音楽家にして天文学者!ウィリアム・ハーシェルの功績【第63号】
【140字まとめ】天文学者にはどういうわけか,少し変わった経歴の持ち主が多くいます.例えばイギリスのブライアン・メイ博士はロックバンド「クイーン」のギタリストだったり.今週は天文学者でやはり音楽家だったウィリアム・ハーシェルを取り上げます.彼はまた優秀なエンジニアでもあったのです.
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いちです,おはようございます.
今週は共通テストの試験問題漏洩事件がありました.共通テスト監督についてはこのニュースレターでも皆様にお届けしていたところですが,その内容がテレビ局の番組制作スタッフさんにも伝わったようで,先日「スッキリ」の取材を受けました.どんな感じで放送されたのかまだ見ていないので,ご覧になった方は観想をお聞かせ頂ければ幸いです.
さて,今週は音楽家にして天文学者,なおかつエンジニアだったウィリアム・ハーシェルを取り上げます.天文学者の中には変わった経歴の持ち主をよく見かけます.イギリスのブライアン・メイ博士は,ロックバンド「クイーン」のギタリストとしても有名ですね.
他にも,ハッブル宇宙望遠鏡にその名を残すアメリカの天文学者エドウィン・ハッブル博士.彼はヘビーウェイト級のボクサーだったんです.また第1次世界大戦では少佐に上り詰めるなど,軍人としての才能もありました.そんな彼は,戦後に20世紀最高の天文学者となります.実際,彼があと1年長生きしていたら,ノーベル賞は間違いなかったと言われています.
そんな興味深い天文学者のひとり,フレデリック・ウィリアム・ハーシェルについて,取り上げていきます.
《目次》
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作曲家ハーシェル
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天王星の発見
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外惑星は親子4代
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望遠鏡製作者としての功績
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おすすめ書籍:いま明かされる!すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い〜開発に秘められた情熱と現実
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おすすめTEDトーク:宇宙の誕生が見える最新型望遠鏡
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Q&A
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一伍一什のはなし

作曲家ハーシェル
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヘルシェルはドイツのハノーファーに1738年11月15日に誕生しました.彼は19歳でイギリスに渡り,英語風にフレデリック・ウィリアム・ハーシェルと名乗ることになりますので,このニュースレターでもハーシェルで統一します.
当時,ハノーファーとイギリスはジョージ2世のもと同君連合で,フランスとの戦争の雲行きが怪しくなった1755年,ウィリアム・ハーシェルの父アイザック・ハーシェルはウィリアムをイギリスへ疎開させました.その頃,ウィリアムは軍楽隊でオーボエを吹いていましたが,急いで英語を習得しつつ,バイオリンとハープシコード,そしてオルガンも習得しました.
僕は音楽には全くの素人なのですが,それでもオーボエやバイオリンといったモノフォニック(単音)な楽器と,ハープシコードやオルガンといったポリフォニック(多音)な楽器とではまったく演奏方法というか発想自体が異なるということはわかります.中々の才能の持ち主だったということですね.
ウィリアム・ハーシェルは24もの交響曲の他に,協奏曲,教会音楽も手掛けています.彼の交響曲はYouTubeで聴くことができます.
彼はニューカッスル・オーケストラの第1バイオリンをつとめた後,リーズとハリファックス,そしてバースの教会でオルガン奏者になっています.
ウィリアム・ハーシェルは18世紀の「フィロマス(philomath)」という人種でした.フィロマスは日本語訳がまだ無いのですが,中国語では「愛学問的人」と言うそうです.「学問を愛する人」という意味ですね.このニュースレターの読者(STEAMボート乗組員と乗客)もフィロマスと断言できます.
イギリスに渡ってから,ウィリアム・ハーシェルは熱心に天文学を学び始めます.彼の読書履歴が残っていますので,見てみましょう.
