フンガ・トンガの火山噴火が日本でも起こりえる理由【第62号】
【140字まとめ】トンガの海底火山噴火は「破局噴火」と呼ばれる超大規模なものでした.この規模の噴火は歴史上何度も起こっており,日本でも観測されています.またフィリピンのピナトゥボ火山の噴火は,東日本の鮨文化を変えた可能性があります.是非このニュースレターで火山噴火を身近に感じてください.
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いちです,おはようございます.共通テストが無事終わり,長崎に帰ってきました.
さて,日本時間の1月15日,南太平洋のトンガで超大規模な海底火山噴火がありました.日本にも津波警報が出され,共通テスト2日目を中止する試験会場も出ました.衛星画像から,噴煙の高さは20キロメートルと成層圏に達しており,半径は260キロメートルに渡るようです.日本に当てはめると,東京から大阪までが噴煙に入っていることになります.
噴火によってトンガ周辺の海底ケーブルが切断されたため,当初は被害の状況が正確には分かりませんでした.現在では状況が分かり始めていると共に,国際支援が始められています.1日も早い復帰を祈ります.
今週は地球の火山活動と,それが我々の文化に与えた影響をご紹介します.
《目次》
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地球はなぜ噴火するの?
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関東の鮨文化を変えたスーパーボルケーノ:ピナトゥボ火山
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九州の縄文時代を終わらせたスーパーボルケーノ:鬼界カルデラ
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地震考古学からわかること・わからないこと
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おすすめ書籍:死都日本
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おすすめTEDxトーク:紙で出来た避難所
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Q&A
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一伍一什のはなし

地球はなぜ噴火するの?
皆さんは地球というと,土の塊を思い浮かべるでしょうか?それとも水の惑星?
地球は,大雑把に言うと「とろとろの金属のしずく」です.宇宙ステーションの映像で,水玉が宙にぷかぷか浮いているのをご覧になったことがお有りだと思いますが,その水玉を高温の鉄だと思って頂ければ,だいたい宇宙に浮かぶ地球のイメージと一致します.
地球の場合は,表面が冷えて固まっており,その上に「うすーく」海水がコーティングされ,ふわっと空気がまぶされています.シュークリームをイメージして頂くと,宇宙に浮かぶ地球の様子が分かると思います.そう言えばこんな動画も撮っていました.
こう考えると,皮が揺れたり,ときどき皮が破れて中身が噴き出したりすることも「ありそう」だと思いませんか?
地球にはまだ表面が冷えて固まっていない時代がありました.その時代を「冥王代(めいおうだい)」と言います.英語では Hadean eon と言うのですが,これは「冥府の神ハデスの時代」という意味です.地球誕生から40億年前までの5億年間あたりが冥王代にあたると考えられています.この時代に徐々に地球表面が冷えて,地殻と海が出来上がり,最初の生命が誕生したと考えられています.
なぜ冥王代の間に地殻が出来たと言えるのかというと,この時代の岩石がほとんど見つからないからなのです.これだけ探しても見つからないのだから,岩石が無かったのだろうと言うことです.
またアポロ計画による月の研究から,約40億年前から約38億年前にかけて,大量の巨大な隕石が月に降り注いでいることがわかっています.月に降り注いだと言うことは,隣のより大きな地球にも降り注いだはずです.地球規模の惑星だと表面が冷えるのは1億年程度と見積もられているのですが,この隕石によって地球が冥王代を抜け出すのに余計な時間がかかったとも考えられています.最初の生命がこの「重爆撃」の後に生まれたのか,それとも重爆撃を生き抜いたのかは,まだわかっていません.
と言うわけで,なぜ火山は爆発するのか,なぜ地震が起こるのかという問いは正しくなく,むしろなぜ地震の起こらない地域や時代があるのかを問うべきなのでした.
我々はシュークリームの上に住んでいるのですから.
