腐らせない技術【第155号】
2️⃣人類は食料を腐らせない技術をいくつも開発してきました
3️⃣古代エジプト人は人間を腐らせない方法を発明しました
いちです,おはようございます.
急に寒くなりましたね.僕は急な天候変化に対応できず,1日半ほど寝込んでしまいました.皆様もどうぞお気をつけください.
さて,僕のようなSNS中毒患者が寝込みに何をするかというと,もちろんX(旧ツイッター)です.で,現実の食中毒事件がXを中心としたSNSで騒がれているのを今週は見ていました.

そう言えばですね,僕も中学生のときに部活動の合宿で,見送りに来てくれた先輩からシュークリームを貰ったことがあったんですよね.大変美味しかったです.合宿から戻って「ブルーベリーのクリームがとても美味しかったです」とお礼を伝えたところ「あたし,ブルーベリー入れてないよ」と言われたことがありました.青春の味覚だったのかもしれません.
というわけで,今週はエジプト考古学にも関係する「防腐」技術について,短くお話したいと思います.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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「腐る」てなんだっけ?
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食料を腐らせない技術
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ミイラを腐らせない技術
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
(Cover Photo by Barbara Chowaniec on Unsplash)
「腐る」てなんだっけ?
食料が「腐る」あるいは「腐敗する」とは,食べられない方向へ変質することを言います.主にバクテリア(細菌)やカビといった微生物によって引き起こされますが,酵素による腐敗も知られています.同じメカニズムでも人間にとって有用な場合は腐敗ではなく発酵と呼びます.たとえば納豆は「発酵させた大豆」(fermented soybeans)であって「腐った大豆」(rotten soybeans)ではありません.
食料がそのままの状態を維持するか,あるいはうまく発酵してくれれば人間にとっては有り難いのですが,自然界はそのようにはできていません.ほとんどの場合,食料は腐ります.微生物にとっても食料は食料なので,あれば食べちゃうわけですね.
そのために人類は長い時間をかけて,食料を保存する「アート」つまり技術を生み出してきたのです.
食料を腐らせない技術

食料を腐らせない技術は,牧畜や農耕の起源と同じくおよそ1万2,000年前から始まると考えられています.この頃の保存手段は,とにかく食料を乾燥させることでした.現代でも乾物はひろく食べられていますから,息の長い保存方法なのですね.乾燥方法は天日干しのほか,煙で燻す方法も当初から存在したと考えられています.逆に現代になってから発明された乾燥方法としてはフリーズドライが挙げられます.フリーズドライは,日本では1970年代から普及しました.僕もよくお世話になっています.
食料を乾燥させると,食料中の「水分活性」が低下します.水分活性とは,食料のなかで微生物が利用できる水分の割合です.この水分活性を下げる方法として,乾燥以外にも食料を塩漬けや砂糖漬けにする方法があります.イギリスの「パウンドケーキ」は小麦粉1ポンド,バター1ポンド,砂糖1ポンド,玉子1ポンドで作るからパウンド(ポンド)ケーキなのですが,総重量の1/4に達する砂糖は保存のためでもあるのですね.
人類は絶え間なく食料保存の方法を考え続けています.水分活性を下げる方法以外に,微生物や酵素が使う酸素をあらかじめ奪ってしまう方法や,微生物が働きにくい状況を作る方法,また微生物を殺菌して,かつ新規に付着しにくくする方法が使われています.殺菌方法も沸騰によるものだけでなく,細菌学者ルイ・パスツールが発明した低温殺菌法や,近年では電磁波を浴びせる方法もとられています.
1834年の電気冷蔵庫の発明は食料の安全な保存期間を飛躍的に伸ばしましたが,1875年の「安息香酸」による抗菌作用の発見も同じぐらい食料の安全な保存に寄与しています.後者は食料の保存料として使われることになります.
「保存料は身体に悪い」という運動を見かけることもありますが,保存料を使わずに腐敗させてしまっては本末転倒です.保存料は食中毒の原因菌の増殖を抑える効果もあります.また,食中毒の原因菌だけが増えてしまった場合は無味無臭であることが多いため「腐ってないから安心」と思い込むことも危険です.
ミイラを腐らせない技術
微生物から見たら,大豆も人間も「ご飯」であることに変わりはありません.抵抗しない限り食べる,つまり腐らせる対象です.
古代エジプト人たちは死後の復活を信じていました.そこで,遺体が腐ってしまうことを避けたいと願うようになりました.このようにしてミイラづくりが始まりました.
人間も食料も腐らせない方法は同じです.水分活性を下げれば良いのです.古代エジプト人たちは,人間の中でも腐りやすい脳や臓器を取り除いて,腹部には没薬樹(もつやくじゅ)の樹脂「ミルラ」を詰め,全身を「ナトロン」と呼ぶ粉末で覆って乾燥させました.ナトロンは現在の言葉で言えば重曹ですね.重曹は食品添加物として許可されている安全性の高い物質で,石鹸ほどではないものの油を落とす効果もあることから,家庭用洗剤としても使えます.
お腹に詰めたミルラの香りが良かったのか,それとも翻訳の間違いからなのか,中世ヨーロッパではミイラを薬として扱うことが流行します.16世紀には一人の貿易商によって600ポンドのミイラがエジプトからイングランドへ送られたと記録されています.ミイラはその後すぐに,長崎を経て日本にも持ち込まれています.なおミルラはいまでも人気の香りです.
実を言うと,僕もエジプト調査中に何度もミイラと対面しています.何千年も前のご遺体が腐らずに残っていることに,大変な驚きを覚えます.乾燥した土地柄ということもあるのでしょうが,防腐処理が上手だったこともあるのでしょうね.
今週の書籍