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Robert Smith: Harmonics, or the Philosophy of Musical Sounds (1749) — 和声〜音楽に於ける音の科学
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James Ferguson: Astronomy explained upon Sir Isaac Newton’s principles and made easy to those who have not studied mathematics (1756) — アイザック・ニュートン卿の原理に基づく天文学の解説並びに数学を解さぬ者への詳細なる説明
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William Emerson: The elements of trigonometry (1749) — 三角法の基本
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William Emerson: The elements of optics (1768) — 光学の基本
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William Emerson: The principles of mechanics (1754) — 力学の原理
なんと勉強家なのでしょうか.
そんなハーシェルの天文学への貢献を,次の節でご紹介します.
天王星の発見
イギリスのバースでオルガン奏者になったウィリアム・ハーシェルは妹のカロラインを呼び寄せ,一緒に住むようになります.カロラインは兄ウィリアムの天体観測の助手をしつつ,自身でも彗星の発見などで功績を残しています.
そして運命の1781年3月13日,バースの自宅で「天王星」を発見しました.天王星は土星の外側を回る惑星で,時期によっては肉眼で見えることもあるようです.実際,1690年にイギリスの天文学者ジョン・フラムスティードが「おうし座34番星」として観察記録を残した星が,後に天王星であったことが分かっています.ハーシェルも当初は未知の「彗星」だと考えたようですが,彗星にしては軌道が違うことが分かり,土星の外側をまわる惑星だということがわかりました.
ハーシェル自身はこの新惑星に,当時のイギリス国王ジョージ3世の名前をつけて「ジョージの惑星」と呼んだのですが,この呼び方はハーシェルの名声を高めたものの普及はしませんでした.最終的にドイツの天文学者ヨハン・ボーデが名付けた「ウラノス(ウラヌス)」が普及し,その訳語である「天王星」が漢字文化圏に広まりました.
外惑星は親子4代
ウラノスはギリシア神話における「天空の神」ですが,実はもっと重要な役割を担っています.
ギリシア神話は大地の女神「ガイア」から始まります.何事も理屈を求めたギリシア人,全ての神々には生みの母がいるのですが,ガイアだけは例外で,混沌,つまり「カオス」から生まれたことになっています.
ガイアは天の神ウラノス,海の神ポントス,山の神ウーレアーの3神を産んでいます.
ガイアはウラノスとの間に12人の子供を設けています.この子供たちはティタン(タイタン)あるいは「巨神族」の12柱と呼ばれています.巨神12柱の長は大地と農耕の神「クロノス」でした.このクロノスは父親ウラノスを殺して,全宇宙の神を継承します.
土星を英語で「サターン」と呼びますが,これはローマ神話に出てくる大地と農耕の神「サトゥルヌス」から来ています.大地と農耕の神…そうなんです,サトゥルヌスはギリシア神話のクロノスと同一視されました.実際,現在でも土星はギリシア語で「クロノス」と呼びます.
土星がクロノスだから,その外側の惑星はウラノスであるべきだと,ボーデは考えたのでしょう.
なお,父親ウラノスを殺したクロノスですが,彼は息子ゼウスによって討たれています.ゼウスはギリシア神話の最高神で,天空でもっとも明るい星,木星と見なされました.木星は英語で「ジュピター」ですが,これはローマ神話の最高神「ユピテル」すなわちギリシアのゼウスです.
木星(ゼウス),土星(クロノス),天王星(ウラノス)と3代続くわけですね.
話はここで終わりません.木星よりもひとつ内側の惑星,火星は英語で「マーズ」ですが,もちろんローマ神話の軍神「マルス」が語源です.マルスはギリシア神話の軍神「アレス」とおなじで,火星が赤く見えるため古代ギリシア人たちはアレスと火星を結びつけたのですね.で,もうお察しの通り,アレスはゼウスの息子です.
火星(アレス),木星(ゼウス),土星(クロノス),天王星(ウラノス)と4代続きました.
地球の外側を回る惑星を「外惑星」と呼ぶのですが,ハーシェルが天王星を見つけた時点では,外惑星が全て順に親子となっていたのですね.
望遠鏡製作者としての功績
ハーシェルは生涯で400台以上の望遠鏡を製作しています.とりわけ有名なのは妹カロラインと共に1785年から作り始めて1789年に完成した「40フィート望遠鏡」です.望遠鏡の性能を測る指標として,望遠鏡の主鏡の大きさがよく使われます.ハーシェルの40フィート望遠鏡の主鏡は直径1.2メートルで,その後50年にわたって世界最大であり続けました.

