【第10号】火星の人

NASAの火星探査機「パーサヴィアランス」が着陸した火星はどんな天体?
金谷一朗(いち)
2021.02.26
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いちです,おはようございます.

先週(2021年2月18日),アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「パーサヴィアランス」が火星に着陸しました.2020年7月30日に打ち上げられた探査機で,人類には2年ぶりの訪問になります.火星探査機の歴史は1960年代にさかのぼり,これまでに50機近くが投入されていて,そのうち3分の1ほどが大きな成功を収めています.

火星探査機「パーサヴィアランス」想像図 NASA/JPL-Caltech
火星探査機「パーサヴィアランス」想像図 NASA/JPL-Caltech

惑星ひとめぐり

火星は長い間,そして今でも,人類を魅了し続けています.一体何が人を火星に惹きつけるのでしょうか.

ご存知の通り,火星は地球と同じく太陽の周りを回る惑星です.地球より内側を回る惑星を内惑星,地球より外側を回る惑星を外惑星と呼びます.また,地球のように硬い地面を持つ惑星を「地球型惑星」と呼び,木星や土星のようなガスから出来た惑星を「木星型惑星」と呼んで区別します.火星は硬い地面を持つので地球型惑星に区分されます.

地上から肉眼で見られる惑星は水星,金星,火星,木星,土星,そして非常にまれに天王星だけですが,天動説が信じられていた時代までは,これに太陽と月を加えた7個の天体(天王星を除く)が「惑星」にカウントされていました.これら7惑星は天球の恒星とは異なった運行の仕方をするため,また別格の太陽と月を除いても大変明るいため,ずっと人類を魅了してきたのでしょう.

これらの惑星のうち,木星は他のいかなる恒星よりも明るく,動きもゆっくりしているため,天界の支配者とみなされたのでしょう.木星は古代ギリシアでは大神「ゼウス」(ローマ名ユピテル)の惑星とされました.なお木星は暫くは観測しづらい時期が続きますが,今年6月になると真夜中に夜空に昇るようになります.6月の英語名ジューン(June)の語源である女神ユノー(Juno)は古代ローマの主神ユピテル,つまり古代ギリシアのゼウスの妻なので,こと2021年に関して言えば天空は夫婦円満といったところでしょうか.

土星の方はと言うと,ガリレオ・ガリレイが「土星の輪」を発見するまでは,7惑星の中で最も暗いためか,どちらかと言うと地味な印象でした.土星には農耕の神「クロノス」(ローマ名サトゥルヌス)が割り当てられていますが,ゼウスを始めとする他の惑星の神々と違い「オリュンポス十二神」には含まれていません.オリュンポス十二神とは,ギリシア最高峰のオリュンポス(オリンポス)山に住む最重要な神々のことです.

水星はどうでしょうか.水星は太陽にあまりにも近いため,日の出直前か日の入り直後の短時間しか見られる機会がありません.また数字の上ではとりわけ明るい惑星でもありません.ただし,そうは言っても日の入り直後などは他の星が見えませんから,実際に水星を見るとかなり明るい印象は受けます.すぐに見えなくなってしまう「忙しい」惑星なので,天界のビジネスマン「ヘルメス」(ローマ名メルクリウス)になったのですね.

そして金星.金星も水星と同じく内惑星なので,日の出前か日の入り後のわずかな時間しか見られません.ただし水星よりは太陽との距離があるため,しばらくは天に滞在してくれます.また太陽と月に次ぐ明るさを持ちます.日の出前なら「明けの明星」,日の入り後なら「宵の明星」と呼ばれますね.金星は文字通り金色に輝くためでしょうか,愛と美と性の女神「アプロディーテ」(ローマ名ウェヌス)の惑星とされています.金星は,今週の主人公「火星」と同じぐらい,人類を魅了してきました.これまで送り込まれた探査機の数も約40機と,火星に匹敵します.

さてお待ちかね,火星です.火星は外惑星なので,太陽とは無関係に動くように見えます.火星を際立たせているのはその色でしょう.金星が金色に輝くように,火星は火のように赤く輝きます.明るさも金星に次いで,木星と同じ地位を分け合っています.その赤さは「血」を想像させるのか,古代ギリシア人は軍神「アレス」(ローマ名マルス)を割り当てました.今でも英語で「赤い惑星」と言えば火星のことを指します.

ティコの観測

16世紀デンマークの天文学者で,月面のクレーターにも名前を残す「ティコ・ブラーエ」は,精緻に火星を観測した人でした.ティコの弟子であったヨハネス・ケプラーはこの観測結果からついに地動説を唱えるに至るのですが,ティコ自身は天動説を信じていました.ティコの観測によって,ティコの意思とは反対に,惑星は天界の神々の地位から地球と同じ「太陽を巡る星」という地位へと引っ張り出されたことになります.