関東の鮨文化を変えたスーパーボルケーノ:ピナトゥボ火山
僕は近畿育ちですが,東京の鮨が好きでした.めったに食べることが無かったという事情もありますが,もうひとつ,東国の鮨で好んで使われていたササニシキが好きだったんですね.ジャポニカ米としては珍しくさらっとした食感で,鮨によく合っていたように思います.現在は東京の鮨店でも関西と同じくコシヒカリ系のお米を使うようなので,ちょっと残念です.
ササニシキが廃れていった理由として挙げられるのが,1993年の冷夏です.この冷夏によって「平成の米騒動」と言われるほどの米不足が起こります.特に冷害に弱いササニシキは大打撃を受け,和食の関西化と相まって,復活することはありませんでした.
1993年の冷夏は,1991年のフィリピンのピナトゥボ(ピナツボ)火山の噴火が原因ではないかと言われています.噴火によってピナトゥボ火山の標高は1,745メートルから1,486メートルまで低くなり,差し渡し2.5キロメートルのカルデラが残りました.火山灰は上空40キロメートルまで吹き上がり,火山から西へ向かって500キロメートル先まで灰が降りました.
ピナトゥボ火山の噴火は20世紀最大の噴火で,この噴火によって地球の気温がおよそ0.5度下がりました.
このような巨大噴火を起こす火山を「スーパーボルケーノ」と呼びます.また,スーパーボルケーノの噴火を日本語で「破局噴火」と呼びます.破局噴火は作家「石黒耀」が考え出した言葉で,マスコミ報道でも使われています.
ピナトゥボ火山の破局噴火がササニシキ生産に大打撃を与えてしまったのですね.ササニシキのお鮨,また食べたいです.
九州の縄文時代を終わらせたスーパーボルケーノ:鬼界カルデラ
2015年,マンチェスター大学のアルバート・ジールストラ (Albert Zijlstra) 教授らが「世界で最も危険な火山トップ10」を発表しました.このリストは100年以内に破局噴火を起こす可能性があるスーパーボルケーノを列挙したものです.トンガは入っていなかったのですが,日本からは「阿蘇山」「硫黄島」がランクインしています.硫黄島は現在海上自衛隊が管理しており,自衛隊員以外に居住する者はいません.一方,阿蘇山が噴火した場合は,熊本,長崎つまりは旧「火の国」に甚大な被害をもたらすことが予想されます.最悪の場合「700万人が瞬殺される」とも予想されています.
日本で最後に破局噴火があったのは今から7,300年前,縄文時代です.場所は現在の鹿児島県沖で「鬼界アカホヤ噴火」と呼ばれています.火山灰は30センチメートル以上堆積したと考えられ,森林は完全に破壊されました.その結果,南九州の縄文人は絶滅した可能性が非常に高いです.
この噴火のあとに「鬼界カルデラ」という地形が出来ています.鬼界カルデラは大半が海の中にあるのですが,薩摩硫黄島のように一部が陸地になっています.火山だけあって温泉もふんだんにあるので,一度訪問しようと思っています.
地震考古学からわかること・わからないこと
過去の火山噴火や地震の痕跡を調べあげていく学問に「地震考古学」という分野があります.決まった定義はまだ無いようなのですが,特にホモサピエンスへの影響を考慮するところが,一般の地震学との違いかもしれません.

ジョン・マーティン:ポンペイとヘルクラネウムの壊滅
歴史上有名なのは紀元79年8月24日の「ヴェスヴィオ噴火」です.この日,ポンペイを含む古代ローマ帝国のいくつかの都市がわずか1日で破壊されました.ヴェスヴィオ山はその後も432年,1631年,1822年,1906年,1944年と噴火を繰り返しています.
