こんにゃくとテクノロジー【第106号】

古典落語「蒟蒻問答」から始まるこんにゃくの不思議をお届けします
金谷一朗(いち) 2022.12.02
誰でも

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【140字まとめ】急に寒くなりましたね.寒くなったらおでん,おでんと言えばこんにゃくです.というわけで,今週はこんにゃくとテクノロジーについてお届けします.日本人には馴染み深いけれど,日本人以外にはほとんど縁のないこんにゃく,いったいどんな未来を見せてくれるのでしょうか.

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STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.

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いちです,おはようございます.

急に寒くなりましたね.寒い日と言えばおでんです.

で,今回は「出落ち」です.この写真がすべてです.

おでんに入っているこんにゃくと練り辛子がだいたい同じカロリー量て,ご存知でしたか?

今週は,そんな不思議な食材「こんにゃく」とテクノロジーに関する話題です.

本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWS有料購読者様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.

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《目次》

  • こんにゃく問答

  • 不思議なこんにゃく

  • こんにゃくが広げる世界

  • 六兵衛

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

こんにゃく問答

古典落語に「蒟蒻(こんにゃく)問答」という演目があります.江戸から上州安中宿(あんなかしゅく)へ流れ着いた元やくざ者の六兵衛が,こんにゃく屋を開いています.安中宿と言えば中山道六十九次の宿場町で,ときに六兵衛のように江戸で食い詰めた流れ者がやってきます.

六兵衛は面倒見の良い親分で,江戸から流れてきた八公(はちこう)を無住だった近所の禅寺に偽坊主として住まわせてやります.しかし,インチキはそう長く続かないものですな.八公が勤めるお寺に越前永平寺の沙弥托善(しゃみたくぜん)という本物のお坊さんがやってきます.沙弥托善は修行のため,お寺の大和尚に「問答」を求めます.

困った八公は,六兵衛親分に助けを求め……というプロット.ぜひYouTubeなどで楽しんでください.

落語というのは話芸の一種ですが「蒟蒻問答」ではクライマックスがなんと無音なのです.一番大事なものを省略してかえって本質を見せるという「枯山水」の精神性なのかもしれませんね.

不思議なこんにゃく

そんな上州名物のこんにゃくですが,よくよく考えてみると不思議な食品です.

冒頭の写真のようなおでんを想像してみてください.このこんにゃくと,添えられた辛子がだいたい同じカロリー数なのです.両方とも5キロカロリー前後で,ほぼゼロカロリーです.

一方で,こんにゃくの生産は重労働です.こんにゃくの原材料であるコンニャクイモは有毒なので,毒抜きをする必要があります.まずはコンニャクイモを薄く切って乾燥させ,それから粉砕して粉にします.次にこの粉を水で練ってから灰汁(あく)で煮ます.最後に半日ほど水に晒して灰汁抜きをします.このようなプロセスによって,およそ500グラムのコンニャクイモから板こんにゃくが5から6枚できるそうです.全部合わせると50キロカロリーぐらいでしょう.

こう考えると,こんにゃくの生産はまったく釣り合わないことがわかります.たとえば「農作業の消費カロリーの計算」によると,体重65キログラムのひとが60分耕作するとおよそ300キロカロリーを消費するそうです.つまりは,こんにゃくは作れば作るほど,飢えてしまう作物なのです.そのせいでしょうか,こんにゃくの発祥は中国と考えられていますが中国ではほとんど定着せず,世界でほぼ日本だけに定着しました.

こんにゃくが日本にだけ定着した理由は「Zen」や枯山水を生み出した民族性……というわけではなく,こんにゃくに整腸作用を期待してのことだと考えられています.確かにこんにゃくの主成分グルコマンナン(コンニャクマンナン)は人間が消化できない割にはボリュームがあるので,腸内の老廃物を押し出す役割は期待してよいのかもしれません.日本人の排便量は,戦前までは1日400グラムだったとする話もありますので,日本人の便秘は今よりも苦しかったのかもしれませんね.

