風の谷のナウシカの元ネタと毒の話【第89号】

日本古来の毒物「ぶす」実は猛毒だった「賢者の石」あらゆる意味で最強の毒物「ポロニウム」などなど
金谷一朗(いち) 2022.07.29
誰でも

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【140字まとめ】毒の中で育った「風の谷のナウシカ」の元ネタ「ラパチーニの娘」のさらに元ネタはアレクサンダー大王に送られた美女だった.ロシアが作り出した世界最強の毒物の名前は,ポーランドのロシアからの独立を願ってポロニウムと名付けられた...などなど,毒にまつわるお話をお届けします.

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いちです,おはようございます.

今週のおすすめ書籍にどうかなあと思って「教養(インテリ)悪口本」という書籍を読んでいたんですよ.こんな本です.

すぐ「海外では~」と言い出す人に使えるインテリ悪口「鹿鳴館精神を身につけてる」,憶えた言葉をすぐ使いたがる人用のインテリ悪口「ボキャブラリーをスタックで管理してるのかよ」・・・・・・等々,知性とユーモアが宿れば悪口は断然面白くなる.イラッときたときやモヤモヤしたときに使って,ディスりたい気持ちを教養に変える!

この本を読んでいたところ,こんな「悪口」が出てきました.

「こないだ店長に怒られて超ムカついて〜!」

「おっ,大変だったね」

「怒られたら嫌な気持ちになるから怒らない方が良いと思う!!」

「おっ,シャノンの情報理論的には情報量ゼロだね!!

...なんとなんと「シャノンの情報理論」が出てきました.是非本誌【第88号】も悪口に使って頂ければ幸いです.

さて,僕が大学受験をした1990年代は,工学部の何学科に進むかは「死に方」選びという側面がありました.電気工学なら感電するし,機械工学なら挟まれるか焼かれるかするし,土木工学なら転落で,生物工学なら多分ウイルス感染で,化学工学なら有機溶剤の中毒で,材料工学なら重金属でやられるかなあという想像です.当時はまだ一般的ではありませんでしたが,金融工学なんて学科があったら恨み殺される道と言われたかもしれません.

僕は電気工学の道を選んだのですが,入学してからはどうにも電気に興味を失い,大学図書館でひたすら薬物の書籍を読んでいました.この号は第89(やく)号なので,そんな薬物,とりわけ「毒」についてお伝えしたいと思います.

ちなみにですが,僕は大学卒業後にエジプトの遺跡で何度か電気工事をしているので,電気工学の勉強は決して無駄ではありませんでした.

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《目次》

  • 日本文学に影響を与えた狂言「附子(ぶす)」

  • 実は猛毒だった「賢者の石」

  • あらゆる意味で最強の毒「ポロニウム」

  • ミトリダテス6世〜ラパチーニの娘〜風の谷のナウシカ

  • おすすめ書籍:毒薬ミステリ傑作選

  • おすすめTEDトーク:水銀の足跡を追って

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

日本文学に影響を与えた狂言「附子(ぶす)」

狂言の曲目に「附子(ぶす)」というものがあります.主人が「附子(ぶす)という猛毒が入っている桶には近づくな」と使用人である太郎冠者(たろうかじゃ)と次郎冠者(じろうかじゃ)に言いおいて外出するのですが,実際には猛毒ではなく砂糖だったことがばれてしまうというストーリーです.

僕はこのストーリーの面白さよりも,附子(ぶす)とはどんな毒だったのだろうということに興味がありました.調べてみると,附子は「トリカブト」という植物の根っこなのですね.附子は少量を薬剤として使うこともあり,この場合は「ぶし」と読みます.附子(ぶし)は黒っぽい塊なので,太郎冠者と次郎冠者が頬張ったのは黒砂糖だったのかもしれません.

