漫画村をもう一度考える【第39号】

これから就職する学生が自分自身を守るために知っておいて欲しいこと
金谷一朗(いち) 2021.09.03
誰でも

【140字まとめ】2018年頃に世間を騒がした「漫画村」問題を通して,著作権とインターネットの「ブロッキング」について考えます.ブロッキングはネット上を流れる著作物を「監視」して必要に応じて止めること.ただし憲法で保証された通信の秘密を侵害する行為です.そして現場エンジニアも無視できないのです.

いちです,おはようございます.

9月になりましたね.今月からは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWS有料購読者様)と一緒にレターをお届けして参ります.改めまして,乗組員になっていただいた皆様に感謝申し上げます.

さて,今週はアートに必ずついてまわる「著作権」のお話をしてみようと思います.著作権には様々な切り口があるのですが,この号では数年前に大問題になった「漫画村」の問題を扱います.

今週,コラムニストの小寺信良さんが「結局『漫画村』は死んでないのではないか」という疑問を投げかけられました.

「漫画村」というのは漫画を無料で読めるウェブサイトで,2016年に開設され,2018年に閉鎖されました.漫画村が提供していたのは漫画の違法コピーつまりは「海賊版」で,開設当初から違法性が指摘されていました.

小寺さんの記事から冒頭を引用させていただきます.

2018年ごろ,世間を大いに騒がし,その後の法改正に大きな影響を与えた「漫画村」事件.まだ3年前の話なので記憶も新しいところだが,21年6月2日,福岡地裁にて元運営者に対する判決が出た.著作権法違反と組織犯罪処罰法違反の罪で,執行猶予なしの懲役3年,罰金1000万円,追徴金約6257万円だという.

抗告がなかったため,刑事罰はこれで確定しました.今後は民事で損害賠償が争われる予定です.漫画村による被害総額は3,000億円と見積もられています.

小寺さんの問題提起は,漫画村の類似サイトがまだ活動していること,そして,依然として「漫画村の類似サイトのほうが正規の漫画配信サイトよりも利便性が高いこと」です.一方で,漫画村が活動中に活発に議論されたインターネットの「ブロッキング」については,ある程度決着したのではないかというスタンスでした.

僕も彼と同意見なのですが,おそらく多くの人が忘れかかっている「ブロッキング」問題について,大事なことなので書いておこうと思うのです.

著作権て何だっけ

著作権(copyright)とは「作品」を創作した者が有する権利(right)で,作品がどう使われるか決めることができる権利のことです.では何が「作品」かと言うと,日本では「作者の思想や感情が表現された文芸・学術・美術・音楽など」と法で定められています.裏を返すと,単なるデータや,模倣,それに表現を伴わない「アイディア」は作品(著作物)にあたりません.英語のコピー(copy)には「原稿」という意味もあるので「原稿にまつわる権利」でコピーライト(copyright)なのですね.

例えば,このニュースレターの「原稿」(コピー)は僕の著作物ですが,書かれている「内容」(アイディア)は僕の著作物ではありません.このニュースレターを読んで,ご自身の言葉で言い直して発言されることは自由なのです.また,要件を満たしていれば,僕に無断で一部を複製する,つまり「引用」することも自由です.ところで,引用とは本来無断で行う行為なので「無断引用」という言い方は「馬から落馬」みたいな表現ですね.

(学生さんへの注意:原稿に書かれているアイディアを自分の言葉で言い直せば良いからと言って,例えば他人のレポートの「です,ます」を「だ,である」に置き換えるだけでは「剽窃(ひょうせつ)」すなわちレポートの盗用とみなされます.)

文章の場合,どこまでが引用で,どこからが盗用かについてのガイドラインが文化庁によって定められています.情報処理学会がより具体的なガイドラインを示していますので,ここに引用しましょう.

引用はじめ

  • 引用して利用できる著作物は,公表されたものでなければならない.

  • 公正な慣行に合致した引用,たとえば論文において自分の説を正当づけるためなどの必要性がなければならない.