日本の富士山も紀元482年(古墳時代),781年(奈良時代),800年頃(平安時代),802年(平安時代),864年(平安時代),937年(平安時代),999年(平安時代),1015年頃(平安時代),1033年(平安時代),1083年(平安時代),1435年頃(室町時代),1511年(室町時代),1707年(江戸時代),1854年(江戸時代)と噴火を繰り返しています.特に1707年の噴火は「宝永(大)噴火」と名付けられ,詳しく調べられています.このときの噴煙の高さは20キロメートルと推定されており,現在の東京都と神奈川県のほぼ全域,埼玉県南部,房総半島南西側に火山灰が2センチメートル以上滞積したと考えられています.
鉄道は火山灰0.5センチメートルの堆積で停止するそうですので,もし現代に噴火が起これば,その被害は江戸時代以上かもしれません.
地震考古学を通して学べることのひとつは,とりわけ日本では,いつ破局噴火があってもおかしくないということでしょう.一方で,それが「いつ」なのかという予想は非常に困難です.東大地震研の中田節也は2015年の総説論文「火山爆発指数(VEI)から見た噴火の規則性」の中で,火山噴火にある程度の規則性を認めるものの,人間の生活スケールの中で予測することの困難さを指摘しています.
同論文は「日本では,18世紀半ば以降 VEI 5 の噴火が,20世紀半ば以降 VEI 4 の噴火が発生しておらず,近い将来,この規模の噴火が 日本で発生する可能性が高い」と結んでいます.「VEI」というのは「火山爆発指数」のことで,火山爆発の規模を表す数字です.VEIが1増えるごとに,噴出物の量が10倍になります.トンガの海底火山噴火はVEIが5または6,1991年のピナトゥボ火山が VEI 6 でした.富士山の宝永大噴火は VEI 5,阿蘇カルデラ(阿蘇山)と鬼界カルデラは VEI 7 と見積もられています.
また,アメリカのイエローストーン国立公園は220万年前に VEI 8 という「想像を絶する」噴火を起こしており,再噴火の可能性も指摘されています.再噴火した場合,北米が冥王代に戻り,地球全体が氷河時代に入る可能性さえありますが,その規模の噴火が起こることは当面無いだろうと,米国地質調査所のボブ・クリスチャンセンはナショナルジオグラフィック誌に語っています.
イエローストーンのレベルになると対策どころではありませんが,富士山の噴火のレベル (VEI 5) には,対策をしておくべきではないでしょうか.個人で出来ることは限られていますが,災害対策を実施してきた,あるいは約束する政治家に投票する,地学研究をサポートするなども,選択肢になるかもしれません.
このニュースレターを知人に勧めて頂くのも,大歓迎です.
おすすめ書籍
西暦20XX年,有史以来初めての,しかし地球誕生以降,幾たびも繰り返されてきた“破局噴火”が日本に襲いかかる.噴火は霧島火山帯で始まり,南九州は壊滅,さらに噴煙は国境を越え北半球を覆う.日本は死の都となってしまうのか? 火山学者をも震撼,熱狂させたメフィスト賞,宮沢賢治賞奨励賞受賞作.
フィクションです.フィクションなのですが,何なのでしょう,このリアリティは.
物語は紀元79年のローマ帝国から始まります.そうです,ヴェスヴィオ火山です.筆者はまるでヴェスヴィオ噴火を体験して来たかのように語ります.この想像力が,いずれ来る日本の未来をリアルに描かせるのでしょう.
圧巻の内容でした.
個人的には,主人公の黒木准教授に滅茶苦茶感情移入しました.雑談の多すぎる授業,僕の好みです.
おすすめTEDxトーク
サステナビリティが盛んにささやかれるようになるずっと前から,建築家の坂 茂 は紙管や紙などの環境に優しい建材を使う実験を始めていました.彼の手による見事な建造物の多くは仮設住宅として,ハイチやルワンダ,そして日本などの被災地で全てを失った人々を救うために建てられました.しかし,こうした建造物が現地に溶け込み,当初の目的を果たした後も引き続き愛されているということがしばしば起きています.(TEDxTokyoにて収録)
明治期に日本に来た欧米人たちは,日本の家が木と紙で出来ていることに驚いたそうです.現代風に解釈すると,その安っぽさに驚いたと言うふうにとらわれがちですが,当時の欧米の紙の品質を考えると,実際に目にした人々はむしろ住宅に使えるほどの紙のクオリティに驚いたのかもしれません.
