太陽からの風と日本の折り紙の意外な関係【第74号】

SF作家アーサー・C・クラークでさえ想像できなかった未来の「折り紙」が宇宙開発への一歩を踏み出しています
金谷一朗(いち) 2022.04.15
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【140字まとめ】作家アーサー・C・クラークが「太陽からの風」で描いた「ソーラー・セイル」.彼は1963年に「畳み方はまだ知られていない」と書きました.しかしその7年後に日本人の三浦教授が畳み方を発明してしまいます.今週はこのミウラ折りと,キリン「氷結」の缶で使われている構造をご紹介していきます.

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STEAM NEWS は毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,おすすめ書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方に特におすすめです.

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いちです,おはようございます.

この春から大学生になった皆さんは,授業が一巡した頃でしょうか.

最近は「紙の本」が手に入るうちにと思って古本を買うことが多いのですが,紙の本が無くなる前に,小さな文字を読むという根性が無くなりそうです.電子書籍に慣れてしまうと,紙の本は辛いですね.

さて,今週はそんな古い本から新しい話題をお届けします.

ぜひお楽しみ下さい.

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《目次》

  • 短編小説「太陽からの風」が描いた未来の宇宙飛行

  • アーサー・C・クラークの想像を超えた「ミウラ折り」

  • 宇宙開発から生まれたキリン氷結の缶デザイン

  • もっと勉強したい人へ〜三谷純の折り紙ノートと太陽が失うもの

  • おすすめ書籍:太陽からの風

  • おすすめTEDトーク:宇宙のデザイン

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

短編小説「太陽からの風」が描いた未来の宇宙飛行

作家アーサー・C・クラークは1963年5月,今から59年前に短編SF小説「太陽からの風」を書きました.こんなストーリーです.

赤道上空22,000マイル.今,男たちは太陽ヨットレースのスタートラインに並んでいた.途方もなく大きな円形帆は,惑星の間を吹く風を受けて,いっぱいにふくらんでいる.レース開始まであと3分.これから地球を2周してその加速で地球から脱出し太陽の風を背にまともに受けながら,月へ向かうレースが始まる…

この短編小説のテーマはタイトルにもなっている「太陽からの風」つまりは「太陽風 (solar wind)」です.

太陽風とは,太陽から吹き出している高温の粒子のことで,主成分は「電子」「陽子」「アルファ粒子」という,地球上ではあまり「単品」で見かけない粒子たちです.ラーメン店の煮玉子のようなものでしょうか.地球上では,電子と陽子はくっついて「水素」に,電子とアルファ粒子はくっついてヘリウムとして見かけることが多いです.これらの粒子が秒速250から750キロメートルで太陽から飛んでくるのです.この速度は地球上の音速の1,000倍から2,000倍といったところです.宇宙空間にも「星間物質」という薄いガスがあるため,僅かに音は伝わりますが,宇宙の音速は秒速30メートル程度ですから,太陽風は超音速で飛んでいくのですね.

太陽の模式図.右上に太陽風 (Solar wind) の記載がある. (Kelvinsong, CC BY-SA 3.0)
太陽の模式図.右上に太陽風 (Solar wind) の記載がある. (Kelvinsong, CC BY-SA 3.0)

こう聞くと,惑星間ヨットレースも出来そうな気がしてきませんか?非常に大きくて軽い「帆」を張ると,原理的には太陽風の圧力を受けてヨットは加速します.地球軌道のあたりだと,太陽風はだいたい1から6「ナノパスカル」の圧力を持ちます.1ナノパスカルは 0.000,000,001 パスカルのことです.少し強い風である「風速10メートル」がだいたい60パスカルなので,ずいぶんと小さな圧力になってしまいますね.とは言え,空気抵抗やら地球の重力やらを考えなくて良いので,宇宙ヨットレースは成立しそうです.