トリカブトはとりわけ北東アジアでは古くから知られた毒で,日本では狂言の他にも推理小説のような文学作品にもよく登場しています.一方,トリカブト自体は北半球全体に分布するものの,西洋の文学作品にはあまり出てきません.日本の場合は作品「附子(ぶす)」が,そのストーリーの面白さから有名になったためかもしれません.

トリカブトのように,毒性のある植物を有毒植物と呼びます.西洋で有名な有毒植物と言えば,哲学者ソクラテスを死に追いやった「ドクニンジン」(通称はヘムロック)でしょう.ローマ皇帝クラウディウスもまた紀元54年に毒キノコで殺されたと言われていますし,猛毒ドクツルタケに至っては「破壊の天使 (destroying angel)」という異名も与えられていますから,毒キノコもメジャーな有毒植物と言えますね.

紀元前135年生まれの「ポントスのミトリダテス6世」王は毒殺におびえ,死刑囚を使って解毒の実験を行ったほか,自分自身も少量の毒を服用し耐性を付けようとしたとされています.それどころか「ミトリダティウム」という万能解毒薬まで調合していたようです.残念なことにその調合は失われていますが,後世の推測が古代ローマの博物学者アウルス・コルネリウス・ケルススによって,書籍「医学論」の中に残されています.本書は遅くとも紀元47年には出版されていたようですから,ときの皇帝クラウディウスも解毒薬のことは知っていたかもしれません.ということは,ミトリダティウムは効かなかったということなのか...

エジプトの女王クレオパトラ7世は紀元前30年に,猛毒を持つコブラに自身を噛ませて自殺したとされていますが,その前に有毒植物であるベラドンナ,あるいはヒヨスを試したという説もあります.

ところで,トリカブトは割とどこにでもある植物なので,間違って食べてしまわないように是非お気をつけ下さい.僕はトリカブトよりもずっと毒性の弱い「ヨウシュヤマゴボウ」(通称は「インクベリー」)を食べちゃったことがあるのですが,それでも1週間ほど苦しい思いをしました.

実は猛毒だった「賢者の石」

おそらくは植物の毒よりも多く暗殺に使われてきたのが,鉱物による毒でしょう.

ツタンカーメン王の墓の壁画にも使われた黄色顔料,雄黄(おうゆう)はヒ素を含む毒物です.プトレマイオス朝エジプトになると,錬金術師アガトダイモンが鉱物から毒を作る方法を書き残しています.おそらくは雄黄を何かと反応させて,より強い毒物を作ったのでしょう.

辰砂(しんしゃ)という赤い鉱物はスペイン,近東,中国,日本,そして南北アメリカで古くから産出しました.こちらも顔料として使われていたようで,古代ローマでもよく使われています.スペインが古代ローマに組み込まれる前は,エジプト産の辰砂が使われたかもしれません.この辰砂は水銀化合物で,加熱すると水銀蒸気を発するため水銀中毒を引き起こします.(陶芸に使われる辰砂釉は水銀を含まない鉱物です.)

やはり「毒としても使える」ものは「毒として使われる」のでしょうね.

ところで,1144年に「チェスターのロバート」というイギリス人が,アラビア語で書かれたイスラム世界の錬金術書をラテン語に訳してから,ヨーロッパで錬金術ブームが起こります.そしてヨーロッパの錬金術師たちは「賢者の石 (philosopher's stone)」という鉱石を探し始めました.賢者の石は触れた金属を金に変え,人間を不老不死にする液体「エリクサー」を生成すると言い伝えられました.

14世紀フランスのニコラ・フラメル (Nicolas Flamel)は賢者の石の製造に成功したという伝説もありますが,現在に至るまで「触れた金属を金に変える」そして「エリクサーを生成する」物体は見つかっていないため,ニコラ・フラメルの研究は後世の作り話ということになるでしょう.

「ハリー・ポッターと賢者の石」の中では,ダンブルドア校長のお友達だったんですけれどもね.

しかし,ただの「お話」とも言えないのが中世の錬金術の面白いとこでもあります.先ほどご紹介した辰砂が,なんと賢者の石の候補だったのです.