ハーシェルの40フィート望遠鏡
ハーシェルの望遠鏡は,ニュートン式を改良したもので「ハーシェル式」と呼ばれています.
このような望遠鏡は主鏡の直径が大きいほど,また標高の高いところに設置されるほど,より良く天体を観察することが出来ます.
40フィート望遠鏡は老朽化のため,ハーシェルの息子ジョンによって解体されてしまったのですが,ウィリアム・ハーシェル望遠鏡と名付けられた大型望遠鏡が,大西洋のカナリア諸島の標高2,344メートルの山の上で,現在でも稼働しています.ウィリアム・ハーシェル望遠鏡の主鏡は直径4.2メートルです.
ところで,今週「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が予定されていた「第2ラグランジュ点」に到達しました.この場所は地球上のどんな山の上よりも天体観測に適しています.それどころか,地球から修理に訪れるわけにはいかないという点を除いては,ハッブル宇宙望遠鏡が周回する地上600キロメートルの軌道よりも優れているのです.第2ラグランジュ点は太陽の光が地球の影によってブロックされる場所で,なおかつ安定した軌道なのです.

太陽(Sun)と地球(Earth)と第2ラグランジュ点(L2)の位置関係
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡は直径6.5メートル相当に達しています.ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は「赤外線」観測用に設計されており,宇宙誕生初期となる約2億年後以降に輝き始めた星を観測することになっています.エドウィン・ハッブルが発見したとおり,宇宙は膨張しており,初期の星は地球から遙か遠くを高速に遠ざかっているため「ドップラー効果」によって可視光から赤外線へと波長が伸びてしまっているのです.一言で言うと,自分から遠ざかる救急車のサイレンの音を観測するのです.
ジェイムズ・ウェッブの名前はアメリカ航空宇宙局(NASA)の2代目長官ジェイムズ・エドウィン・ウェッブから取られました.ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は,一体どんな宇宙を私たちに見せてくれるのでしょうか.本当に楽しみですね.新しい発見が報道されたら STEAM NEWS でも取り上げて参ります.
おすすめ書籍
すばる望遠鏡は,ハワイ島のマウナ・ケア山山頂に建設された国立天文台の大型光学赤外線望遠鏡です.その建設は1991年に始まり,10年近くの年月をかけて完成しました.その主鏡は8.2メートルで,当時世界最大の反射望遠鏡でした.すばる望遠鏡はコンピューター制御の天体望遠鏡ですが,現在では,コンピューターが望遠鏡にとって最も重要な要素の1つになっています.しかし,いくら高性能のコンピューターを使っても,その上で動くソフトウェアがまずければ,望遠鏡や観測装置が本来備えている能力を十分に引き出せません.つまり,コンピューターというハードウェアを満足に機能させるには,それ相応のソフトウェアが必要であり,ソフトウェアの善し悪しが望遠鏡の性能や信頼度を決定するのです(中略)それにもかかわらず,ソフトウェアは,観測結果の写真や望遠鏡,コンピューターといった機械と違って眼に見えないため,あまり紹介もされず,その存在自体が忘れられがちです.しかしながら,すばる望遠鏡の場合でも,このような高精度を要求されるソフトウェアの開発には,望遠鏡本体の開発と同様に,多くの人材と長い時間が必要だったのです.本書では,これらのソフトウェアをどんな人々がどのようにして作り上げたのか,開発を担当した当事者の立場から,その歴史と状況をソフトウェアの機能を織り交ぜながら紹介・解説します.
日本の国立天文台がハワイのマウナ・ケア山に設置した「すばる望遠鏡」の開発秘話です.それも,すばる望遠鏡を支えるコンピュータ技術に関するものです.望遠鏡を駆動したり,取得した画像を処理したりするコンピュータ技術はなかなか日の目を見ないので,このように本にして貰えるとありがたいですね.
