情報の単位「ビット」【第88号】

1ビットの情報とは確率1/2の「何か」が起こったということ
金谷一朗(いち) 2022.07.22
誰でも

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【140字まとめ】情報の単位「ビット」について解説します.1ビットは,確率1/2の現象が起こったことを知ったという「情報量」を表しています.例えばコイントスの結果は1ビット(正確には1シャノン)の情報なのですね.そして中国の易経によれば,6ビットで森羅万象を表すことができるそうです.

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いちです,おはようございます.

ご飯と仕事は別にする主義だったのですが,ついにサンドイッチを食べながらキーボードを叩く日々を迎えてしまいました.キーボードの片手打ちを一時期真剣に練習していたのですが,余り嬉しくない活用方法でした.

余談ですが,サンドイッチの語源となったイギリスのジョン・モンタギュー第4代サンドウィッチ伯爵は,通俗的には「カード賭博を中断することなく続けられる食事としてサンドイッチを考案した」ことになっています.ただこれはどうも後世の作り話のようで,伝記作家N.A.M.ロジャーによると「サンドウィッチ伯爵は海軍,政治,そして芸術で大忙しだったことを考えると,執務中にサンドイッチを食べたのだろう」とのことです.

サンドウィッチ伯爵の「伯爵クラブサンドイッチ」

サンドウィッチ伯爵の「伯爵クラブサンドイッチ」

なお第4代の直系の子孫である第11代サンドウィッチ伯爵ジョン・エドワード・ホリスター・モンタギューは,アメリカで「サンドウィッチ伯爵」というサンドイッチ店チェーンを始めています.

働き者の家系ですね.

さて,今週は「情報の単位」である「ビット(bit)」についてお話しします.

【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています.時々裏話をつぶやいています.ツイッターアカウントをお持ちの方は是非ご参加ください.

《目次》

  • 明日の天気と「情報量」

  • 易に使われたビット

  • ライプニッツの算術・ブールの代数・シャノンのコンピュータ

  • おすすめ書籍:暗号ミステリ傑作選

  • おすすめTEDトーク:10分で分かる量子コンピュータ(日本語字幕)

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

明日の天気と「情報量」

コインを投げると1/2の確率で表か裏が出ます.じゃんけんの普及していない文化圏では,試合の先攻後攻を決めるのにコイントスがよく用いられています.Googleで「コイントス」を検索すると,確率1/2で表か裏かを教えてくれますしね.

このように起こる確率が1/2の現象が起こったことを「知る」ことを,情報科学者は「1シャノン(Sh)の情報を手に入れる」と言います.単位名の「シャノン」はアメリカの数学者「クロード・シャノン」の名前から来ています.またシャノンで測られる情報の量のことを「情報量」と呼びます.

例えば年間降水日数が1年の1/2程度で推移している石川県では「明日雨が降るの?」という質問に対する「はい」の回答は1シャノンの情報量を持つことになります.一方,エジプトのギザでは1年のうち1パーセント程度しか雨が降りません.そこで,ギザでは「明日雨が降るの?」という質問に対する「はい」の回答は,石川県での回答よりもずっとずっと多くの情報量を持つことになります.ちなみにギザで雨が降るかどうかは,計算するとおよそ7シャノンぐらいの情報量になります.

この情報量の大きさをどのように決めたら良いかを考え出したのが,クロード・シャノンでした.彼は何かが起こる確率の「対数(log)」こそが情報量だとしたのです.

対数をとてもとてもとてもとても大雑把に説明すると,ある数値が「何桁あるのか」を示す量です.あああ,専門家の方,数学の先生,ごめんなさい.もっと上手な説明が思いつきませんでした.

例えば10000(1万)は1のあとに0が4個ついていますから,数学的には「10⁴」とも書けます.そこで10000の桁数を知りたいときは log(10000)=4 という関係を使います.このlogという記号が対数を表すのです.繰り返しますが10000は10⁴とも書けるので,log(10⁴)=4となりますね.実際,10の肩の数字を下ろすのがlogだと思って貰って結構です.

クロード・シャノンは十進法の桁数ではなく,二進法で測った数値の桁数を求めました.この場合,数学者もめったに使わない記号なのですがlbという記号を使います.例えば8は2×2×2つまり2³なので,lb(8)=lb(2³)=3となります.このようにして,確率1/8の事象が起こると知らされたとき,あなたは3シャノンの情報を貰ったことになるのです.ギザで明日雨が降るチャンスは1/128=1/2⁷ぐらいだったので,7シャノンの情報だったわけですね.

1シャノンの情報を誰かに伝えるには,例えば明かりならオンかオフか,旗なら上げるか下ろすかすれば良いことになります.もちろんこの「明かりがオンかオフか」の情報量も1シャノンなのですが,データとして伝達したり保存したりする場合には「1ビット(bit)のデータ」と呼ぶことになっています.単位名「ビット」は人物名ではなく「二進法の1桁」を意味する "binary digit" の略です.

