【第26号】スパイスと冒険家と化学の物語

スパイスを求めてインド,アメリカ,そしてスパイ種諸島へと冒険した人類のお話
金谷一朗(いち) 2021.06.04
誰でも

【140字まとめ】胡椒・唐辛子・クローブ・ナツメグにまつわる冒険と化学のストーリーをお話します.胡椒が愛された理由,唐辛子が「レッド(赤い)ペッパー(胡椒)」と呼ばれる理由,イギリスがニューヨークを作った理由を書いてみました.あと,化学が見つけたスパイスの共通項もご紹介します.

いちです,おはようございます.

今週は「スパイス」と冒険家と化学に関する小話を3本お届けしようと思います.ひとつ目は「胡椒」.お肉との相性が抜群なスパイスですね.かつては同じ重さの「金」と同価値とまで言われたスパイスです.流石にこれは大げさだったようですが.ふたつ目は「唐辛子」.辛いお料理に必ず入っているスパイスです.こちらはある勘違いから「レッド(赤い)ペッパー(胡椒)」と呼ばれるようになりました.そして最後が「クローブとナツメグ」.ハンバーグに使ったり,単品で生薬として使われたりもします.このスパイスほど,歴史を大きく動かした植物はありません.例えばニューヨークのマンハッタン島は,このスパイスのために島ごと売り払われました.

胡椒,唐辛子,クローブとナツメグの原産地

胡椒,唐辛子,クローブとナツメグの原産地

では早速,胡椒のお話から始めましょう.胡椒と,冒険家バスコ・ダ・ガマと,ピペリンという化学物質のお話です.

スパイス1: 胡椒 — バスコ・ダ・ガマ — ピペリン

胡椒はインド原産のスパイスです.胡椒は紀元前からヨーロッパで大変に珍重されました.ヨーロッパでは胡椒が育ちませんから,当初は陸路をわざわざ運搬していたようです.中世に至るまで,インド産の胡椒は主に現イラクのバグダッドを通り,現イスタンブールを経て,ベネチアまで運ばれていました.

12世紀ごろまでのヨーロッパでは胡椒1ポンド(約500グラム)に奴隷1人分の値段がついていたそうです.なぜそこまで胡椒が重要だったのかについて,多くの教科書が指摘するのが「肉の保存」という理由です.冷蔵庫のない時代,胡椒の持つ抗菌,防腐,防虫作用が肉の保存に決定的に重要だったというわけです.

しかし,僕はこの説を強く疑っています.

断言しますが,肉に胡椒をまぶしても長持ちしません.

ではなぜ当時の人々は胡椒を追い求めたのか.ヨーロッパでは12世紀に入るまでのおよそ1,500年以上,胡椒が超貴重品だったのは何故なのか.「スパイス,爆薬,医薬品〜世界史を変えた17の化学物質」を書いたペニー・ルクーターとジェイ・バーレサンはこう推測しています.

「腐りかけの肉の味を誤魔化すため」

そりゃそうですよね.また当時一般的だった肉の保存方法である塩漬けによってついてしまった強い塩味を和らげる効果も期待されたことでしょう.

ヨーロッパでは17世紀頃まで,胡椒以外に味付けに用いられる食材は葡萄酒,酢,柑橘果汁,それに胡椒と同じくインドから運ばれた生姜,サフランと言ったところでした.古代ギリシア,古代ローマでは「ガルム」という,現代の言葉で言えば「魚醤」が頻繁に使われていたのですが,ローマ帝国滅亡と同時に失われました.日本で言えば「煎り酒(いりざけ)」という調味料が途絶えたのと似ているでしょうか.

おそらく,この時代のヨーロッパ人のスパイスへの渇望は日本人の想像以上のものでしょう.日本にも山椒や山葵など独自のスパイスがありましたが,ヨーロッパにおけるスパイスは日本における「味噌」のようなもの,あるいは現代風に言えば「めんつゆ」のようなものだったのではないでしょうか.

