ブロークン・アロー【第121号】

1️⃣ウクライナ近辺でロシア空軍とアメリカ空軍の緊張が高まっています
2️⃣過去にはアメリカ軍がロシア近くで水素爆弾をうっかり落としてしまう事故がありました
3️⃣戦争による被爆国は日本だけではないかもしれません
金谷一朗(いち) 2023.03.17
誰でも

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いちです,おはようございます.

黒海上空を飛行中のアメリカ軍無人機MQ-9が,ロシア軍の戦闘機Su-27によって墜落させられる事件が3月14日にありました.本事件を伝える航空軍事ニュースサイトThe Aviationistは,多数のNATO軍機がロシアやウクライナ近辺を飛行していることを「フライトレーダー24」で知ることができると伝えています.

ロシアのSu-27(左)とアメリカのMQ-9(右)
ロシアのSu-27(左)とアメリカのMQ-9(右)

3月7日には,アメリカ軍のB-52H爆撃機,通称「ストラトフォートレス」がロシアと国境を接するエストニア上空を旋回しており,フライトレーダー24に公開されていることを僕もツイッターを通して知りました.公式には「エストニア独立105周年を記念するため」なのだそうですが「ほんまはロシアを警戒するためやろがー」て突っ込みたくなりますよね.

このように上空でもロシア軍とアメリカ軍の緊張が高まっていますが,かつて旧ソ連(現ロシア)とアメリカの間で第三次世界大戦になりかけた航空機事故がありました.その航空機もまたB-52爆撃機だったんです.

今週はそんなB-52爆撃機が絡んだ重大事故「ブロークン・アロー」についてお話します.

【お知らせ】4月29日土曜日祝日(2023年)に,TEDカンファレンス「TED2023: Possibility」からセレクトした動画を紹介するYouTubeライブイベント「TEDxDejima Live」を開催予定です.こちらのサイトで事前登録を受け付けます.詳細が決まり次第,このニュースレターでお知らせします.

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《目次》

  • ブロークン・アロー

  • 日本だけじゃないということ

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

ブロークン・アロー

アメリカのB-52爆撃機の原型機XB-52の初飛行は1951年なので,この爆撃機はおよそ70年前の設計です.設計屋としては,これほどのロングライフデザインにちょっと憧れます.

B-52爆撃機
B-52爆撃機

B-52爆撃機はマイナーチェンジを繰り返しながらも,それだけ長い間使われ続けているわけで,ときとして重大な事故に巻き込まれています.

たとえば2007年,アメリカのマイノット空軍基地のB-52爆撃機へ核弾頭を装備した巡航ミサイル「間違って」積み込まれました.その結果,アメリカ軍は36時間のあいだ,自国の核兵器を見失いました.本事件の調査の結果,当時の空軍大臣空軍参謀総長が辞職に追い込まれました.このような核兵器紛失事故を,アメリカ軍は「ベント・スピアー」(曲がった槍)事件と呼んでいます.

より深刻な事件が1968年に起きています.

グリーンランドとチューレ空軍基地の位置(赤丸)
グリーンランドとチューレ空軍基地の位置(赤丸)

旧ソ連からの核攻撃を恐れたアメリカは,ソ連とアメリカの中間地点にあたるグリーンランドにチューレ(Thule)空軍基地を設置しました.グリーンランドはアメリカにとって戦略的に重要な島で,トランプ元大統領もアメリカによる購入を検討したようです.このチューレ空軍基地で事故が起きたのです.

アメリカ軍は,チューレ空軍基地へのミサイル攻撃を目視で確認できるように,またすぐに反撃できるよう,B-52爆撃機を常時上空に待機させていました.1968年1月21日の東部標準時15時22分(現地16時22分)飛行中の同爆撃機は火災による非常事態を宣言します.乗組員たちは機内火災を消し止めることはできず,ついに機体を捨てて脱出することにしました.7名の乗組員のうち,6名が脱出に成功しています.

B28水素爆弾
B28水素爆弾

しかし,墜落したB-52爆撃機には4発のB28水素爆弾(Thermonuclear weapon)が積み込まれていたのです.大地へ叩きつけられた爆弾は核爆発こそしなかったものの,起爆用の爆薬が爆発し,周囲を広範囲に核汚染しました.

水素爆弾の構造
水素爆弾の構造

B28水素爆弾は「プライマリ」と「セカンダリ」のふたつの部分に分けられます.セカンダリが水素爆弾のコアで,プライマリはセカンダリを起爆するための,もうひとつの爆弾なのです.そして,プライマリの中身は原子爆弾なのでした.つまり原子爆弾を使って水素爆弾コアを起爆しているのですね.

プライマリは長崎に投下された原爆「ファットマン」とほぼ同じ構造で,内部には放射性のプルトニウム239か,放射性のウラン235のいずれかが使われていたと考えられています.ここらへんは情報が開示されておらず,推測するしかありません.

セカンダリはウラン238でできた筒の中に「重水素化リチウム」という物質を詰め込んだ構造です.どちらも放射性は低いのですが,プライマリがいったん起爆するとそれぞれ放射性物質へと変化します.

一言でいうと,B28水素爆弾は放射性物質の「詰め合わせ」です.

1968年の事故で墜落したのは4発のB28水素爆弾のうち3発は回収され,残り1発のプライマリも回収されました.しかし,セカンダリ1個がいまだに行方不明です.今年は2023年ですから,もう55年ものあいだ,見つかっていないことになります.また,回収された3個のセカンダリも破損していたようで,およそ15パーセントのウランが未回収のようです.

