文化の違い・学問の違い【第123号】
2️⃣工学という分野と古代エジプトは文化的に似ています
3️⃣分野を超えた学問の進め方について意見を聞いてきました
いちです,おはようございます.
豪華客船タイタニックに関する,こんなジョークを聞かれたことはないでしょうか?
タイタニックが沈み始めたとき,船長は乗客に次のように海へ飛び込むよう説得したというものです.
アメリカ人に「飛び込めば,あなたはヒーローになれますよ」
イギリス人に「飛び込めば,あなたはジェントルマン(紳士)になれます」
ドイツ人に「飛び込むのはルールです」
イタリア人に「飛び込めば,女性に愛されますよ」または「さきほど,ものすごい美人が飛び込みました」
フランス人に「飛び込まないでください」
日本人に「皆さん飛び込んでいます」
……こう伝えて,乗客を海に飛び込ませたというものです.
これはもちろんエスニックジョークなのですが,なーんとなく当てはまりそうな印象を持ってしまいますよね.
エスニックジョークと言えば,他にこんなネタもあります.

この「問題解決のための国際的ガイドライン」と書かれた画像では,問題解決方法の「お国柄」が描かれています.日本語の解説記事もありますので,ご興味がありましたら覗いてみてください.
今日は年度末の3月31日ということで,こんな文化の違いについて,ゆるーい話題をお届けしたいと思います.
【お知らせ】今年のTEDカンファレンス「TED2023: Possibility」からいくつかのトークをオンラインで共有するYouTubeライブ「TEDxDejima Live」を4月29日に実施します.ご関心のある方は事前申し込みをお願いいたします.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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学問分野ごとに違う文化がある
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「工学」の文化と「古代エジプト」の文化
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異なる文化を超えていく方法
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
学問分野ごとに違う文化がある
知力ではギリシア人に劣り,体力ではケルトやゲルマン人に劣り,技術力ではエトルリア人に劣り,経済力ではカルタゴ人に劣るローマ人だけが,なぜ巨大な世界帝国を繁栄させることができたのか?
作家の塩野七生は,大著「ローマ人の物語」を書き始めるにあたって,上のような問いから始めたそうです.
問いは,答えよりもいつも重要なんですよね.
ちなみに「ケルト人(Celts)」というのは,現代のフランス,スペイン,イングランドのあたりに住んでいた人々です.結構大雑把なくくりですが,平安時代の日本だって京都から遠い東をアヅマ,遠い西をサツマとひとくくりにしていたのですから,ローマ人のことを責めることはできないでしょう.
「ローマ人の物語」もまた専門家から見たらかなり解像度の低い書きっぷりだと思いますし,ご本人も文中でそのように認めていますが,エンタテイメント作品としては抜群におもしろいです.
というわけで,僕も塩野七生を真似して問いをたててみます.
学問分野ごとに文化の違いはあるのだろうか? あるとしたら,どう違うのだろうか?
今週のストーリーはとくにエンタテイメントとして読んでいただければ幸いです.
「工学」の文化と「古代エジプト」の文化
僕自身は工学部電気工学科(強電)という分野の出身なのですが,応用物理,電子工学(弱電),計算機科学,考古学,医療工学,メディア・アート,工業デザイン,文化人類学などいろいろな学問分野に足を突っ込ませていただいてきました.
そんな中で強く感じることは「工学」という学問と,古代エジプト人や古代ローマ人たちの文化の類似性です.
工学というのは,思いっきり簡単に言うと「ものづくり」「ものとひとの関係づくり」の学問でしょう.そのためにはなんでも利用します.極端なことを言うと,原理がわかっていなくても,ひとが制御できる自然現象なら使います.「フグの卵巣の糠漬け」は科学的には未解明な現象を使っていますが,工学的には正しいのです.
工学という文化では,ときに理論上の美しさよりも実用性が優先されます.これは,純粋数学や理論物理学と呼ばれる分野とは,毛色が違いそうです.
古代エジプト人は「直径が9の長さを持つ円の面積は,一辺が8の長さをもつ正方形の面積に等しい」と定義しました.これは円周率を約3.16とすることに相当します.正しい円周率よりもおよそ0.6パーセント大きいのですが,誤差の範囲ということですね.
詳しくは本誌【第48号】を御覧いただきたいのですが,古代エジプト人はより正確な円周率を知っていた可能性がかなり高いのです.古代エジプト人が残したアイディアを読むと,彼ら彼女らは円周率を0.01パーセントの誤差まで追い込めたはずです.しかし,それをしませんでした.
なぜかというと,古代エジプト人の円周率のほうが実用的だったからなのだと,僕は思います.直接的な証拠がないので断言はできないのですが,古代エジプト人のピラミッドや神殿の作り方を見ていると,彼ら彼女らはほんとうに実用志向だったように思えるのです.

