サンタクロースの島で【第111号】
【140字まとめ】地中海に浮かぶ無人島,サンタクロースの島「ゲミレル島」へ行ったときの記憶をもとに記事を書きました.東ローマ帝国の画家が残した聖母マリアの像は,脳裏に焼き付いています.きっとこれも猫のお導き,ということで.
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いちです,おはようございます.
年の瀬ですね.
今号はそんな年の瀬でもニュースレターを読んでくださる奇特な方向けに,サンタクロースの島を調査に行った個人的な思い出を改めてお届けしようと思います.

サンタクロースの島,ゲミレル島
YouTubeでは先行してお届けしましたが,こちらのニュースレターはその文字起こしプラス補足情報となります.
どうぞ年末の余暇と思ってお楽しみください.
《目次》
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考古学との出会い
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聖ニコラオスの教会
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ゲミレル島へ
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「9-11テロは日本人がやった」
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聖母マリアが現れた衝撃
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし

考古学との出会い
僕は奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)という,奈良の先端にある大学院の3期生でした.
どのぐらい先端かというと,入学当初はまだ「街開き」もしていなかったんですよね.
とは言え,大学では応用物理を学んでいた僕は,憧れだったコンピューターサイエンスやハッカー文化を本格的に学べるとあって,大学の立地はまったく気になりませんでした.
奈良に引っ越して驚いたことは,奈良では考古学者が「エラい」ということ.なにせ日本で一番古い都市が地下に眠っているわけです.掘れば何かが出ます.そして,その何かを掘り当てれば,文化財保護法によって警察署と文化庁への報告義務が生じます.
家を建てるとか,道路工事をするとかで地下から文化財が見つかった場合,工事をいったん中止して文化財を保護する必要があります.そこで呼ばれるのが考古学者です.ええっと,あとは省略しますが,そのようなわけで奈良では考古学者が「エラい」のです.今はどうかわかりませんが,当時はエラかったのです.
そんな事情もあって,僕はコンピューターサイエンスと考古学との狭間に興味を持ち始めました.
そして,強く念じていれば,それにあれこれアピールをしていれば,願いはどこかで叶うもので,遺跡調査のチャンスが巡ってきました.
聖ニコラオスの教会
最初に訪問することとなったのが,冒頭の写真でお見せしたトルコのゲミレル島です.こんな立地です.

地中海に浮かぶ無人島なんです.トルコの南沿岸部,あるいはアレクサンドリアの地中海を挟んで対岸と呼んでも良いでしょうか.古くはギリシアの神々の勢力圏内とされた地域ですね.

僕たちが興味を持っていたのは「東ローマ帝国」時代の遺跡と美術です.さすがは東ローマ帝国で,1,000年以上にわたる長さを誇りますが,僕たちが探し求めていたのは東ローマ帝国成立初期の頃のもの.聖ニコラオスの教会です.

聖ニコラオス
彼は一体どこに教会を作り,一体どこに埋葬されているのか.
それを探り当てた日本人考古学者と猫の話は本誌【第110号】でお伝えしました.
ゲミレル島へ
聖ニコラオスの眠るゲミレル島へと向かったのは2001年の夏のことでした.

その後何度も利用することになるイスタンブール国際空港へ降り立ち,そこから最寄りの街であるフェティエへとタクシーで向かいました.到着が夜遅かったこと,翌日朝からの調査に参加したかったことから,タクシーを選んだんですね.
当時は急速なインフレが進んでいた時代で,タクシーの料金メーターもとんでもない桁数がありました.が,しかし,フェティエ到着前に料金が9,999万9,999リラを超えたところで桁が足りなくなってしまいました.つまりは1億リラを超えたわけですね.お札は当時一番大きなものが100万リラ札だったので,100枚以上支払う必要がありました.(その後2,000万リラ札まで発行されたそうです.)ちなみに1億リラは1万円ぐらいの価値でした.
ここからがややこしいのですが,イスタンブールとフェティエではインフレの進み具合が随分違って,フェティエでは100万リラ札には100万円近い値打ちがあったんです.うかつに使えないですよね.いやあ,怖かった.

未明にホテルへ付いた僕たちは,数時間だけ眠ることにしました.ベッド脇には,海外のホテルではあまり見かけない「靴箱」があります.日本の旅館だと靴箱は当たり前なのですけれどもね.とりあえず靴を放り込んで,少しだけ寝ました.
翌朝,先入りしていた調査メンバーたちと顔を合わせたのですが,挨拶もそこそこに「今朝靴をとんとんしましたか?」と聞かれました.かつて調査隊メンバーのひとりが靴の中に隠れていたサソリに噛まれたことがあったそうなんです.そのため,靴箱に靴をしまい込んでいても,必ず靴をとんとんしてサソリを追い出してから履けと.
靴箱はサソリよけ(ただしお気持ちのみ)だったんですね.

ホテルからマイクロバスで港へ行き,雇った船でゲミレル島に渡りました.
イスラーム世界に組み入れられて長いですから,教会は放置され,キリストの顔は破壊されていましたが,それでも東ローマ帝国時代,キリスト教時代の遺跡がずっと残っていました.
本当に美しかったです.