昨年末もツイッター上でアメリカ人同士がこんなやり取りをしていました.
「ジャパンではクリスマスにケンタッキーフライドチキンが人気て本当か?折角のクリスマスなのに,なんであんなものを食わないといけないんだ?」
「いや,日本のケンタッキーフライドチキンは我が国のよりもはるかに美味いぞ」
地震が多く,なおかつ紙の製造技術の高かった日本では,木と紙で高速に家を作ることが合理的な選択だったのでしょうね.日本発のアイディアとして,世界に選択肢を示した坂茂さんのトークを是非ご覧下さい.
坂茂さん,実はTEDxKobeのスピーカー仲間で,個人的にお話を伺ったこともあります.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はマシュマロで頂いたこちらのご質問から.
住んでみたい街や国はありますか?
ご質問ありがとうございます.
住んでみたい街は「学問の聖地」アレクサンドリアです.
国内だと長崎に憧れていたのですが,もう住んでいるので「住んでみたい」からは除外ですね.カプリ島を選んだローマ皇帝ティベリウスのように,完全にリモートで仕事が出来るのであれば,僕も島に長く住みたいです.そうですね,温泉のある島がいいなあ…
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

長崎は比較的地震の少ない地域なのですが,1991年に雲仙普賢岳が火砕流を起こしています.1993年にも火砕流を起こしており,その直後に車で近くを通ったことがあります.VEI 3 とされる,歴史上は「ありふれた」火山活動だったようですが,その光景は今でも目に焼き付いています.見渡す限りの街や森が,一瞬で鏡のような平地になるのです.これより大きい火山活動が起こったら,一体どうなるのだろうかと思います.
先週は共通テストの週だったため,通常とは内容を変えたエッセイをお届けしました.それがですね,ウェブでは冒頭しか読めないにも関わらず,通常の10倍ほどのページビューを稼いでいるのです.別にページビューを稼ぎたくてニュースレターを書いているわけではないのですが,10倍も違うと,ああ,僕は普段何をやっているのだろうとちょっと凹みます.アイザック・アシモフも「黒後家蜘蛛の会」を書いているときに,ストーリー構成よりも登場人物のちょっとした雑談のほうが読者にうけているとこぼしていました.アシモフですらそうなのですから,そんなものかもしれませんね.
今週はそんな感じで慌ただしかったのですが,YouTubeライブ番組「世界遺産の旅」は予定通りお送りしました.今回は「ベネチア」をテーマにお送りしましたので,よろしければご覧下さいね.
そうそう,ネット通販の「モノタロウ」でネジを買ったんですよ.50個入りで250円なのですが,送料が500円かかります.こういう買い物は他のものとまとめてしまえば相対的に送料が小さくなりますし,うまくすれば送料無料になるかもしれません.それは分かってはいるのですが…どうしても急ぎで欲しいときってありますよね.と言うわけで,送料より安いネジを購入しました.
しかもその翌日,今度は深圳の工場にプリント基板を発注したのですが,クーポンが使えて製造が0円だったんですよ.送料は2,000円かかりました.もちろん他の設計も一緒に製造依頼をかければ送料が相対的に小さくなるのですが…それは分かっていたのですが…致し方ありません.
逆に嬉しい誤算もありました.マルツという電子部品商社で納期4ヶ月だった部品が,なんと4日で納品されたんです.これは助かりました.
最近,と言ってもまだ3日目なのですが,ツイッターで朗読の練習をしています.今のところ,ギリシア・ローマの名言を毎朝ひとつ読んでいるのですが,短いのに難しいものですね.
と,こんな1週間を過ごしております.

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では,また来週,お目にかかりましょう.
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ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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