絶対温度への道〈前編〉【第46号】
【140字まとめ】ガリレオ・ガリレイが発明した温度計には,現在のような目盛りがついていませんでした.今週は人類が「絶対温度」という目盛りを手に入れるまでの取り組み,ニュートンからファーレンハイト,セルシウスまでをお話します.ついでにアルキメデスの大発見も.
いちです,おはようございます.
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お陰様で前回のニュースレター「複雑さの中の秩序〈後編〉」は大きな反響を頂きました.その中で,読者の方から水には「相転移」があるから,気象の予測の難しさは単なるプレイヤーの数の違いではないかというご指摘をいただきました.「相転移」というのは液体が蒸発して気体になったり,また凍って個体になったりすることの総称です.
天体の運行を予測する場合,例えば太陽,地球,月という系を考える場合は,急に新しい惑星が登場するなんてことは考えません.しかし,気象を考える場合は海面から水が蒸発するとか,上空で水蒸気が冷えて固まって落下してしまうという「相転移」があるため,大変に難しいわけですね.ご指摘ありがとうございました.
さて,今週は「温度」にまつわる物語をお届けします.東京オリンピック開催時の高気温もどこへやらという感じで,すっかり冷え込んで参りましたので,皆様も「気温」には敏感になられているところではないでしょうか.
ガリレオの温度計
歴史上,初めて気温を数字で表そうとしたのはガリレオ・ガリレイだと考えられています.ガリレオは確かに温度計を試作しているのですが,現在市販されている「ガリレオ温度計」とは異なったものでした.
そうは言っても,市販されているガリレオ温度計の原理はガリレオが発見したものですし,ガリレオ温度計の考案もガリレオの弟子たちがしたものですから,ガリレオ温度計と呼ぶのは誇大広告とまでは言えないでしょう.
市販されているガリレオ温度計はこんなものです.
なかなかお洒落ですね.ガラス瓶に閉じ込められた小さな壺が気温によって上下します.どの壺が浮き上がっていて,どの壺が沈んでいるかを読むと,おおよその気温を知ることが出来ます.
ガリレオ温度計は,気温が高くなると液体が少し膨らむという現象を利用しています.液体が少し膨らむということは,逆に考えると1リットルあたりの重さが少し減るということです.
例えば,真水は20度のときに1リットルあたり998グラムの重さを持ちますが,30度のときには1リットルあたり996グラムの重さになります.これは水が蒸発したわけではなくて,水分子の間の隙間が少し広がったせいなのです.
ここで,体積が10cc(キュービック・センチメートル)のボールがあるとします.1ccは1/1,000リットルですから,10ccは1/100リットルです.このボールは慎重に設計されていて,重さが9.97グラムだとします.このボールを真水の中に入れると浮くでしょうか,沈むでしょうか.
ボールを水の中に入れると,ボールは10ccぶんの水を押し出そうとすることになります.もし水温が20度であれば,それは9.98グラムに相当します.これはボールの9.97グラムよりも重いので,同じ体積の水よりも軽いボールは浮き上がります.一方,水温が30度であれば,ボールが押し出した水の重さは9.96グラムなのでボールのほうが重く,ボールは沈んでいきます.
重さを少しずつ変えたボールを水の中に入れておくと,その日の水温つまりは気温に応じてボールの浮き沈みが変化します.ボールにそれぞれ目印をつけておくと気温が読み取れることになります.これが,市販されているガリレオ温度計の原理でした.
全裸で走るアルキメデス先生
ガリレオ温度計は,ボールの重さと,ボールが押し出した水の重さとを比べて,ボールの方が軽ければ浮き,ボールの方が重ければ沈むという原理を使ったものでした.この原理は「アルキメデスの原理」と言われています.

アルキメデスの原理については,読者の皆様には「釈迦に説法」になってしまいますが,ご紹介しておきますね.
紀元前3世紀,第一次ポエニ戦争の時代にシチリア島のシラクサを支配していた「ヒエロン2世」という王がいました.ある日ヒエロン2世は金細工師に純金の王冠を作らせるのですが,金細工師が原材料の純金にこっそり純銀を混ぜて,純金を「ねこばば」しているのではないかと疑います.そこで,親族でもあり,高名な学者でもあったアルキメデスに,金細工師が不正をしていないか調べさせます.