こんにゃくが広げる世界

日本のこんにゃくの消費量は減っているそうで,農水省はこんにゃくを輸出商品にする試みを推奨しています.しかしながら,こんにゃくは英語でもコンニャクまたはコンジャック(konjac),悪くすると「悪魔の舌」とも呼ばれ,世界では馴染みのない食品です.こんにゃく発祥の地と考えられる中国でさえ,こんにゃくは「魔芋」です.【2022-12-03訂正:「蒟蒻の歴史と化学」によると「磨芋」だそうです.】食に関しては保守的な国が多数を占めることを考えると,ぷるんぷるんとしたこんにゃくがそのまま世界に普及することはまだ考えにくいでしょう.

農水省やこんにゃく農家さんもそこらへんは百も承知で,麺状にした「こんにゃくヌードル」や,大豆と混ぜてヴィーガン向けハンバーグにした「サラダバーグ」などが開発されています.こんにゃく麺は小麦由来のグルテンを含まないので,日本に比べるとヨーロッパやアメリカに多いグルテン不耐症の人々には新しい選択肢になるかもしれません.

もうひとつ,こんにゃくの少し意外な用途をご紹介しましょう.こんにゃく粉を水で溶いた糊(のり)すなわち「こんにゃく糊」です.旧日本軍がアメリカ本土を攻撃するために製造した「風船爆弾」にもこんにゃく糊が使われています.以前大阪でこんにゃく糊を製造しているメーカーさんに聞いたところ,零戦の日の丸もこんにゃく糊で貼り付けていたとのことでした.

こんにゃく糊を和紙に塗って乾かすと,紙ながら破れにくく丈夫になります.こんにゃく糊を塗った和紙は耐水性も持つので,紙衣(かみこ)として衣服に使われることもあります.もっとも,このようなこんにゃく紙は現代の基準でいうと耐久性に難があるようで,登山用品メーカー「モンベル」は紙に別の繊維を混ぜたものを「KAMICO」と呼んで商品化しています.

とは言え,お祭り用の風船など一時的な用途ならこんにゃく糊も良いかもしれませんね.あ,長崎ランタンフェスティバルに提案してみよう……

六兵衛

世界には動植物を毒抜きして食べる習慣が多数あります.多くの場合は,飢饉を凌ぐために有毒なものをなんとか食べられるようにした結果,毒抜き方法が定着していったものです.フグのように美味いから毒を避けて食べるというのは,例外中の例外でしょう.

日本でも人気の「タピオカ」はキャッサバの根を毒抜きして作りますが,キャッサバは作付面積あたりのカロリー数が極めて高く,地域や時代によっては救世主となっています.キャッサバの毒抜きの方法はいくつか知られており,発酵させる方法がもっとも広く使われているのですが,水に晒す方法もあるようです.

おそらく初期のこんにゃく利用も水に晒すところから始まったのでしょう.

一方で,ワラビは灰汁(あく)を使った毒抜き(アク抜き)をしますから,東アジアではコンニャクイモにも利用してみたのでしょう.ワラビは世界で5番目に普及している雑草と言われていますが,文明のかなり初期段階で人類が毒抜き方法を見つけていた可能性があります.

コンニャクイモは腐りやすいため,江戸時代初期まではこんにゃくも季節性の食品だったそうです.1776年,水戸藩の中島藤右衛門がコンニャクイモを乾燥させて粉砕する現在の製法を発明してから,こんにゃくは年中流通するようになりました.

サツマイモはコンニャクイモよりは長持ちしますが,それでも何年も保存することはできません.そんなサツマイモを飢饉にそなえて長期保存するために,対馬ではサツマイモを粉砕し,水に晒し,発酵させ,乾燥して,アク抜きをして……と非常に複雑な工程を行う「せん」という保存食が生み出されています.

この「せん」を直接食べるのではなく,水につけて柔らかくし,うどんのように加工する食べ方があります.偶然の一致ですが,このサツマイモでできたうどんのことを「六兵衛」と呼びます.こんにゃく屋の六兵衛と同じ名前ですね.

