琥珀(こはく)の科学と記憶【第69号】
【140字まとめ】映画「ジュラシックパーク」では,琥珀(こはく)に閉じ込められた「蚊」から恐竜のDNAを取り出して,科学者たちが恐竜をよみがえらせていました.今週は,科学者たちにも,芸術家たちにも,権力者たちにも愛された琥珀を通して見える「軌跡」をお届けします.
STEAM NEWS は毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,おすすめ書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方に特におすすめです.
いちです,おはようございます.
ようやく春らしくなってきました.毎朝ポッドキャストでウクライナのニュースを聞いていますが,そればかりでは気が滅入りますので,時々「桂歌丸」さんの落語も聞いています.落語には必ず「マクラ」という導入部分があるのですが,名人のマクラはそれだけで面白いですね.
さて,今週は「琥珀(こはく)」を取り上げてみます.琥珀と言えば宝石の一種ですが,古代中国では「虎」(トラ)が死後「玉」(宝石)になったものと考えられていました.そんな琥珀は,古代エジプトのファラオも,古代ギリシアの哲学者をも魅惑してきたのです.
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《目次》
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映画「ジュラシック・パーク」の琥珀
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古代ギリシア人が「エレクトロン」と呼んだ琥珀
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世界最古の通貨「琥珀金」
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ドイツ人は琥珀を「燃える石」と呼んだ
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ロシア皇帝の愛した琥珀
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おすすめ書籍:琥珀色の夢を見る
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おすすめTEDトーク:毛長マンモスを復活させよう!
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Q&A
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一伍一什のはなし
映画「ジュラシック・パーク」の琥珀
スティーブン・スピルバーグ監督の映画「ジュラシック・パーク」(1993)では,琥珀に閉じ込められた「蚊」が恐竜から吸った血液から,恐竜のDNAを取り出し,恐竜を再生する手法が描かれています.

琥珀は天然樹脂の化石です.映画「ジュラシック・パーク」では,恐竜の時代である「ジュラ紀」と続く「白亜紀」の化石をモデルにしたのですね.琥珀は木から染み出る天然樹脂から出来ているので,小生物や,植物の葉っぱ,それに気泡などが混入していることがあります.実際,アメリカの昆虫学者ジョージ・ポイナー博士は琥珀に閉じ込められた昆虫からDNAを抽出する研究を行っています.ただし,ジュラ紀,白亜紀の琥珀から生物のDNAを抽出できる見込みはまず無いそうです.残念…
琥珀は色が黄金に近いこと,光を通すと太陽のように輝くことから,宝石として古代から珍重されてきました.エジプトの少年王ツタンカーメンの宝飾品にも琥珀が使われていたと,デンマークの研究者が指摘しています.
(Cover Photo by Lanzi, CC BY-SA 3.0)

古代ギリシア人が「エレクトロン」と呼んだ琥珀
そんな琥珀のことを,古代ギリシア人たちは「エレクトロン(ηλεκτρον)」と呼びました.エレクトロンは「輝く太陽」という意味です.光を通すと太陽のように輝きますものね.ギリシア神話によると,太陽神「ヘリオス」の息子「パエトン」が亡くなったとき,ヘリオスの娘でパエトンの姉「ヘリアデス」は嘆き悲しんでポプラの木に姿を変え,琥珀の涙を流したと言われています.ひょっとしたら,琥珀が樹液の化石であることに古代ギリシア人たちは気づいていたのかもしれませんね.なお琥珀が樹液の化石であると歴史上最初に唱えたのは古代ローマの博物学者プリニウス(紀元23年〜79年)で,証明して見せたのはロシアの科学者ミハイル・ワシリエビチ・ロモノーソフ(1711年〜1756年)です.
話は逸れるのですが,ロモノーソフは科学者兼アーティストで,金星の大気を発見したり,望遠鏡の設計をしたり,古代のモザイク画の技法を再現して「ピョートル大帝」のモザイク画を作ったりしています.日本の「平賀源内」をさらにスケールアップしたような人と言ったところでしょうか.ロモノーソフと平賀源内は同時代の人です.