現場の放射能汚染に関して,リシュ(Risø)国立研究所のメンバーらは,事故由来のウラン,プルトニウムは海中から検出可能であるものの,人間に対して大きな影響はないものと結論づけています.

とは言え,4発の水素爆弾のうち1発でも起爆していたとしたら,チューレ空軍基地は跡形もなく吹き飛んでいたでしょうし,ソ連による核攻撃と勘違いしたアメリカ軍は直ちに報復攻撃をしかけたかもしれません.

アメリカ軍は,本事件を「ブロークン・アロー」(折れた矢)事件に分類しています.ブロークン・アローとは,戦争につながらない,あるいはつながらなかった,核兵器事故を指します.

日本だけじゃないということ

日本に暮らしていると,日本は唯一の,あるいは最後の,戦争による被爆国という考え方をしてしまいがちです.

しかし,日本で核兵器を使用したアメリカ兵もまた被爆しています.

それに,戦闘状態になくても,核兵器事故は起こるのです.

チューレ空軍基地はグリーンランドにありますが,グリーンランドはデンマークの自治領にあたります.こう考えると,デンマークも被爆国と言えるでしょう.核兵器の紛失事故も,起爆事故もそれぞれ過去10回以上発生しています.これは核実験による放射能漏れを除いた数です.事故のリストを見ていると,よくぞ人類は生き延びたと関心さえします.カナダ,イギリス,モロッコ,韓国,ノルウェー,アルジェリア,スペイン,ロシアは軍事的な被爆国と言えますし,地球上のあちこちで核兵器事故が起こっていることを考えると,地球が被爆惑星と呼べるのではないでしょうか.

アメリカ軍は1968年に,核兵器を搭載したB-52爆撃機による上空待機を中止しました.もちろん,ソ連の脅威が想定よりも小さかったこともあるのでしょうが,味方を危険に晒しすぎたことも理由でしょう.

エストニア上空を旋回したB-52爆撃機が核兵器を搭載していたかはわかりませんが,過剰な「虚仮威し」は相手のみならず味方をも危険に巻き込むこと,そして地球全体を危険に晒すことを,僕たちは伝えていかなければと思います.

今週の書籍

2022年2月24日,ロシアがウクライナに侵攻し,第二次世界大戦以降最大規模の戦争が始まった.国際世論の非難を浴びながらも,かたくなに「特別軍事作戦」を続けるプーチン,国内にとどまりNATO諸国の支援を受けて徹底抗戦を続けるゼレンシキー.そもそもこの戦争はなぜ始まり,戦場では一体何が起きているのか? 数多くのメディアに出演し,抜群の人気と信頼を誇る軍事研究者が,世界を一変させた歴史的事件の全貌を伝える待望の書き下ろし.
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現在もリアルタイムで進行するロシア・ウクライナ戦争の,執筆当時(2022年末)における分析なのですが,たいへん示唆に富んでいます.

専門用語も割と多く出てきますが「BTG(大隊戦術群)」だけ知っておけば読み進められると思います.BTGというのはロシア陸軍の部隊編成で,600から800人で構成される部隊です.これは他国の戦闘単位に比べるとかなり小さいのですが,そのぶん柔軟な運用が可能というのが「売り」になっています.

なぜロシアが核使用をためらうのかについても考察されていますので,今こそ読むべき書籍と思います.

今週のTEDトーク

人類を破滅させるような技術的発明である「黒い玉」を生み出す瀬戸際に我々はいると,哲学者のニック・ボストロムは言います.TEDのクリス・アンダーソンとの鋭く軽妙なこの対談で,ボストロムは我々の発明が手綱を離れたときに直面することになる危険性を描き出し,人類の終焉を避けるためにできることを探ります.
TED

人類がバカなことをしでかさないためには,人文学が絶対に必要だと僕は強く思っています.ただ近代の人文学者がそれに答えてくれているかと言うと,ちょっと疑問があります……とは言え,人文学者の言葉に耳を傾けておくのも悪くはないでしょう.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

最近「衣紋掛け」が通じず「ハンガー」と言い直しました.他にも通じ難くなった日本語はありますか?
Quora
Fujiko F. Fujio
Fujiko F. Fujio

「ビールス」は通じなくなりました.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

昨日,アメリカ人ジャーナリストのアリ・ビーザーと昼食を一緒にしました.お互い仕事中だったので,短時間の再会だったのですが,楽しい時間でした.

アリのおじいさんは,日本へ核爆弾を投下したB-29爆撃機に搭乗していました.広島上空と,長崎上空で,彼は2度被爆しました.アメリカ軍は自軍の兵士や同乗した民間人にも,新型爆弾の性質を伝えていませんでした.また,民間人を目標にしていたこと,とくに長崎ではクリスチャンを目標にしていたことも,兵士たちに伝えていなかったようです.

アリは真実を知りたくて,ジャーナリストになりました.そして,僕たちのためにトークをしてくれています.

僕が長崎で知り合った友人,小鈴のおじいさんは広島と長崎とで被爆した二重被爆者で,いま,アリの友人でもあります.ふたりの友情は,たとえ核戦争をした相手国同士でも,国民はいずれ許しあえることを示しています.

極東の日本と,極西のアメリカで友好関係を結べるのですから,ロシアとウクライナも,どうにか戦闘を終了してもらいたいものです.僕にできることは多くありませんが,ウクライナのキーウ・インディペンデント紙のサポートを通して,真実を広めることを続けていきます.

またTEDの力を借りて,社会活動も続けていくつもりです.よろしければ,こちらもフォローしてくださいね.

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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金谷一朗(いち)

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