超えられる?友達150人の壁【第76号】

人類学者ロビン・ダンバーは人間にとって「安定した関係を維持できる上限」が100人から250人の間であるとしました.その証拠をいくつかご紹介します.
金谷一朗(いち) 2022.04.29
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【140字まとめ】人類学者ロビン・ダンバーは人間にとって「安定した関係を維持できる上限」が100人から250人の間であるとしました.確かに古代ローマ軍から現代の陸軍に至るまで,最小単位は100人前後です.肉声が届く範囲だからでしょうか.僕は「トイレの問題」のような気もしていますが,さて…

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いちです,おはようございます.

皆様にお知らせがあります!

このたび TEDxKobe 2022 「回遊」に登壇させて頂くことになりました!詳しくはこちらです.

僕は長年,オーガナイザとしてTEDxイベントに関わってきたのですが,なんと2度目の登壇機会を頂きました.

TEDxKobe や地元の TEDxSaikai のメンバーからフィードバックを貰いながら,毎夜プレゼンテーションを仕込んでいるところです.

仕上がりをどうかどうかお楽しみになさってください.

実は僕も今から「出島」で新しいTEDxイベントを立ち上げるところなんですよね.こちらは TEDxDejimaStudio という名前で,オンライン配信専門になります.こちらでご紹介するアイディアも,ご期待下さい.

【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています.アカウントをお持ちの方は是非ご参加ください.匿名でもご参加いただけます.

《目次》

  • 古代ローマの百人隊

  • 友達150人の壁

  • ダンバー数から考える国の適切な大きさ

  • おすすめTEDトーク:社会的ネットワークの知られざる影響

  • おすすめ書籍:ドゥームズデイ・ブック

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

古代ローマの百人隊

ケントゥリオの再現 (I, Luc Viatour, CC BY-SA 3.0)

ケントゥリオの再現 (I, Luc Viatour, CC BY-SA 3.0)

古代ローマ軍は「ケントゥリア」日本語では「百人隊」という,100人単位の部隊を行動単位にしていました.ケントゥリアの隊長を「ケントゥリオ」あるいは「百人隊長」と呼びます.ケントゥリオの英語読みが「センチュリオン」ですね.

ケントゥリアの実際の人数は60人程度まで縮小されていることもあったようですが,大雑把に言って100名からなる部隊でした.

なぜ100名前後で部隊を組んだのかというと,隊長の声が届く範囲がこの程度だったからという説があります.他にも部下の顔を覚えられる範囲であるとか,ひとりずつ声をかけてやれる範囲であるとか,様々な事情はあったことでしょう.

僕個人としては,たった一泊でも野営地を築いたローマ兵のことですから,トイレの設営が1回の穴掘りで済む程度の規模感が100人という説を提案したいです.いやあ,僕も100人規模の野営地の設営をしたことがあるんですよ.トイレも作ったんですが,いろんな意味で100人が限界だと感じました.

現代の陸軍でも,行動単位である「カンパニー」日本語では「中隊」は100人から200人規模です.撤退を決められる単位という意味では中隊が軍の最小単位で,NATO加盟国では中隊のことを「I」(縦棒1本)で表しています.

中隊の指揮を執るのは「大尉(たいい)」のランクが多いのですが,陸軍大尉は英語ではキャプテン(captain)と呼びます.キャプテンは現代のケントゥリアという位置づけですね.実際キャプテンの語源はラテン語の「頭」を意味するcaputに由来するため,日本語に翻訳するとすれば「かしら」がぴったりでしょう.

なお海軍の場合は陸軍と編制が異なり,軍艦の艦長を「キャプテン」と呼んできたきた経緯から,キャプテンの地位はもっと高く,陸軍で言えば「大佐(たいさ)」英語の「カーネル(colnel)」のランクに相当します.いずれにせよ,兵士が命を預けるリーダーのことをキャプテンと呼ぶのですね.