易に使われたビット

昭和の時代は天気予報が余り当たらず,下駄占いのほうが当たるとさえ言われたことがあります.占いと言えば「当たるも八卦当たらぬも八卦」ですよね.

この八卦はもちろん中国の「易(えき)」から来ています.易には8個の「卦(け)」があります.また8個の卦をふたつ組み合わせた,合計64の卦は自然界と人間界の全てを象徴するとも言われています.

卦には陰と陽のふたつがあります.陰は短い棒が2本,陽は長い棒が1本で書かれます.例えば「陽陰陽」は「☲」となります.「☲」は「リ」と読み,自然界の「火」に対応する卦だそうです.

卦をもし占いに使ったとすると,陰陽は1/2ずつの確率で出ますから,ひとつの卦が1ビットのデータに相当します.卦を3本まとめた八卦は3ビットのデータということになりますね.実際2³=8なので,八卦の8と一致します.

この卦こそが,人類が初めて発明した「ビット」のようです.卦をまとめた中国古代の書「易経(えききょう)」は周王朝(紀元前11世紀から紀元前3世紀頃)の時代に成立したと言われて,史記にも記載されていますから,相当な歴史を持っていると言えますね.

ヨーロッパに二進法の考え方が生まれるのは,16世紀イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが考案した「ベーコンの暗号 (Bacon's cipher)」が最初と考えられています.もっとも,卦のように森羅万象を表現出来るのではないかと考えたのは,17世紀ドイツの哲学者・数学者ゴットフリート・ライプニッツでした.ライプニッツは中国の易経を手に入れており,ここから二進法を編み出しました.彼は二進法のまま,足し算や掛け算が出来ることを発見していたようです.

我々は「3+4=7」という計算をいともたやすく受け入れます.これを二進法で書いてみましょう.3は二進法では11と書きます.「じゅういち」ではなく,これが二進法の「さん」なのです.4は二進法で100と書きます.これも「ひゃく」ではなく,二進法の「よん」なのです.そして「11+100=111」という式で計算ができます.右辺の「111」は我々の7に相当します.

もし,もしも古代中国人たちが卦で計算出来ることに気付いていたら,同じ計算を

☴(辰,ソン) + ☳(震,シン) = ☰(乾,ケン)

あるいは単純に

☴ + ☳ = ☰

としていたでしょう.

もっとも,十進法でさえ受け入れるのが苦痛な人類のことですから,二進法が導入されることは易以外にはありませんでした.

ライプニッツの算術・ブールの代数・シャノンのコンピュータ

ライプニッツはビットを使って我々の十進法と同じように計算が出来ることを示しました.

一方,19世紀イギリスの数学者ジョージ・ブールは二進法とよく似た,しかし根本的に異なる,ある算術規則を考え出しました.ブールはこの世に「真」(正しい)と「偽」(正しくない)のふたつしかない世界を考え,その両者の組み合わせ方もまた二種類しかない場合,どんな規則が作り出されるかを検討しました.組み合わせとは「かつ(and)」と「または(or)」です.例えば「真かつ真」は「真」とします.具体例を考えると「猫は可愛い」(真)と「猫は賢い」(真)の組み合わせ「猫は可愛くて賢い」は「真かつ真」なので「真」です.いや,僕の主観が思いっきり入っていますが,これは一例と思ってください.

そして,コンピュータの設計者たちは,このブールの考え出した世界を少し改造すると,二進法の計算に使えることに気付いたのです.都合の良いことに,ブールの考え出した世界,あるいは「ブールの代数」と呼ばれているものは,日本の工学者中嶋章およびクロード・シャノンによって(おそらく)独立に,電気回路で再現できることが示されていました.

(なぜブールの考え出した規則が「ブールの代数」と呼ばれるのかについては「数学を永遠に変えたフランスの美少年【第41号】」に触れて頂くと,気付かれると思います.)

ビットすなわちバイナリー・デジットで計算する「バイナリー・デジタル・コンピュータ」略して「デジタル・コンピュータ」はこのようにして,シャノンによって発明されたのです.

おすすめ書籍

さあ,読者諸賢も鉛筆と脳ミソをとがらせて取りかかりなさい.ここには古今の暗号小説の粋が集められているのです.フリーマン,ポースト,ベントリー,バウチャー,セイヤーズ,アリンガム,O・ヘンリー,M・R・ジェイムズ等々,多彩な作家がくりひろげる多様な暗号小説の世界.編者ボンドの暗号論を巻頭に付した,歴史的なアンソロジー!