おすすめTEDトーク
いつ,どうやって宇宙は誕生したのでしょうか?天文学者の国際的グループは大型で新たな望遠鏡を使い,可能な限り遠い過去を見ることでその疑問に答えようとしています.ウェンディ・フリードマンは南アメリカに建設中の巨大マゼラン望遠鏡プロジェクトを先導しています.彼女はリオデジャネイロのTEDグローバルにおいて,巨大マゼラン望遠鏡によって可能になるであろう,宇宙に関する発見の壮大な展望を語ります.
チリの「ラス・カンパーナス天文台」に建設中の「巨大マゼラン望遠鏡」は,宇宙のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と連携することを前提に設計された,直径8.4メートルの主鏡を7枚備える巨大望遠鏡です.完成すると,直径22メートル相当の性能を発揮する見込みで,現行の世界最大の望遠鏡である「カナリア大望遠鏡」(直径10.4メートル)や「大双眼望遠鏡」(直径11.8メートル相当)を大きく抜くことになります.
巨大マゼラン望遠鏡はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と同じく,赤外線観測用に設計されています.可視光向けの建設中望遠鏡にはマウナケア山に建設予定の「30メートル望遠鏡(TMT)」と,チリに建設中の「欧州超大型望遠鏡(E-ELT)」があります.
これらもどんな宇宙を見せてくれるのか,楽しみですね.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から:
いちごの季節になりましたね!一番好きないちごはなんですか?
いちごって沢山の種類がありますよね.「築地市場ドットコム」さんが「苺の断面図カタログ」を公開されています.僕は固めのいちごが好きなので,図の左側が好きです.

苺の断面図カタログ ver.05
この図にはまだ載っていませんが「いちごさん」という新しい品種も好きです.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

先週末は「西彼杵高校」によるビデオ収録のお手伝いで「長崎バイオパーク」に出かけてきました.車で移動し,現地でも人との接触は避けて撮影をしたので,人との接触は避けられたのですが…バイオパークのラマ(リャマ)というラクダの仲間にはあちこち甘噛みされました.楽しかったです.
今週は「学校推薦」入試がありました.僕の勤務する学部の学校推薦入試では受験者全員に面接を行うのですが,今年はありがたいことに想定以上の受験者がいまして,長い一日になりました.面接官も大変ですが,面接を待たされる受験生も大変だなあと感じます.待っている間にお腹もすいてきますしね.文科省がオンライン面接を認める方向に舵を切ったので,今後は自宅から受験ということも一般化していくかもしれません.
というかですね,入試はもう少し緩くしても良いのではないかと,僕は思います.日本は「学歴社会」と言いますが,実際にはどの大学に「入学」したかが問われる「学閥社会」でしょう.人間の「優秀さ」の指標というのは「どこの大学に入学したか」ではなく,その人が「何をしたか」だと思うのですが,どうしても大学名を「シグナリング」として社会が扱うため,入試の「公平性」というか「努力と点数が比例すること」が過剰に求められているように思います.
まあ努力賞が貰える最後の機会,いや唯一の機会が入試だからなのでしょうが,そのために日本人は見えないコストを多大に支払っていることを,僕たちは訴えていかないといけないと思っています.見えないコストとは,例えば共通テスト監督に日本有数の学者を投入することや,大学の教育研究機能を数日間完全にストップさせること等です.
…ということを「スッキリ」の取材で一くさりお話しさせて頂きました.カットされちゃったかな…?
次の仕事で「MIDI」というデジタル楽器用のネットワークを使うことになりました.これは大変古い規格で,ケーブルの最大長は15メートルとされています.次の仕事では,これを100メートル以上引っ張る必要が出てきました.
で,そう言えば2006年にオープンした「表参道ヒルズ」のクリスマスイベント用に「MIDIエクステンダー」という,MIDI信号を100メートル以上引き回せる装置を開発していたことを,クライアントさんが思い出してくれました.彼は15年前の装置を倉庫から見つけ出して,使ってくれるようです.
動くかどうか,どきどきしています.
うまくいったら,いや失敗しても,また読者の皆様にご報告しますね.

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では,また来週,お目にかかりましょう.
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ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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