胡椒はつる性植物の実で,収穫時期や加工方法によって何種類かに分けられます.

「黒胡椒」は一番有名な胡椒で,熟す前の緑色の実を乾燥させたものです.この緑色のままの実は「青胡椒」と言います.青胡椒を英語ではグリーンペッパーと言いますが,英語のグリーンペッパーは同時に「ピーマン」「ししとう」の意味も持つので,ややこしいです.青胡椒は日持ちしないため,タイ料理のように生で使ってしまうか,フリーズドライなどで長期保存できるように加工するかします.

胡椒は完熟させると赤色になります.これを「赤胡椒」と呼んで,南アメリカの料理でよく使われます.英語では,後で述べる理由によって「レッドペッパー」がすでに予約されていたために「ピンクペッパー」と呼びます.赤胡椒の表皮を取り除いたものが「白胡椒」です.

インドからヨーロッパまで直接船で胡椒を運べるようにと,航路を見つけたのがポルトガルの冒険家「バスコ・ダ・ガマ」です.彼は1497年,4艘の船団を率いてリスボンを発ちました.彼らは大西洋を南下し,アフリカ大陸の南端で一旦船足を揃えて,沿岸沿いに現在のケニアまで進みます.そこから一気にインド洋を横断して,現在のコーリコード(カリカット)に到着します.ケニアからインドへの航路はバスコ・ダ・ガマが発見したわけではなく,現地の貿易商には知られていたそうです.ともあれ,ヨーロッパから船だけでインドまで到達したのはバスコ・ダ・ガマが最初でした.

この航路の「発見」のおかげで,ポルトガルは胡椒の取引をほぼ独占できました.それどころか,インドからさらに東へと船足を伸ばして「ポルトガル海上帝国」と呼ばれる世界の支配体制を手に入れます.ポルトガル海上帝国の東の果ては日本の長崎にまで及びます.戦国時代を生きた大村純忠は熱心なキリシタン大名で,1580年に長崎をイエズス会に寄進しています.つまり長崎は一時的にポルトガル領だったわけですね.

さて,胡椒の辛味成分は「ピペリン」と言います.ピペリンの構造を,化学者は次のような図に描きます.

ピペリン

ピペリン

いまはこの図の意味がわからなくても結構です.あとで「唐辛子」をご紹介したときに,やはり辛味成分の図を示します.そこでちょっとした発見を見ることになるでしょう.

ところで「胡椒」とは「胡」の「椒」ということですね.「椒」は「山」に見られるように香辛料を意味します.では「胡」は何でしょう.「胡」は中国から見て辺境の地のことです.ほら「散(うさん)臭い」と言うではありませんか.中華思想では東西南北それぞれに「悪口」があり,中国から見て胡椒の産地である西は「西戎(せいじゅう)」だったのですが,胡椒貿易の経由地である中央アジアを「胡」と呼んでいたため,スパイスの名も胡椒になりました.他に「胡」から伝わったものには「瓜」や「麻」それに「桃」があります.

なお南の悪口は「南蛮(なんばん)」で,東の悪口は「東夷(とうい,あずまえびす)」でした.「南蛮」は日本語にも残っていますし「東夷」のほうは「征大将軍」に文字を残していますね.

胡椒は,日本には奈良時代,中国の唐を経由してもたらされたようです.おそらく中国での呼び方「胡椒」がそのまま日本にも伝わったのですね.

次は唐辛子の物語です.

スパイス2: 唐辛子 — クリストファー・コロンブス — カプサイシン

ヨーロッパ人が胡椒を強く求めたことはお読みのとおりです.そして胡椒は莫大な利益を生みました.陸上ルートを独占していたベネチア商人は巨万の富を築きましたし,海上ルートを抑えたポルトガルもそれに続きました.

