【第5号】最も美しい関係

ノーベル賞物理学者ファインマンが「我々の至宝」と呼んだ「最も美しい数式」
金谷一朗(いち)
2021.01.22
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いちです,おはようございます.

無事に大学入学共通テスト第1日程が終わりました.世間では「鼻出しマスク」受験生が話題でしたね.当初は「マスクで鼻を覆っていなかったから失格になった」とだけ報道されていたため「鼻出しマスク」受験生へ同情する声も多かったようです.中でも茂木健一郎さんが吹き上がっておられましたね.茂木さんによると

試験結果無効のような重大な結果をもたらす判断をする上ではお粗末.杓子定規のロボット試験監督による人権侵害だと私には思える.
茂木健一郎

とのことですが,試験監督には「杓子定規」の対応をすることが大学入試センターによって求められています.「ロボット試験監督による人権侵害」は言い過ぎではないでしょうか.「鼻だしマスク」事件に関しては茂木さんの勇み足だったと言えると思います.

ところで,共通テスト会場では,マスクを忘れた,マスクの紐が切れたなどでマスク非着用の受験生には予備のマスクを配布し,アレルギーや外科的な理由でマスクが着用できない受験生には専用の受験室を用意しています.マスク非着用者のための受験室でも,試験監督は医療用ガウンや防護服を着用することが禁止されているため,受験環境は一般の受験室とだいたい同じです.

ここらへんの予防線の張り方はさすが大学入試センターだなあと関心するレベルなのですが,受験生への配慮というかほとんど演出とも言えるルールには,むしろ試験監督の人権を考えてもらいたいところです.

マイナスの数

さて,今週は数学に見られる,ある美しい関係をご紹介したいと思います.この関係は,ノーベル賞物理学者リチャード・ファインマンによって「我々の至宝」と呼ばれています.

まず,我々はマイナスの数から始めなければなりません.え?そんなの知っているよと思われるかもしれませんが,17世紀のヨーロッパでは数学者でもマイナスを知っている人は少数派でした.

「気温が氷点下になったらどうするの?」

という質問はもっともです.冬のヨーロッパは寒いですものね.

Photo by <a href="https://unsplash.com/@jaanus?utm_source=unsplash&utm_medium=referral&utm_content=creditCopyText">Jaanus Jagomägi</a> on <a href="https://unsplash.com/s/photos/snow-sweden?utm_source=unsplash&utm_medium=referral&utm_content=creditCopyText">Unsplash</a>
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我々が使っているセルシウス温度目盛(摂氏)だと寒い冬の気温はマイナスになります.しかし西欧のほとんどの国でかつて,そして米国ではいまでも,ファーレンハイト温度目盛(華氏)が使われていました.華氏0度は寒剤が凍る温度で,摂氏マイナス17.8度です.つまり,余程のことがない限り華氏0度以下にはならないのです.もし華氏0度を下回れば,もう十分寒いのだから,温度なんて測らなかったことにすればよいのです.

そう,そんな数は無かったことにすればいいというのが,当時の常識でした.

ところが,マイナスの数が無いといろいろ困ることに人々が気づきはじめました.その最大の難点は「方程式」です.方程式は英語ではイクエーション (equation) と呼びますが,これは二つの数式をイコール (equal) で結ぶことを意味しています.ヨーロッパ人よりも早く中国人がこの概念を発明していて,九章算術という本の「方程」という章に載せたために,日本を含む中国文化圏では方程式と言います.

世界最古の記録に残っている方程式は古代エジプトまで遡ります.紀元前1650年頃のものと推定されるパピルス(リンド数学パピルス)に,こんな問題が書かれています.

「Ahaの全体とその1/2に4を加えたものは10に等しい」

現代風にAhaをxと書くと,パピルスに書かれたこの問題は「(3/2)x+4=10」という方程式ということになります.(答えは「x=4」ですね.)

リンド数学パピルス(紀元前1650年頃)
リンド数学パピルス(紀元前1650年頃)

方程式を扱う数学を代数学と呼びます.後ほど見ることになりますが,未知数という「代理の」数が登場するからです.代数学は英語でアルジェブラ (algebra) と呼びますが,これはアラビア語の al-jabr (復元するの意)から来ています.

この話は後でご紹介するTEDトークでぜひご覧になって下さい.

さて,古代エジプトの方程式よりもずっと簡単な問題を考えてみましょう.「ある数xに3を加えたところ5になった.ある数xとは何か?」方程式で書くと「x+3=5」ですね.答えはもちろん「x=2」です.では「x+3=1」の答えは何でしょうか?

えええっ? と,17世紀のヨーロッパ人は驚きました.よく似た方程式なのに,答えがありません.後世に名を残したスイスの数学者レオンハルト・オイラー(18世紀のひと)さえも,答えはあるにはあるが意味はないと考えていたようです.

ある数学者が勇気を振り絞って「x+3=1」の答えを「x=–2」としました.ついにマイナスの数を認めたのです.もちろんこれはヨーロッパの数学者の間での話しで,アラブの商人たちはもっと昔からマイナスの数(つまりは赤字)を使っていました.

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