さて,古代ギリシア人たちは琥珀の持つもう一つの性質にも気づいていました.琥珀を布や動物の皮でこすると,ものを引きつける不思議な力を持つのです.古代ギリシアの哲学者タレス(紀元前624年頃〜紀元前546年頃)は弟子たちに琥珀のこの不思議な性質を語っています.この不思議な力は,現代の言葉で言う「静電気」ですね.
16世紀にイギリスの医師ウィリアム・ギルバートが静電気の研究を行ったとき,彼は自分の研究対象に「琥珀の〜」を意味する「エレクトリクス(electricus)」と名付けました.これが後の「エレクトリシティ(electricity)」すなわち「電気」になりました.なおおそらくは歴史の偶然ですが,琥珀(エレクトロン)を布でこすった場合,琥珀の側に電子(エレクトロン)が集まります.
古代エジプトの王は琥珀の美しさに惹かれ,古代ギリシアの哲学者は琥珀のちからに惹かれたのかもしれません.
琥珀は世界中から産出はするものの,ギリシアやエジプトのある地中海沿岸では多くは産出しないのです.ギリシアやエジプトでは,琥珀を北方から輸入していたと考えられており,それ故「北方のゴールド(金)」とも呼んでいたようです.どうも古代においては,主な入手ルートが海岸に打ち付けられる琥珀を拾うことだったようなのですが,どういうわけか,北方のバルト海沿岸により多く琥珀が打ち上げられていたようなのです.
世界最古の通貨「琥珀金」
紀元前670年頃に,現在のトルコのアナトリア半島にあった「リュディア(Lydia)」国では,世界初の硬貨が発明されています.音楽をされる方には「リディアンスケール」で有名な「リディア」と言った方が馴染みがあるでしょう.この硬貨は,当時の王の名前を取って「クロイソスの金貨」と呼ばれています.
このリュディアの硬貨は,天然のゴールド(金),つまり自然金を熱で溶かしたあと固め,刻印をしたものでした.自然金は性質の似た銀がいくらか混じっているため,純金ではありません.この金銀合金は,色が琥珀に似ているので「琥珀金」あるいは「エレクトラム」と言います.琥珀,つまりエレクトロンに似ているから「エレクトラム」なのです.なお人工的に作ったエレクトラムのことは「グリーンゴールド」と呼びます.
グリーンゴールドについては,是非バックナンバーでお読みくださいね.
ドイツ人は琥珀を「燃える石」と呼んだ
琥珀を,ドイツ人たちは「燃える石」と呼びました.ドイツ語で「ベルンシュタイン(Bernstein)」です.
え!宝石を燃やしちゃうなんて!
と,思ってしまいますが,なかなか良い「パインウッド」の香りがするそうです.中国には,琥珀をゆっくり加熱して硝酸と混ぜ合わせると「麝香(じゃこう)」の香りがするという記録もあるそうなので,ポテンシャルは高いのかもしれませんが,本当のところは,見た目が海からの漂着物「龍涎香(りゅうぜんこう)」に似ているため,代わりに燃やしてみたのかもしれません.龍涎香は甘い香りがするそうなのですが,僕は匂いをかいだ記憶が無いのですよね…香りと名前が一致していないだけかもしれないのですが.
龍涎香(りゅうぜんこう)の正体はマッコウクジラの体内に出来た結石なのですが,人類が捕鯨技術を手にするより前は,海からの贈り物と考えられていました.当時は琥珀も主に海から手に入れていましたので,ひょっとしたら似たもの同士ということにされていたのかもしれません.後でお話しするように,両者の名前も似ていました.
ところで琥珀を瓶に閉じ込めて加熱すると,揮発性のガスと,残留物に分かれます.この残留物の中から「コハク酸」という物質が見つかっています.コハク酸はホタテ貝のうま味成分としてもよく知られています.コハク酸は現在ではマレイン酸を原料に工業生産されていますが,元々は琥珀から作っていました.