東廻りの航路をポルトガルに抑えられていたスペインは,西廻りの航路を求めます.バスコ・ダ・ガマの航海に先立つ1492年,イタリア生まれの冒険家「クリストーフォロ・コロンボ」(英語名クリストファー・コロンバス)は3艘の船団を率いてスペインの港を発ちました.コロンボの名前は日本語では「コロンブス」で通っていますから,この稿でもコロンブスに統一します.

コロンブスは地球は丸いから,西へ向かって船を進めればいずれインドにつくはずと信じていました.ただし,希望的観測からだったのか,あるいは船団を工面するための法螺だったのか,地球のサイズをかなり小さく見積もりました.例えば,コロンブスはスペインのカナリア諸島と日本までの距離を2,400海里と見積もっていますが,実際には10,600海里あります.

コロンブスにとって幸運だったことは,大西洋と太平洋の間にアメリカ大陸が横たわっていたことです.彼はその大陸をインドだと思って,先住民を「インディアン」と呼んだのはご存知のとおりです.1492年の航海は大陸にまでは達せず,現在のキューバで引き返しています.1498年の3度目の航海でついに現在のベネズエラに上陸し,オノリコ川という大河を目の前にして「ここはインドや東アジアではない違う大陸だ」ということに気づいたようですが,最期まで認めることはなかったようです.

この「発見」された地域は当初は一応,東アジアの半島ということにされ「コロンビア」と呼ばれていました.しかし1503年にイタリアの冒険家兼地理学者「アメリゴ・ベスプッチ」が「新世界」という論文を書いてコロンビアが「未知の大陸」であることを発表したこと,またコロンブスが新大陸で虐殺を繰り返したことがこの頃本国にバレて評判が悪かったことなどから,新大陸は「アメリカ」と呼ばれるようになりました.

アメリカ大陸の東に位置する島々に「西インド諸島」という名前がついたのは,もちろんコロンブスのせいです.彼は1493年の2度めの航海でハイチに到達し,そこで見つけた赤いスパイスをインドの「胡椒」(ペッパー)の一種だと思って持ち帰りました.これが唐辛子です.唐辛子を「レッド(赤い)ペッパー(胡椒)」と呼んでしまったために,本来の「赤い」胡椒,熟れた胡椒のことを「ピンクペッパー」と呼ばざるを得なくなりました.

唐辛子は当時のヨーロッパではあまり受け入れられなかったのですが,インドやアジアに渡って爆発的に普及しました.コロンブスが唐辛子を持ち帰ってから50年も経たないうちでした.1492年を境に起こった広範囲な文化の交換と置き換えは,歴史家アルフレッド・クロスビーによって「コロンブス交換」と呼ばれています.コロンブス交換によって致命的な感染症が両大陸で交換されたことは有名ですが,食文化もまた交換されました.例えばアルコール類はヨーロッパからアメリカ大陸に(原住民を酔わせる目的で)持ち込まれました.

ところで,唐辛子の辛味成分は「カプサイシン」と言います.カプサイシンの構造を,化学者は次のような図に描きます.

ピペリン(左)とカプサイシン(右)

ピペリン(左)とカプサイシン(右)

どうでしょう,カプサイシンは胡椒のピペリンとどことなく似ていないでしょうか.この共通部分は,人間に「ホット」な感覚を与えます.ホットは「辛い」と「熱い」の両方の意味を持ちますが,生理的には「痛い」が正しい表現だそうです.

ピペリンとカプサイシンの共通部分は,人間に痛みを引き起こします.というわけで,コロンブスが唐辛子を胡椒の一種だと考えたのは,大間違いというわけではないのです.

ところで「唐辛子」の「唐」はもちろん中国の「唐」ですよね.というわけで「唐から伝わった辛子」なのかというと,実はそうではないのです.日本に唐辛子が伝わったのはおそらく1542年,ポルトガル宣教師によってです.中国はすでに「明」の時代になっていましたから「唐」は単に外国という意味でしょう.なお当時は「南蛮胡椒」と呼んだそうです.九州では唐辛子のことを胡椒と呼ぶ習慣が残っており,例えば「柚子胡椒」は実際には唐辛子と柚子を混ぜて熟成させたものです.