  • 正当な範囲内の引用でなければならない.正当な範囲とは、次のような場合である.(1) 引用する個所がかぎかっこなどで明瞭に区別できること,(2)自分の論文が主であり引用が従であること.

  • 引用元の著作者人格権を侵害しないこと.

  • 出所の明示をしなければならない.論文の場合であれば引用個所に注をつけ,近いところに著作者名,書名(題名),雑誌名,ページを表示する必要がある.参考文献で参照しても,本文中の引用個所が特定できないときは,適法な引用とはいえない.

引用おわり

文章の場合はグレーゾーンがあまりありませんね.一方,文章以外の場合は,どこからが盗用なのかは判断が割れることがよくあります.

例えば東京オリンピック2020の公式エンブレムのデザインが大きな著作権問題になったことをご記憶の方も多いでしょう.佐野研二郎さんのエンブレムデザインは,ベルギーの「リエージュ劇場」のロゴと酷似していることが,ロゴデザイナーのオリビエ・デビーさんによって指摘されました.両者が大変似ていたこと,リエージュ劇場のロゴのほうが先に世に出ていたので,佐野研二郎さんによる無断コピー(盗作)が疑われたのです.

その後,盗作疑惑を晴らすためなのか,佐野研二郎さんがコンペに応募したときのデザイン「原案」が五輪組織委員会によって公開されました.ところが,こんどはこれがグラフィックデザイナーの白井敬尚さんによる「ヤン・チヒョルト展」ポスターデザインの無断コピー(盗作)ではないかと疑われました.白井さんはヤン・チヒョルトがデザインした「書体」を明らかに分かる形で「借用」しており,これ自体は業界の「公正な慣行」に合致したものです.

結局,五輪組織委員会は佐野研二郎さんデザインのエンブレムを撤回しました.オリンピック公式エンブレムの盗作疑惑については白黒をつけることは無かったのですが,彼の他の仕事に明らかな無断コピーが見つかり,彼もそれを認め謝罪したため,五輪組織委員会が幕引きを図ったのでしょう.

このように,無断コピーはもちろんのこと「少し変えたから無断コピーではない」は,法律上通用しないと覚悟しなければなりません.

呪いの言葉

現在は法律をうまく運用することで著作物を保護しようということになっていますが,著作権に関する法律が無かった時代には,著作者はどのようにして著作物を護っていたのでしょうか.

世界初の著作権法と言われるイギリスの「アン女王法」が発効したのは1710年です.ヨーロッパで活版印刷が発明されたのは1445年頃,ドイツのヨハネス・グーテンベルクによってとされています.近代的な書籍が発明されたのは1490年代,ベネチアのアルドゥス・マヌティウスによってとされています.

つまりは200年の間,出版物に関する著作権法が無い時代があったわけですね.実際,アルドゥスは最初の出版の直後から「海賊版」に悩まされています.

実は活版印刷が発明されるよりも以前から,手書きの海賊版を防ぐための知恵というものが考えられていました.それが「ブック・カース (book curse)」すなわち「呪いの言葉」です.例えば,書籍に

もし何者かがこの本を盗み去ったら、その人は破門の剣で殺されることだろう

書いておくのです.この習慣は,活版印刷発明後も活用されていたようです.

ブック・カース (<a href="https://www.medievalists.net/2015/09/top-10-medieval-book-curses/">Top 10 Medieval Book Curses</a>)
ブック・カース (Top 10 Medieval Book Curses)

ブック・カースが笑えないのは,現代においても似たようなことを考える企業があるという点においてです.2005年,アメリカのソニーBMG(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)が発売した,そして2,200万枚も売り上げた音楽CD(*)には一種の「コピーガード」が仕掛けられていました.このCDはCDプレイヤーで再生するぶんには(ほぼ)問題ないのですが,Windowsコンピュータのドライブに挿入すると勝手に「呪い」のソフトウェアをインストールするのです.そして,この「呪い」のソフトウェアを通してしかCDが再生できないように設計されていました.このようにしてCDの違法コピーを防ごうとしたのですね.