陸軍が平時に駐屯する歴史的な基本単位を「連隊」英語で「レジメント(regiment)」と呼びます.これは「統治」を意味する「レジーム(regime)」からきています.連隊は10個中隊程度からなり,通常は大佐(カーネル)が指揮を執ります.

なお「ケンタッキーフライドチキン」創業者の「カーネル」サンダースは「ケンタッキー州名誉大佐」の称号の持ち主なので,カーネルを名乗っていました.

友達150人の壁

イギリスの人類学者ロビン・ダンバーは,霊長類の行動を調査する中で,人間にとって平均150人,だいたい100人から250人の間が「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」であると発見しました.この数のことを「ダンバー数 (Dunbar’s number)」と呼びます.

ダンバーは霊長類の脳のサイズと,平均的な社会的グループのサイズが比例するという仮説をたてて,人間以外の霊長類38種の行動を調べた上で,それを人間に当てはめてみました.その結果導かれた数字が150人だったのです.

後の研究によるとダンバーの推測は楽観的に過ぎたことがわかっているのですが,それでも新石器時代の集落のサイズがおよそ150人であったことや,経験的に100人から200人程度が軍のカンパニーのサイズになることから,ダンバー数は結果として「だいたい正しかったのではないか」ということになっています.

ダンバーは著書 “How Many Friends Does One Person Need?: Dunbar's Number and Other Evolutionary Quirks”(邦訳「友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学」)で,世界初の土地台帳「ドゥームズデイ・ブック (Domesday Book)」に記録された英国のほとんどの村の平均的な規模は160人だとも主張しています.ドゥームズデイ・ブックは課税のための土地台帳ですが「ドゥームズデイ(doomsday)」すなわち「最後の審判」の帳簿(ブック)とは,これもブリティッシュ・ジョークでしょうか.ともかく150人前後という数字が自然と現れるということを,ダンバーは主張したわけですね.

ポール・アダムスの書籍 “Grouped” (邦訳「ウェブはグループで進化する」)によると,人間関係には「5-15-50-150-500の法則」があるそうです.5は精神的な支えになってくれる相手の人数,15はその人が亡くなれば大きな悲しみを経験するような人の数,50は比較的頻繁にお話しする相手,そして150が,親友とまではいかないまでもしっかりとコミュニケーションがとれる相手の数ということです.ここにもダンバー数が顔を出していますね.500は名前を覚えている程度の弱いつながりの数だそうです.

ポール・アダムスの説もまだ仮説に過ぎません.ただ,彼が何故 5-15-50-150-500 という数列を選んだのかは想像がつきます.きっとダンバーの選んだ150をスタート地点に選び,それを3.16で割っておよそ50に到達したのでしょう.150を3.16で2回割ると15になります.150よりも大きい方も同じで,150を3.16倍しておよそ500に到達したのでしょう.

この3.16という数値ですが,これは僕の好きな作家でもあるアイザック・アシモフが「宇宙の測り方」という本の中で紹介した係数なのです.アシモフはどのようにして3.16という数値を選んだのかというと,10を3.16×3.16というふうに二つに割ったのです.数学的には√10=3.16ですね.

人間の数値に関する感覚は10倍刻みでは大きすぎるのですが,2倍刻みでは細かすぎるのです.そこでアシモフは3.16倍刻みを発明したのです.これは本当に便利な方法で,僕なんか「5,000円札」よりも「3,160円札」があったらどれだけいいかと思いますよ.

話を戻しましょう.

物理的な制約の無いソーシャルネットワークの時代,友達150人の壁というのはむしろ強調されているようにも感じます.

ただし,ダンバー数にヒントを得て「50人までしか繋がれない」ことを売りに2010年に創業したSNS「Path(パス)」は,2018年にサービスを終了しました.50人までしか繋がれないSNSというのは,需要が無かったのかもしれませんね. 僕が使い始めた頃は友達数の上限がダンバー数と同じ150人になっていましたが,その後は友達数無制限になり,これじゃあFacebookと変わらんな…ということで使うのを辞めていました.