王冠を壊したり熔かしたりするわけにはいかないため,アルキメデスは頭を抱えてしまいます.無理難題とはこのことですね.それでも,金細工師を捕まえていきなり罪をかぶせるようなことをしなかったぶん,ヒエロン2世は公正な王だったということでしょう.
アルキメデスはギリシア人でしたが,シラクサはローマ文化,ローマ文化といえば公衆浴場の「テルマエ」ですね.実際,シチリア島には当時から天然温泉もありましたから,入浴文化は広く普及していたのでしょう.アルキメデスはえいやっとお風呂に入ります.
ざぶーん.
いやあ,日本語って便利ですね.お風呂に入る様子以外にはまず使わない擬音語まであるんですから.「ざぶーん」を発明した古人に感謝です.
この「ざぶーん」のとき,2種類のことが同時に起こりました.ひとつめは,湯船からお湯が溢れたこと.ふたつめは,自分自身の体が軽く感じられたこと.そしてアルキメデスは「知った」のです.自分が溢れさせたお湯のぶんだけ,自分の体が軽く感じられたことを.アルキメデスは叫びました.
「ヘウレーカ!」
ギリシア語で「分かったぞ」という意味です.アルキメデスは喜びのあまり裸のまま家まで走って帰ったそうです.当時の古代オリンピックも全裸で実施されていましたから,裸のまま道を走るのは今ほどには抵抗がなかったのかもしれませんが,それでもこうして逸話として語られ続けているということは,やはり珍しいことだったのでしょう.
純金は1ccあたり19.3グラムの重さを持ちます.ということは,純金1キログラムで作った王冠は51.8ccの体積を持ちます.意外と少ないですね.50ccは「大さじ3小さじ1」です.一方,純銀は1ccあたり10.5グラムです.もし金細工師が純金1キログラムのうち300グラムをくすねて,300グラムぶんの純銀を混ぜ込んだとしましょう.そうすると王冠の体積は64.8ccになります.銀は金よりも軽いので,同じ重さにしようとすると王冠が大きくなってしまうのですね.
アルキメデスは王冠と同じ重さの純金を水に沈め,溢れ出る水の量を測りました.次に,彼は王冠を水に沈め,やはり溢れ出る水の量を測りました.両者が一致すれば王冠は純金でできていることになります.もし王冠を水に沈めたときのほうが溢れ出る水が多ければ,王冠には純金以外の何かが混ぜられていたことになります.時代的に見て,純金に混ぜたのは純銀でしょう.溢れ出た水の量を正確に比較すれば,金細工師が何パーセントを失敬したのかもわかります.
アルキメデスの方法も,ガリレオの温度計も,実はその日の気圧に影響を受けてしまうため,現在では推奨されない方法ではあるのですが,大雑把な計算には十分なのです.
アルキメデスはこのようにして,金細工師が不正したかどうかを見抜いたのでした.伝承によると,この金細工師は王から純金を盗んでいたそうです.天才数学者によって「完全犯罪」を見破られてしまったわけですが,彼のおかげで科学が進歩したとも言えますね.残念なことに,件の金細工師の名前は残っていません.
余談なのですが,もし金細工師が今日,300グラムの純金を同じ重さの純銀とこっそり交換していたなら,純金が1グラムあたり7,100円,純銀が1グラムあたり100円として,210万円ほど儲かることになります.古代ローマでも金と銀の価値の比率は10:1前後はありましたから「色が変わらない程度に混ぜてやれ」と思ってしまっても不思議ではありません.
マイナスが嫌い
さて「温度(temperature)」なのですが,よくよく考えてみるとすごい発見です.温度計がなかった時代は,例えば水が沸騰する温度は世界中だいたい同じということも知られていなかったのです.
ガリレオ・ガリレイが空気の熱膨張を使った温度計を発明していますから,近代的な温度計は16世紀からということになりますね.その後,ガラス管に封入したアルコールの熱膨張を使った近代的な温度計も,ガリレオのいたフィレンツェで発明されています.
温度計の「目盛り」が共通化されはじめたのは17世紀です.物理学者アイザック・ニュートンは氷点を「0」とし,人間の体温を「12」とするニュートン温度を提案しました.ニュートンと言えばイギリスの人です.イギリスの冬は氷点下になりますし,当時はマイナスの数がほとんど受け入れられていなかったことを考えると,ニュートンは「冬の気温は無かったことにしよう」と思っていたのかもしれません.