どこにも売っていないジャムとペーストのレシピ,教えます.「おいしくて美しい果物のレシピ」が大人気の福田里香さんが,定番から超個性的なジャム&ペーストまで約50のオリジナルレシピとともに,食べ方・贈り方のアイディアも盛りだくさんに紹介するジャムブックです.たとえば,いちごとバナナ,白桃とラベンダー,ピーナツとはちみつなど,福田さんの手にかかれば素材の組み合わせは自由自在.果物×果物,果物×ハーブ,種実×甘味といった思いもよらない素材づかいに,キッチンに立つ前からワクワク胸が高鳴ります.「果物を炊く」をキーワードに,パテやパート・ド・フリュイ,シロップやスープといった魅惑の果物レシピも収録した本書で,季節の果物のおいしさを再発見してください.(略)
家に大量の果物があるので,ジャムにしてみようと本書を手にしました.料理の本て,なんかわくわくしますよね.
今週のTEDトーク

考古学者が中国西部で古代の墓を調べていたところ,驚くほど保存状態の良い,見慣れた遺物をいくつか発見しました.1000年以上の時を経て 固くはなっていましたが,小さな三日月形の餃子が見つかったのです.ではこの,具を入れるための完璧な小袋を発明したのは誰だったのでしょう?どのようにして世界中に広まったのでしょうか?ミランダ・ブラウンは複雑に絡み合い,謎めいた餃子の歴史をたどります. 監督:レオン・モーカー,アンディ・コンチャー ナレーション:ペンペン・チェン 音楽:ヤン・ヴィレム・デ・ウィズ
今週はTEDEdから,餃子(ダンプリング)の歴史についてです.餃子の歴史って実は未解明なのですね.しかし,歴史学者たちは語源を辿ってそのルーツを探ろうとしています.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週は,僕が質問サイトQuoraに出したこちらの質問について,寄せられた回答をもとに考察してみます.あとでQuoraにもフィードバックしますね.
さて,質問はこちらです.
宗教色のない紀年法はありますか?
紀年法とは「西暦」「皇紀」などの,ある年から何年経過したかを数えるカレンダーシステムで,西暦ならイエス・キリストが生誕したとされていた年を1年目,皇紀なら神武天皇が即位した年を1年目とするカレンダーシステムです.
西暦についてですが,キリスト教の牧師をされている永野さんから以下の指摘を頂きました.
最近は「BC」「AD」ではなく(宗教色を廃した)「CE」「BCE」が学術的なところではよく使われます
と回答をいただきました.ADは紀元後を意味しますが,これはAnno Dominiつまり「主の年」の略,BCは紀元前を意味しますが,これはBefore Christつまり「キリスト以前」の意味なので,キリスト教色に染まっています.そこで学術分野ではかわりに紀元後をCommon Era(共通時代),紀元前をBefore Common Era(共通時代以前)と表すのですね.
また塚田さんから
主体歴と民国歴はそれぞれ金日成が生まれた年、民国歴は辛亥革命が成った年なので宗教とは無縁ですね。
という回答をいただきました.なるほど,これなら宗教色はないですね.
ほかに内山さんから
ユリウス日(JD)があります。紀年法とは言えないかな?
との回答をいただきました.ユリウス日はユリウス通日とも言い,西暦-4712年1月1日正午からの経過日数を積算するカレンダーシステムです.西暦は1582年10月15日からがグレゴリオ暦,それ以前がユリウス暦というカレンダーの切り替えを抱えているため,とくに天文現象を記述するには不便です.そこでユリウス通日が考え出されました.
あと,先ほどのパラグラフで西暦「マイナス」4712年と書いたことに気づかれたでしょうか.考古学では「紀元前1年」の翌年が「紀元1年」になるのですが,これでは不便なので,天文学では「紀元-1年」「紀元0年」「紀元1年」と数えていきます.つまり,考古学者の「紀元前1年」は天文学者の「紀元0年」となります.
なお考古学者は,天文学者があまり使わない紀年法「BP」も使います.これはBefore Physics(物理学以前)の略で,1945年を起点に遡るものです.
今年2023年は-78BPですね.
自称宗教色が強いのが「魔歴」かもしれません.こちらは先週,御年10万61歳を迎えられた「デーモン閣下」提唱のカレンダーシステムで,魔歴元年は西暦1999年です.半ば冗談なのですが,似たようなシステムに「人類紀元」があり,こちらは真剣に使われています.人類紀元は西暦に1万を加えるもので,起点は紀元前10000年になります.いまから12,000年程度前なので,文明の始まりにほぼ相当するわけですね.
今年2023年は人類紀元12023年になります.この紀年法を使うと,デーモン閣下ほどではないですが,少し特別感を感じるかもしれません.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
繰り返しますが,急に寒くなりましたね.僕は熱こそ出ていないものの,鼻,喉,お腹にいっぺんにきまして,水曜日,木曜日はオンラインの予定以外を全部キャンセルして自宅に引きこもっていました.風邪かなあとも思い,紅茶に蜂蜜とラム酒を入れて飲んでいます.読者の皆様もどうかお気をつけください.
風邪といえば,イギリス人ドクターに聞いた風邪治療に「紅茶にジンを入れて飲むんですよ,ときどき紅茶を抜きますがね」というのがありました.そう言えばワトスン博士も,大抵のことはブランデーで治療していましたね.シャーロック・ホームズの時代のブランデーは,同時代の日本人にとっての朝鮮人参(高麗人参)のような存在だったことが小説から伺い知れます.
僕も紅茶と蜂蜜抜きで飲もうかな.
🥃
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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