暦(こよみ)の話【第103号】
【140字まとめ】紀元前7世紀から前6世紀にかけての新バビロニア天文学者たちは月食や日食を正確に予測できたといいます.そんな天文学者たちが使っていたのは「サロス」という周期でした.あらゆる天文現象が1サロスごとに繰り返されるのです.このサロスを読み解くと,天文学者たちと暦との死闘が見えてきます.
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いちです,おはようございます.
今週の月食はご覧になりましたでしょうか?

月食(筆者撮影)
僕は数年前から,五島列島でこの月食を見たいなあと思っていたのですが,仕事が立て込んでしまって,近くの海辺で月を見上げました.月食の日は必然的に大潮になるのですが,偶然にも満潮とも重なっていて,気分が盛り上がりました.
現代でこそ,数年から数十年先にいつ月食が起こるか予測できても不思議ではない感じがしますが,実は人類は紀元前7世紀から前6世紀には月食の予測ができていたようです.
この号ではそんな「暦(こよみ)」の話題をお届けいたします.
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《目次》
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カルデア人からギリシア人へと受け継がれた「サロス周期」
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旧暦で生きるということ
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カエサル氏のビジネス
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2033年問題(ただし旧暦)
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし

カルデア人からギリシア人へと受け継がれた「サロス周期」
メソポタミア南東部の地域「カルデア(Chaldea)」,現在のイラク南部に紀元前10世紀ごろから住み着いた「カルデア人」たちは,天文学と占星術に優れていたそうです.カルデア人たちは「新バビロニア天文学」と呼ばれる天文学を作り出し,なんと日食と月食の正確な予測を可能にしていたようです.

