電磁波兵器はSFじゃない【第42号】
【140字まとめ】今週は自民党総裁選の争点(?)にもなっている「電磁波兵器」について短いコメントをしたいと思います.電磁波兵器はネット論客のひろゆき氏が言うような「中学生レベルの創造の産物」ではなく,現実的な脅威であり,防御のためにも研究すべき対象なのです.
いちです,おはようございます.
僕が小学校3年生のとき,先生からこんな質問が教室に向かって出されました.「みんなが知っている雲の種類は?」
当時図書室で雲に関する本を夢中になって読んでいた僕は手を高く挙げて,立ち上がって答えたんですよ.「くもり雲!」て.
教室中が笑いました.先生も笑いました.僕は恥ずかしい思いをして,席に座りました.
ただ,その先生は公平な人で,数日後みんなの前で「くもり雲はありました.笑ってすまなかった」と謝ってくれたんですよね.ちなみに「くもり雲」は学名を「層積雲(そうせきうん)」または「ストラトキュムラス(stratocumulus)」という,割とありふれた雲です.このレターのトップ画像も「くもり雲」です.
その先生は小学校3年生の算数の授業で方程式を教えるような無茶苦茶な先生で,しかも1年でお辞めになった若い男性教師だったんですが,今思うと,ものすごく影響を受けたようです.
最近,似たような話がありました.
現在,自民党総裁選に立候補しているある政治家が,国防政策に関連して「電磁波兵器」による敵基地攻撃能力について言及しました.その政治家は「向こうから発射の兆候が見えた場合に」「強い電磁波などいろいろな方法でまず相手の基地を無力化する」と主張しました.これに対して「ネット論客」として知られる実業家のひろゆき氏が「マンガ好きの中学生以下の知識」と非難をしました.念頭にあるのは「SF(サイエンスフィクション)」漫画でしょう.
件の政治家の政策について私見を述べることはしませんが,著名人が科学的知見を無視し「電磁波兵器」をただのフィクションと切って捨てる様子は看過できません.
というわけで,実在する「電磁波兵器」の脅威と,その防御方法についてこのレターで考えてみます.

電磁波兵器は存在するの?
伝説によれば,アルキメデスは紀元前214年から紀元前212年のあいだ「鏡で日光を集中させてローマ軍船を炎上」させたそうです.イタリア人建築家ジュリオ・パリージ (Giulio Parigi) による想像図をご紹介しますね.

