人工知能アートの可能性【第109号】

「芸術の敵」それとも「新しい絵筆」?
金谷一朗(いち) 2022.12.16
誰でも

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【140字まとめ】人工知能(AI)に絵を描かせる「AIアート」が急速に普及し始めています.コロラド州のコンテストでAIアートが「デジタルアート・デジタル加工写真」分野で優勝したことは,大きな論争になりました.この号ではAIアートの可能性についてお話しします.

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STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.

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いちです,おはようございます.

人工知能(AI)に「『STEAM NEWS』と聞いて想像する絵を描いて」とお願いするとどんな絵が出てくるかなと思い立ちまして,AIお絵かきツール「ミッドジャーニー(Midjourney)」にひとつ頼んでみました.

結果が次の絵です.

スチーム(水蒸気)という語に引っ張られたせいか,煙突ぽいものが描かれていますね.ひょっとしたら「スチームパンク」と解釈されたのかもしれません.

僕の思い描く「STEAM NEWS」とは違った結果になりましたが,それでも絵としてそれなりに成立しているところは,さすがミッドジャーニーというところでしょうか.

今号では,AIによる絵画制作についてお話ししていきたいと思います.

【お知らせ】ツイッターで「STEAMコミュニティ」を運営しています.ときどき裏話をつぶやいています.ツイッターアカウントをお持ちの方は是非ご参加ください.

《目次》

  • AIアートの優勝

  • AIアートへの批評と技術的な根拠

  • AIアートグランプリ

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

AIアートの優勝

今年(2022年)の9月8日,ニュースメディアCNNがこんな記事を公開しました.「AI作品が絵画コンテストで優勝,アーティストから不満噴出」.「AI作品」とはこちらの絵のことです.

Théâtre D’opéra Spatial (Jason M. Allen)
Théâtre D’opéra Spatial (Jason M. Allen)

コロラド州のゲームデザイナー,ジェイソン・アレン(Jason Allen)が「制作」したアート作品「Théâtre D’opéra Spatial」が,美術展覧会「コロラド州フェア」(CSF)新人アーティスト部門の「デジタルアート・デジタル加工写真」分野で1位に選ばれました.

問題はここからです.

本作はミッドジャーニーを用いて制作されたものでした.CSFのデジタルアート・デジタル加工写真部門の募集規定は「制作あるいはプレゼンテーションの過程でデジタル技術を使った作品」なので,ミッドジャーニーを使うことは禁止されていませんでした.またアレンは応募の時点でミッドジャーニーを用いたことを明記していました.(選考委員はミッドジャーニーがAIであることを知らなかったものの,後に「仮にAIだと知っていたとしてもアレンの作品を1位に選んでいた」とインタビューに答えています.)

それでもアレンが部門優勝すると,大きな論争になりました.

アーティストのジェネル・ジュマロン(Genel Jumalon)は「クソムカつく」とツイートしています.そこまで言わんでも……とは思いますが,インスタグラムに公開されている同氏の作品を見ると作風が近いので,心穏やかではなかったのでしょう.AIによって職を奪われる可能性だってあるわけですから,僕も気持ちはわかります.

なおアレンは制作にあたって,ミッドジャーニーで900の異なるバージョンを生成したのち3枚に絞り込み,さらに画像処理ソフトを使って加工した上で,3枚とも応募しました.CNNのインタビューによると,制作時間は80時間ほどだったそうです.「AIは新しい絵筆」とは言いますが,まだ「ねえ,僕の頭の中にあるいい感じの絵を想像して描いてみて」というような使い方はできないのですね.

AIアートへの批評と技術的な根拠

ミッドジャーニーや他のAIお絵描きツールは,ネットで公開されている画像データつまりは「他の作家の作品」を収集して「学習」します.アーティストのRJパーマー(RJ Palmer)「こいつ(AIお絵描きツール)は我々の仕事を奪う積極的な反芸術家だ」と主張しています.

新しい技術がアーティストたちから反発を受けるのは,もちろんはじめてではありません.

カメラが発明されたときには,多くのアーティストが反発しました.フランスのシャルル・ボードレールは,写真を「芸術の敵」と呼びました.[萩野哉:ボードレールのレアリスム観再考ーー美術批評をめぐって]

写真がアートとして受け入れられた後も,フォトショップのようなデジタル編集技術は忌み嫌われたものですし,「コンピューターを使うアートなんて」と眉をひそめられていたものです.

イギリス出身のアーティスト,ハロルド・コーエン(Harold Cohen)が1968年にAARONという「アート風の」画像を自動生成するコンピュータープログラムを書いたとき,彼は自身のプログラムが「クリエイティブである」と言うことに非常に慎重でした.彼が控えめにAARONを「画家」と呼んだのは1994年になってからです.

AIお絵描きツールは,過去のそうした新技術よりもなお一層「たちが悪い」という人もいます.それはツールが「他人の作品」を勝手に「学習」するからでしょう.

