ハードコアな科学者たち【第149号】
2️⃣NASAジェット推進研究所のモーガン・ケーブル研究員はいまでもマウンテン「一輪車」に夢中です
3️⃣世界的天文学者エドウィン・ハッブルはバスケットボールチームを優勝へと導いたスター選手でもありました
いちです,おはようございます.
STEAM NEWS【第38号】および【別冊】でご紹介したカリコー・カタリン博士が,ノーベル生理学医学賞を受賞されました.彼女がいなければ人類はもっと大変な目にあっていたことを考えると受賞は当然なような気もしますが,ご本人は受賞の知らせに「ただの冗談」だと思ったそうです.
カリコー博士の娘で,ボート競技のオリンピック金メダリストであるスーザン・フランジア(フランツィア・ジュジャンナ)は「競技中の選手には(背中を向けてこいでいるので)ゴールが見えないけれど,そこへ向かって必死にこいでいく.研究も,正しい方向に向かっているかすら分からないけれどゴールがあるとイメージして懸命にこいでいくのです」と語っています.
痺れますね……

NASAジェット推進研究所のモーガン・ケーブル研究員
さて,今週はハードコアなアスリートでもある科学者3人をご紹介します.単に両方できるというだけではなく,まさに文武両道な科学者たちです.
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📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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ジョン・ドイル(John Doyle)「スポーツを通して失敗をたくさん経験できた」
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モーガン・ケーブル(Morgan Cable)「一輪車は動く瞑想のようなもの」
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エドウィン・ハッブル(Edwin Hubble)「過去は有限,未来は無限」
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今週のポッドキャスト
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
ジョン・ドイル(John Doyle)「スポーツを通して失敗をたくさん経験できた」
科学者というのは,限界を打ち破ることに魂を削る職業なのでしょう.
理工系の超有名大学であるカリフォルニア工科大学(カルテック)は,同大学のスポーツ系「ハードコア」科学者たちを「Limitless(限界知らず)」という記事で紹介しています.その中から,まずはジョン・ドイル教授をご紹介します.
ジョン・ドイルは制御・動的システム・電気工学・生物工学の教授です.
本誌【第129号】で「世界一短い論文」を取り上げたのですが,ジョン・ドイル教授も非常に短い論文概要を書いたことで知られています.この概要はわずか3語で,掲載された論文誌IEEE(アイ・トリプル・イー)に限って言えば現在でも最短の概要だそうです.
そんなお茶目教授ですが,1994年に「国際人力乗り物選手権」の地上部門で優勝しています.フェアリング付きの自転車で,1時間に57キロメートルを走ったそうです.「最高時速57キロメートル」ではなく,本当に1時間走っています.また長年にわたり,カリフォルニア州各地のトライアスロンで1位を獲得しつづけています.
実際,子供時代にはプロスポーツ選手を目指した彼ですが,怪我に悩まされていました.彼はそれでも「努力と苦痛はすべて報われた.科学者としてのキャリアのための完璧な準備になったかもしれないから」と言います.「陸上競技のおかげで,自分の関心のあることで失敗をたくさん経験することができた.研究の世界に入れば,たいていは間違っている.少なくとも私はそうです.」
つ,強い……
ジョン・ドイル教授は「さまざまなスポーツで世界記録や国内記録,チャンピオンを保持しているが,非常にもろい」(Has held world and national records and championships in various sports, but is otherwise quite fragile)とだけ,履歴書の最後に書いています.
格好いいですね.
モーガン・ケーブル(Morgan Cable)「一輪車は動く瞑想のようなもの」
カルテック内に設置されたNASAジェット推進研究所(JPL)研究員のモーガン・ケーブルは,学生時代にマウンテン「一輪車」に夢中になりました.
彼女は言います.「転ぶことも取引の一部です.難しい地形に挑戦して自分を追い込んでいると,時には重力が勝ってしまうこともあります.」
それでも彼女は「仲間がいるから,とても楽しい」と言います.「サーフィンが始まったころの,誰も可能だと思わなかったクレイジーなことをやっている人たちの集まりときっと同じでしょう.」
彼女は年に1度の集まりのため,毎年ユタ州を訪れています.「このスポーツをする人たちの90パーセント,つまり50人か60人くらいが,春の長い週末に集まるんです」と彼女は言います.
一輪車の仲間にエンジニアが多いという彼女.このスポーツは「全神経を集中させることが好きで,自分を追い込むのが好きな強烈な人」に魅力的だと言いいます.また「動く瞑想のようなもの」とも.他のことはさておき,その瞬間に集中しなければならない,そうしないと転んでしまうから,なのだそうです.