長崎では「一口餃子」を柚子胡椒で食べるのですが,大変美味しいですよ.今度餃子を食べられるときには,柚子胡椒を試してみてはいかがでしょう.

最後に,クローブとナツメグの物語をお届けします.

スパイス3: クローブとナツメグ — フェルディナンド・マゼラン — オイゲノールとイソオイゲノール

16世紀初頭,東の海を制したポルトガル人が,現在のインドネシアにあるモルッカ諸島,通称「スパイス諸島」に拠点を築きます.ポルトガル人がこの島に求めたのは「クローブ」と「ナツメグ」というスパイスでした.クローブとナツメグはそれぞれ海を隔てた別の島で育つ,異なるスパイスです.しかし,その性質はよく似ています.

クローブとナツメグは香りが大変良いスパイスです.中国の漢王朝の宮廷人は,息の香りを良くするためにクローブを使いました.またクローブの精油は殺菌作用があるとされ,伝統医療でよく用いられていました.日本では日本刀の錆止めにクローブの精油が用いられました.

ナツメグはジャガイモ料理と相性がよく,ヨーロッパ料理には欠かせません.また特にヨーロッパではペストを予防すると信じられたため,お金持ちは競ってナツメグを求めました.

ポルトガルの冒険家「フェルナン・デ・マガリャンイス」(スペイン語名フェルナンド・デ・マガリャネス,英語名フェルディナンド・マジェラン)は1519年,5艘のスペイン船団を率いて大西洋を渡りました.マガリャンイスの名前は日本では「マゼラン」の名前で通っていますので,本稿ではマゼランで統一します.なお地名にはスペイン語名マガリャネスを使おうという動きもありますので,地名に関しては併記することにします.

バスコ・ダ・ガマ,コロンブス,マゼランの航路

バスコ・ダ・ガマ,コロンブス,マゼランの航路

マゼランは大西洋を渡り,コロンブスの発見したアメリカ大陸を超えて,西へ向かって地球を一周しようとしたのです.マゼランはポルトガルに邪魔されない「西廻り」でモルッカ諸島へ行きたかったのです.彼はポルトガル生まれなのですが,1515年にはポルトガル王とは折り合いが悪くなり,西への関心を強めていたスペインへと籍を移します.

バチカンによってスペインとポルトガルの間で結ばれた条約「トルデシリャス条約」もまた,スペインを西へ向かわせた動機になっています.詳しくは本誌【第3号】をお読みいただきたいのですが,簡単に言うと世界の「東半分」の支配をポルトガルに,「西半分」の支配をスペインに認めるという条約でした.このときバチカンは地球が丸いことを意図的に無視したようです.

マゼランは苦労の末,南米の先端に「マゼラン海峡(マガリャネス海峡)」を発見し,太平洋を渡ってついにアジアに到達します.彼はモルッカ諸島を目前にして命を落としてしまうのですが,2艘に減っていた船団はついにモルッカ諸島へ到達します.その後さらに1艘が難破するのですが,最後の「ビクトリア号」が歴史的な世界航海を終えて,26トンのスパイスとともにスペインに帰りました.

その後スペインはスパイス諸島ことモルッカ諸島に拠点を築くのですが,ポルトガル人を追い出すには至りませんでした.ところがクローブとナツメグが莫大な利益をもたらすことを知ったオランダとイギリスは,このスパイス諸島を巡って血みどろの戦いを始めます.まずオランダとポルトガルの間で,ついでオランダとイギリスの間で.

