女優・映画プロデューサー・発明家「ヘディ・ラマー」〈後編〉【第125号】
2️⃣スペクトラム拡散方式がなぜノイズに強い方式なのか解説します
3️⃣ヘディの晩年は暗いものとされていますが,少し明るい情報もありそうです(筆者調べ)
いちです,おはようございます.
先日,ミサイル発射の「Jアラート」がありました.結局,日本の領域内には落ちなかったのですが,Jアラートに悪態をついている知識人もツイッターで見かけました.ただ,ミサイルだって工業製品ですから,なかには言うことを聞かない個体だってあるでしょう.なので,空振りに終わったとしても「Jアラート」は必要なのです.
もはや死語なのかもしれませんが「平和なツイッター」を求めてさまよっていたところ「哲学者レスバトル」というおもしろいつぶやきを見つけました.ニーチェとマルクスが意見を出し合い,ヘーゲルが実況し,カントが解説しています.そして主審はロベスピエール.この時点でもう意味がわからなくなってきますね(褒め言葉).ぜひツイッターで中身を見てみてください.こんなふうに学問の扉を開くのもありなのかなあと思いました.
さて,新学期が始まりました.
今年度から,コロナ対策が日本一厳しいと言われた長崎大学でも入学式や講義が対面となり,ようやく大学らしくなってきました.僕も自宅に持ち帰っていたリモート講義用のMacやら大型モニターやらを大学へ送り返すところです.というわけで,このSTEAM NEWSも今週から小さめの24インチモニターで書いています.小さいといっても,昔は13インチぐらいのモニターで文章を書いていたわけですから,コンピューター画面は大きくなりましたよね.
そういえば桜の花って入学式のイメージがありませんでしたか? 最近は卒業式ごろに桜が満開になって,入学式には散ってしまっていますね.これも気候変動の影響でしょうか.
それはさておき,本題です.

今週は【前号】に引き続き,女優ヘディ・ラマーが発明した「スペクトラム拡散」という革新的な技術の説明をします.この技術は,携帯電話,Wi-Fi,Bluetoothなど近代のありとあらゆる無線通信に使われている技術なのです.
エッセンスだけをできるだけわかりやすく書いてみますね.
【お知らせ】今年のTEDカンファレンス「TED2023: Possibility」からいくつかのトークをオンラインで共有するYouTubeライブ「TEDxDejima Live」を4月29日に実施します.ご関心のある方は事前申し込みをお願いいたします.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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メッセージの送り方
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その後のヘディ・ラマー
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今週の映画
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
(Cover Photo by Franck on Unsplash)
メッセージの送り方
1942年,ヘディは作曲家のジョージ・アンタイルと共同で特許を取得しました.この特許は「スペクトラム拡散」という,無線通信の基礎技術です.
ただし,無線で説明するのは難しいので,たとえ話をさせてください.いま「STEAM」というメッセージを発信したくて,黄色で文字を書いたところだと思ってください.

しかし,途中で悪さをするスパイがいて,その文字に黄色いペンキをかけてしまいます.

困ってしまいますね.
ヘディたちの発明は,黄色い文字を次のように「赤」と「緑」に分解するものです.「加法混色」では赤と緑を混ぜると黄色になるので,このペンキも加法混色に従うとしましょう.

重なっているところが黄色になっていますが,このメッセージは実際には「赤いSTEAM」と「緑のSTEAM」の2枚のメッセージです.
さて,悪いスパイが今度は「赤いSTEAM」を見つけて赤ペンキで妨害したとします.

おっと,悪いスパイは「緑のSTEAM」も送られていることに気づきました.というわけで緑も妨害してみます.ペンキは毎回同じ場所にヒットするとは限らないので,赤と緑では違う場所を邪魔したと仮定しましょう.

メッセージ受信者は,黄色1色ではなく,赤と緑の2色でメッセージが送られてくることをあらかじめ知らされています.そこで,受け取った「赤いSTEAM」と「緑のSTEAM」を合成します.ただし,どちらもペンキで汚染されています.どうなるでしょうか……

