アスキーアート【第118号】
2️⃣日本のアスキーアートを変えたのはWindows 95でした
3️⃣ある意外な場所にアスキーアートが隠されていました
📖今週の書籍:文字の海,ビットの舟
🐻今週のTEDxトーク:アポロ計画を支えた,ある書体
📨Q&A:「星を継ぐもの」が大好きな人におすすめのSFはなんですか?
いちです,おはようございます.
2023年2月17日に予定されていた,種子島宇宙センターからの「H3」ロケットの打ち上げが延期されました.ロケットの打ち上げ延期は珍しくないのですが,先週の延期はメインエンジン点火後の「打ち上げ中止」だったこと,記者会見の場で共同通信社の記者が「それは一般に失敗と言いま~す.ありがとうございま~す」と捨て台詞を残したことから,中止なのか失敗なのかという論争になってしまいました.
中止である,いや失敗である,そうではなくて中止と失敗は両立するなどと,侃々諤々の議論がネットを中心に巻き起こりましたが,僕はこの中止によってロケットも荷物も守られたわけですから,エンジニアリングの「大成功」だったんじゃないかと思っています.
もっとも,ひょっとしたら現場のエンジニアたちは「走ってない奴は黙ってろ」と思っているかもしれませんね.僕が現場のエンジニアだったら,絶対そう思ってます……
さて,今週は「アスキーアート」についてお届けします.
アスキーアートは,今となっては耳慣れない言葉かもしれません.しかし,アスキーアートは19世紀に起源を持つ,アートのちょっとした分野なのです.たとえばこんな「絵」を見かけたことはないでしょうか.

なぜこのような描画のテクニックが生まれたのか,解説してみたいと思います.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
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アスキーアートのはじまり
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Windows 95と「MSPゴシック」
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「73」に隠されたアスキーアート
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
アスキーアートのはじまり
アスキーアートの「アスキー(ASCII)」とはアメリカ標準情報通信用文字コード(American Standard Code for Information Interchange)の略で,1960年代のアメリカでよく使われた文字と,コンピューターを制御するために必要だったコード,つまり特殊文字を一覧にしたものです.特殊文字には「ベルを鳴らせ(BEL)」や「いまの文字は無かったことにしてくれ(DEL)」というものもありました.もちろん,アルファベットや数字,それに空白,改行といった「当たり前」の文字もアスキーに収録されています.
アスキー文字の一覧を次の表に示しますね.

ASCII文字(ピンクの部分をアスキーアートに使う)
このアスキー文字を使ったものを「アスキーアート」と呼びます.

ジョー・ニッケルによるタイプライターアート
1870年代にタイプライターが実用化されると,すぐにタイプライターを使って絵を描こうと試みる人が現れました.上の図もそんな「タイプライターアート」の一例です.1865年にすでにルイス・キャロルが次の図のように活字でグラフィカルな表現をしていたので,この流れは当然だったのかもしれません.

不思議の国のアリスに登場する「コーカス・レースと長い話」
こんなタイプライターを使ったお絵描きこそが,アスキーアートの始まりでした.僕自身も,子供の頃,母のタイプライターを使ってアスキーアートを「発明」していました.
タイプライターが一足早く普及した欧米では,コンピューターの時代を迎えてアスキー文字が普及すると,次の図のように「袋文字」を作るアスキーアートが流行しました.

アスキーアートによる袋文字
一方,日本のコンピューターはアスキー文字のうち,左上から右下へかけて伸ばす「バックスラッシュ記号(\)」を「円記号(¥)」に置き換えていたため,袋文字を作ることができませんでした.もしこの置き換えがなければ,日本でも袋文字が流行っていたかもしれません.
Windows 95と「MSPゴシック」
こんなアスキーアートですが,ネットが普及すると日本で一気に花開きます.その頃はすでに日本のコンピューターで漢字や記号が表示できるようになっており,アスキー文字以外を使えたことも大きな理由になったのでしょう.
また,アスキーアートの大前提であった「文字の幅はすべて同じ」というルールが薄まっていったことも,結果として日本のアスキーアートを洗練させたかもしれません.
1980年代の日本のパーソナルコンピューターでは,文字の幅はすべて同じにしておくことが当たり前でした.漢字やひらがなは元からだいたい同じ幅ですし,原稿用紙に書かれた文章のように縦横びしっと文字が並んでいることが,日本の美観にもあったのでしょう.
一方,アメリカ文化を日本に持ち込んだ「Windows 95」は,日本のリコーが開発した日本語フォント「MSゴシック」の文字幅を1文字ずつ調整した「MSPゴシック」を標準フォントに指定しました.
MSPゴシックは,欧米フォントにならって細い空白文字を搭載しています.よくワードで字下げしようとして「きーっ」てなる文字ですね.日本のアスキーアート製作者たちは,この細い空白文字を最大限利用して,次のようなシンプルだけれどもちゃんとマンガになっているアスキーアートを製作しています.