カルデアの位置
カルデア人たちが発見したのは,223「朔望月(さくぼうげつ)」ごとに,太陽,地球,月が同じ配置になるということです.朔望月とは月の満ち欠けの1周期のことで,およそ29.5日になります.そのため,日本で使われていた天保暦でも29日の「小の月」と,30日の「大の月」を交互に繰り返すことで,暦上の一ヶ月と朔望月が大体一致するようにしていたわけですね.
それはさておき,この223朔望月をもって「1サロス」と呼びます.1サロスは約18年と10日(閏年の配置によっては11日)と8時間になります.18年と少しで,太陽,地球,月の関係がリセットされるわけですね.ということは,ある日に月食があったとすると,そのおよそ18年後,正確には1サロス後に同じような月食が起こるということです.
カルデア人たちはこの法則を利用して,月食や日食を予想していたようで,その知恵は後のギリシアの天文学者たち,紀元前2世紀のヒッパルコスや2世紀のクラウディオス・プトレマイオス(英語の通称トレミー)らに受け継がれました.ヒッパルコスは「1等星」から「6等星」まで星の等級わけをした人,トレミーは「アルマゲスト」という人類史上もっとも長く読まれた天文学の書を書いた人です.また二人が決定した「星座」は現在に至るまで使われています.
昔の人たちも,相当に頭が良いですね.僕の好きな「マーフィの法則」のひとつに
コールの公理:地球上の知能の総和は一定である.ただし人口は増加している.
(Cole's Axiom: The sum of the intelligence on the planet is a constant; the population is growing.)
というものがあります.なんか頷けるかも……
旧暦に生きるということ
我々の生活に直接関係する天文現象はおおよそみっつと見て良いでしょう.太陽が地球を見かけ上1周する時間を「1日」と呼び,月が地球をだいたい1周することを「1月(ひとつき)」と呼び,地球が太陽を1周する時間を「1年」と呼びます.なので,生活に直接関係する天文現象といえば,地球の自転,月の公転,地球の公転のみっつということになりましょう.
問題は,そのみっつがどうにも「割り切れない」関係にあることです.なんだかややこしい三角関係のようですね.
我々は毎日,似たような時刻に眠ったりご飯を食べたりするので,まず1日という単位は捨てられません.というわけで「1日」は暦の基本単位として採用しましょう.
しかし,暦の単位が「日」しかなければ不便です.このメールをお届けしている2022年11月11日は2000年1月1日から数えて8350日目にあたりますが,誰も「今日は新暦8350日か」とは言いたくないのです.
そこでより大きな単位としての「月」と「年」のいずれか,あるいは両方が必要になります.とりわけ,我々が服を選んだり,作物を育てたりという日々の生活に直接影響する「季節」はきっちり1年ごとに巡ってきますから,暦は「日」と「年」を基準に組み立てれば良さそうです.
……と,ほとんどの方は思われるでしょう.
しかしですね,僕は海辺で暮らすようになってから気づいたんですよ.海の民にとっては,潮の大小と一致する朔望月のほうが便利だと.つまりは「日」と「月」を基準に選んだほうが生活の上では便利なのですね.このように朔望月を基準に選んだ暦を「太陰暦」と呼びます.1朔望月はおよそ29.5日と整数ではないので,太陰暦では29日の「小の月」と30日の「大の月」を混ぜて,半日のずれを緩和します.
太陰暦ではいつも月初めが新月,15日が満月と決まりますから,海辺でなくとも街明かりのない地域では便利だったでしょう.赤穂浪士が吉良邸討ち入りを果たしたのが12月14日ですから,その夜は満月が昇っていたとわかります.それに,新月と満月の日は「大潮」ですから,毎月1日,15日前後は,人間はうんと内陸側に引っ込まねばなりません.
僕もGoogleカレンダーに日本の旧暦を表示するようにしてから,少し生活が便利になりました.
このように,とくに海の民にとっては太陰暦は便利なのですが,平均的な1年の長さは12.368朔望月なので,毎年0.4か月ほど季節がずれていってしまいます.日本では「二十四節気七十二候」を併用することで,暦と季節のずれを「運用でカバー」する技術がありましたが,ずれが大きくなると「閏月」を挿入して調整することも行われました.このように太陰暦を修正した暦は「太陰太陽暦」と言います.
日本では1852年(明治5年)まで太陰太陽暦である「天保暦」が使われていました.それゆえ,太陰太陽暦のことを「旧暦」とも言います.
カエサル氏のビジネス
一方,「月」にあわせると不便だから,やっぱり「日」と「年」を基準に生きていこうという考え方も当然あります.こちらは「太陽暦」と呼んで,潮よりも季節のほうが重要だった古代エジプトや古代ローマでは早くも導入されています.
太陽暦を導入しても,小さなずれが残ります.1年は365日ということになっていますが,地球が太陽の周りを1周する時間は,本当はは365.2422日程度なんです.365日だと少し足りないのです.
現在の我々が使っている暦は,太陽暦の一種で「グレゴリオ暦」と言います.グレゴリオ暦は1582年10月15日からヨーロッパの一部で使用が始まり,西洋を中心に徐々に広まっていきました.グレゴリオ暦は1年の長さをきっかり365.2425日と定めています.この値は,地球が太陽の周りを一周する時間と平均して0.0001パーセント未満の誤差しかありません.なお日本の太陰太陽暦である天保暦では1年の長さを365.24223日と割り出しており,誤差がグレゴリオ暦よりもさらに1桁良い値を使っていました.
天保暦を考えたのは日本の天文学者,江戸幕府天文方の渋川景佑(しぶかわかげすけ)です.こういう人物が過去にいたことを考えると「コールの公理」もあながち外れてはいないかなと思ってしまいますよね.
グレゴリオ暦導入前のヨーロッパでは,ユリウス暦という暦が使われていました.ユリウス暦はもちろん,ローマの政治家であり軍人であり,文筆家であったガイウス・ユリウス・カエサルが導入したものです.導入は紀元前45年のことでした.このユリウス暦も太陽暦です.
政治家としても天才,軍人としても天才,文筆家としても天才だったユリウス・カエサルですが,暦まで作っていたのですね.底知れぬ天才とはいるものです.ちなみに,僕が彼の発明のなかでもっとも好きなのは「100円借りたら貸した方が偉そうできるが,100万円借りれば借りた方が偉そうできる」というビジネスセンスです.僕はこれを「締切を1日過ぎれば編集者が偉そうにするが,10日過ぎれば執筆者が偉そうにする」法則として応用しています.
話がそれました.
ロシア正教会はユリウス暦を採用し続けており,ユリウス暦12月25日の「キリスト降誕祭」を,グレゴリオ暦で同じ日の1月7日に実施しています.
このように,世界の暦は一種類ではないのですね.
2033年問題(ただし旧暦)
日本政府はグレゴリオ暦を唯一の暦として採用しているのですが,神事のために旧暦の一部使用を黙認しており,官報に旧暦の計算方法が毎年掲載されています.なぜ毎年掲載するかというと,季節のずれを調整するための「閏月」を数年に一度入れなければならないからです.この計算は国立天文台が行なっています.
天保暦は,将来にわたって「閏月」を入れるタイミングを決めていましたが,これが2033年には「どこに閏月を挿入したらよいかわからない」問題が生じてしまいます.
前世紀の「2000年問題」と同じく「いやあ,このシステム,そんなに長く使わないだろうからヨシ!」と思っていたのかもしれません.
2033年問題はまだ解決していませんが,旧暦で生活していると,いま何月かというより,いま何日かのほうがよほど重要なので,急いで解決しなくても良いのかもしれません.
今週の書籍