1702年にオランダの天文学者オーレ・レーマーが塩と氷の混合物の温度を「0」とし,水の沸点を「60」とするレーマー温度を提案しました.水に可能な限りの食塩を溶かした飽和食塩水は-22度で凍るのですが,レーマーが用意した塩と氷の混合物はそこまで温度が低くなかったようで,レーマー温度の「0」は我々のマイナス14度ぐらいです.レーマー温度は「0」から「60」で考えるよりも分数で考えたほうがわかりよく,「0/8」(マイナス14度)は「オランダで一番寒い日」の気温,「1/8」(0度)は水が氷る温度,「2/8」(14度)はオランダの平均的な気温…と続き「8/8」(100度)で水が沸騰するというイメージです.おそらくは水が氷る温度「1/8」と沸騰する温度「8/8」を先に決めたのでしょうね.
1708年,オランダにいたドイツ人技術者ガブリエル・ファーレンハイトがレーマーの温度計を改良し,現在まで使われているファーレンハイト温度計を作りました.ファーレンハイトのことを,日本語では「華氏」と略します.なぜ「ファ」が「華」になったかというと,中国語読みなんですね.中国の名門大学「清華」大学も「チンファ」と読みます.
ファーレンハイトが温度目盛をどのように決めたのかは諸説あるのですが,ともかくファーレンハイトの「0」つまり華氏0度は我々の-17.8度,ファーレンハイトの「100」つまり華氏100度は我々の37.8度になります.-17.8度はファーレンハイトが作った氷・塩化アンモニウム・水の混合物(寒剤)の温度で,当時手に入った最も低い温度とも言われていますが,真偽不明です.また人間の体温が華氏96度(12×8)になるようにしたとも言われていますが,こちらも真偽不明です.ファーレンハイト温度は現在ではアメリカ,ケイマン諸島,リベリアでだけ使われています.
なお「我々の度」と呼んでいるのは,正しくは「セルシウス温度」と言います.スウェーデンの天文学者アンデルス・セルシウスが1742年に考案しました.考案当初はプラスとマイナスが逆で,数字が大きくなるほど冷たい温度を表しました.つまり,水は0度で沸騰し,100度で凍ったのです.飽和食塩水は122度で凍ります.この時代の人たち,よほどマイナスが嫌いだったのですね.
セルシウスのことを日本語では「摂氏」と言います.クリスマスになるとネットを賑わす「4℃」の「C」もセルシウスですね.お世話になったスウェーデン人教授が「わしゃ同国人としてセルシウスを誇りに思っとる.ところがアメリカ人ときたら,温度のCをセンチグレード(centigrade)つまり100度目盛りの意味と思っておるのじゃ.実にけしからん!」と嘆いていました.
温度の意味とは?
さて,温度計で温度を測るとき,我々は「本当は」何を測っているのでしょうか?例えば電気ストーブに温度計を近づけると,温度がぐんぐん上昇しますが,これは電気ストーブの温度なのでしょうか?実は電気ストーブについては,温度とよく似た「色温度」という物理量のほうが関係しています.
また,ファーレンハイトやセルシウスが嫌ったように,マイナスの目盛りをなくすことは出来るでしょうか?この世で一番冷たいものの温度を基準にしたら,マイナスの温度は無くなりそうです.事実,このような方法で考えられた温度を「絶対温度」と言います.しかし,絶対温度の定義をもってしても,マイナスの温度は自然界に顔を出します.これを「負温度」と言います.
温度って一体なんやねーん,てなりますよね.
というわけで,次回は「絶対温度への道」の続きをお送りします.
どうぞお楽しみに.
おすすめ書籍
「数学が苦手」という人でも,この本なら大丈夫!ニャロメのマンガで数学の基礎から応用まで解説します.赤塚ギャグに笑いながら,数学的センスが身につく,数学マンガの本です.ニャロメ,バカボンのパパ,ウナギイヌなど,おなじみのキャラクターが「二次方程式」や「微分積分」に挑戦し,質問と説明を繰り返しながらストーリーが展開します.「0」はどうやって発見したのか,ユークリッドの原理とは何か,儲かる確率論,なぜ,マイナス×マイナスはプラスになるのかなど,数学の奥深さをギャグと一緒にわかりやすく解説.読めば読むほど,「数学ってこんなにおもしろかったの?」と,目からうろこが落ちます.子供はもちろん,大人も楽しめます! バカボンのパパのギャグも最高なのだ!
