【新年号】クリスマスとお正月とエピファニー
いちです,おはようございます.クリスマスが終わるとお正月ですね.どうしてこう,連続してやってくるのでしょう?日本ではあまり馴染みがありませんが,1月6日はエピファニーというお祝いがあります.そうそう,僕の誕生日でもあります.いえ,誕生日はどうでもいいのですが,クリスマスとお正月,そしてエピファニーが近いのは理由があるのです.というより,もともと同じ日だったのです.
意外に思われるかもしれませんが,イエス・キリストことナザレのイエスの誕生日は知られていません.ではクリスマスのお祝いは何かと言うと,イエス・キリストの「誕生を祝う」日であって,「誕生日を祝う」日ではないのです.実際,新約聖書からイエス・キリストの誕生日を読み解くことは出来ません.またクリスマスのお祝いに関する現存最古の記録は4世紀のもので,イエス生誕から300年以上後ということになります.
では12月25日は何もない日だったのでしょうか?
いいえ,12月25日はお祭りの日でした.この日は,ローマ暦で冬至の日だったのです.冬至は1年で一番昼の長さが短い日です.ということは,この日を境に昼の長さが伸びていくので,めでたいわけですね.

冬至に1年が始まる

古代の文明では,元々冬至を1年の始まりにしていたようです.少なくとも1年のうちのどの日が冬至なのかを割り出していた証拠は多数見つかります.
いつも決まった場所から日の出または日の入りを見ていると,太陽が昇るあるいは沈む場所が季節ごとに少しずつ変わることに気づくでしょう.夏を過ぎた頃から太陽はだんだんと北側から昇り沈みするようになり,ある日に到達点へと達します.その日が冬至で,1日の長さが1年で一番短い日となります.そして,ある年の冬至からおよそ366日目に再び冬至がやってきます.
古代エジプト人たちはどうも別の天文現象を使って1年の長さを割り出していたようです.古代エジプト人たちは恒星シリウスが日の出とともに現れること,すなわち「ヒライアカル・ライジング」を1年の基準点に選んでいました.毎年,その日からおよそ70日後にナイル川が氾濫したと言うのです.川の氾濫前に収穫を終えておかないといけませんから,カレンダーは古代エジプト人にとってかけがえのないものでした.
僕が子供の頃,この古代エジプト文明の話を聞いたときは,そんな洪水の多い土地になんで人が住んだのだろうと思ったものです.水田の多い日本では思いつきにくいことですが,農業というのは,土地から栄養分を吸い上げる一種の採掘ですから,毎年新しい土が補給されるエジプトのナイル川流域は農業にうってつけの場所だったのですね.
もっとも60進法が大好きだった古代エジプト人たち,1年が360日「以上」あることに納得がいっていなかったようで,1年の始まりから360日をカウントしたら,残り5日間はお祭りということにしていたようです.日本も古代エジプトを見習いたいところです.
冬至のお祭りからクリスマスへ
古代エジプト人たちよりもずっと後の時代で,なおかつ北の方に住んでいた古代ローマ人たちは,雪解けのシーズン,いまの3月を年の始まりに選んでいました.おそらく,戦争を始めるのに都合が良かったのでしょう.その証拠が月の名前にも残っています.
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マルティウス:戦と農耕の神マルスの月(3月,英語名はマーチ)
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アプリーリス:愛と美と性の神アプロディーテ(ギリシア神話)の月(4月,英語名はエイプリル)
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マーイウス:豊穣の神マイアの月(5月,英語名はメイ)
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ユーニウス:結婚と出産の神ユノーの月(6月,英語名はジューン)
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クィーンティーリス:第5の月(7月)
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セクスティーリス:第6の月(8月)
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セプテンベル:第7の月(9月,英語名はセプテンバー)
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オクトーベル:第8の月(10月,英語名はオクトーバー)
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ノウェンベル:第9の月(11月,英語名はノーベンバー)
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デケンベル:第10の月(12月,英語名はディセンバー)
なんかツッコミどころがありそうなカレンダーですが,その前に古代ローマ人たちの気持ちを考えてみましょう.
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3月(第1の月):雪解け!戦争するぞー!マルスの御加護を!(初代王ロムルスは戦争と冒険によってローマを建国した)
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4月(第2の月):草花が芽吹いてきたよ.アプロディーテありがとう.(ローマ人が話していたラテン語のアペリオには「開く」という意味もある)
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5月(第3の月):果物が実り始めたよ.マイアありがとう.
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6月(第4の月):出産のシーズンだよ.ユノーの御加護を!(夏の終わり,つまり人間の発情期から約40週目)
そして,残る7月(第5の月)〜12月(第10の月)は番号で呼んでいたんですね.で,12月の先,現代の1月と2月はどうなっていたのでしょうか.古代ローマ人のカレンダーには出てきません.どうやら「無かったこと」になっていたようですね.日本も古代ローマを…いや2ヶ月もスキップするのはまずいでしょうか.
紀元前2世紀ごろには,古代ローマ人たちも1月と2月を追加します.そして1月を1年の始まりにします.1月は物事の初めと終わりを司る境界(扉)と時間の神ヤヌスの月(ヤーヌアーリウス,英語名ジャニュアリー),2月は浄罪と贖罪の神フェブルスの月(フェブルアーリウス,英語名フェブラリー)になりました.