*厳密に言うと,コピーガードは「音楽CD」の規格外なので,音楽CDと呼ぶべきではないとする説もあります.

レコード会社が提供する専用ソフトウェアでしか再生できない音楽CDというのも気持ち悪いものですが,この「呪い」のソフトウェアはなんとWindowsシステムを書き換え,セキュリティホールを作り,自分自身を削除できないようにするものでした.ソニーBGMは批判に対して「除去ソフトウェア」を提供するのですが,この除去ソフトウェアは問題を改善しないばかりか,ユーザのメールアドレスを収集するなど,さらに悪質なものでした.

ブック・カースは人の心を呪うものでしたが,ソニーBGMのCDはWindowsコンピュータを呪うものでした.なおMacユーザはソニーBGMのCDを再生できませんでした.これはこれで「呪い」ですね.

ソニーBGMは音楽CDの不正コピーに業を煮やしたのでしょうが,これはいくらなんでもやりすぎです.結局,消費者団体による民事訴訟がソニーBGMに対して起こされ,ソニーBGMは合計500万米ドル(約6億円)を和解金として支払いました.

こんなことをしているから,音楽市場をアップルに持っていかれたのかもしれません.アップルは2003年から iTunes Music Store を通して音楽を配信していました.アップルのスティーブ・ジョブズが「我々は違法ダウンロード(不正コピー)と戦う.訴えるつもりも,無視するつもりもない.競争するつもりだ」と述べたことは,業界では有名です.iTunes Music Store はその使い勝手の良さと価格設定から,一気にデジタル音楽市場の主流になりました.

ブロッキングしていいの?

冒頭の「漫画村」事件に戻ります.

出版業界が漫画の違法コピーに業を煮やしたことは想像に難くありません.漫画は紙メディアで出版されるので,音楽CDのように技術的なコピーガードを仕掛けることが不可能です.

また漫画村のような海賊版サイトは「防弾ホスティング」という手法を使って,法の追求を逃れます.防弾ホスティングというのは,著作権法のゆるい国に拠点を置いて,海賊版を提供する手法です.したがって,出版業界が海賊版サイトそのものを停止に追い込むことは法的にかなり困難になります.

そこで,出版業界が言い出したのが,日本国内のネットワークを流れる海賊版の「データ」を止めてしまえば良いだろうということです.これを「ブロッキング」と呼びます(*).もちろん出版業界だけでは出来ませんので,インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)や通信会社,具体的にはNTTやKDDI,ソフトバンクモバイルなどに協力要請をしなければなりません.

*情報科学ではネットワークの通信相手の応答を待つことも「ブロッキング」と呼ぶので,区別に注意して下さい.

ブロッキングは,ネットワークを流れているデータを「盗み見る」必要がありますから「通信の秘密の保持」「検閲の禁止」を定めた日本国憲法第21条第2項に明確に反します.一方で,極めて悪質性の高い「児童ポルノサイト」に対してはブロッキングがすでに実施されています.これは,児童ポルノサイトを放置した場合,子供の人権や生命が危険にさらされるため,刑法の定める「緊急避難」としてやむを得ず認められているものです.

KADOKAWAの川上量生さんは漫画の海賊版に対するブロッキングは緊急避難であると主張し,政策学者の中村伊知哉さんは責任は政府が取ると虚偽の主張まで行い,通信業者のNTTはこれを受け入れました.実際にはブロッキングを実施する前に漫画村がサイトを閉鎖したため,ブロッキングは実施されませんでした.

結局,漫画コンテンツの違法コピーの流通に対するブロッキングの合法・違法判断はまだ確定していないため,ブロッキングの実施は違法とされる可能性があることになります.

そして,これがブロッキング問題を僕が必ず大学の講義で取り上げる理由でもあります.

というのも,電気通信事業法によると,ブロッキングを行った「現場のエンジニア」が,たとえ業務命令に従っただけだったとしても,違法行為に問われる可能性があるからです.通信事業者に就職する学生には「知りませんでした」「上から言われたのでやりました」と言ってほしくないのです.

