アポロ12号が月へ運んだ「例のもの」【第97号】
【140字まとめ】人類初の月面着陸を成功させた「アポロ11号」と,大事故から奇跡の生還を果たした「アポロ13号」に挟まれて,若干地味な印象の「アポロ12号」.実はちょっとえっちな写真やイラストを月へ運んでいたのです.アンディ・ウォーホルをはじめとする世界的な画家も参画した悪ふざけとは?
STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.
いちです,おはようございます.
長崎から32時間かけてアレクサンドリアにやって参りました.本誌【第54号】「アレクサンドリアへ行こう!!」を書かせて頂いたときは,まさかこんなに早くアレクサンドリアに来るとは思っていませんでした.
アレクサンドリアといえば,世界最大の文化都市であり,学問の聖地です.思いっきり羽を伸ばして…と思っていたところなのですが,いろいろなスケジュールが重なってしまっていまして,泣く泣くホテルにこもって事務仕事や研究費の申請などをしています.

アレクサンドリアのホテルで原稿を書いています
いやあ,研究や教育には「大人の余裕」てものが必要だと思うんですよ.
今週はそんな「大人の余裕」を見せつけた,アメリカの月面探査計画「アポロ12号」にまつわるストーリーをお届けします.
【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています.ときどき裏話をつぶやいています.ツイッターアカウントをお持ちの方は是非ご参加ください.
《目次》
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アポロ12号は「無事これ名馬」
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月面へ届けられた「例のもの」
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アポロ12号に搭載されたもうひとつの秘密
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし

アポロ12号は「無事これ名馬」
世界ではじめて有人月面着陸を行った「アポロ11号」と,劇的な地球帰還を果たした「アポロ13号」の間のミッションとなる「アポロ12号」は,両者に比べると記憶に残りにくいミッションでした.

アポロ12号の乗組員
アポロ12号は2番目の月着陸ミッションだったこと,結果だけを見ると順調なために,知名度的には埋もれてしまったと言えるかもしれません.まさに「無事これ名馬」あるいは「名選手に名プレー無し」ですね.
実際のところ,アポロ12号も数多くの危機を乗り越えています.1969年11月14日の打ち上げは暴風雨の中で行われ,機体は二度も落雷を受けています.そのため,地上管制官と宇宙飛行士はロケットの上昇中に機体の電源の切り替えと再起動という離れ業をやってのけています.
そんなアポロ12号の主立った業績は「アポロ月面実験装置群」の設置でしょう.これは原子力で動き,月震(月の地震)を含むさまざまなデータを長期にわたって地球に送り続けました.
1969年11月24日,アポロ12号の司令船は太平洋へ帰還しました.打ち上げ時の落雷で帰還用のパラシュートが故障していることが懸念されており,しかもその懸念は宇宙飛行士たちに隠されていましたが,パラシュートは無事機能しました.宇宙飛行士たちを回収したのはアメリカ海軍の空母ホーネット(8代目)でした.日本ではマリアナ沖海戦,レイテ沖海戦,沖縄戦で有名な空母ですね.
月面へ届けられた「例のもの」
直前のアポロ11号の成功のためか,アポロ12号の運用からは少し「大人の余裕」のようなものが感じられます.
たとえばアポロ11号の船長ニール・アームストロング (Neil Armstrong) は,人類初の月面着陸を行った際に
That's one small step for a man, one giant leap for mankind.
(これは一人の人間にとっては小さな一歩ですが,人類にとっては偉大な一歩です)
と無線で送ったのに対して,アポロ12号の船長ピート・コンラッド (Pete Conrad) は
Whoopie! Man, that may have been a small one for Neil, but that's a long one for me.
(ふぉーっ!ニールよりチビの俺にとっては,これは大きな一歩だぜ)
と,月着陸時に無線で話しています.
もっとも,ニール・アームストロングも冗談好きだったらしく,彼は月から帰還した後,打ち上げ責任者のグエンター・ウェンドへ「星間タクシー券」をプレゼントしています.これは,ニールが打ち上げ当日にグエンターから「月の鍵」という三日月のおもちゃを貰った御礼なんだそうです.

アポロ12号の月面チェックリスト
そんなアポロ12号の月着陸船には「殿方のお楽しみ」(リンク先閲覧注意)が乗せられていました.月面で使うチェックリストに,雑誌「プレイボーイ」の写真が紛れ込んでいたのです.これは予備の搭乗員たちが仕掛けた悪戯でした.ご丁寧にも,写真の下に
SEEN ANY INTERESTING HILLS & VALLEYS?
(気になる丘と谷間はもう見た?)
と書かれていました.
このチェックリストですが,アポロ12号の公式アーカイブの中ですべて公開されています.これがもし日本の宇宙開発だったら,悪名高い「海苔弁当」にされちゃっていたかもしれません.もっとも英語版Wikipediaはこのジョークにあえて触れていないので,好ましくないということは共有されているのでしょう.
アポロ12号に搭載されたもうひとつの秘密
アポロ12号には,もうひとつの秘密も搭載されていたようです.