もしこの伝説が本当なら,世界初の電磁波兵器はアルキメデスが発明したことになります.アルキメデスが用いた(とされる)のは太陽光ですが,これは典型的な電磁波です.というのも,光も電磁波も,同じ物理現象の違う側面に過ぎないからです.納豆と豆腐ほどの違いもないのです.「今川焼き」と「大判焼き」のようなものです.神戸なら「御座候」ですね.つまりは,名前は違えど同じものということです.
目標物を遠隔地から焼き払う兵器を現代に求めるなら,太陽光を集める巨大な鏡ではなく,強力なレーザー光を送り込む「光学兵器」がより現実的でしょう.アルキメデスの兵器も,レーザー光を打ち込む兵器も,実弾を使わずに目標を破壊するため「指向性エネルギー兵器」と呼ばれています.両者とも光という電磁波を使うので,電磁波兵器にも分類されます.
しかし,指向性エネルギー兵器はまだ実運用されていません.実用化されたとの噂はありますが,指向性エネルギー兵器を「SF」と呼ぶのは決して間違いではないでしょう.
実は,指向性エネルギー兵器ではない電磁波兵器もあるのです.こちらは指向性を持たない兵器なので,あらゆる方向,あらゆる方面を破壊します.そして,こちらの電磁波兵器はどうやら完成しているようなのです.つまりは,もはや「SF」とは呼べないと言うことですね.この兵器は「EMP攻撃」兵器と言います.
EMP攻撃とは?
EMP (Electro Magnetic Pulse) とは日本語で「電磁パルス」のことです.EMP攻撃とは,敵国の上空で核爆発を起こすことで,核爆発に伴う瞬発的な電磁波,つまり電磁パルスを敵国に浴びせることを言います.
電磁パルスの到達範囲は過去の実験から数百キロメートルに及ぶと言われています.米軍による実験結果を読み解いていくと,電磁パルスの強さを表す「電場」は5ないし50キロボルト毎メートル(kV/m),持続時間は10ないし100マイクロ秒(μs),周波数は0.1ないし10メガヘルツ(MHz)とされています.「電場」と言うのは空間がもつ性質のひとつで,電場があるとその空間内のあらゆる「電子」が力を受けて動かされることになります.その電子は電線の中にいるかもしれませんし,空気中にいるかもしれません.ともかく,全部です.
稲妻によって生じる局所的な電場がおおよそ5ないし50キロボルト毎メートル(kV/m)とされていますから,非常に大雑把に言うと,半径数百キロメートルの範囲で,雷が落ちたのと同じようなダメージが現れるイメージです.
EMP攻撃は人体に直接の影響はないとされています.しかしながら,電磁シールド(防御)されていない電気・電子機器は全て影響を受けます.それらは単に機能停止するだけでなく,おそらく破壊されることでしょう.電気・電子機器の中に留まっている電子たちが,EMP攻撃による強力な電場によって大きく揺さぶられるからです.
攻撃を受けた直後に大規模な停電が予想され,たとえ非常用電源の準備があったとしても機能しません.また偶然生き残った電源から電力を供給しても,結局,電子機器は動作しません.このような現象は現実に観測されたことがあります.詳しく知りたい方は今週の「おすすめ書籍」の解説ページをご参考になさってください.
EMP攻撃によって電気インフラが止まると水道も程なくして止まり,復旧は望めないでしょう.自動車が動かないため,給水車も期待できません.
通信インフラも破壊され,実用的な長距離通信は,外部から機材が届くまでは狼煙と伝書鳩だけになるでしょう.
EMP攻撃は核ミサイルによって高度100キロメートル以上の上空で核爆発を起こす事によってなされます.そのため,迎撃は不可能と考えられています.EMP攻撃の実験は,米国,旧ソ連は実施済みです.また北朝鮮は高高度に到達するミサイル,核爆発と要素技術を完成させています.おそらくは,核兵器保有国はEMP攻撃を攻撃方法の選択肢として準備しているでしょう.
EMP攻撃は決してSFではないのです.(そしてもし,北朝鮮がEMP攻撃を仕掛けるとしたら,佐世保は攻撃候補地の上位に来るでしょう.佐世保がEMP攻撃を受ければ,僕の住む長崎も無傷ではいられません.)
EMP攻撃後でも使えるものは?
EMP攻撃を受けても使えそうなものもあります.電子制御されていないもの,例えば井戸,ガスボンベ(プロパンガス),だるまストーブ等は大丈夫でしょう.自転車,機械式時計,機械式カメラ,火打式ライター(ジッポーライターを含む)も影響を受けません.使い捨てカイロ,白金カイロも大丈夫です.
現金は影響を受けませんが,役に立つかどうかはわかりません.
電磁シールドされた場所に保管された,あるいは外部から持ち込まれた衛星携帯電話,無線機があれば通信に使えるでしょう.ただし,有効なシールドを作ることは難しいかもしれません.僕たちは学部時代に,実験装置から漏れる強烈な電磁波を閉じ込める電磁シールドを設計したことがあります.その装置を動かすと,周囲の電子機器が一斉に動作を停止するのです.一種のEMP攻撃装置ですね.装置の写真を撮るために,僕がわざわざ機械式カメラ(ニコン New FM2)を持参したほどでした.電磁シールドは数回の試行錯誤でようやく使い物になるものが出来ましたが,ご家庭で作るのは無理かなあというものでした.(はんだ風呂のある「誤家庭」なら出来るかもしれません.)
発電所や変電所,重要なインフラに電磁シールドを施すことで,EMP攻撃の影響をかわすことは出来るかもしれません.実際,物理的にはほとんど同じ現象である「太陽フレア」に対してはある程度の対策が進められています.
EMP攻撃に備えるには?
核爆発の中心から数百キロメートル離れていれば,影響を受けない可能性はあります.そのため,日本がもしEMP攻撃を受けたとしても,日本全域が被害を受けるとは限らず,生き残る地域もあるでしょう.
生き残った地域からバスやトラックをフェリーで被害地域へ送り,乳幼児,妊婦,病人,怪我人等を運ぶ事になるでしょう.しかし,ほとんどの人は自力で何とかするしかありません.
大規模な停電や震災への備えは,EMP攻撃後最初の1日の備えになるでしょう.
震災との違いは,例え電力網が復旧しても,電力を使う機器が蘇らない事です.それ故,水道の復旧も厳しいでしょう.水道が使えないと,衛生面の問題がすぐに現れます.飲料水の他に,石鹸を備蓄しておいたほうが良いでしょう.ご興味があれば本誌【第17号】の「ゼロから文明を作り出せ!」もご参考になさってください.
また長距離の移動を覚悟しなければならなくなります.地図,機械式時計,自転車と丈夫な靴を用意しておくべきです.機械式時計を準備するのは,方位磁針は破壊される可能性があるため,時針で方位を読む必要があるからです.
最近の動向
最後に,EMP攻撃にまつわる最近の話題を提供させていただきますね.核ミサイルによるEMP攻撃は影響の範囲が大きすぎ,敵基地だけをピンポイントで攻撃するためには使えません.また日本のように核の非保有を宣言している国も,核爆発を利用したEMP攻撃を自国だけでは行えません.この点は,ひろゆき氏の言い分にも一理あるところです.
そこで,とにかく巨大なバッテリーと電磁波発生装置をミサイルの弾頭につけて,敵基地の近くに落とそうという研究が進められており,日本の防衛省も参画しています.言うなれば「ポータブルEMP兵器」ですね.映画「マトリックス」でモーフィアスが使おうとする兵器です.
EMP兵器に関して米軍が公表している資料などは「STEAMボート」乗組員(有料購読者様)向けの「別冊」でお届けします.今週お話した内容が決して荒唐無稽なものではないことが裏付けられると思います.
おすすめ書籍
仕事に倦んだプログラマーの香山秀行は,上司の勧めで北海道・知床を訪れる.町の人々から歓迎を受けるが,その夜、空一面に赤いオーロラが発生.街全体が暗闇に包まれる.それは巨大な太陽嵐による,世界停電の始まりだった――未曾有の困難に立ち向かう人びとを描く,第5回ハヤカワSFコンテスト最終候補作.解説収録/柴田一成
本誌【第8号】でご紹介した「赤いオーロラの街で」をもう一度ご紹介させてください.本書は「太陽フレア」による大規模停電の世界を描いたものですが,この様子はほとんどそのまま「EMP攻撃」による大規模停電にもあてはまります.
おすすめTEDトーク
冷戦時代からずっと核の脅威への局面は変化しています.しかし,災害医療の専門家であるアーウィン・レドルナーは,脅威は無くなっていないと主張します.歴史上のばかげた核対応策を振り返り,核攻撃時の生きのび方についての実用的なアドバイスを提供します.
核攻撃を受けた場合,どのようにして生き残るかについてアーウィン・レドルナーが極めて現実的に解説しています.そして,最も良い方法は核兵器を廃絶することだとも,付け加えています.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週は少し趣向を変えて,ツイッターでのやり取りをご紹介させていただきますね.
「藤ゐさん」による質問:

ある特定の業界でしか使わないだろう小物、道具、ガジェットを知りたいのだ。例えば、ドラムのチューニング・キーとか帽子の内径計測器、六分儀、Gペンとかなんでも
について,こんな引用リツイートがありました.

「これですね」というメッセージに添えられた画像は「電動墨摺り機」でした.実はこれは,僕の祖父の発明でした.というわけで,僕は「実は祖父が発明したのだ」と引用リツイートしておきました.

こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.

今週は「科研」申請シーズンでした.科研とは政府が提供する「科学研究費補助金」のことで,大学に籍を置く教員は必ず申請しないといけないものです.申請書はおおよそ10ページぐらいで,採択率は平均すると3割ぐらいでしょうか.大学の教員の中には「自分の研究には金がかからないから,研究費は申請しなくて良い」「自分は教育に全精力を傾けているから,研究費の申請は必要ない」と思っている方もいるようです.しかし,今やどこの大学も予算が逼迫していること,科研に採択されると「間接経費」と言う費用が研究費とは別に大学へ支給されることから,大学は「科研を取れ」の大合唱です.そもそも,数年続けて採択されないようだと,背筋どころか首筋が冷えてきます.研究はもとより,職が危うくなるのです.
現在名誉教授になられている先生方が現役の頃は,国から「基礎研究費」が配分されており,それがいくつものノーベル賞級の研究に繋がっていました.一方で,大金を注ぎ込んだにも関わらず日の目を見なかった研究も当然あり,中には研究費だけ貰っておきながら研究をほとんどしなかった教員もいるにはいたようです.研究なのですから,99パーセントは失敗するわけですよ.その99パーセントの研究者と,ただ大学教授という地位に胡座をかいていた馬鹿どもを一緒くたにして「こいつらにやる無駄金は無い」「絶対に成功する研究以外には金を出さない」と決めた日本の財務省の方針は,どうかと思わざるを得ません.内閣府主導の研究予算でさえ「結果的に『失敗』という概念が消滅」するなどとポエムを書かざるを得なかった政府の構成員に同情はするのですが…
あああ,ニュースレターなのにお目汚しを書いてしまいました.どうかお許しください.
今週は動画を数本撮らせて頂いたのですが,その中で,少しおめでたい話題を話した動画をお届けしますね.
尊敬する「蜀山人先生」のお話でした.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
では,また来週,お目にかかりましょう.
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金谷一朗(いち)
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