日本のアスキーアート
もともと文字ごとに文字幅が違う文化を持った欧米では,アスキーアートには固定文字幅のフォントを使うことが定着しています.マンガのアスキーアートも次のようになります.

アルファベット圏のアスキーアート
アスキーアートのまとめサイトを見て回った僕個人の感想ですが,日本のアスキーアートのほうがより精緻で,かつ熱量の高いものが多いように感じました.
アルファベット文化圏のアスキーアートで使われる固定幅フォントというのは,僕たちのようなプログラマーに需要があるので,欧米でも無くなりはしないのですね.欧米のアスキーアート製作者たちも,プログラマー向けのフォントをよく使っています.
なんかこう,西洋と東洋の文明が衝突せずにお互いすり抜けた感じなのでしょうか.
なおMSPゴシックはマイクロソフト社の製品なので,自由に使うことはできません.そこでMSPゴシックと同じように使える「IPAモナーフォント」という日本語フォントが開発されました.アスキーアートを見るためにフォントまで作ってしまう情熱がHENTAI日本なのかもしれません.さきほどのアスキーアートもIPAモナーフォントを使って再現したものです.
「73」に隠されたアスキーアート
アスキーアートのルーツを探っていたところ,意外な発見がありました.WikipediaのEmoticon(顔文字)のページに,アマチュア無線のスラング「73」が紹介されていたのです.
アマチュア無線の「73」は,主に男性によって「敬具(Best regards)」あるいは「さようなら」の意味で使われます.日本でも,交信の終了に「セブンティスリー」と言うことがありました.(女性は「73」の代わりに「88」を使うことが多いです.)
この「73」はモールス信号の時代から使われていたそうです.1857年にはすでに使われていたようですから,これはグエル・マルコーニによる無線通信発明前の有線通信です.
Wikipediaの解説はここまでで,どうやったら「73」が締めの挨拶になるのかは,僕にも不明でした.字面だけ見てもなんのことやら,ですよね……
でも,ぴこーんとひらめいたんです.

モールス符号で「73」はどうなるかと言いますと……

こうなります.洋書で見かける「チャプター・ディバイダー」あるいは「ディンカス(Dinkus)」に見えてきませんか.ディンカスとはこんなものです.

これが答えじゃないかなあと僕は思っています.つまり文章の区切り記号を,アスキーアート風にしたのでしょう.これは「モールスアート」とでも呼べばよいのでしょうか.
モールス信号を耳で聞くのはほぼ20世紀からの習慣で,それ以前は紙テープに短点(・)と長点(ー)を印字していました.通信オペレーターは「通信おわり」のつもりで,ちょっとした画家の署名を残したのかもしれません.
(真相を知っている方がいらっしゃったら,ぜひご一報ください.)
今週の書籍

Illustration: 青木光恵
「インターネットウォッチ」に不定期連載された「文字の海,ビットの舟」シリーズのご紹介です.こちらは書籍ではないのですが,とにかくおもしろいので「今週の書籍」でご紹介します.
コンピューターで当たり前のように日本語が使えるとはどういうことか,ということを豊富なインタビュー,豊富な資料から読み解いています.
今週のTEDxトーク

TEDxSanFrancisco
1969年に人類初の月面着陸が達成されたとき,Futura(フーツラ)という書体がその場に立ち会っていました.書体のわくわくするような歴史を紹介する中で,デザイナーのダグラス・トマスは,アポロ11号の月面着陸においてFuturaが担った役割と,どのようにしてFuturaが世界で最も使用されるフォントのひとつとなったのかを紹介します.
こちらは,書体デザインのお話です.文字を並べるアスキーアート以前に,文字そのものもアートであり,テクノロジーであることを,ぜひ視聴して感じてください.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
「星を継ぐもの」が大好きな人におすすめのSFはなんですか?
ホーガン「星を継ぐもの」は大傑作ですよね.おそらくお勧めSFがこれからたくさん回答されると思うので,僕からはお勧めしないSFを.
いちファンの意見なのですが,ご参考になれば.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
学生たちの卒業研究発表が無事終わりました.今年もコロナ対策で,他研究室の発表はすべてオンラインで参加することになりましたが,卒研発表はふだん何をしているのかわからない他研究室の様子を聞けるいい機会ですね.
僕の研究室は移籍1年目ということもあって,研究設備も少なく,先輩の卒業論文という蓄積もなく,学生たちは他研究室よりも苦労したと思うのですが,よくやってくれました.
今週は「ウィーン会」という,オーストリアにご縁のある皆様とのオンラインの集いで発表をさせていただきました.このSTEAM NEWSをご購読いただいている方もいらっしゃって,直接お話しできて楽しかったです.
本号ではアスキーアートという,音声だけではどうにも説明しづらい内容をご紹介したのですが,それでも音声版も収録しました.よろしければ音声版のほうもお楽しみください.
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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
73.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWS有料購読者様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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