その後,共和政ローマ最後の独裁官で紀元前1世紀のひと,ガイウス・ユリウス・カエサルの誕生日にちなんで7月をユリウスの月(英語名ジュライ)と,ローマ元老院によって名付けられました.カエサルはまたカレンダーを整備して4年に1度うるう年になることも決めました.彼の制定したユリウス暦は紀元後1582年10月4日まで使われます.
7月に続く8月も,カエサルの後継者で帝政ローマ最初の皇帝であるアウグストゥス(ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス)にちなんでアウグストゥスの月(英語名オーガスト)と名付けられました.これも紀元前1世紀の出来事です.
ユリウス暦が出来た頃の古代ローマ人は冬至の日を知っていたようで,その日にはお祭りをしていました.その後キリスト教が生まれ,紀元4世紀にはクリスマスのお祝いをする習慣が生まれたようです.どうもこのとき,冬至のお祭りがそのままクリスマスになったようです.その後,公会議で12月25日がクリスマスと正式に認定されました.
グレゴリオ暦とエピファニー
16世紀になると,ローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦に換えてグレゴリオ暦を制定します.これは現在我々が日常的に使っているカレンダーです.具体的には,1582年10月04日木曜日の翌日が,1582年10月15日金曜日になったそうです.11日間が無かったことになったのですね.日本では明治5年12月2日(旧暦)の翌日が明治6年1月1日(新暦)になる形で導入されましたから,それよりはましだったとは言えるでしょう.
キリスト教の教派のひとつである正教会(オーソドックス)は,大半がユリウス暦を残しました.ユリウス暦とグレゴリオ暦はうるう年の入れ方が異なるため,徐々に差が広がっていきます.そのため,現在では正教会のクリスマスは1月7日になっていますが,ギリシア正教会,ロシア正教会ではかつては1月6日をクリスマスにしていました.一方の西方教会は12月25日から1月6日までをお祝いとして整合性をとり,1月6日をエピファニー(公現祭,神が人類に現れたことを記念する日)としました.良い習慣ですね.
正月と旧正月
アジアでは月の満ち欠けに基づいた太陰暦を一貫して使ってきたため,1年の地球の運行とカレンダーの開始時期が毎年ずれることになりました.月の始まりがかならず新月の日ということになっているので,冬至の日が新月であれば一致するのですが,徐々にずれていきます.おそらくは冬至付近の新月の日がもともと正月だったとは思われるのですが,現在の旧正月は大幅にずれてしまっています.また旧正月は太陰暦で決まるので,太陽暦であるグレゴリオ暦から見ると毎年行きつ戻りつすることになります.
ただし,暦と季節がずれてしまうととりわけ農業が困るために,アジアでは二十四節気のような太陽暦由来のカレンダーも併用されていたようです.二十四節気には冬至,春分,夏至,秋分が含まれていて,中国の周王朝では冬至を年始としていたようです.ここでもやはり冬至ですね.
というわけで,冬至(12月21日頃)=クリスマス(12月25日)=正月(1月1日)=エピファニー(1月6日)というお話でした.
書籍紹介

ロン・ハワード:天使と悪魔(映画)《追記しました》
トム・ハンクス主演の映画「ダ・ヴィンチ・コード」の続編「天使と悪魔」の原作ですが,小説としてはこちらが主人公ロバート・ラングドンの初登場作品となります.
映画をご覧になった方はすでに御存知の通り,ハーバード大学教授の象徴学者(イコノロジスト)ラングドンがローマの歴史的建造物を走り回りながら謎を解いていくサスペンスです.作品中に登場する建造物はすべて実在なので,ローマの地図を見ながら読むのも楽しいと思います.映画もおすすめですよ.
そして!もしローマの歴史に興味が出てきたら,こちらを読み始めてはいかがでしょうか.