本書は様々な作家の短編推理小説を集めたものなのですが,おすすめしたいのは本書に収められたアメリカの女性推理小説家リリアン・デ・ラ・トーレ作の「盗まれたクリスマス・プレゼント」という作品なのです.

この作品集では様々な暗号が扱われているのですが,なんと「盗まれたクリスマス・プレゼント」では,本文中にご紹介したベーコンの暗号が使われています.

他にも興味深い作品が目白押しですし,レイモンド・ボンドによる序文も大変分かりやすいので,おすすめです.

おすすめTEDトーク

TED

TED

量子コンピュータは現在私たちが利用しているコンピュータを単に強化したものではありません.それは既存のコンピュータとはまったく異なり,新たな科学的理解,すなわち大きな不確定性に基づくものなのです.TEDフェローのショヒーニ・ゴーシュとともに量子の不思議の国に入り,この技術がいかにして医学を変革し,ハッキング不可能な暗号を生み出し,さらには情報のテレポートを生み出す可能性を持っているかを学びましょう.

いま現在,コンピュータには革命が起きつつあります.それが「量子コンピュータ」という新しいコンピュータで,デジタル・コンピュータの基礎である「ビット」という考え方が初めて拡張されようとしているのです.

是非お楽しみください.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

飛行機が揺れて怖い時にするといいことは何ですか?

飛行機の揺れは怖いですよね.

僕は「飛行機の揺れが怖い」ことを,学生時代にマサチューセッツ工科大学(MIT)の流体力学の教授に相談したことがあります.

彼はにっこりと笑いながら「飛行中の飛行機の速度は?」と僕に聞きました.僕が「亜音速です」と答えると,彼は「その通り.そして,その速度では空気はハチミツじゃよ」と教えてくれました.

それ以来,飛行機はハチミツの中を泳いでいるイメージになり,揺れが多少は怖くなくなりました.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

今週,STEAMボート乗組員(有料購読者)向けにお送りしている「別冊」で,米誌「カレント・アフェアーズ」に掲載された"The Dangerous Populist Science of Yuval Noah Harari"(ユヴァル・ノア・ハラリの危険な科学ポピュリズム )という記事の日本語抄訳を掲載させて頂きました.

筆者ダルシャナ・ナラヤナン博士は,記事の中でベストセラー作家ユヴァル・ノア・ハラリを「科学ポピュリスト」と断罪し,

科学ポピュリストは,科学的な「事実」の周りに,シンプルで感情的に説得力のある言葉でセンセーショナルな物語を紡ぎ出す,才能あるストーリーテラーだ. 彼らの語りはニュアンスや疑念をほとんど排除しているため,権威あるかのように見せかけ,そのメッセージの説得力をさらに高めている. 政治家と同様に,科学ポピュリストも誤った情報の発信源である.彼らは偽りの危機を煽る一方で,自分たちが答えを持っているように見せかける.
ユヴァル・ノア・ハラリの危険な科学ポピュリズム

と述べています.

ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」を面白がって読んだこと,そして多少なりと影響を受けていることを僕自身感じて,反省しているところです.少しお時間は頂くことになると思いますが,STEAM NEWS創刊号から改めてチェックし直そうと思っています.創刊号からの一覧はScrapboxにまとめていますので,よろしかったら皆様もご参照くださいね.

先週はSTEAM NEWSをお送りした金曜日に「3Dコンファレンス」という学会の招待講演があり,土曜日に大学のオープンキャンパスがありました.

先週末にYouTube動画も撮影しました.今回は久しぶりにエジプトの思い出をお話ししました.

気付けばずっと喋りっぱなしな週末でした.

「世界を永遠に変えた恋〜ジェムソンとマルコーニ【第83号】」の英語版 "The Love that Changed the World Forever — Jameson and Marconi" も今週公開しました.Medium会員の方は,音声で再生することも出来ます.

音声版と言えば,お陰様でSTEAM NEWSの音声版 STEAM.fm がアップルの「毎月10日は科学系ポッドキャストの日」にフィーチャーされました.1本25分ですので,通学,通勤中に聞きやすいのではないかと思います.どうぞお楽しみください.

そうそう,今週の「世界遺産の旅」では「大坂城」についてお話ししています.僕にとっては,大坂城とギザのピラミッドは同じような「パワースポット」なんですよ.何か共通するところがありそうな気もするのですが,単に僕が巨石を好きなだけかもしれません.

振り返ってみると,なんだかんだと慌ただしい1週間でした.サンドウィッチ伯爵に感謝です.

さて,今週なぜ「ビット」のお話をしたのかと言いますと,今週は第88号だったので,頭の中で「はちはち→NECのPC-8801→8ビットコンピュータ→ビット」と結びついたからでした.

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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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Photo by @felipepelaquim on Unsplash

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