ただ,どのようなアーティストであっても過去の作品に影響は受けますから,違いはそれが機械なのか人間なのか,つまりは「敵」なのか「仲間」なのかという認識だけなのかもしれません.

クリエイティブ・テクノロジストを名乗るポール・デルシニョーレはコロラド州フェアに関してブログで次のように述べています.(筆者訳)

審査員の一人,ダグニー・マッキンリーは,このアートがAIで生成されたものだとは気づかなかったが,いずれにしても判断は変わらなかったと述べています.(中略)マッキンリーのこの発言は,AIアートを芸術として前進させるためのマインドシフトなのかもしれません.マッキンリーが言いたいのは,AIは人間の想像力がビジョンを生み出すのを助けるツールであり,それだけでアートと呼べるかもしれないということです.
ポール・デルシニョーレ

前出のハロルド・コーエンが1994年の論文で,自動生成された絵画について投げかけた疑問はいまでも有効だと思います.その質問はこうです.

AARONが作っているものがアートでないとしたら,それはいったい何なのか,その起源以外のどんな点で「本物」と違うのか.もし,それ(AARON)が「考えていない」のなら,それはいったい何をしているのだろうか?
ロベルト・コーエン

(If what AARON is making is not art, what is it exactly, and in what ways, other than its origin, does it differ from the "real thing?" If it is not thinking, what exactly is it doing?)

AIアートグランプリ

そんなAIアートの世界ですが,2023年には日本でAIアートを対象とした大会「第1回AIアートグランプリ」が開かれます.こちらは絵画だけでなく,マンガ,動画,音楽,ゲームなども対象になります.

どうでしょう,「midjourneyの教科書: 話題のAI画像生成サービスミッドジャーニーを徹底解説」という入門書もありますし,お正月休みに挑戦してみるのもおもしろいと思います.

今週の書籍

日本初のオールAI生成画像を元にしたイラストレーション集! Midjourney・Stable Diffusionのプロンプトも掲載! 本書は、現在大きく感心が高まっているイラスト画像生成AIを使って制作された、日本初の画集・画像集です.MidjourneyとStable Diffusionによって生成された画像をもとにリファインを施した100枚超のイラストを、ジャンルごとに掲載しています.掲載イラストの約半数については生成する際に用いたプロンプト(呪文)を掲載.読者が自身の環境でイラスト生成を試すことができます.そのほかAI生成画像にまつわる著作権コラムも掲載、AI生成画像やプロンプトの権利についても解説しています.本書を通じて、最先端のAIイラスト作成を体感してください.
Amazon

表紙こそアレですが,全編この調子というわけではありません.

しっかし,AIお絵描きツールでここまで描かれちゃうと,職業イラストレーターは確かに危機感を覚えますよね.

今週のTEDトーク

人工知能の心の中はどんな風なのでしょう?映画『ブレードランナー』に描かれた近未来のロサンゼルスの建築のビジョンにひらめきを得たメディアアーティストのレフィック・アナドルは、自身が開いたスタジオで、建築家、データ科学者、脳科学者、音楽家らと協力して、アートと人工知能を融合させています.テクノロジーと創造性の未来について考えを一新させる異世界のような作品の数々をご覧ください.
TED

AIとアートのもうひとつの方向性ーー僕にはこちらのほうが「正しい」方向だと思えますーーを示してくれるTEDトークです.しかも,いつものTEDトークとはかなり印象が異なるトーク映像で楽しませてくれます.ぜひご覧になってみてください.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのご質問から.

好きなマンガ・アニメ・ゲームはありますか?

マンガ:究極超人あ~る.アニメ:エヴァ.ゲーム:バイオハザード.マンガはもっとたくさん読みたいです.ゲームはプレイ動画で満足しちゃってたのですが,最近はプレイ動画を見る時間もなかなか取れないです.見ながらなにかするというのが出来なくて……あ,パズル系ゲームも大好きです.ソリティアとかも.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

本誌【第50号】で「曼荼羅」についてお話をさせていただいたところ,STEAMボート乗組員(ご支援者様)のご縁で曼荼羅を見学する機会を頂きました.案内してくださった長老のお話は興味深く,まだとてもまとめきれそうにないのですが,いずれ映像に収めてお伝えしたいと思っています.長老が空海を「空海さん」と親しみを込めて呼ばれているのが印象的でした.

さて,いよいよ年末ですね.STEAM NEWSは年末も休まずお届けして,旧正月の週(1月27日金曜日)にお休みを頂こうと思っています.

そうそう,12月24日(土曜日)か25日(日曜日)にはSTEAM NEWS読者様向けにYouTubeライブをしようかなあと思っていますが,ご関心はありますかね?

ここに配置されたボタンは、ニュースレター上でのみ押すことができます。

開催が決まりましたら次号でアドレスをお送りしますね.

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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

バックナンバーはこちらから👉 https://steam.theletter.jp

匿名質問はこちらから👉 https://marshmallow-qa.com/kanaya

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