止まらない「スペースX」の挑戦【第51号】
【140字まとめ】実業家でありエンジニアであるイーロン・マスクが率いる「テスラ」「スペースX」の快進撃が止まりません.彼のエンジニアリングを注意深く見ると「しょぼいハードウェアをソフトウェアで叩く」というニンテンドー哲学が見て取れます.
いちです,おはようございます.
今年の9月15日,アメリカの航空宇宙メーカー・宇宙輸送サービス会社である「スペースX」(SpaceX)が,史上初となる「民間人だけの宇宙飛行」を実現しました.そのドキュメンタリーがほぼリアルタイムでネットフリックス(Netflix)で配信されていましたので,ご覧になった方もいらっしゃるでしょう.
そして今週もまたスペースXがロケットを打ち上げました.今度は,小惑星に宇宙機を衝突させてその軌道を変えるためです.この小惑星は地球へ突入する心配のないものですが,アメリカ航空宇宙局(NASA)によって,将来小惑星の軌道を変える必要が生じた場合の演習対象として選ばれました.
今週はそんなスペースXの最近の取り組みについて,お話ししていきます.最後にスペースXが取り組んでいる「火星・月への旅行」についてもお話ししますね.
《目次》
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民間人だけの宇宙飛行
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翼の代わりに燃料を〜スペースXの「安さの秘密」
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「しょぼいハードウェアをいけてるソフトウェアでたたく」イーロン・マスクの信念
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映画「アルマゲドン」の実現へ
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月と火星へのミッションに使われるスペースXのロケット
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おすすめ映画「ディープ・インパクト」
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おすすめTEDトーク「火星に移住する子供達が生き抜く方法」
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Q&A
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一伍一什のはなし
民間人だけの宇宙飛行
宇宙へ行くのは宇宙飛行士です.世界初の宇宙飛行士はロシア人で,彼はロシア語で「コスモノート」と呼ばれました.英語のアストロノートと同じ意味ですね.
コスモノートもアストロノートも,宇宙を飛行するために特別に訓練された人のことを指します.かつては搭乗科学技術者(ペイロード・スペシャリスト)という,宇宙飛行士の資格を持たない乗組員がスペースシャトルに搭乗していた時期がありましたが,NASAは搭乗科学技術者の制度を2003年に廃止しています.

Image courtesy of SpaceX
そんな中,スペースXが「インスピレーション4」(Inspiration4)というミッションで,史上初めて「民間人だけ」を宇宙へ送り込むことに成功しました.今年(2021年)の9月15日のことです.搭乗したのは,起業家・エンジニアのジャレッド・アイザックマン(Jared Isaacman),医療助手のヘイリー・アルセノー(Hayley Arceneaux),地学教授・科学ジャーナリストのシアン・プロクター(Sian Proctor),元兵士・航空エンジニアのクリストファー・センブロスキー(Christopher Sembroski)でした.
彼ら彼女らの事前訓練の様子はネットリックスのオリジナル番組「宇宙へのカウントダウン〜ミッション・インスピレーション4」で見られます.乗組員ひとりひとりのインタビューから始まるのですが「あなたはハリウッド映画の主役ですか?」と聞きたくなるようなドラマチックな人生の持ち主ばかりで,それでいて人間くさくて,一気に引き込まれました.
このミッションの驚くべき点は,まだ誰も,本当の宇宙飛行士さえも,経験していないことを試していることです.乗組員のひとりアルセノーは10代の時に骨肉腫を克服していて,彼女の左の大腿骨はチタン製の人工骨になっています.人工器官を埋め込んだ人が宇宙へ行くのは史上初のことです.