辰砂を加熱すると液体の水銀を得ることが出来ます.この水銀と金が近づくと,金が吸い寄せられるように水銀の中へ溶けていき「金アマルガム」という粘性のある液体に変わります.次の動画では金と水銀を反応させて金アマルガムを作る様子です.

この金アマルガムを銅に塗って,加熱して再び水銀を蒸発させると,あら不思議,銅が金ぴかになっています.これは日本でも古来から行われていた金めっきの方法で,奈良の大仏にも使われています.

辰砂から水銀を回収して,これに金を溶かし込んで作った金アマルガムは,塗るだけで銅を金に変える不思議な液体なわけですから,辰砂が賢者の石と呼ばれたことも分からなくはないですよね.

この金アマルガムを使った金めっきは,大量の水銀中毒者を出しましたから,不老不死の霊薬エリクサーとは真逆のような気もするのですが,とにもかくにも辰砂は賢者の石という扱いになりました.

これは中国でも事情が似ていまして,不老不死になれる霊薬「仙丹(せんたん)」を辰砂から作ろうとしていました.

まったく,人間というのは人を殺そうとして毒を求めたり,永遠に生きようとして毒を飲んだり,せわしない生き物ですね.

あらゆる意味で最強の毒「ポロニウム」

ロシアの大統領ウラジミール・プーチンを指して「おそロシア」と言うことがあります.

このプーチン大統領,どうやら毒物を使った暗殺を実行あるいは承認したことがあるのではないかと疑われています.

2006年11月に,元ロシア連邦保安庁情報部員アレクサンドル・リトビネンコがイギリスで不審死を遂げました.被害者の尿から「ポロニウム210」という物質が検出されたことから,死因はポロニウム210と疑われています.

ポロニウムは銀白色の金属で,1898年7月,ピエール・キュリーとマリ・キュリーがウラン鉱石から発見しました.名前は,当時ロシア帝国に支配されていたマリ・キュリーの祖国ポーランドから取られました.マリ・キュリーは祖国の独立を願い続けていたのです.

ポロニウム210は何種類かあるポロニウムのひとつで,強い放射線を出すものの,容器に入れておけば安全な物質です.そのため,ロシア政府がリトビネンコを暗殺するために,彼の緑茶にポロニウム210を仕込んだのではないかと疑われています.

ポロニウム210を飲むと,飲んだ人間は体内から放射線を被爆することになります.

おそ...ロシア...

ミトリダテス6世〜ラパチーニの娘〜風の谷のナウシカ

17世紀イングランドの作家トーマス・ブラウン卿 (Sir Thomas Browne)は著書「迷信論」の中で,あるインドの王様がトリカブトの毒,つまりは附子(ぶす)で育てた美女をアレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)に送り,彼を暗殺しようとしたと書きました.

残念ながら確証は無いのですが,ブラウン卿はおそらくミトリダテス6世の故事を念頭に置いていたのでしょう.

そして,この「迷信論」を読んだのが,19世紀アメリカの作家ナザニエル・ホーソーン (Nathaniel Hawthorne)です.彼は1844年に名作短編小説「ラパチーニの娘」を書きます.この小説の中で,美しい娘ベアトリーチェ・ラパチーニは有毒植物の庭園の中で育つのです.

そしてそして,この「ラパチーニの娘」を読んでアニメを制作したのが宮崎駿というわけですね.タイトルはもちろん「風の谷のナウシカ」でした.

ナウシカの原型はベアトリーチェで,その根本はアレクサンダー大王に送られたという架空の美女で,さらにその発想の元はポントスのミトリダテス6世だったのです.

現実のアレクサンダー大王はインドを途中まで制圧したものの引き返し,その帰り道で高熱に倒れ,32歳で亡くなっています.

まあ,美女がいればそれだけで男は短命なものかもしれません.