ケプラーはティコの観測結果から,火星が楕円軌道を描くこと,そして地球と火星の距離が近づいたり離れたいるすることを予測可能なかたちで示しました.なお,惑星の運行法則を完全に解明したのは,ほぼ同時代の人でケプラーの良き理解者であったガリレオ・ガリレイ,後のアイザック・ニュートン,さらに後のアルベルト・アインシュタインの仕事です.

ティコは優れた観測者であったようで,1572年には偶然現れた超新星(通称「ティコの超新星」)の観測もしています.彼の観測が画期的だったのは,その超新星が月や他の惑星よりも「遠く」にあることを見つけたことです.これは「惑星から向こう側の世界は普遍」という当時の世界観に相入れないものでした.天動説を信じていたとはいえ,合理的な思考能力を持っていたのですね.超新星については本誌【第8号】でもご紹介していますので,ぜひご参考になさってください.

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残念ながら,ティコはあろうことか「おしっこを我慢しすぎて」亡くなったと言われています.1601年にプラハで開かれた宴席で,同席した貴族に気を遣ってトイレに立つことを我慢したことが原因と言われています.ティコの死因については水銀中毒も疑われていたのですが,2010年の遺体の「再」調査で否定されています.一時はケプラーによる毒殺説まで流されていましたが,師弟関係は良好だったようですね.なお1度目の遺体調査は1901年でした.

ティコは「望遠鏡を使わなかった最後の天文学者」と言われています.望遠鏡を初めて使った天文学者はもちろんガリレオで,人類で初めて望遠鏡を火星に向けたのもガリレオです.

火星人?

望遠鏡を使って火星を詳しく調べた人物がいます.19世紀アメリカの天文学者「パーシバル・ローウェル」です.彼はアリゾナ州フラッグスタッフ市の「火星ヶ丘」に「ローウェル天文台」を建設して,火星の観測を行いました.このローウェル天文台は2011年に米国誌「タイム」(TIME)によって「世界の重要施設100選」に選ばれています.

1896に火星ヶ丘に設置されたローウェルの望遠鏡は「61cm屈折式」という,現代から見ても十分な性能を持つものでした.例えば1972年に日本の飛騨天文台に設置された「65cm屈折式」は当時「東洋一」と言われたそうです.もしローウェルが「先入観」に囚われていなければ,彼は精緻かつ正確な火星地図を残したに違いありません.

ここで「精緻」なことと「正確」なことは意味が異なることを思い出しておきましょう.どれだけ精緻に描き込まれた地図であっても,それが現実を反映していなければ正確とは言えません.

ローウェルが描いた地図はまさにこれで,精緻ではあったのですが,正確ではなかったのです.

ローウェルが描いた火星マップ(1895)
ローウェルが描いた火星マップ(1895)

彼は望遠鏡を通して,火星の「運河」を見ました.河川ではありません.運河です.そしてローウェルは,この運河が「火星人」によって建設されたものだと主張しました.その後の観測(これはまさに火星ヶ丘からの観測も含みます)によって,そして火星探査機による調査によって徹底的に,ローウェルの見た運河は存在しないことが示されています.しかし,ローウェルは生涯「運河が見える」と主張し続けました.

ローウェルが先入観を持って火星を観察したのは明らかなのですが,なぜその先入観を持ったかについてはいくつかの説があるようです.最有力なのは,1877年にイタリア人天文学者ジョバンニ・スキアパレッリが「火星に網目状の長い線」があると見つけたことです.彼はこれを「溝」を意味するイタリア語canaliと呼んだのですが,これが英訳された時にcanalsつまり「運河」になってしまいました.ローウェルはこの英訳を読んだというのです.また時代的にも,ローウェルの活躍した19世紀後半は世界的な(地球の)運河建設期でした.

「火星の運河」の教訓は,僕のようなアマチュア天文家の間でも繰り返し語られています.「何かを見たい」と思って物事を見るなと.古代ローマの天才,ユリウス・カエサルはかつて「人間ならば誰にでも,現実の全てが見えるわけではない.多くの人たちは,見たいと欲する現実しか見ていない」と語ったそうです.カエサルは大局的なものの見方について語ったのでしょうが,このような「観測」にも現れてしまう人間の性なのでしょうね.

2016年に「ナショナル・ジオグラフィック」誌が「火星地図の200年の歴史」と題した記事を紹介しています.スキアパレッリ,ローウェルの火星地図も紹介されています.

natgeo.nikkeibp.co.jp

火星の生命

ローウェルによる「火星の運河」は火星観測によって否定されていますが,火星に液体の水があること(あったこと),火星に生命がいること(いたこと)は否定されていません.それどころか,火星の水,火星の生命を示唆する状況証拠が無くはないのです.その確証に近づくために,探査機「パーサヴィアランス」は今まさに火星表面に降り立っているのです.

一体,どんな状況証拠がこれまでに見つかっているのでしょうか.

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