Image courtesy of SpaceX
彼ら彼女らが乗り組んだ宇宙船「クルードラゴン・レジリエンス」の先端はアクリル製の透明なドームに付け替えられ,宇宙滞在中には360度の視界を提供できるようになりました.これもまた史上初の試みでした.
翼の代わりに燃料を〜スペースXの「安さの秘密」
「インスピレーション4」ミッションの宇宙船を打ち上げたのが,スペースXのロケット「ファルコン9」です.中型に分類されるロケットなのですが,その特徴はとにかく安いこと.中型ロケットの打ち上げ価格が100億円を超える中,ファルコン9はおよそ66億円で打ち上げられます.

ファルコン9の「安さの秘密」は,従来のロケットと違って「使い捨て」にしないことです.

海上に帰ってくるファルコン9ロケット
ファルコン9は2段ロケットなのですが,その1段目は少し多めに燃料を積んでいて,2段目を切り離した後,残りの燃料を使って海上へ安全に戻ってきます.
このように宇宙船の一部を再利用可能にしようというアイディアは古くからあります.NASAのスペースシャトルはその最初のもので,宇宙では不要な「翼」がわざわざ宇宙船についていました.この翼を用いて大気圏内で減速し,滑空して飛行場に帰ってきていたのですね.
ただ翼は大きく重いだけで無く,故障や事故の原因にもなります.スペースXは翼を宇宙へ持って行く代わりに,余分な燃料を一緒に打ち上げておいて,ロケットが帰還するときに使うようにしました.
このようなことが可能になった背景には,スペースXを率いるイーロン・マスクのある「信念」があります.
「しょぼいハードウェアをいけてるソフトウェアで叩く」イーロン・マスクの信念
イーロン・マスクは「安い」ロケットエンジンを探していました.当初はロシアから買おうとしたようですが,結局,アメリカ国内にあった自動車部品メーカーTRWのロケットエンジン部門からエンジニアを引き抜いて自社設計します.TRWのロケットエンジンは惑星探査機に使われるなどして,小規模ながら信頼性が高いことで有名でした.このようにして出来たのが「マーリン」というロケットエンジンです.
マーリンはNASAがかつて使った大型ロケットのエンジンに比べると,かなり小さなものです.例えば「アポロ計画」で使われた「F-1エンジン」は6,800キロニュートン(kN)の出力を持ちます.一方マーリンは840キロニュートン(kN)の出力です.
ファルコン9はこのマーリンを9基「束ねて」使っています.アポロ計画で使われた「サターンV」ロケットもF-1エンジンを5基束ねてはいるのですが,ファルコン9はこの「束ね方」が違うのです.エンジンというものは,どのように細かくチューニングしても,どうしても個体差というものが出てきます.アポロ計画の時代では,それぞれのエンジンが出来るだけ均質になるように職人技でチューニングをしていました.それでも5基を束ねるのが限界でした.
一方のファルコン9は名前の通り9基を束ねています.
ここで,同じくイーロン・マスクが率いる電気自動車メーカ「テスラ」の設計を見てみましょう.
テスラ最初の電気自動車である「ロードスター」は,18650規格と呼ばれるノートパソコン向けのリチウムイオン電池を6,831個搭載しました.電気自動車用に専用設計された電池よりも格段に安いからです.電池は69個単位で「積み木(brick)」と呼ばれる単位にされ,それぞれの温度や出力がソフトウェアによって細かく管理されます.
このように,安く大量に手に入るハードウェアを束ねて,ソフトウェアによって細かく管理することで「安く」「速く」「十分に高品質な」製品を作り出すところが,イーロン・マスクの最も得意とするところなのです.
そう,ファルコン9の設計も,その精神においてはテスラ・ロードスターと同じなのです.ファルコン9に搭載されたマーリン・エンジンは,ソフトウェアによって細かく制御され,個々には多少不揃いでも全体としてはうまく協調して働きます.地上へと帰ってくるときには一度止めたエンジンを再点火するのですが,それも計算済みです.個体差や「その日の調子」が変わってしまっても,自律的に「なんとかする」機能が組み込まれているのです.
ところで,この「しょぼいハードウェアをいけてるソフトウェアで叩いて使う」方法はどこかで見たことがありませんか?
アメリカでは「ニンテンドー」日本では「ファミコン」と呼ばれたゲーム機がそうですよね.ハードウェアは「しょんぼり」だけれども,その上で動くソフトウェアが特別だったんです(*).
(*スティーブ・ウォズニアックが設計した「Apple II」のほうが元祖ではあるのですが,累計出荷台数が Apple II は500万台,ファミコンは6,000万台のため「しょぼハード」の代表としてファミコンを選びました.)
映画「アルマゲドン」の実現へ
話は変わるのですが,太陽系には無数の小惑星があります.そのほとんどは火星と木星の間にありますが,地球近辺にも多数います.約6,550万年前にユカタン半島に落ちた小惑星は,大型の恐竜を全滅させました.
1908年6月30日,ロシアに小惑星が落下し大爆発が起こりました.これがもし1945年あるいはそれ以降だったなら,核爆弾の使用が真っ先に疑われただろうという爆発でした.なにせ,きのこ雲が数百キロメートル先から見えたそうですから.

