かけ算に順序はあるの?【第95号】

かけ算に順序はありません.しかし,そこには深遠な「美しさ」があるのです
金谷一朗(いち) 2022.09.16
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【140字まとめ】小学校の算数教育で度々問題になる「かけ算の順序問題」数学的には「順序無し」で決着しています.でも教える側にはそれなりの言い分があるようです.またかけ算の順序問題に真剣に取り組んだ数学者達もいます.是非関心を持って頂ければと思います.

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いちです,おはようございます.

タイから日本に帰って参りました.日本入国時の水際対策にいろいろ気を揉んでいたのですが「MySOS」アプリを使うことであっけなく入国できました.日本出国時は「ワクチン接種証明書」アプリでスムーズに搭乗できたので,本当に便利になったものです.この両アプリが連携していればなお良かったのですが,アプリの開発工数を考えるとこのぐらいの不便は許してねと言うことかもしれません.

ワット・ポー(撮影:長崎大学情報データ科学部)

ワット・ポー(撮影:長崎大学情報データ科学部)

さて,今週は「かけ算の順序」と,ノルウェーの数学者ニールス・アーベルについて触れてみたいと思います.最後に,僕が考案した新しい「引き算記号」もご紹介しますよ.

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《目次》

  • かけ算に順序はない

  • ぺけぽん先生の言い分

  • ユークリッドを超えた? ノルウェーの数学者ニールス・アーベル

  • 新しい引き算記号の提案

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDxトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

かけ算に順序はない

6人にみかんを4個ずつ配るためには,みかんは全部で何個必要でしょうか?

6×4=24

なので,24個ですよね.

ところが,小学校ではこの回答に「ぺけ」がつくこともあるそうです.

これが,かの有名な「かけ算の順序」問題です.先ほどの回答に「ぺけ」をつけた「ぺけぽん先生」の言い分は,

4(個/人)×6(人)=24(個)

だから

4×6=24

が「唯一の」正解だと言うのです.

もちろん

6(人)×4(個/人)=24(個)

も正解なのですが,ぺけぽん先生にはぺけぽん先生の言い分があるようです.

ところで,かけ算記号(×)の左と右を入れ替えても良いことを「交換法則」と呼びます.

高校の数学までは,すべての足し算とかけ算について交換法則が成り立ちます.僕はこのこと自体が数学の美しさだと思っているのですが,ぺけぽん先生にとっては美しさよりも優先する事情があるようです.

ぺけぽん先生の言い分

この「かけ算の順序」問題は,50年前から繰り返し社会問題になっていました.

高橋誠「かけ算には順序があるのか」によると,当時の算数の指導書に「かけ算の順序を教えろ」と書いてあったそうです.同書から引用します.

「指導書」は,「式」と「計算」を区別して,交換法則は数の「計算」についての法則であり,「式」については順序に意味があるから,交換法則を不用意に教えるな,となっているわけです.
高橋誠:かけ算には順序があるのか

式と計算を区別するなど,計算機科学者が読んだら発狂しそうな文章ですが,それは置いておきましょう.

式の順序に意味があることはその通りなのですが,その上で,交換法則を無視し,あまつさえ「間違い」としてしまうことが第一の問題点です.

第二の問題は,指導書の指導内容の表層を真に受けた,あるいは真に受けざるを得ない現場の教師が,かけ算の順序を小学生に押し付けることです.

高橋誠によると,1972年1月26日にかけ算の順序問題がマスコミ報道されています.大阪府の小学校で「6人にみかんを4個ずつ配る」という問題に「6×4=24こたえ24こ」と書いたら答えは正解だが式は不正解とされ,親と学校の間で論争に発展したそうです.

この論争は,父兄,小学校,文科省初等教育課,教育関係者,数学者を巻き込んだ議論に発展したようでした.

著名数学者である矢野健太郎はこの問題に対して「順序はどちらでもいい」と答えています.

著名数学者である森毅は,数学の世界には交換法則の成り立たないかけ算もあるので,小学生に交換法則を教えるのは早すぎるとしました.ただし「1人あたり4個ずつ」×「6人ぶん」配るのも「1回あたり6人ずつ」×「4回ぶん」配るのも同じことだから,順序を入れ替えても良いとしました.

矢野健太郎が後にラジオ番組向けに考えたという説明も森毅の説明に近いものでした.

どうもこの当時,表立って論争に関わった人々は「1ユニット(人)あたりの必要量」×「ユニット(人)数」つまりは

(単価)×(個数)=(合計)

という順序すなわち「文法」は約束事として認めましょうとしたようです.

この約束事が生まれた理由として,同書は明治時代に西洋の算法が日本に入ってきたときに4×6=24を

4 multiplied by 6 is 24

つまり「4を6回繰り返すと24である」と意味ごと輸入したからである,としています.これはかけ算順序問題に関する,第三の問題と呼んで差し支えないでしょう.

この「文法」に関する反論は,日本では現在に至るまで下火です.