アポロ12号と「月の博物館」(Quoraより引用)
こちらは「月の博物館 (The Moon Museum)」と名付けられた陶器のタイルで,6人のアーティストによる合作でした.参加したのは彫刻家のジョン・チェンバレン (John Chamberlain),彫刻家のフォレスト・マイヤーズ (Forrest Myers),画家のデビッド・ノヴロス (David Novros),彫刻家のクレス・オルデンバーグ (Claes Oldenburg),画家のロバート・ラウシェンバーグ (Robert Rauschenberg),そして画家のアンディ・ウォーホル (Andy Warhol) でした.
「月の博物館」はNASAの記録にも残っておらず,実際に月に行ったのかは分かっていないのですが,月着陸船の製造に関わった無名のエンジニアによって埋め込まれたと言われています.
「月の博物館」のコピーがニューヨーク近代美術館(MoMA)に保管されています.
今週の書籍

中世大学図書館や王室文庫,イスラーム世界の「知恵の館」やユダヤ人の書物の墓場「ゲニーザ」など,多彩な図書館を紹介しながら波瀾の歴史をたどる.時に愚かしく,時に感動的な,人と書物の物語.
古代アレクサンドリア図書館の書物の焼失,ヴェズヴィオ山の噴火による「パピルスの館」の埋没,二度の世界大戦中,中世以降の貴重な宗教関連書のあったベルギーのルーヴェン大学が受けた惨禍など,かけがえのない知的遺産の喪失は,失われたものへの好奇心をいっそうかきたて,残された資料を探し集めて,さらなる書物を書こうと人々を奮起させる.“書かれた言葉”にはやはり,時空を超えた人の声がひそんでいると改めて実感せざるをえない.(訳者あとがきより)
---時代の波に翻弄され続けた図書館の歴史を知られざるエピソード満載で綴る.
この号の前半を書き終えたところで,ホテルの部屋に清掃が入りました.そこでアレクサンドリア図書館まで歩いて,書籍を見て歩いたんですよね.
家や職場に紙の本をほとんど置かないほどには電子書籍派の僕ですが,アレクサンドリア図書館には毎回畏敬の念を抱かされます.
なんというか「人類の英知を集めたったぞ,ごるぁ!」という,物量でぶん殴ってくる姿勢が素晴らしいです.そう考えると,仏教寺院に見られるお経を収めた倉なんかも,中に入ると神聖な雰囲気があるのでしょうね.
電子書籍がそのような「祈り」に近い体験をもたらしてくれるようになるには,何が足りないのでしょうか.
そんな疑問が生まれて,本書を読み始めました.
僕の研究は続きます…
今週のTEDトーク
人類が10年以内に月面に住み,活動を始めることが現実的となってきました--しかし,宇宙政策の研究者,ジェシー・ケイト・シングラーはそのやり方が大切だと言います.この魅力的なトークの中でシングラーは,宇宙での文明化活動で持ち上がる重要な問題--例えば統治や所有権,資源管理など--について論じるとともに,この地球上の最たる課題を解決するために月をモデルケースとして用いる方法を示します.
宇宙開発は,技術だけの問題ではありません.それはたとえば,宇宙でも国家主権を尊重する体制をとるべきなのか,あるいは人類の共有地であるべきなのか.
月の取り決めが,地球の取り扱いを変えるかもしれないと,ジェシー・ケイト・シングラーは述べています.
おもしろいですね.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらのご質問から.
女性はいくつまで恋愛対象としてみてもらえますか?
灰になるまでです.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし

だいたい40時間ぶりぐらいのまともな食事
今回の出張では,日本からイスタンブールを経由してカイロに入ったのですが,ロシア上空を飛べないため随分と時間がかかりました.
ロシアは今すぐ戦争をやめてもらいたいものです.
さて,明日はカイロに戻ってギザの調査仲間や旧友と情報交換をしたあと,すぐにまたイスタンブール経由で長崎に戻ります.
実はもう少し旅が続くのですが,また次号でご紹介しますね.
なおタイトルに入れさせて頂いた「例のもの」の意味なのですが,これはちょっとした個人的思い出からのネーミングです.
僕が大学の助手だったころ,プロジェクションマッピングを用いて本来硬いものの質感を変えて柔らかく見せるという装置を作っていました.これを学会でデモ発表したときに,担当してくれた学生がステージ上で
「みなさーん,柔らかいものというと何を思い浮かべますか?」
と叫んだんです.彼は客席にいた同僚をサクラとして仕込んでいたらしく,客席からなんと
「おっぷぁぁぁい」
という答えが出ました.
ステージ上の僕の学生は満面の笑みで「それです!」とか何とか言って,彼なりに盛り上げていたのですが,僕は「研究者人生もこれまでか」と思い詰めていました.
その後デモブースの前に大御所教授がやってこられ,よりによって僕に質問をしようとされるではありませんか.
厳しいお叱りを覚悟したのですが,その教授は
「ところでキミ,例のものはどこだね?」
と,とぼけてくれたのです.
もう,心拍数がどれだけ上がったことか…
件の学生にはあとで厳しく指導しておきました.
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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