この太陽風は電気的に中性ではありません.つまりプラスだったりマイナスだったりといった「静電気」を帯びています.下敷きをこすって髪の毛を立たせるやつですね.最近の子供はそんな遊びをしないんでしょうか.たとえが古かったらすみません…

一方,地球は巨大な磁石なので,太陽風は地球のS極とN極,つまりは北極と南極に吸い寄せられます.太陽風が強く吹いた日には,それらはオーロラになります.オーロラが極地でしか見られないのはこのせいですね.でも極地だけずるい(!)とは思わないで下さい.地磁気を持たない金星や火星では,大気が太陽風によって徐々に宇宙へ飛ばされています.

それだけではありません.強い太陽風が思いっきり地球をヒットすると,大変なことが起こるのです.それを日夜防いでくれているのが地球の極地なのです.防ぎきれなかったときに何が起こるのかというお話は,本ニュースレターの【第42号】をご参考になさって下さい.

太陽風の存在は1859年,イギリスの天文学者リチャード・キャリントンによって予測されました.そして1959年1月,ソ連(現ロシア)の月探査機「ルナ1号」が初めて太陽風を観測しました.アメリカは1962年の金星探査機「マリナー2号」で太陽風を観測しています.

きっとこれが,1963年のアーサー・C・クラークに「太陽からの風」を書かせるモチベーションとなったことでしょう.

アーサー・C・クラークの想像を超えた「ミウラ折り」

短編小説「太陽からの風」の中で,一旦広げた「帆」を再び畳みたいが,その方法はまだ発明されていないというシーンが出てきます.

これから先,地球をまわる軌道の半分近くもの間,この厖大な面積の全部を,太陽に対して垂直に立てておかねばならないのだ.この先十二ないし十四時間の間は,帆は役に立たない邪魔物なのだった(中略)ふたたび使えるようになるまで,帆をすっかりたたんでしまえればいいのだが,実際にそうする方法を考えついた者は,まだ誰もいないのだった.
「太陽からの風」

この物語の設定がいつのことかは書かれていません.ただ,人類が少なくとも地球と月の間を自在に行き来する時代なのでしょう.このペースで行くと,22世紀頃でしょうか.

「太陽からの風」が執筆された7年後,東京大学宇宙航空研究所(現JAXA宇宙科学研究所)の三浦公亮は「ミウラ折り」という紙の折りたたみ方を発明します.このミウラ折りを使えば,宇宙空間で大きな帆を広げることも,そして畳むことも出来ます.

日本の折り紙文化,恐るべしということかもしれません.アーサー・C・クラークは「通信衛星」「軌道エレベータ」など,現実に先駆けてコンセプトを発表する作家ですが,この「折り紙」に関して言えば現実がSF小説を追い越した一例となりました.

このミウラ折りですが,言葉で説明することは大変難しいので,ぜひこちらの映像でご覧になってみて下さい.

一瞬何が起こっているのかわからないかもしれません.僕自身も自分で「ミウラ折り手帳」というのを作ってみて,その便利さに感動したことがあります.A3のコピー用紙をミウラ折りでポケットサイズにしただけなのですが,一方向に引っ張るだけで一気にA3サイズに広がり,同じく一方向に押し込んでいくだけでポケットサイズになるんです.

他にも,登山用の地図もわざわざミウラ折りに折り直して使っていました.ミウラ折りだとエッジが分散するので,地図がすり切れて真っ二つになりにくいのですよね.

1970年に発表されたミウラ折りは,1995年3月18日に種子島宇宙センターから打ち上げられた「宇宙実験・観測フリーフライヤ」によって,宇宙で展開実験が行われました.結果はうまく行ったようで,短編小説「太陽からの風」で描かれたアイディア実現への一歩となりました.「宇宙実験・観測フリーフライヤ」は1996年1月13日,スペースシャトル・エンデバーに搭乗した若田光一宇宙飛行士がロボットアームで回収し,現在は国立科学博物館に展示されています.

2014年,NASAジェット推進研究所研究員のブライアン・トゥリーズは,ミウラ折りをヒントに,新しいソーラーパネルの畳み方を提案しました.