そんな僕のFacebook上の友人数は2,000人程度なのですが,やはり名前を見て思い出せるのは500人ぐらいでしょうか.

なお,僕もオーガナイザをしているTEDxという,米国TEDのローカルイベントですが,オーガナイザが米国TEDに未参加の場合,イベント規模は「100人まで」と決められています.きっと「目の届く範囲で小規模に始めなさい」という意味なのでしょうね.

ダンバー数から考える国の適切な大きさ

平時は市民の1パーセント程度が軍人となる社会を考えると,10万人の街で1個連隊 (regiment) を維持することになります.ここら辺が「都市」と呼べる最小単位でしょうか.10万人に1人の代議士を国に送り込むのが,民主主義が健全に機能する「肌感覚」のようにも僕には感じられます.

一方で,国会のほうも人間の集まりですから,あんまり規模が大きいと「わちゃわちゃ」になってなかなか収集がつかなくなってしまいます.代議士はある程度は会議慣れしているでしょうし,声も大きいでしょうけれども,それでも300人ぐらいが限界では無いでしょうか.

こう計算してみると,民主主義国家の規模感というものも感じられますね.代議士を10万人に1人ずつ,合計300人出すと3,000万人が「良い感じ」の国のサイズと言うことになります.まあ,倍の6,000万人でも良いでしょう.しかし1億人を超えるようだと,州に分割するような思い切った地方自治制が必要になるような気がしてなりません.日本の場合は商用電源が50ヘルツの地域と,60ヘルツの地域で分けるのが良いかもしれませんね.

締めくくりに,ダンバー数と関係のあるお話をひとつご紹介します.僕の住む長崎県は国境にあり,対馬という島に陸上自衛隊の「対馬警備隊」通称「山猫部隊」が配置されています.

山猫部隊の人員数は本部や後方支援隊も含めて約350名.前線の兵士は1個中隊で150名程度でしょう.ただし隊長にはカーネル(1等陸佐)を割り当てており,有事には応援部隊によって増員されます.

国境で日本を守っている兵士たちも,古代ローマの戦闘単位も,だいたい100から多くて250なのですね.

ダンバーの推測は,そんなに外れてはいないのかもしれません.

おすすめTEDトーク

TED

TED

私たちはみな友人,家族,仕事の同僚などから構成される広大な社会的ネットワークに組み込まれています.幸せから肥満まで様々な特性がどのようにして人から人へ広がっていくかをニコラス・クリスタキスが追跡し,ネットワーク内の位置が気付かぬうちに私たちの生活にどう影響を与えるかを紹介します.
TED

ニコラス・クリスタキスは社会的ネットワークがなぜ存在するのかと問い続けます.そして最後に社会的ネットワークは「善」と結びついていること,より多くのつながりが必要なことを見つけます.

とてもパワフルなトークです.ご覧になってみては如何でしょうか.

もうひとつ,英語になってしまうのですがこちらもご紹介させて下さい.

Robin Dunbar: Can the internet buy you more friends? | TEDxObserver (英語)

オックスフォード大学認知進化人類学研究所の所長であるロビンは,現在「ダンバーの数」として知られている数式を作ったことで有名である—その数とは150である.これは,私たちが有意義な友人関係を築ける人数の「認知的限界」を計算したものである.この数字が初めて発表されたとき,オンラインとリアルの「友情」の本質と違いについて,熱狂的な議論が巻き起こった.ロビンは,恋愛の心理学と倫理学を探求し,脳と科学が私たちが恋に落ちる方法と理由を説明する手助けになるかどうかを探る.(筆者訳)
TED

ロビン・ダンバー本人が「ダンバー数」の説明をしています.

まだ日本語字幕はついていないのですが,YouTubeの自動字幕機能を使うと英語字幕がつきます.英語OKな方は視聴してみて下さい.