2013年チェリャビンスク州の隕石落下 (Uragan. TT, CC BY-SA 3.0)
2013年2月15日,再びロシアに小惑星(隕石)が落下し,人的被害が出ました.
このように小惑星が地球に衝突すると大きな災害になるため,NASAをはじめいくつかの組織が地球近辺の小惑星を監視しています.日本の「美星スペースガードセンター」もそのひとつです.
さて,いよいよ地球にぶつかりそうだという小惑星を見つけたとして,どうしたらいいのでしょうか.映画「アルマゲドン」ではブルース・ウィリス演じる「カウボーイ」たちが小惑星に降り立ち,核爆弾で小惑星の軌道を変えます.
無人宇宙探査機の小惑星への着陸は2005年の「はやぶさ」によるイトカワ着陸,2019年の「はやぶさ2」によるリュウグウ着陸,2020年の「オサイリス(オシリス)・レックス」によるベンヌ着陸と3例しかなく,非常に難しいミッションなのですが,それに近いことがNASAとジョンズホプキンズ大学によって進められています.

DARTのイメージ
DARTと名付けられた,重さ500キログラムの宇宙探査機を,小惑星「ディモーフォス」に衝突させて軌道を変えようというのです.
1996年,小惑星探査プロジェクト「スペースウォッチ」のメンバーによって「ディディモス」という小惑星が発見されました.2003年,チェコの天文台によって,ディディモスには付随する衛星があることが発見されました.当初は「ディディモスの月」であることから「ディディムーン」とも呼ばれていましたが,2020年にギリシア語のディモーフォスという名前が与えられました.
小惑星ディモーフォスは直径が160メートル程度と見積もられています.ツングースカ大爆発の小惑星の直径が50から60メートルとみられていますから,ディモーフォスの軌道を変えることが出来れば,人類にとって大きな前進になります.
今週の水曜日(2021年11月24日)宇宙探査機DARTは打ち上げられました.これは人類初の「宇宙防衛」ミッションで,予定通り行けば2022年9月にDARTとディモーフォスが衝突します.

ファルコン9によるDARTの打ち上げ
打ち上げに使われたロケットは,スペースXのファルコン9です.
月と火星へのミッションに使われるスペースXのロケット
スペースXは,ファルコン9をさらに3本束ねた「ファルコン・ヘビー」を開発しています.3本のうち中央の1本は大幅な修正が必要だったようですが,それでも「ありもの」をソフトウェア制御で「どうにかする」方針で初打ち上げにこぎ着けています.この打ち上げではテスラ・ロードスターが宇宙へと送られ,1段目は全て回収に成功しています.(初出時には「両サイドの2本」としていました.訂正いたします.)