新しいソーラーパネル (<a href="https://www.jpl.nasa.gov/news/solar-power-origami-style">NASA JPL</a>)
新しいソーラーパネル (NASA JPL)

イノベーティブな折り紙はまだまだありそうですね.

宇宙開発から生まれたキリン氷結の缶デザイン

ところで皆さんはどのように空き缶を捨てていますか?体積を小さくしようと思っても,なかなか手の力だけではぺたんこに出来ませんよね.僕はワーキングブーツを履いて,足で一気に踏み潰してぺたんこにしています.

このように構造物に上部から力を加えると,どこかで耐えられなくなり変形します.これを「座屈」と呼ぶのですが,この座屈の仕方について東京大学の吉村慶丸が研究をしていました.吉村は航空機の胴体の変形について研究している中で「吉村パターン」という変形パターンを発見します.これは別名「ダイヤモンドパターン」とも言い,折り紙で再現することが出来ます.

吉村パターン(<a href="https://mitani.cs.tsukuba.ac.jp/origami/">折り紙研究ノート</a>)
吉村パターン(折り紙研究ノート

当初は航空機がどのように「壊れていくか」の研究だったのですが,NASAラングレー研究所に出向していた東京大学の三浦公亮が,1969年にこのパターンがかえって円筒形を「丈夫にする」ことに気づきます.

三浦によると,彼はこのアイディアに「PCCP (Pseudo-Cylindrical Concave Polyhedral) シェル」と名前をつけたもののひとまず放置して,その代わりに「ミウラ折り」という折り紙パターンの発明へと進みました.そして1970年についにミウラ折りのアイディアが完成します.

三浦が放置したアイディアの方ですが,彼のブログによると,東洋製罐(三浦のブログでは「T社」と紹介されている)の技術者が1995年に三浦を訪問し「PCCPシェル」を飲料缶に応用したデモを見せたそうです.缶を開けると「ぱきぱきっ」と変形して楽しいことや,捨てるときに綺麗に圧縮されることなどが特徴です.この飲料缶が2001年のキリン「氷結」に採用されました.2019年,この飲料缶のデザイン「ダイヤカット缶」が特許庁の管轄する「立体商標」に登録されました.

ダイヤカット缶(<a href="https://www.toyo-seikan.co.jp/technology/can/decorationshape/diamondcut/">東洋製罐</a>)
ダイヤカット缶(東洋製罐

キリン「氷結」はアルミ製ダイヤカット缶ですが,スチール製ダイヤカット缶も製品化されています.こちらは従来品の3倍の強度を持つそうで,強度の必要なコーヒー缶のほか,宇宙開発への「逆輸出」も検討されています.

どんな未来が待っているのでしょうか.

もっと勉強したい人へ〜三谷純の折り紙ノートと太陽が失うもの

最後に,もっと勉強したいひと向けの情報を掲載しておきます.

ひとつめは,折り紙について.日本の折り紙研究のトップランナーである三谷純の「折り紙ノート」は大変優しく書かれているので,一読をお勧めします.

ふたつめは,太陽風について.太陽から風が吹いているのならば,いつか太陽は蒸発してしまうのでは無いか心配になりませんか?

太陽風を送り出すことによって,太陽は1秒間に約130万から190万トンを失っています.これは,1億5千万年ごとに地球1個分の重さを失うことに相当します.しかし,太陽が誕生して以来,太陽風によって失った分量は約0.01パーセントに過ぎないと見積もられています.

まだまだ大丈夫そうですね.

みっつめ.太陽風はどこまで届くのでしょうか.太陽と地球との距離を1天文単位(AU)と呼びます.太陽風はだいたい50から160天文単位の場所で,完全に速度を失っていると考えられています.この面を「ヘリオポーズ (Heliopause)」と呼び,太陽系圏 (Heliosphere) とその外側を区別する境目とします.