おすすめ書籍

〈ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞受賞〉14世紀にタイムトラベルしたオックスフォード大学の史学生キヴリンを待ちうける恐るべき試練とは? 歴史研究者の長年の夢がついに実現した.過去への時間旅行が可能となり,研究者は専門とする時代をじかに観察することができるようになったのだ.オックスフォード大学史学部の史学生キヴリンは実習の一環として前人未踏の14世紀に送られた.だが,彼女は中世に到着すると同時に病に倒れてしまった……はたして彼女は未来に無事に帰還できるのか?ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞を受賞した,タイムトラベルSF.
Amazon

本文とはほとんど関係ないのですが「ドゥームズデイ・ブック」つながりで,コニー・ウィリスのSF作品をご紹介致します.発音は同じですが,こちらは “Doomsday Book” で,土地台帳の “Domesday Book” とはスペルが異なります.

タイムトラベルものって名作が生まれにくい代わりに,ぴたっとはまるとすごい名作が生まれるジャンルのような気がします.

長編なので,連休中に読み始められることをおすすめします.

続編の「犬は勘定に入れません〈上〉―あるいは,消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 」もヒューゴー賞・ローカス賞を受賞しています.こちらのほうが軽く読める感じ…というよりは,ほぼラブコメです.こちらを先に読むのもありです.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのご質問から.

TEDxKobeへの意気込みをお願いします!

ありがとうございます.

TEDxKobe登壇へ向けて,オンラインリハーサルや録画リハーサルを繰り返しています.冒頭でお話ししたとおり,TEDxKobeスタッフの方やTEDxSaikaiの仲間からのフィードバックを元に「ぱきぱき」に仕上げています.

後は緊張せず話せるように,練習あるのみです.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

このニュースレター記事は配信前日にあたる木曜日に書いているのですが,どうも朝から喉を痛めてしまったようで,声が出しづらいのです.幸い熱は出ていないので,風邪や今話題の感染症ではなさそうです.

音声版のほうは,いつもと逆でニュースレターを書く前に収録しておいたので,今回も同時配信が出来ました.

しかし音声をメインに配信する場合は,喉を痛めるリスクを考えておかないといけないですね.

今日は大学内の勉強会と講義もあったのですが,声が出せないため延期にさせて頂きました.Zoomのようなビデオ会議システムでリアルタイムに字幕を打てるようなら,それを使ってオンライン講義をするのもありだったかもしれません.例えばmmhmm(んーふー)とZoomを組み合わせると,ほぼリアルタイムで動画に字幕を付けられます.

まあそこまでするのなら,台詞をあらかじめ用意しておいて音声合成で講義をしても良いのかもしれませんし,それなら放送大学のほうがよっぽどクオリティが高いじゃないかという話になるかもしれませんし,やっぱり講義はリアルタイムにやって「なんぼ」だなあと思考が一周してきました.

ひょっとしたら,録音済みの音楽と,ライブDJの違いのようなものかもしれませんね,放送大学とリアルタイム講義の違いは.

そうそう,講義に出席出来ない学生のために,講義は全て録画して公開しているのですが,ある学生から「倍速で視聴したら出席も半分になりますか?」と聞かれました.倍速視聴,10秒飛ばしなどは当たり前で,有力ユーチューバー(YouTuber)は「ジェットカット」という余白を全て切ってしまう編集を行う時代ですから,講義など録画で見ると恐ろしく非効率ということなのでしょうね.

今日は他に学内の会議と1年生向けのゼミがあるのですが,会議はオンライン参加してチャットで発言し,ゼミはタブレットに筆談ということにしました.

実は喉を痛める前に追加で2本ほどポッドキャストを収録していましたので,これらも順次公開していきます.あ,ひょっとして,喉を痛めた原因は,ポッドキャストのやり過ぎだったのかも…

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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Covere Photo by I, Luc Viatour, CC BY-SA 3.0

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