16世紀末,オランダ人がモルッカ諸島のポルトガル人を追い出します.このオランダとポルトガルの対立は,なんと日本にも及びます.17世紀におこった日本史上最大の一揆「島原の乱」は一般に江戸幕府と農民の対立と捉えられていますが,江戸幕府を支援していたオランダと,天草の一般市民を支援していたポルトガルの代理戦争のような意味合いもありました.

17世紀には,150年続いたポルトガル海洋帝国も陰りを見せ,ヨーロッパの胡椒の取引の中心地はアムステルダムとロンドンに代わりました.17世紀頭の1602年に設立されたオランダ東インド会社はスパイス諸島にいたポルトガル人とスペイン人を追い出し,ナツメグを独占しました.スパイス諸島に目をつけていたイギリスはナツメグの採れる「ルン島」を死守するのですが,1667年,ついにこの小さな環礁を手放します.その代わりに,イギリスはオランダから人口1,000人ほどの植民地「ニューアムステルダム」を譲り受けます.この植民地はオランダ西インド会社が現地人から物々交換で手に入れた島「マンハッタン島」です.このとき,ニューアムステルダムはニューヨークになりました.

さて,スパイス諸島を有名にしたふたつのスパイス,クローブとナツメグについてです.それぞれ別の島で取れるのですが,ふたつのスパイスの成分はよく似ています.クローブの主成分は「オイゲノール」で,ナツメグの主成分は「イソオイゲノール」です.

オイゲノールとイソオイゲノールの構造は次のような形をしています.

オイゲノール(左)とイソオイゲノール(右),&nbsp;<a href="https://quimichristian.blogspot.com/2018/10/eugenol-e-isoeugenol-codimentos.html">Eugenol e Isoeugenol - codimentos, medicamentos e isomeria</a>

オイゲノール(左)とイソオイゲノール(右), Eugenol e Isoeugenol - codimentos, medicamentos e isomeria

オイゲノールは現在では香水や医療用に使われています.イソオイゲノールも香水や,食品の香り付けに使われています.とてもいい香りのするイランイランのエッセンシャルオイルに含まれているのもイソオイゲノールです.

オイゲノールも,イソオイゲノールも似た構造を持っていますね.

胡椒と唐辛子,クローブとナツメグのように「なんとなく似ている」ものが「本質的に似ている」ものに変わる瞬間があります.これが,化学の贈り物なのです.本質を知れば,未来に何が起こるのか予想したり,将来どのようなものを作ればよいかを設計したりすることが出来ます.

次に胡椒を振りかけるとき,あるいはフライパンに唐辛子を入れるとき,その構造に思いを馳せてみてください.それと,海を冒険した人々のことも.

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アレ・キュイジーヌ!!

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこんなマシュマロを頂いたので,回答したいと思います.

マシュマロ

マシュマロ

伝送ミスはなぜ起こるのですか?そして伝送ミスを修正することが出来ますか?
マシュマロ

本誌【第25号】の「ハイレゾ・ロスレス音源てなんだ?」を踏まえてのご質問だと解釈して,こちらで回答させていただきます.

デジタル情報を伝達する場合は,電気信号であったり,光信号であったり,場合によっては記録媒体を人間が運んだりという方法を使います.このような物理的なレベルでの伝達手段のことを「物理レイヤー」と呼びます.

そして伝達のエラー,あるいは伝送ミスはこの物理レイヤーでよく起こります.記録媒体を人間が運ぶ場合は途中で無くしてしまったり,他の媒体と取り違えてしまったりということが起こり得るのですが,似たような話が電気信号や光信号にも起こります.おそらく最も多いのは,信号が届かなかったという通信エラーでしょう.これは通信相手が遠方に移動してしまって電波が届かなかったとか,途中の電線が切れてしまったとかがあります.信号エラーが多いなと思って調べてみたらオフィスの椅子がイーサネットケーブルを踏んづけていた,なんてこともしょっちゅうあります.