2012年8月25日,NASAの惑星探査機「ボイジャー1号」が,人間が作った機械として初めて,ヘリオポーズを抜けて太陽系「圏外」へと旅立ちました.2018年11月5日には後を追う「ボイジャー2号」が圏外へ旅立っています.

太陽系圏外のことを,天文学者は「インターステラー・スペース」と呼びます.ボイジャー2号は2025年頃まで,インターステラー・スペースから地球へ交信を続ける見込みです.

乾杯.

おすすめ書籍

赤道上空22,000マイル.今,男たちは太陽ヨットレースのスタートラインに並んでいた.途方もなく大きな円形帆は,惑星の間を吹く風を受けて,いっぱいにふくらんでいる.レース開始まであと3分.これから地球を2周してその加速で地球から脱出し太陽の風を背にまともに受けながら,月へ向かうレースが始まる…男たちの夢とロマンをのせ,宇宙を疾駆する太陽ヨットレースを描いた「太陽からの風」をはじめ,木星の生命体とのファースト・コンタクトを扱った「メデューサとの出会い」など,独自の道を歩み続ける巨匠が,人類の未来と宇宙の姿を詳細に描きだした最新短編集.

「最新」とありますが,原作は1972年に出版されています.それでいて,今読んでも古くなっていないのはさすがの一言です.本作に集録されている「神々の糧」は,クラーク作品にしては珍しくもイギリス流のユーモアにあふれています.

それぞれのストーリーはとても短いので,通勤中に読むのもおすすめです.

おすすめTEDトーク

TED
TED
Serious Play 2008で,宇宙物理学者のジョージ・スムートが深宇宙の探査から得られた驚くべき画像を見せながら,暗黒物質や謎めいた空間に満ちた宇宙がいかにして形作られたのかを考えます.
TED

宇宙を知るということは,我々の究極の問い「時空とは何か」を知るということです.もちろんまだ究極の答えは得られていませんが,それでも我々はいい線を行っているのではないでしょうか.

ぜひこのトークで,最新の知見をご覧になってみて下さい.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はマシュマロで頂いたこちらの質問から.

原因が分からないけれど何故かとても落ち込んでいます.こんな時どうしていますか?

理由無く落ち込む日ありますよね.

きっと星の巡り合わせです.こんな時はじっと動かないの一択です.動けば動くほど沼です.

72時間耐えれば,きっと環境の方が変わります.

もし変わらなかったら,またマシュマロを投げて下さい.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

いま,このニュースレターを書き終えて,音声版の集録も終えたところです.

良い気分です.

何故かって?

もし音声版をまだお聴きになっていなければ,ぜひ冒頭だけでもお聴き下さい.

というのはですね,音声版の冒頭を収録するために,わざわざキリン「氷結」を買ってきて,缶を開ける音を録音したんですよ.

で,缶を開けたら飲まなくちゃいけないじゃないですか.

という,なんか「ビールクズ」みたいな言い訳をしてしまうわけです.

それでもですよ,何年かぶりに「氷結」を買ってみたのですが,美味いですね.酒に混ぜ物をするなんて…と思っていましたが,悪くないです.

というわけで,今後も飲んでいきたいと思います.

おっと,これだけではただの酔っ払いレポートなので,今週のご報告に行きましょう.大学はようやく新学期の講義が一巡しました.コロナ禍で大学に出てこられない学生もいますので,対面とオンラインを併用するために結構準備が大変なのですよね.何か良い方法はないものでしょうか.

また今週はご縁あって,Googleの社内カンファレンスのお手伝いもさせて頂きました.アメリカのアリ・ビーザーさんと長崎の原田小鈴さんのダブル講演だったのですが,感想はまたもうひとつのポッドキャストでお話ししようと思います.

それから,6月に長崎でクローズドなイベントを企画していまして,その準備にも追われています.こちらもまた,面白いことになりそうなのでご報告しますね.

そうそう,とあるイベントのオーディションも受けてました.こちらも近々ご報告させて頂きます.ぜひお楽しみにお待ちくださいね♪

🍓

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授

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