なんか名前だけでも美味そうですね.
ところで,琥珀よりもさらに貴重な石,龍涎香(りゅうぜんこう)は英語名を「アンバーグリス」と言います.その語源は古フランス語で「灰色の琥珀(アンブル・グリ)」で,アラビア人たちが琥珀をアンブルと呼んだことが語源になっています.琥珀と龍涎香を区別する必要がある場合は「黄色い琥珀(アンブル・ジョン)」と呼んだようなのですが,だんだん「アンブル」だけになっていったようです.
これが現在の英語の「アンバー(amber)」の語源となりました.
ロシア皇帝の愛した琥珀
ロシアに「エカテリーナ宮殿」という宮殿があります.帝政ロシアの時代の宮殿で,当時の首都サンクトペテルブルクに建てられました.この宮殿はピョートル大帝の后で,第2代ロシア皇帝の「エカチェリーナ(エカテリーナ)1世」が建てさせました.

このエカテリーナ宮殿には「琥珀の間」と呼ばれる部屋があります.世界でただひとつ,部屋全体が琥珀で覆われた部屋です.この部屋を完成させたのは,ピョートル大帝とエカチェリーナ1世の娘である皇帝「エリザヴェータ」です.
第二次世界大戦中,ナチス・ドイツによって琥珀の間の琥珀は全て持ち去られてしまいます.琥珀はナチス・ドイツ支配下の街「ケーニヒスベルク」で保管されていましたが,戦火に遭い全て焼かれてしまいました.ケーニヒスベルクは第二次世界大戦終結後の「ポツダム協定」によって,ソ連に組み込まれました.街には「カリーニングラード」という新しい名前がつけられました.

バルト海に面したカリーニングラードは,資料にもよりますが世界の琥珀生産の90パーセントを占めると言われています.サンクトペテルブルクから,エストニア,ラトビア,リトアニアとバルト三国を通り,現ロシア領のカリーニングラードからポーランドのバルト海沿岸までが琥珀の主要な産地で,ここからイタリア,ギリシア,黒海,エジプトへと南下する道は「琥珀の道(アンバーロード)」と呼ばれています.ポーランドを南北に貫く高速道路「A1号線」は,公式名称を「アンバー・ハイウェイ」(ポーランド語で「アウトストラーダ・ブルシュトノーバ」)と言います.
ロシアによるウクライナ侵攻で,再び火の粉が降りかかっているアンバーロードの国々に,早く平和が訪れることを祈ります.
おすすめ書籍:琥珀色の夢を見る
世界最高峰と認められたニッカウヰスキー.創業者・竹鶴政孝の思いを受け継ぎ,最高品質を追い求める商品づくりの伝統を取材を基に綴る.“自分たちの手で本格ウイスキーをつくりたい”まだ海外渡航もままならない大正時代,この熱い思いだけを胸に,単身スコットランドに渡った男がいた.その名は竹鶴政孝,ニッカウヰスキーの創業者である.彼は,グラスゴーの大学で学び,各地の蒸溜所でウイスキーづくりの実習に励む.望郷の念に駆られつつ,数々の困難を経て得たのは本場の技術だけではない.二年後,帰国した際には,青い目の新妻を伴っていた….日本でも多くの紆余曲折を経て独立,余市に工場を建設する.そしてスコットランドで学んでから二十年,ついに「ニッカウヰスキー」を発売する.世界で賞賛されるウイスキーブランドにまで成長したニッカの七十年の歴史を,創業者・竹鶴政孝のウイスキーに賭ける情熱と想いを重ね合わせて振り返る.ウイスキーファンならずとも,若くして人生の目標を定め,迷わず一筋の道を貫いた男のロマンには,深い共感と感動を覚えるだろう.
「琥珀色」というと何を思い浮かべられるでしょうか?
僕はウィスキーを思い出します.それもですね,最近,再び出回り始めた「余市」を思い出します.ジャパニーズ・ウィスキーですが,軽いながら海辺の潮の香りに負けないピートの香りがついています.