現代風に言うと,円周率はひとまず「4」ということにしておきましょう,みたいな感じですかね.手巻き寿司の直径の4倍の海苔を用意すれば,お寿司が巻けるわけですよ.数学的に近い「3」だと海苔が足りなくて,工学的に困るわけです.
古代エジプト人たちの文化を引き継いだのは,まずエジプトに住み着いた古代ギリシア人ではなく,その後にやってきた古代ローマ人でしょう.古代ローマ人たちは工学の人たちで,ヨーロッパ各地に道路や橋,水道を敷設したことで有名です.全米工学アカデミーがロゴマークに古代ローマの水道橋を選んだのも,その現れです.
異なる文化を超えていく方法
先日,名古屋大学オンラインセミナー「エジプト考古学と宇宙線イメージングが解き明かす真相」の録画配信を視聴しました.講師はエジプト考古学者の河江肖剰先生と,宇宙線イメージング研究者の森島邦博先生です.森島先生は,本誌【第120号】でもお伝えしたピラミッドの透視をされた方ですね.
セミナーの最後に,視聴者からこんな質問が出されていました.
(質問)違う分野の研究者と協力する際気をつけていることはありますか?
以下は,両先生の回答の要約です.
(河江)私は工学の研究者,数学の研究者と組んでいます.数学の研究者の話はちんぷんかんぷんなことがありますが,工学の研究者が翻訳してくれています.私はその分野が大事にしていることをまず理解して,それから考古学のニーズをはっきり伝え,到達点をお互いに目指しています.異分野の方に丸投げではうまくいかないと思うので,私達はコミュニケーションを重視しています.
(森島)私は企業の方,自治体の方とも共同研究をしています.同じことを考えていても,説明の仕方が違ったり,考え方が違ったりするので,自分の先入観を時間をかけて修正していくことが必要です.相手の分野の専門用語がわからない以上に,最初は考え方,進め方がわからなかったりします.
(河江)同じ言葉でも使い方が違うこともあります.
(森島)分野が異なると,研究の進め方も違って,最初は違和感を覚えることもありました.2〜3年一緒にやると,だんだんわかってくる感じです.こうなると,自分たちの意見も伝えられるし,相手の意見もわかるし,ほんとうの意味で融合していけるし,研究の方向も見えてきます.河江先生の言われる通り,腰を据えたコミュニケーションが大事です.
そうなんですよね,結局は人間同士のコミュニケーションが,学問分野の文化の違いを超えて,新しい学問を前進させる鍵なのですよね.
あと,僕がインタビューさせていただいた多くの研究者たちが口を揃えて言われるのは,小さな分野でいいから,その分野で世界一を目指すこと.世界一同士は,いずれどこかでつながるということ.
STEAM NEWSが科学や数学,工学と人文学や芸術との間をつなぐコミュケーションの一助になればなあと,改めて思いました.
そう言えば,学生の頃参加したとある学会で,こんなエスニックジョークのようなシーンがありました.話題に出てくる「巡回セールスマン問題」とは,セールスマンが複数都市を回る場合に,移動コストが最小になる経路を見つけるというものです.たとえば,新潟,秋田,仙台,横浜,富山,浜松,神戸をまわるのに,どういう順番で巡回すると良いかという問題です.
会話はこんな感じでした.(工学)は工学系の研究者で,発表者.(数学)は数学系の研究者で,質問者です.
(工学)……というわけでありまして,どのような原理かは必ずしも明確でないのですが,私たちの手法を用いると巡回セールスマン問題を従来法よりも高速に解けるのです.
(数学)原理がわからないのに,従来法よりも常に高速と主張するのですか?
(工学)実用的には高速です.我々は理論よりも実践ですっ(どやっ)!
(数学)実践と言われても,いまさら「巡回セールスマン問題」を少し高速に解いたところで,なにか嬉しいことがあるのですか?
(工学)……ぐぬぬ
今週の書籍

Amazon
60億キロの旅を終え,小惑星イトカワのかけらを拾って無事地球に帰還した惑星探査はやぶさ.世界に日本の技術力の高さを示したはやぶさとは,どんな探査機だったのか.トラブルを克服して地球にもどってくるまでの感動の物語を読み物で再現.
書評に寄せて個人的意見を開陳することをどうぞお許しください.というのも,本書を読み,また「はやぶさ」ミッションを見て,やはり日本は「工学」が得意な民族なんだなあと感じたからです.まあ,もし工学を「工」「学」にわけると「工」のほうかもしれませんが.
今週のTEDトーク

TED
世界の都市が爆発的成長を遂げる中,不平等が増大しています.豊かな地域と貧しいスラムが隣り合って成長し,両者の格差は拡大していきます.この目からウロコの話では,建築家のテディー・クルズが草の根の視点から都市開発を再考しようと求めます.ティフアナのスラムからの知恵を共有しながら,クルスは都市住民の創造的な知性を研究し,我々が貧困地域から何を学べるのか,新鮮な視点を提供してくれます.
国境を超えるイノベーションの紹介です.
このニュースレターではまだ建築の話題を本格的に取り上げたことがないので,いずれ取り上げてみたいと思っています.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
今まで不本意に水に落ちたことはありますか?シチュエーションも含めてコメントをいただけたらありがたいです.
ときに経験は,あなたが科学者であっても作用反作用の法則を忘れていることを思い出させてくれます.
あなたは決して,ボートが桟橋に近づいたとき「あ!陸地だ〜」と言ってジャンプしてはいけないのです.あなたがボートを蹴って陸地へ1歩踏み出す時,ボートもまた海へ1歩踏み出すのです.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
京都の保津川下りで痛ましい事故がありました.
僕は嵐山の大学に勤めていたこともあり,また保津川遊船企業組合代表理事の豊田知八さんとは保津川の歴史を親しく教えていただいていた間柄ですので,この事故に大きなショックを受けました.
彼は,京都にはみっつの入口があることを教えてくれました.ひとつめは水の入り口.京都は地下から水が上がってくるので,水の入り口は街の井戸ということになるでしょう.ふたつめは情報と文化の入り口.京都では高瀬川から入ってきます.そしてみっつめがエネルギーの入り口.江戸時代までのエネルギー源は薪です.京都の薪は保津川を通って供給されたそうなのですね.
それ以来,ぼくはいつも街のみっつの入り口を探すことにしています.
今回の事故で,二人の船頭さんがお亡くなりになったとのことです.ご冥福をお祈りします.事故に解決はないのでしょうが,報道を追って,またコメントしたいと思います.
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では,また来週,お目にかかりましょう.
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ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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