四流の研究者はしばしば二流(甘柿)になるのです.自分たちが勘違いしているうちに,世間も勘違いしてしまうという流れですね.そして,二流は世間的には三流よりも上なんです.
多くの研究者は三流を目指して去っていきますし,なれたとしても三流は世間的な評価が低いです.こうして二流ばかりが残ることになります. 三流になるためには莫迦に徹しないといけないし,そこを突き抜けた大莫迦だけが一流(干柿)になれるのですから,割りに合う生き方とは到底言えません.
……と,ここまでがその教授の受け売りです.柿の例えは僕のオリジナルですが.件の教授はさらに「だが若者よ,三流で終わることがあっても一流を目指せ」と続けたことは言うまでもありません.
僕はこの話には続きがあるように思っています.次の図を見てください.

一流の中には,歴史の中で成熟されるレベルの超一流(燻製干柿)がいます.一方で,世の中には超一流と並んで超二流(甘柿ジャム)という人々もいるのです.駄サイクルを超えた超駄サイクルを回すことで,世間的には一流と見分けがつかない,あるいはそれ以上と思わせることに成功する糖度を持った甘柿ジャムになる人達です.
超駄サイクルとは何でしょうか.メディアや業界団体が世間を巻き込んで,二流の人物をヒーローに祭り上げるプロフェッショナル駄サイクルのことです.残念ながら,メディアを見れば超二流の例によく出くわします.超駄サイクルを回すにはそれなりの経済規模と文化規模(深度ではない)が必要なので,平成・令和の時代には超二流は大都市に集中していましたが,今後はネット上にも現れるでしょう.
僕はひとりのTEDxキュレータとして,ニュースレター執筆者として,一流と超二流の区別がつけられる目を持っていたいと思います.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
先週末に,ポッドキャスターのイベント「PODCAST Freaks」に顔を出して来ました.
大好きなポッドキャストの「サイエントーク」「佐々木亮の宇宙ばなし」ほか,たくさんのポッドキャスト運営者さん,パーソナリティーさんにお会いできました.そして,なんとなんと,STEAM.fmのリスナーさんともお会いできました.実を言うと,リスナーさんとの会話が一番緊張しました.
さて,来月,4月17日から21日にかけて本家TEDがバンクーバーで開催されます.このTEDトークから特別にセレクトしたいくつかのトークを,4月29日にYouTubeライブで共有しようと考えています.すでに本家TEDからライセンスを取得していますので,詳細決まりましたらまたニュースレターでお知らせしますね.
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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