僕の杞憂でしょうかね.

おすすめ書籍

プロ・アマを問わずクリエイターやコンテンツ制作に従事する方が知っておかなければならない権利や法律について,具体的に「やっていいこととやってはいけないこと」「トラブルになってしまった時の対処方法」を紹介します.これまでの著作権関連の書籍のように,法律の解釈よりも,実務ベースで,よくあるケースごとにOKなのかNGなのかを「それぞれの部門のプロフェッショナル」が答えるものとします.
Amazon

小難しい理屈は抜きで,ひとまず実務的にどうなのよという話がまとめられています.アーティストの方は一度目を通しておかれると良いと思います.

おすすめTEDトーク

TEDxNYEDで,元”少年共和党員”だったラリー・レッシグは,民主党支持者が相対する党である共和党からコピーライトについて何を学ぶことができるかを語ります.リミックス・カルチャーへの驚くべき視点です.
TED

著作権法によって著作者の権利を護らなければ,著作者は制作意欲を無くしてしまいます.一方で,著作者の権利を護りすぎると,新たな作品が生まれにくくもなります.

Good Artists Copy, Great Artists Steal

(優秀な芸術家は模倣し,偉大な芸術家は盗む.)

スティーブ・ジョブズによるとパブロ・ピカソが言ったことになっているこの言葉は,全くのオリジナル作品を生み出すことがいかに難しいことかを示しています.

ローレンス・レッシグは,著作権法でがちがちに縛るのではなく,かと言って盗作を野放しにするのでもない,第三の道について述べています.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのマシュマロを紹介させていただきます.

ジジイのためのArduino入門で先生の事を知りニュースレターも拝見しています.ニュースレターの文体も素敵ですがジジイシリーズの漫談風文体が大好きです.電子工作シリーズも復活していただけると嬉しいです.

わーい!ありがとうございます.

「ジジイの…」はこちらの記事のことでした.

僕はオーディオ評論家の長岡鉄男さんの文体が好きだったんですよね.彼は東京帝国大学航空研究所でエンジニアをしている間に終戦を迎え,その後コント作家に転身します.すでに意味がわからないのですが,その後さらに趣味が高じたのかオーディオ評論家に転身します.それもただの評論家というわけではなく,数々の自作スピーカーの設計を公開していくのです.

彼の文章はユーモアあふれる漫談風でありながら,しっかり辛口で,しかも自身のエンジニアリング能力に裏打ちされたものでした.僕も彼のように書けたらなあと思っています.

そうですね,時々お試しで,このニュースレターにもコラムを入れてみましょうかね.電子工作の方も,ねこびっとさんを目標に頑張ってみます.

こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.

振り返り

このニュースレターでは「振り返り」動画を公開しています.今週はRNAワクチンとカリコー・カタリン博士について振り返りました.

動画の音声だけを切り出してポッドキャストにもしています.

是非お楽しみください.

あとがき

今週は著作権に関するお話をお送りしました.

ソフトウェア業界ではコピーライト(copyright)と並ぶ重要な概念である「コピーレフト(copyleft)」や,おすすめTEDトークでご紹介したローレンス・レッシグが提唱する「クリエイティブ・コモンズ(CC)」など,まだまだ語り足りない話題があります.それに,パロディやパスティーシュ,米国で認められているフェアユースの概念なども,いずれこのニュースレターの中で取り上げていければと思います.

そうそう,号外でお伝えした「夏休み子ども科学インターネット相談」はご覧になられたでしょうか.

僕はこのような社会活動に取り組むことがあるのですが,ときどき「なんでこんなことをしているんだろう」と我に返るときがあります.

そんなとき,冒頭でご紹介させていただいた小寺信良さんの言葉を思い出します.

あとはもう,自分が人として正しいと信じることをやるということで,いいんじゃないかなぁ.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

ここに配置されたボタンは、ニュースレター上でのみ押すことができます。

では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

Photo by Matt Popovich on Unsplash

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