ファルコン・ヘビーによって打ち上げられたテスラ・ロードスター
イーロン・マスクの最初の計画ではファルコン・ヘビーで火星を目指したようなのですが,現在は代わりに「スペースシップ」という宇宙船を設計しています.こちらは1段目に新開発の「ラプター」エンジンを33基使っています.ラプターエンジンの出力はF-1の半分程度の3,000キロニュートンに達しています.
2018年9月,スペースXは民間初の月周回旅行を発表しました.使用する宇宙船はスターシップです.この月周回旅行を契約したのは日本の前澤友作で,数人のアーティストを招待するそうです.彼はまた,今年(2021年)の12月8日にロシアの宇宙船「ソユーズ」で国際宇宙ステーション(ISS)へと向かうことも決まっています.どんな絵を見せてくれるのか,今から楽しみですね.
2021年4月,スターシップはNASAによって人類を月に再び着陸させるための宇宙船にも選ばれました.
おすすめ映画

Deep Impact (Paramount Pictures, 1998)
もしも,数日のうちに地球に巨大彗星が衝突し,全人類が絶滅するかもしれないと知ったら,あなたはどうするだろうか? “地球は今,身震いするほど恐ろしく,目を見張るほど衝撃的な滅亡へのカウントダウンに入った”
本文中では映画「アルマゲドン」をご紹介しましたが,同時期,同テーマの映画ながら個人的にはこちらの作品のほうがおすすめです.巨大彗星の発見,政府の対策,宇宙空間での活動の描画などに説得力があるからです.一方で,ドラマとしての面白さは若干欠けていたかもしれません.
おすすめTEDトーク

TED
SFのように聞こえるかもしれませんが,ジャーナリストのスティーブン・ペトラネックは20年以内に人類は火星に住むようになると考えています.この刺激的な講演で,ペトラネックは人類が宇宙に広がる種になることを示し,火星を第2の故郷に変える方法の興味深い詳細を語ります.彼は言います.「地球に何が起ころうと人類は生き続けるでしょう.我々が最後の人類になることはありません」
このTEDトークでは,火星を人類が住める環境にする方法,すなわち「テラフォーミング」を紹介しています.本当にそんなことが可能なのでしょうか.トークを聞くと,火星に大量にあるドライアイスの氷を使えば,何とかなりそうなのです.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらのご質問から:
最近のマイブームは?
ポッドキャストにはまっています.毎日聞いているのは「コテンラジオ」と「ビジネスウォーズ」(英語版)です.ビジネスウォーズのほうは一部日本語化されています.このニュースレターの「カリコー・カタリン博士の信念の戦い【第38号】」でもご紹介しましたが,とてもよく出来たポッドキャストです.
このニュースレターも音声版をお届けしていますので,是非チェックしてみてくださいね.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

先週金曜日は月食がありましたね.僕は海際でずっと月食を見ていました.
だいぶ以前のことですが,ハワイで月食を見たことがあります.やはりビーチで寝転がって月食を見ました.海の月と言えば「海月(くらげ)」ですが,僕も月食に見とれて海に落ちそうになりました.落ちたら海月になるのでしょうか.
週末は推薦入試と学会発表と,エンジニアとして参加させていただいている作品の施設がありました.そうそう,前回参加させていただいた作品の映像がYouTubeに上がっていましたのでご紹介しますね.
今回の作品も映像になり次第,ご紹介させていただきます.
月曜日には,開催のお手伝いをさせていただいている Dialogue for Global Innovation (グローバル・イノベーションのための対話)というシンポジウムにオンライン参加したあと「タイムマシン国際会議」にもオンライン参加しました.タイムマシン国際会議も至って生真面目な会議で,世界遺産に関するものです.
あと,今週は祝日を利用してYouTube動画を撮影させていただいたのですが,なんと没にしてしまいました.動画の中で「今週はこんなニュースレターを書きますよ」とお話していたのですが,その後予定変更してニュースレターを全面的に書き直したからです.
まだまだ試行錯誤は続きますが,どうぞお付き合いください.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
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