実は,女優の木内みどりさんと最後に飲んだのが,余市でした.そんな思い出も,琥珀色が閉じ込めているように思います.
琥珀と言えば,横尾初喜監督の映画「こはく」も是非ご覧下さいね.
おすすめTEDトーク:毛長マンモスを復活させよう!

巨大な野生動物が再び大地を踏みしめて歩く姿を見ることは,世界中の子どもたちの夢です.その夢は実現できるのか,実現すべきなのか?ヘンドリック・ポイナーが,目前に迫った大革新について語ります.私たちが大好きな毛長マンモスにそっくりな動物を蘇らせる計画です.第1段階である,毛長マンモスのゲノム配列の解明はほぼ完了しました.その体躯と同様にマンモスのゲノムはマンモス級なのです.(TEDxDeExtinctionにて収録)
映画「ジュラシック・パーク」の博士のモデルとなったと言われる,ヘンドリック・ポイナー博士自身のTEDトークです.琥珀に閉じ込められたDNAではありませんが「冷凍保存された」DNAを用いることで,いまや絶滅した生物を再現できるのでは無いかと同博士は考えています.
再現して良いのかどうか…このトークで考えてみては如何でしょうか.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
恋に落ちる際,性格と顔以外では,どのようなところが,感覚的に好みで恋に落ちますか?
僕は女性の骨格が好きです.頭蓋骨の美しい女性に出会うとほれぼれしちゃいます.たとえ彼女がミイラでも.(リンク先では写真付きで回答しています.閲覧注意です.)
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
今日で「東日本大震災」から11年になりますね.皆様の中には大変な思いをされた方もおられるでしょう.よろしければ,皆様の体験談もお寄せ下さい.ツイッターのコミュニティ参加も受け付けています.
今週も「キーウ(キエフ)インディペンデント」誌の記事に目を奪われています.特にアサミ・テラジマ記者の “Kyiv train station mayhem as thousands rush to flee”(キエフの鉄道駅が大混乱,数千人が逃げ惑う)は,キエフ旅客駅の混乱を伝えています.
There are no tickets out of Kyiv left, but it makes no difference – the tickets have become useless pieces of paper, as all trains are now evacuation trains, first come first served. Everyone, with or without tickets, has to wrestle their way to the platform, where women, children and the elderly beg the conductors to let them board the overcrowded trains.
(訳)キエフ発の切符は残っていないが,切符が紙切れになったのでは意味がない.すべての列車が先着順の避難列車になったからだ.切符の有無にかかわらず,誰もがホームまで格闘し,女性や子ども,お年寄りが車掌に頼んで,混雑している列車に乗せてもらっているのだ.
先日は11歳の少年が,ビニール袋にパスポートを入れて,手に電話番号を書いて,ひとりでスロバキアまで避難したストーリーが伝えられました.この少年は,なんと赤ちゃんの時にシリアから避難してきた子だったと,ワシントンポストが伝えています.ウクライナに残らざるを得なかった母親は,少年に
In your small country, there are people with big hearts.
(訳)あなたの小さな国にも,大きな心を持った人たちがいます.
と声をかけたそうです.
今回の記事を執筆するに当たって「琥珀の道」に並ぶ国々の歴史を改めて読み返しましたが,これでは簡単には降伏など出来ないなというものでした.琥珀という美しい石は,このような記憶も閉じ込めているのですね.
ところで,普段使っているiOSアプリをアップデートしたところ,ウクライナ国旗がアイコンの隅に現れました.そう言えばウクライナはIT大国で,有名なiOSアプリも開発していました.

話は変わりますが,リメリックなどの英語詩を日本語に意訳することに凝っていた時期が僕にもありました.英語にはこんなふざけた詩があります.
Yesterday is history, tomorrow is mystery, today is a gift, that’s why it is called the present.
僕はこんな風に訳しました.
昨日あったことは軌跡,明日がやってくるのは奇跡,そして今日という日は私たちの貴石.
宝石であり化石でもある琥珀のお話をお届けしたので,ふと思い出しました.🍓
今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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