このゲミレル島は無人島ではあるのですが,ヨーロッパからは比較的近く,物価も安いリゾート地として人気のスポットでした.水も電気もないのですが,観光客が数時間ずつ滞在します.
この島には水はずっとなかったものと思われるのですが,陸地から近かったこと,スイカが手に入ること,それにヤギが住み着いており,ヤギが玉ねぎを食べて山羊乳を出すことから人は暮らしていけたようでした.
「早く行きたければ一人で進め.遠くまで行きたければみんなで進め」ということわざがあるそうですが,僕が中国人師匠から教わった教えは「遠くへ一人で行きたければヤギを連れて行け」でした.ヤギのサバイバル能力は格違いなので,ヤギさえ居ればこっちのもの,ということかもしれません.
「9-11テロは日本人がやった」

ゲミレル島を後にして,日本に帰るぞという夕方,フェティエの街の行きつけのレストランのTVがニューヨーク市のワールド・トレード・センターの爆破映像を流していました.9月11日のアメリカ同時多発テロ事件です.
ニュース映像はトルコ国営放送のものでしたが,なぜかドラマチックなBGMが付けられていました.

そして突然画面が切り替わり,重信房子が大写しになります.英語の通じるトルコ人店員に聞くと「アメリカが攻撃された.日本人の仕業だ」とのこと.そしてぼそっと「よくやってくれた」と.
調査隊メンバー間では日米国交断絶は免れないか……との思いが駆け巡っていたのですが,ともかく日本に帰ろうということにはなりました.
イスタンブールで英字新聞を買い求めたのですが,どれも「日本がアメリカ本土を攻撃した」と書いています.トルコ政府は親米路線でしたが,トルコ国民には反米かつ親日感情が強いこともあり,僕が日本人だとわかると「よくやった」と会うたびに褒められました.結局,日本赤軍は今回の件に関してはシロだと知るのは,帰国後になります.
聖母マリアが現れた衝撃
最後に,ゲミレル島調査での一番の思い出で締めくくりたいと思います.

ゲミレル島からさらに少し離れた無人島に,船長と,考古学の先生と乗り込んだときのことです.
その考古学者は,岸壁のツタを手でよけて,現れたギリシア文字を読み始めました.「聖母マリアのために……」なんか格好いいですね.
そして僕たちは島の頂上付近まで登りました.目の前は地中海です.今でこそ美しき西海(東シナ海)を見慣れている僕ですが,瀬戸内育ちの当時の僕には眩しすぎました.
で,考古学者が言うのです.きみの水を僕によこしなさいと.そして,その水をひとくち口に入れると,ぷーっと目の前の岩に吹き付けたんです.
その瞬間,聖母マリアの像が目の前に現れました.
残念ながらその時の写真が残っていないので,イメージとして菅原先生が紹介されているビザンティン芸術の写真をご紹介しました.
ほんと,こんなマリア像が,突如海の上に浮かび上がってきたんです.

その時の心象風景をミッドジャーニーに描いてもらいました.
この日以来,僕は考古学にどっぷりとはまっていきました.
すべては猫のお導きですね.
今週の書籍
ドラえもんを読んで世界の古代文明を学ぼう.「ドラえもん社会ワールド」は,宇宙や動植物などで大好評のドラえもん科学ワールドに続く,まんがと記事を組み合わせた新しい学習図書シリーズです.テーマに沿った内容のドラえもんのまんが作品を楽しみながら,小中学校で勉強する現代社会の様々な出来事や社会の仕組み,経済や産業,文化・地理などを学ぶ単行本シリーズになります.今回のテーマは,「古代文明のひみつ」です.古代文明遺跡のカラーグラフからはじまって,古代文明の誕生,いろいろな農産物や道具など古代文明から現代への贈り物,アレクサンドロス大王の遠征など各地の古代文明間の交流,気候変動や環境問題が古代文明に与えた影響など,様々なテーマをわかりやすくイラストや写真も入れて解説します.いままで教科書で扱ってきた世界4大文明のほかに,中南米で栄えた古代文明や日本の古代文明など,新しい視点もとりあげていきます.
みんな大好きドラえもんです.子供の頃にこんな本があればなあと思いました.もし小さなお子さんやお孫さんがいらっしゃれば,このシリーズを読ませてあげてはいかがでしょうか.
今週のTEDxトーク
グレゴリー・ヘイワースは「テキスト科学」の第一人者です.彼の研究室では,分光イメージング技術を用いて古文書と地図を読む新しい方法を研究しています.この魅力的なTEDxトークでは,ヘイワースが失われた歴史に光を当て,数千年読まれていない文章を解読するところをご覧ください.現在の我々が知る過去の歴史を,失われた古典が書き改めるとはどういうことなのでしょうか.
科学がどう考古学に役立てられているのか知ることのできる,こちらも貴重なトークです.おもしろいですよ.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらのご質問から.
一風変わった名前の大学は?

東京医科歯科大学……東京工業大学との合併によって,どんな名前になるのでしょうか.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
大学が冬季休業に入り,講義もいったんお休みになりました.
大学の講義と言えば,学生時代に「2回出席したら単位をやらん」という豪快な先生がいらっしゃいました.それでも300席を超える講義室はいつも満員だったんです.工学部の一般教養科目で,夕方の,古文の授業だったにもかかわらずです.講義はいつも面白く,卒業後,一度捨ててしまった教科書を買い戻したほどです.
大学にはひとつぐらい,こんな講義があってもいいなあと思っているのですが,はたして僕の講義はどう受け止められているのやら……
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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