赤塚不二夫先生による名作漫画です.僕の数学とピラミッドへの情熱は,たぶんこの漫画のせいなんです.アルキメデス先生(らしきキャラ)も出てきますよ.
おすすめTEDトーク

この微生物の世界のツアーでは,探検家でアーティストのアリエル・ウォルドマンが南極の広大な氷床の下にいる魅力的な生き物たちをご紹介します.抱きしめたくなるようなクマムシもいれば,ガラスでできた幾何学的な藻類もいて,この一見不毛な大地は,見方さえわかれば極地にある生命のオアシスであることをウォルドマンが示します.
今週は「寒い」ほうの話題が多かったので,寒い世界の微生物の話題をご紹介します.こんなところにも生命がいるというのは驚きですね.ここまでくると,火星に微生物がいても悪くないんじゃないかなと思えます.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこんな質問をマシュマロで頂きました.
英語の勉強が長続きしません…何か良い方法はないでしょうか?
勉強と思うと続かないですよね.
英語の音楽やDJで好きなもの,英語圏の俳優さん女優さんで好きな人はいませんか?翻訳や吹き替えではなく,直接味わうと良いですよ.
僕のおすすめは英語圏の音楽ラジオ番組またはポッドキャスト番組です.ハリウッド映画はかなり難易度が高いのですが,音楽番組は比較的しっかりとした発音で伝えてくれるので,だんだん聞き取れるようになると思います.あと,どちらかというとイギリス英語のほうが,日本人の耳には聞き取りやすいかなと思います.というか,これにはからくりがあって,例えばイギリスの放送局BBCは外国向け放送にはわざと(裏の意図があって)やさしい英語を使っていたんですよね.僕はまんまと載せられた口です.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問お待ちしております.

今週はできれば「絶対温度」のお話をしたかったのですが,アルキメデスの話をついつい長くしてしまったので,残りを次回ということにさせていただきました.
温度計と言えば,僕は小学生の頃温度計を自作したことがありました.1号機は空気の膨張を利用したもので,ダイキンが公開しているこの方法に近いものでした.
ガリレオが考案したもともとの温度計も,この1号機に近いものだったと考えられています.
2号機は市販の温度計と同じく,エタノールを細い管に封入したものでした.ストローの中に無水エタノールを通すのですが,口で吸い上げようとしたために,初の飲酒体験になりました.喉が焼けたかと思いました.実は薬局にメタノールを買いに行ったのですが,薬剤師さんから「こちらにしておきなさい」とエタノールを渡されたんです.メタノールは「メタノール中毒」を起こしますから,ほんと,薬剤師さんに感謝です.
前々回(第44号)の「一伍一什のはなし」の中で半導体不足について書かせていただきましたが,今度はナイロンも不足し始めたようで,電子機器に欠かせない「コネクタ」の入手が難しくなってきました.もう本格的に電子機器の製造が難しくなってきてしまいました.
ニュースレターメディアAxionが「テスラが半導体不足の影響を最小化した方法」という記事を公開しています.半導体不足の影響でトヨタが本年9月の自動車生産台数を40パーセント削減している中で,テスラが増産に成功している理由を考察したものです.要約すると,テスラはトヨタと違って「超」高性能な半導体を購入し続けているから優先的に半導体を確保できているということです.
ふふふ.じつは!我がパイナップルコンピュータは「超」低性能な半導体を採用しているので,コアの部分はまだまだ手に入るのです.ほんと,何が幸いするかわかりませんね.
今週は祖母の一回忌で,大阪に日帰りで行ってきました.ちょうどポッドキャストで「玄奘(げんじょう)」(三蔵法師)のことを聞いていたので,手元にあった般若心経の訳者に「三蔵法師」と書いてあって感動しました.三蔵法師って,今で言えば大学の哲学教授がいきなり冒険の旅に出ちゃうようなものなんですよね.砂漠を越えて,氷山を超えて…彼の狂いっぷりに憧れます.
今週はYouTube番組「世界遺産の旅」もお送りしました.こちらでも冒険する哲学者,空海についてお話をしました.アーカイブが残っていますので,よろしければ御覧ください.このニュースレターでもいつか,空海について書きたいと思います.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
では,また来週,お目にかかりましょう.
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