じゃーん.かなりきれいにSTEAMの文字が見えますね.
このように色を分解して送って,受け取り側で再び合成することで,ノイズに強いメッセージングを実現するのです.
これが,ヘディたちの「スペクトラム拡散」の基本的なアイディアです.本誌音声版ではもうひとつ別のたとえもご紹介しています.
その後のヘディ・ラマー
発明家としても,映画女優としても一流の仕事を残したヘディですが,晩年は苦労したようです.1966年,彼女が50をすこし超えたあたりで,ヘディの自伝「エクスタシーと私(Ecstacy and Me)」が出版されます.本書はヘディ・ラマー名義ですが,二人のゴーストライター,レオ・ギルド(Leo Guild)とサイ・ライス(Cy Rice)によって書かれました.ニューヨーク・タイムズ紙で4週に渡ってベストセラー1位を記録したと言いますから,ヘディの人気は衰えていなかった……というよりは,スキャンダラスな内容だったために注目を浴びたのかもしれません.ヘディは後に「ゴーストライターが勝手に書いた(that's not my book)」と述べています.
本書出版のおよそ1年前に,ヘディはロサンゼルスで逮捕されています.容疑は万引で,不起訴になっています.本書の序章には次のように記されています.
最近のある夜,私は1人で家で座り込んだ.百貨店での出来事による警察署での扱いや映画で(それがどれぐらい自分を満足させるかを想像してください)ザ・ザ・ガボールに換えられたことなどをいっぱい考えて,苦しんでいる.私は自分が3,000万ドルぐらいのお金を稼いで,そして使い果たしたことを思い出したが,その日にはシュワブス薬局でサンドイッチを買えるお金すらなかった.
1991年,ヘディが76歳か77歳のときですが,ふたたび万引の容疑で逮捕されています.このときは便秘薬と目薬,あわせて21ドル48セントぶん,当時のレートでおよそ3,000円相当で,容疑を認める代わりに不起訴となっています.
1997年,コーレル社のCADソフトウェア「コーレルドロー(CorelDRAW)」のパッケージに自身の肖像が使われたとして,ヘディは同社を相手取って訴訟を起こしています.こちらは翌年に和解しています.
このときすでに,ヘディは息子ジェームズ・ローダー(James Loder)とは長く別居状態にあったようです.英語版Wikipediaによると,ジェームズが12歳の頃から一度も顔を合わせていないとされています.ただ,僕が調べた範囲では,ジェームズは一度ヘディと会っています.ヘディの最晩年だったようなのですが,少しは良い関係が築けたのかもしれませんね.
ヘディは2000年1月19日,自宅のあるフロリダ州で亡くなっています.85歳でした.
いまこうして無線を使って皆様にニュースレターをお届けできているのは,ヘディの遺産によるものです.ドラマ化によって,ヘディに再びスポットライトがあたるのはむしろ当然のことかもしれませんね.
オーストリア,ドイツ,スイスではヘディの誕生日である11月9日を「発明家の日」に制定しています.
今週の映画

神から授かった怪力の持ち主であるサムソンは,ペリシテ人の娘セマダールに求婚する.しかし,サムソンに想いを寄せていたセマダールの姉デリラが二人の仲を邪魔し,結婚式で混乱を引き起こし,セマダールは命を落してしまう.さらにデリラは,サムソンへの陵辱を続け……
ヘディ・ラマー(ラマール)について2週にわたって書かせていただいたのだから,彼女の映画をちゃんと見なくちゃ……と思いつつ,僕はまだ見ていませんでした.この週末に視聴します.感想は「別冊」に書かせていただきますね.
あ……ちょっと大きなモニターを大学に持っていくんでした.しょんぼり.
今週のTEDトーク

今ある技術を用いて,インフラが整っていない地域に住む40億人以上の人々がインタネットを使えたら? ハラルド・ハースらの研究チームは,簡単に入手できるLEDと太陽電池を使った,光によるデータ通信の新技術を発明しました.これはデジタル・デバイドを解消する鍵となることでしょう.未来のインターネットの様子をご覧ください.
Wi-FiではなくLi-Fiという,光を使った無線通信技術のご紹介です.光通信の歴史は電波通信よりも古く,極論すると狼煙だって光通信なわけですから,原点回帰と言えなくはないですよね.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週は趣向を変えて,僕からの質問をご紹介します.
TVエヴァ最終話をリアルタイムで観た方はどんな感想を持たれましたか?
Q&AサイトQuoraには,本稿執筆時点で9件の回答がついています.
僕自身は論文とか制作とかいろいろ抱え込んだ中でのリアルタイム視聴だったので,身につまされるといいますか「ああああああ」という叫びに近い思いをしたような気がします.
読者の中にはリアルタイム視聴されていた方はおられますか? またよろしければ感想をお寄せください.このメールに直接返信いただいても大変結構です.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
僕は昨年度から大学の「学生委員長」という役割を拝命しています.一言でいうと学生の就学支援が仕事です.新学期には,全学部の学生委員長が集まって,就学に「合理的配慮」が必要な学生の情報を委員会で共有します.この委員会の会議が長くてですね……議長がたとえば「これこれの学生は90分間集中力を維持することが困難でありまして,担当の先生方に合理的配慮の依頼をしていただきたく」と話されるのですが,僕の方も90分間集中力を維持するのが困難で……うとうと……ということがあるのですよね.というか,昨日がまさにそれでした.
いやあ,90分も集中しろというのは無理じゃないですか? しかも,1日に5回とかですよ.
というわけで,僕の場合,90分の対面講義では途中にTED動画を挟んでいます.
学校の先生で,もし学生や生徒の集中力が切れるなあと感じられる方がいらっしゃったら,教材としてTED動画を使われてはいかがでしょうか?
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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