Amazon
天文ファンのスケジュール管理に徹した手帳.「毎月の星空」には,毎月15日の星空,日の出入り,天文薄明,月の出入りなど「暗夜」の時間帯がわかる図を表示.その月の天文現象からのピックアップ解説,ガリレオ衛星の動きや,月ごとのカレンダーも掲載した.週単位の「天文カレンダー」には,毎日の月齢,日の出入り時刻,月の出入り時刻などに加え,その日に起こる主な天文現象を表示.「天文資料」には,その年の日月食,星食,惑星の動きなどの他に,簡易星図,主な星雲星団一覧など,スターウォッチングに便利な各種データを備えた.見返しには小型星座早見盤が付いて,当日の星空が一目でわかる.
もし紙の手帳をお使いなら,来年は「天文手帳」も併用してみてはどうでしょうか.サイズが野帳と同じなので便利ですよ.
今週のTEDトーク
地球と月は一卵性双生児のようなもので全く同じ物質構成でできています.このようなことは他の天体では見られないことなので,とても奇妙です.何によってこのような特別なつながりが生まれたのか? その答えを探す過程で,惑星科学者であり,マッカーサー基金の「天才」賞受賞者であるサラ・T・ステュワートは新種の天体である「シネスティア」と,月の起源のミステリーを解明する方法を発見しました.
11月8日の夜は幸い綺麗に晴れたので,僕は月食を肉眼で見ていましたが,YouTubeでもいくつかの天文台が生中継をしていたようです.そんな中継のひとつで,天文学者が月の成り立ちを喋っていたものもあったようです.
月って不思議ですよね.
あれだけ巨大な天体が,地球のすぐそばにいるなんて,他の惑星では考えられない,かなり珍しい現象です.
というわけで,月の起源に関するTEDトークをご紹介させていただきました.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらのご質問から.
「2001年宇宙の旅」に出てくる謎の物体「モノリス」はなんだったのですか?

2001年宇宙の旅
モノリスとはiPhoneのことです.
またいい加減なことを……と思わずに,聞いてくださいませ.
2001年宇宙の旅 (2001: A Space Odyssey) は映画監督スタンリー・キューブリックと小説家アーサー・C・クラークによって共同制作されました.キューブリックは映画を,クラークは小説を作り,スタートは同じだったものの途中から枝分かれします.たとえば映画版は目的地が木星ですが,小説版は土星になっています.
とは言え,モノリスに関するアイディアは共有されており,最初のモノリス(TMA0)はヒトザルを人類へと進化させます.月面で発見されたモノリス(TMA1)は木星(土星)に向かって通信をします.木星(土星)のモノリス(TMA2)はスターゲートを開き,ボーマン船長に新しい世界を見せます.
クラークは「2001年」の続編として2010年宇宙の旅 (2010: Odyssay Two) を書きます.そこではモノリスがモノリスを生産して,木星を恒星ルシファーへと変化させます.また元木星の衛星エウロパの生命の進化を助けます.
「2010年」の続編2061年宇宙の旅 (2061: Odyssay Three) ではモノリスがフロイド博士の精神を複製し,物理的なインタフェースを通して人間と会話します.
最後の3001年終局への旅 (3001: The Final Odyssay) ではモノリスが人類を滅ぼしにかかります.そして,この小説の中でモノリスの正体がはっきりと示されます.
お気づきになったでしょうか.モノリスはヒトザルを人類へと進化させます.これはiPhoneが人類を次のステップへと変化させたことを彷彿とさせます.(逆に人類をヒトザルへと退化させた可能性も若干ありますが,それには目を瞑りましょう.)
モノリスには通信機能があります.これはiPhoneと同様です.
モノリスにはブラウザ機能があり,モノリスを通して未知の世界を見たり疑似体験したりできます.これもiPhoneと同様です.
モノリスはフォン・ノイマン・マシンのように自分自身を生産できます.まだiPhoneにはそのようなことはできませんが,近い将来にiPhoneによってiPhone工場をコントロールできるようになるでしょう.
またモノリスは人間と会話ができます.まるでSiriのようです.
そしてクラークはモノリスがチューリング完全であることを明かします.
やっぱりiPhoneだと思いませんか?
ぜひ小説で確認してください.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
昨日の11月10日はユネスコの「平和と開発のための世界科学デー」であり「科学系ポッドキャストの日」でした.僕もポッドキャストの人気番組「サイエントーク」のレンさんの企画「ポッドキャストで聴く発明の話」に乗っからせていただき,11月10日が「エレベーターの日」でもあることからエレベーターの発明についてお届けしました.

レン 科学のポッドキャスト
今月も無事,アップルの「科学系ポッドキャスト」特集に選ばれたのですが,他に選ばれたポッドキャストのレベルが高すぎて,ほんと,これで良かったのだろうかと凹む日々です.
今週のはじめは法事で大阪に帰ったのですが,月曜日の授業に間に合わなくなったため,やむなく大阪城で授業動画を収録しました.その後「ご挨拶動画」も撮りましたので,どんな絵柄か興味があるかたはチェックしてみてください.
また木曜日にはmish.tvというスタートアップ企業さんのファウンダーとお話をさせていただきました.STEAM NEWSから,音声版に次ぐ新しいプロジェクトを始められそうで,わくわくしています.
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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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Cover Photo by Estée Janssens on Unsplash
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