おすすめ書籍

編者による序論「毒と毒殺について」を巻頭に,セイヤーズ「疑惑」やウイン「キプロスの蜂」等の名作がズラリと並んでいる.他に,フィリップ・トレントの活躍する「利口なおうむ」,長編『毒入りチョコレート事件』の母胎となった「偶然の審判」,ソーンダイク博士お得意の法医学的知識に彩られた「バーナビイ事件」,ホーソーンの名作怪奇譚「ラパチーニの娘」等,全12編を収録.

本文中にご紹介した「ラパチーニの娘」は「ラパチーニの娘―ナサニエル・ホーソーン短編集」に収録されているほうが正式版ではあるのですが,推理小説ファンにはこちらのアンソロジーのほうがおすすめです.アントニー・バークリーの名作「毒入りチョコレート事件」のオリジナル短編小説「偶然の審判」も入っています.

おすすめTEDトーク

海の健康と私達自身の健康には,強固で驚くべき繋がりがある,と海洋生物学者スティーブン・パランビは言います.海の食物連鎖の底辺に溜まる毒が,どのように人間の体へと入っていくのか.彼は,日本の魚市場で発見された衝撃的な汚染の実例と共に説明します.彼の研究は,海と,そして人類を健康に導く道を指し示します.

日本に住む者には少しショッキングな内容ですが,良ければご覧になってください.水銀は,過去の毒というだけではないのです.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

明日死ぬとして,最後に食べたいものはなんですか?

もちろん毒キノコ盛り合わせです.

とりわけ「破壊の天使」ドクツルタケ,「いちころ」シロタマゴテングタケ,そしてディズニー映画に欠かせないベニテングタケなどは,イボテン酸という大変なうま味成分(兼猛毒)を持っているそうです.

一生に一度は食べてみたいものですね.二度目は無さそうですが.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

僕は大学1年生のとき,図書館に入り浸って毒物のことばかり調べていました.いざという時の解毒方法を頭にたたき込んで置きたかったと言う理由もあり,手帳にまとめたりもしていました.で,結論を言ってしまうと,ニコチン以外はとりあえず「水飲んで吐き出せ」でした.もう,ほんとそれしかない.なぜニコチン以外かと言うと,ニコチンは水に溶けやすいため,水を飲むとかえって体内に吸収される可能性が高くなるためなんですね.

この教訓は,ヨウシュヤマゴボウを食べちゃったときにも役に立ちました.

また当時面白いなと思った解毒方法のひとつに,メタノールを誤飲した場合は急いで「酒(エタノール)を飲め」というものがありました.さすがにちょっと乱暴な応急措置のようですが,医師による措置として「エタノール投与」があるそうなので,あながち間違いとも言えないのでしょう.

この号では触れられませんでしたが,ふぐに含まれるテトロドトキシンや,ボツリヌス菌が作り出すボツリヌストキシンなど,自然界には魅力的な毒が沢山あります.いつかまたお伝えしたいなあと思っています.

全然関係ない話なのですが,今週ふと気付いたことがあったので,ご紹介しますね.ビル・ボットレル (Bill Bottrell) という音楽プロデューサー・作曲家がいます.彼はマイケル・ジャクソンと共同で「ブラック・オア・ホワイト」を作曲,制作するのですが,ラップ部分をLL・クール・Jらに依頼するものの断られてしまいます.ビル・ボットレルは仕方なく自分で歌詞を書き,ラップを演じます.本人はずっと「デモ」のつもりだったようですが,マイケルがデモを気に入ったため,ビル・ボットレルのラップがそのまま採用されました.

プレイヤー(パフォーマー)と監督(マネージャー)と両方を兼ねるというのは大変に難しいことなのに,さらには制作(プロデューサー)まで兼ねてしまうアーティストに出会うと,僕はいつも腰を抜かします.

今週はそんな驚きもありました.

🍓

【お知らせ】8月12日金曜日は休刊日の予定です.

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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