「知力ではギリシア人に劣り,体力ではケルトやゲルマン人に劣り,技術力ではエトルリア人に劣り,経済力ではカルタゴ人に劣るローマ人だけが,なぜ巨大な世界帝国を繁栄させることができたのか?」という疑問をスタート地点とした,古代ローマの建国から滅亡までの約千年を描いた長編ドラマです.
学術的にはちょっと「?」となる部分もあるそうなのですが,そこらへんは「塩味」と思って読んでいくのが大人の楽しみ方でしょう.しかし,著者の塩野七生さん,エジプトの女王クレオパトラをけちょんけちょんにこき下ろしているんですよね.きっと彼女はカエサルに恋をしながら書いてますよね.

最後にご紹介したい本がこちらです.ガイウス・ユリウス・カエサルという稀代の天才が自ら執筆した「ガリア戦記」.ローマ人の物語のカエサルは超絶格好よく書かれているのですが「ガリア戦記」を読むと本当に格好良かったことがわかります.
そして,理工系の学生さんにこそ本書を読んで頂きたいのです.カエサルは事実と主観をきれいに書きか分けているんです.論文やレポートの手本となるような文章なんですよ.ぜひ,読んでいただければと思います.
おすすめTEDトーク

人類が創り出した最も精巧な装置「アストロラーベ」をトム・ウージェックが紹介します.アストロラーベは何千という使い道があり,時刻から夜空の星の並びまで調べることができます.ウージェックは実際にレプリカを使ってアストロラーベの使い方のデモンストレーションをします.これはまさに13世紀のiPhoneとも言えるかもしれません.この動画で,テクノロジーが自然と人間のインタフェースになっていることを,改めて体感できると思います.
Q&A
匿名質問サイトマシュマロで質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
以前,マシュマロで
なぜ数字には大小の終わりがないのですか?
という質問を頂きました.別の質問サイトQuoraで
6歳児の息子に、「あいうえお」は終わりがあるのに、数字に終わりがないのはどうして?と聞かれました。子どもにも分かりやすい説明はありますか?
という質問も頂いていましたので,一緒に回答したいと思います.
人類が数を発明する以前は,ものの個数を体の一部と対応付けていたと考えられています.例えば右手小指が1,右手薬指が2,右手中指が3…という感じです.このように,数えることの本質は「対応付け」にあります.体の部位のように個数の上限があれば,数え上げもその上限に従います.たぶん,それ以上になったら「たくさん」と名付けるのでしょう.「右手小指,右手薬指,…,右肩,頭,左肩,…左手小指,たくさん」という感じです.
もしここに頭の切れる人物がやってきて,数える人の隣に立って,両手を差し出したとすると「たくさん」にも名前をつけていくことが出来ます.もっともっと人を連れてくると,もっともっと数えることが出来ます.しかし,その土地にいる人の数には上限がありますから,この方法でもいつかは「たくさん」にぶつかってしまいます.
でも,もし想像上の人物も加えることにしてみたらどうでしょうか.そう,無限に対応付けをすることが出来ます.これが数字(自然数)に終わりがない理由です.我々が想像できる数に終わりがないから,我々は無限を数えることが出来るのです.このような考え方は数学者カントールによって初めて示されました.
なおQuoraの質問者さんには「どうかご子息を誇りに思って下さい.大数学者になるかもしれません」とお送りしておきました.
あとがき
子供の頃,自分と同じ誕生日生まれの著名人を調べたことがあったんですよ.確かそんな本があったんですね.日本の本なので,載っているのは日本人ばっかりです.で1月6日のページを見ると「チャゲ&飛鳥の…」と書いてあって「お」と思うと「チャゲ」て書いてあるんですよ.いや「チャゲ」さんが悪いわけじゃないんですよ.ただやっぱり「チャゲ&飛鳥」の看板と言えば「飛鳥」さんのイメージが強いじゃないですか.無駄に凹みましたね.
で,下の方におまけみたいな扱いで「シャーロック・ホームズ」て書かれているんですよ.確かに有名人ではありますが,実在ちゃうやんとまた凹むわけですね.大人になって随分たってから,1月6日がエピファニーだと知りました.母はプロテスタントだったのですが,教わった記憶はありません.
というわけで,また来週お目にかかりましょう.
〈追記 (2021-02-03): 本ニュースレター【新年号】では「古代エジプトの暦」を扱いました.より詳しい説明が国立天文台暦計算室にありました.ご参考に慣れば幸いです.〉
ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
発行者:金谷一朗(いち)
Photo by Lan Pham on Unsplash
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