そして同書は

算数の根拠を国語に求めることはおかしいのです.算数と国語は違います.日本語と英語も違います.しかし,帰国子女(とその親)が,「n個がmつ」の場合,英語では “m times n” というから,m×nの順序だ,と反論すると,日本には日本の順序がある,と教え諭すようです.かけ算の順序は,正に「ローカル・ルール」になっているわけですが,このローカル・ルールは,小学校の外の日本社会では通用しない,特殊なルールでしかありません.
高橋誠「かけ算には順序があるのか」

と結論づけています.つまり,

  • かけ算の順序がどちらでもいい理由として交換法則を持ち出すのは筋が悪い

  • 「指導書」にあるかけ算の(単価)×(個数)=(合計)という「文法」そのものへの批判はこれまで(表立っては)出ていない

  • (単価)×(個数)=(合計)という文法は日本の小学校のローカル・ルールであり,(個数)×(単価)=(合計)という文法も教えるべきである

と同書は主張しています.

僕もだいたい同意見なのですが,少し天邪鬼なことも考えてはいます.マニアックな内容になりますので,ご興味のある方はリンク先をご参照頂ければと思います.

ユークリッドを超えた? ノルウェーの数学者ニールス・アーベル

さて,冒頭のみかんの問題に立ち返りましょう.かけ算の順序は,普通はどちらでも良いのです.

ただし,高度な数学では

a×b≠b×a

とする場合もあります.たとえば,量子力学では

a×b=-b×a

となる数学がしばしば用いられます.

このように,交換法則が「どうしても成り立たない」場合もあるのです.というよりは,この宇宙のほとんどの現象,たとえばみかんを配るとかについて,交換法則が成り立っていることは「奇跡の美」なんだと僕は思います.

ニールス・ヘンリック・アーベル

ニールス・ヘンリック・アーベル

こんな奇跡の美について調べた数学者のひとりに,ノルウェーのニールス・ヘンリック・アーベル (Niels Henrik Abel) がいます.

彼は26歳という若さで亡くなってしまうのですが,数学に永遠の業績を残しました.

交換法則が成り立つ数と計算の組み合わせのことを「アーベル群」と呼びます.アーベル群はあまりにも普遍的なため,英語では "abelian" と小文字を使います.もう一般名詞なのですね.「ユークリッド幾何学」のユークリッド(エウクレイデス)でさえ大文字を使って "Euclidean" と書きますから,この意味でアーベルはユークリッド以上の数学者と言えるかもしれません.

2001年,ノルウェー政府は,翌年のアーベル生誕200年を記念して「アーベル賞」という数学賞を設立しました.アーベル賞は,賞金額が1億円とノーベル賞に匹敵することから「数学のノーベル賞」とも呼ばれています.

本誌【第12号】でご紹介したアンドリュー・ワイルズも2016年にアーベル賞を受賞しています.

新しい引き算記号の提案

さて,足し算に関してはいつも交換法則が成り立ちます.足し算記号(+)の左と右を入れ替えても良いのです.かけ算だってそうでした.

一方,分数の場合は上下の入れ替え禁止です.

こうなると,統一感が欲しくなりませんか.左右の入れ替えは「まる」で,上下の入れ替は「ぺけ」と.

というわけで,全世界の数学者と数学教育者に提案したいことがあります.

我々が知っている引き算の記号はこうでした.

これを,今後は

としませんか?

こうすれば,もう順番を入れ替えても良いかどうか迷うことはないですよね.

もし,縦に長すぎるのでしたら

と書いても良いでしょう.

今週の書籍

いま小学校の算数で「6人に4個ずつミカンを配ると,ミカンは何個必要ですか」という問題に,6×4=24という式を書くとバツにされる.かける順序は本来どちらでもよいはず.算数教育にまつわる問題点をよくよく考えてみると,かけ算や数の数え方には,意外にも深いものを秘め,思いがけない広がりがあることがわかる.
Amazon

「かけ算の順序」問題に関して,より深く知りたい方向けの書籍です.

かけ算の順序にこだわる先生は,数学に求められる「抽象化能力」が足りないのではないかという疑問が提示されています.

今週のTEDxトーク

TED

TED

ロジャー・アントンセンと一緒に,最も想像力を使う芸術様式である数学を通して,世界の仕組みや謎を解き明かしましょう.見方をちょっと変えることで,パターンや数や式が姿を現し,それが共感や理解に繋がるのだと彼は言います.
TED

講演者の「4/3」への愛がおもしろいです.是非ご視聴ください.彼は

数学とコンピューターサイエンスというのは,想像力を最も駆使する芸術様式なんです

とも言っています.なるほどです.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのご質問から.

納豆は424回混ぜて食べると美味しいのでしょうか?
Quora

やはり納豆は粘っこく混ぜた方が美味いようですね.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

冒頭に申し上げましたとおり,タイから帰国致しました.

海外はおろか,長崎から3日以上外に出たのが2年半ぶりだったので,いろんな事を思い出しながらの出張でした.学生の引率や休日の自由時間にいろいろ寺院を回ることができて,大変勉強になりました.またYouTube番組「世界遺産の旅」でお届けしますね.

滞在中は新型コロナウイルス感染症対策を万全に行い,3日おきに抗原検査も行いました.

タイの様子

タイの様子

というわけで,コロナに関しては無事だったのですが,日本で山積した重要課題にいま頭を抱えています…嗚呼…

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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Cover Photo by Michal Matlon on Unsplash

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