また電気信号に対しては,電気的なノイズも大変よくあります.電気信号というのは電子の流れですが,電子は走るときに光子(フォトン)を撒き散らします.撒き散らされた光子は,今度は周囲にいる電子の背中を押したり引っ張ったりします.そのせいで,信号の届け先に余分な電子が到達したり,必要な電子が届かなかったりするのです.これが電気的なノイズと言われるものの正体です.

他に,頻度は低いながら,宇宙由来の電子が電気信号に紛れ込むことがあります.宇宙由来の電子については本誌【第22号】「ピラミッドのレントゲン写真」もご参考にしていただければ幸いです.

伝達のエラーを修正するための方法は様々に考えられており,エラー検出訂正技術として知られています.エラー検出の最もシンプルな方法は信号を2回送って,受け取った側でその両方を比較することです.もし2回の内容が一致すれば,エラーが起こった可能性は低いと考えて良いでしょう.ただしこの方法では,両者の内容が一致しなかった場合,どちらが正しいのかがわかりません.通信を3回行えば「多数決」で正しいものを推定できますが,その代わり通信量が3倍になってしまうため,この方法はめったに使われません.

よく用いられるエラー検出の方法は,元の情報に加えて,元の情報から計算で求まる小さなコードを一緒に送る方法です.情報を受け取った側も同じ計算をして,送られてきたコードと一致するかを確かめます.もし一致しなければ,元情報が化けたか,あるいはコードが化けたかです.どちらが化けたとしても送信元に再送を要求します.

このような元の情報に追加する「冗長な」情報には,エラーを検出するだけでなく訂正できるような情報を載せておくことも出来ます.これが現在よく用いられているエラー検出訂正技術です.

ご質問ありがとうございました.

こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.

振り返り

このニュースレターでは「振り返り」動画を公開しています.今週は「スーパームーン皆既月食」について振り返ってみました.

動画の音声だけを切り出してポッドキャストにもしています.

是非お楽しみください.

あとがき

今週からニュースレター冒頭に「140字まとめ」を書いてみました.僕のニュースレターは長めなので,1ツイートぐらいのまとめがあると僕なら嬉しいなあと思ったからですが,如何でしたでしょうか.ツイッターの140字という縛りは,もともとは携帯電話のショートメッセージ(SMS)が英文160字までだったからなんですね.当初のツイッターはメンションが文字通りSMSで飛んできました.20文字はツイッターの制御用に確保されていたのでしょう.「@だれそれ 晩ごはんなう」なんて飛んでくるの,今考えるとかなりうざいですが,ツイッターのサービスインが2006年,初代iPhoneの発売が2007年ですから,SMSで送りつけるのは合理的だったのかもしれません.

SMSが160字になった理由は,アメリカの電報で最も使われた文字数が150字だったからでしょう.これは150字までは基本料金だったということと大いに関係があります.ではなぜ150字までが基本料金だったのかというとすぐには文献が見つからなかったため,推測でしか言えないのですが,かつてはモールス符号で電報をやり取りしていたことと関係がありそうです.プロの通信士は1分あたり150字のモールス符号を打てます.ということは,電報を150字で課金するのは,労働量を分単位で換算できるので理にかなっていたのでしょう.

モールス符号を打つ速度が,巡り巡ってツイッターの文字数を決めているのでした.たぶん.

さて,話をスパイスに戻しましょう.韓国料理に欠かせない唐辛子は,日本経由で伝わったという説が有力です.1592年の朝鮮出兵のときに,加藤清正が韓国に持ち込んだというのです.インドや東アジアの料理には欠かせない唐辛子ですが,コロンブスが持ち帰ったものだったというのは意外ですね.イタリア料理に欠かせないトマトも南米原産で,イタリアで普及したのは18世紀からですから,伝統というのは変わりゆくものなんでしょうね.

それがまた,普遍性を求める化学であり,科学という学問の存在意義にもなっています.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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発行者:いち(金谷一朗)

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