ちなみに,彼女にマウンテン一輪車を教えた同業者と,彼女は結婚しています.
その手があったか.
エドウィン・ハッブル(Edwin Hubble)「過去は有限,未来は無限」
アスリートにして科学者といえば,この人は外せません.19世紀から20世紀にかけて活躍したアスリート,軍人,科学者なので歴史上の人物なのですが,それにしてもこのひと,凄すぎます.
それが,アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル.
彼は高校時代に複数の陸上競技で優勝するなどしていたのですが,シカゴ大学に進学するとバスケットボールチームに所属し,大学スポーツリーグ「ビッグ・テン・カンファレンス」優勝へと導いています.アメリカの大学スポーツリーグは,プロに匹敵する規模と人気を誇りますから,これは想像以上にすごいことなのでしょうね.
ハッブルはシカゴ大学在学中からヘビーウェイト級ボクサーもしていました.大学卒業後はイギリスのオクスフォード大学の大学院に進みますが,修士号(マスター)コースを修了後はアメリカに戻り,第一次世界大戦が始まると軍隊に入ります.第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期に博士号(ドクター)を取得するのですが,第二次世界大戦中はやはり軍に入隊します.
ハッブルの学問的業績はこの戦間期,1919年から1939年に集中しています.ハッブルはこの時期,ヤーキス天文台,ウィルソン山天文台に勤め,望遠鏡で星雲(ネビュラ)を観測し,その正体を掴みました.星雲とは,天空に「もやっと光る」雲のような星のような存在で,当時はその正体が知られていなかったのです.また星雲が地球からどのぐらいの距離にあるのかも,というよりは我らが銀河系の外に天体は存在するのかさえ,知られていなかったのです.
ハッブルの観測は,当時知られていた星雲の一部が,我々の住む銀河系,つまり天の川銀河よりも外部の銀河系であることを明らかにするものでした.それ故「アンドロメダ星雲」は「アンドロメダ銀河」と呼び替えられました.
またハッブルは,この宇宙が膨張していることも発見しています.これはアルベルト・アインシュタインが提唱した一般相対性理論の正しさを,なんとアルベルトの意思に反して,証明するものでした.
数々の名言を残したハッブルですが,
Past time is finite, future time is infinite.
(過去は有限,未来は無限.)
という言葉は,記録に挑戦し続けたアスリートであり科学者であった彼の心の叫びであるように,僕には思えます.
皆さんはどのように感じられましたか?
今週のポッドキャスト
元NASA・理研の研究員が話す1話完結チャンネル.スナックをつまむかのように聴くだけで宇宙開発の最先端をすぐにキャッチできます.NASA,理研で宇宙を研究したリョウが「明日誰かに話したくなる」そんな宇宙のハナシを1日10分でお届け! 天文学者,宇宙スタートアップCEOら最前線で活躍するゲストを定期的に迎えて,生の声もお届けします.「宇宙」「宇宙人」「天文学」「宇宙ビジネス」「宇宙開発」一つでも気になったらまずはおひとつどうぞ.
今週は書籍ではなくポッドキャストのご紹介です.
「宇宙」をテーマに毎日更新されているポッドキャストで,お話しがおもしろいので,ぜひお聞きください.
今週のTEDトーク
ヒュー・ハーは次世代のバイオニック義肢,自然にあるデザインをヒントに作られたロボティクスを駆使した義肢を作っています.ハーは30年前,両足を登山中の事故により失いました.現在MITメディアラボのバイオメカトロニクスグループを率いる彼は,専門的でもあり深くパーソナルでもあるトークの中で,驚くべきテクノロジーを紹介します.2013年のボストンマラソン爆破事件で左脚を失った社交ダンサーのエイドリアン・ハスレット=デービスが,このトークのために,事故後初めてのダンスをTEDステージで披露します.
科学とアスリートのもうひとつの出会いを,TEDトークからご紹介します.マサチューセッツ工科大学(MIT)のヒュー・ハー教授は,自ら開発した義肢を装着しています.彼のトークはテクノロジーと人間への愛が込められています.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
もしこの時代で20歳に若返ったら,いち先生はどういうふうな人生設計をされますか.もしくは,もう人生設計なんてできるような時代じゃないんでしょうか.ずっとそうかもしれませんが,より評価が多くの人からは重視される時代で,人から好かれるというより事実を重視してしまう自分には生きづらく質問差し上げました.
いま20歳だったら……とても考えさせられる質問ですね!