今週の書籍

わたしは一体,どこから来たのだろう? 著者自身の先祖は江戸時代,紀州から房総半島へ渡った漁師で,なぜか「コンニャク屋」という屋号で呼ばれていた.祖父が遺した手記を手がかりに,五反田から千葉,和歌山へ,時空を超えたルーツ探しの珍道中が始まる.体内に流れる漁師の血を再確認しつつ,家族や血族の意味を静かに問い直す,感動のノンフィクション作品.各紙誌絶賛,読売文学賞,いける本大賞ダブル受賞の傑作!
Amazon

Amazonでこんにゃくに関する本を探していたところこの本を見つけました.

筆者の星野博美が自身のルーツを探るはなしなのですが,他人事ながらおもしろかったです.「煮ても焼いても」とは言いますが,こういう「煮ても焼いても」系の人が僕はわりと好きなんじゃないかと,ふと思いました.

こちらもこんにゃくのご縁ということでご紹介させていただきました.

今週のTEDトーク

中国では,農薬や化学物質の検出されない生鮮食品を手に入れるのは至難の業です.2016年に中国政府はわずか9か月で50万種の食品の安全基準違反を明らかにしました.安全で持続可能な食品の供給源がない中国で,TEDフェローであるマチルダ・ホーは初めてのオンラインによる農家直産市場を設立し,食品中に含まれる農薬,抗生物質,ホルモンに対して検出を許さないという基準で出荷検査をしています.彼女はどのようにして自らのプラットフォームをゼロから作り,家庭で必要とされる地元の無農薬で育った食品をもたらしたのかを語ります.
TED

「食」は国家です.持続可能な「食」を追求することは,持続可能な「国」を作ることです.彼女が言う通り「私達は祖先から地球を受け継いでいるのではなく,私達は子供達からそれを借りている」のです.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

ピザにパイナップル,イタリア料理にケチャップのような,あなたの宗教・思想・信条からは到底受け入れられない料理はなんですか?
Quora

僕は何でも受け付けます.ただ,これだけはやっちゃあいかん(が美味い)と思っている料理がありまして…

エジプトの庶民料理にコシャリという料理があります.

この料理を教えてくれたエジプト人ムスリムへのリスペクトから避けてはいたのですが,ある日,きっと美味いだろうと思ってベーコンを入れたんです.こちらのCookpadのレシピだと玉ねぎのあと,トマトの前ですね.

めちゃくちゃ美味かったです.

ただなんとなく罪悪感があることと,その後いい加減なペスクタリアン(ただし出されたものは何でも食べる)になったこともあって,一度しか作りませんでした.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

ついに12月1日(グレゴリオ暦)ですね.僕は旧暦カレンダーを併用しているので,このニュースレターが届く日はまだ11月(霜月)9日です.なんだか少し,余裕が出てきませんか.

先週末は髪の毛を切って,メガネを作り直しに行ってきました.遠近両用はまだ早いと自分に言い聞かせつつも,メガネをしたままでははんだ付けが無理になったので,度の入っていないゴーグルを常用しています.はんだ付けもそろそろ外注に頼っても良さそうなのですが,プログラムを書くように,スケッチを描くようにハードウェアを作りたいので,見えるうちは手はんだにこだわっていきたいなあと思っています.

こんにゃくと言えば,上州(群馬県)の温泉宿に泊まったとき,図らずも「こんにゃく食べ放題」がついていたことがあったんですよ.こんにゃく大好きな僕には夢のようなお宿でした.たぶん,こんにゃくから摂取できるカロリーよりも咀嚼によって失われるカロリーのほうが大きんだろうなあと思いつつ,思う存分こんにゃくを食べました.いやあ美味かった.

さて,実験回を含めて6回お送りした《STEAMな言葉》ですが,今週でいったんお休みさせていただくことにしました.ものすごく楽しみにしてくださる読者の方がいらっしゃった反面,ノイズにもなっていたようでした.僕自身は月曜日の朝に少し勇気をもらえるような言葉があったらいいなと思っていますので,邪魔にならないお届け方を検討します.いまのところ実験として,マイクロブログに過去6回分を投稿しています.

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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