四捨五入を疑え!国会の議席配分にまつわる数学【第40号】
【140字まとめ】自民党総裁選が終わるとすぐに衆議院選挙がありますね.今週は衆議院における議員定数や,アメリカ合衆国下院の議員定数の分配を例に,我々が絶対的に公平と思っている「四捨五入」ルールを疑ってみます.是非選挙にも関心を持って,投票にも行ってくださいね.
いちです,おはようございます.
東京オリンピック・パラリンピックも終わり,選挙のシーズンがやって来ました.衆議院の任期が2021年10月21日までであることから,第49回衆議院議員選挙が近いうちに行われることは確実です.
今週はそんな国会(議会)の定数配分に関するお話です.
議員定数はどのように分配したら公平?
衆議院の定数は現行465人で,日本の人口が1億2,530万人ですから,人口100万人あたりの衆議院議員数は3.7人ということになります.これはアメリカ合衆国の同1.4人よりは幾分大きな数値ではありますが,OECD加盟国の中では下から2番めです.例えばイギリスは同10.4人,ドイツは同7.5人となっています.とは言え,衆議院の定数を倍にすると1,000人近くになってしまって,会議は踊りっぱなしになってしまうので,ここらへんが限界なのでしょう.
衆議院465議席のうち289議席が「小選挙区制」で争われます.小選挙区は御存知の通り,地域ごとに分割された選挙区ですね.ロバート・A・ハインラインのSF小説「月は無慈悲な夜の女王」では地域ごとではなく,例えば年齢ごとの選挙区も提案されていますが,いまのところ選挙区といえば地理的区分です.衆議院の残りの176議席は,北海道、東北、北関東、南関東、東京、北陸信越、東海、近畿、中国、四国、九州・沖縄の11選挙区に分けて「比例代表制」で争われます.
今週のお話は,衆議院の定数を各地域にどのように分配するかについてです.小選挙区の方は議員定数が1になるように区割りの方を調整するので,比例代表のほうで考えてみましょう.
現在の衆議院比例代表制の区割りでは,北海道8,東北13,北関東19,南関東22,東京17,北陸信越11,東海21,近畿28,中国11,四国6,九州・沖縄20になっています.
2020年9月1日の有権者数をカウントすると,北海道4,514,898人,東北7,436,971人,北関東11,834,554人,南関東13,657,015人,東京11,520,429人,北陸信越6,114,363人,東海12,360,034人,近畿17,159,657人,中国6,102,625人,四国3,205,495人,九州・沖縄11,905,965人となります.

衆議院比例代表制における各ブロックの有権者の「強さ」
これがどういうことかと言うと,東京は比例代表制の議席数の9.7パーセントを確保しているのに対して,有権者数は全国の10.9パーセントもいるわけなんです.一方で四国は議席数の3.4パーセントを確保しているところ,有権者数は全国の3.0パーセントしかいないのです.つまり,四国の有権者のほうが東京の有権者よりも「1.3倍ほど強い」票を持っていることになります.
小選挙区制のほうはもっとひどい状態で,議席数1に対して鳥取1区の有権者数が233,060人,東京10区は有権者数が481,534人なので,鳥取1区の有権者は東京10区に比べて2.0倍「強い」ことになります.正確には2.004倍になるので,一票の格差が2倍を超えると違憲とする最高裁判決に従うと,違憲状態となります.(*)
*有権者数ではなく人口(2021年速報値)を使うと,一票の格差の最大値は,鳥取2区274,160人に対して東京22区573,969人の2.094倍になります.
洋の東西を問わず,議員定数をいかに公平に分配するかについては,苦難の歴史があります.
アメリカ合衆国議会の議席配分
アメリカ合衆国の例をとってみましょう.アメリカの議会(国会)も日本やイギリスと同じく二院制ですが,上院の方は各州2名ずつの割り当てと決められています.そのため一票の格差は70倍前後になるのですが「上院だからいいや」ということになっています.そもそも上院(upper house)の正式名称はセネート,つまりは元老院(ラテン語でセナートゥス)なので,下院(lower house)こと代議院ほどには一票の公平性を求めないのかもしれません.

ウィリアム・モートン博士が設計した初期のアメリカ国会議事堂.イメージと逆で,上院が1階に,下院が2階にあった.
アメリカの下院は,建国当初,合衆国憲法によって「(i)州の人口に比例して州のあいだで下院議員を配分すること,(ii)そのために,州の人口は10年ごとに求めること,(iii)下院議員の数は人口3万人につき1名の割合を超えないこと,(iv)ただし,例外として各州1名の下院議員を持つこと」とされました.(iii)の「議員は3万人につき1名を超えないこと」条件は,人口100万人あたりにすると33.3人未満にしなさいということですが,そんな「贅沢」は現在とても出来ないので死文化しています.
アメリカは13州でスタートしています.スモールスタートアップですね.当時,バージニア州には630,560人の人がいたそうです.後に第3代合衆国大統領になる国務長官ジェファーソンは,各州の人口を33,000で割って,端数を切り捨てた数値を下院の議席数にしました.バージニア州の場合
630,560/33,000=19.108
なので,19議席を割り当てられました.ジェファーソンは,この方式でもし議席数が1未満になるような州があれば,1議席を割り当てることにしました.これが「ジェファーソン方式」と呼ばれる議席配分の方式です.
現代の日本人の感覚では下院の議席数のほうつまりは議員定数のほうを先に決めておいて,それを各州に分配するのが当たり前のように思われますが,当時は計算機もましてエクセルも無かったので,先に33,000という「除数」(割る数)を決めざるを得なかったのです…というのは教科書的な説明で,アメリカ人画家が発明し現在も使われている「マンセル表色系」という色の地図が,全体の構図を決めずに中心から様々なカラーを規則に従って伸ばしていっているのに対して,ドイツ人化学者が同時期に発明した「オストワルト表色系」という色の地図が,全体の構図を決めておいて,そこから内部を分割していって色を割り当てているところを見ると,仕上がりが不揃いでも正しいプロセスで出来上がったものなら受け入れようよというアメリカ人気質を感じます.

アメリカが大きくなっていくにつれて,政府は除数33,000のほうも徐々に大きくしていきました.1830年には除数を47,700にまで大きくしていますが,それでもアメリカの人口増加はそれを上回っており,下院の議席数は240議席になっています.
1840年の国勢調査結果に対してからは,ジェファーソン方式に変わって「ウェブスター方式」という方式で議席数を分配することが決められました.これはジェファーソン方式の「切り捨て」の代わりに,日本ではよく使われる「四捨五入」を採用するものです.四捨五入は英語で round half up と言い,もちろん英語圏でも広く使われてはいるのですが,どうも「0.5を1に丸める」ことに抵抗する文化も僕は感じます.中国には「五捨六入」や「四捨六入」もあるそうですね.
ジェファーソン方式をやめてウェブスター方式にしたのは,一票の格差を縮めるためだったと考えられています.ジェファーソン方式で行われた1790年の議席配分では,バージニア州が人口全体の17.44パーセントを占めて,議席数は全体の18.10パーセントでした.一方デラウェア州は人口全体の1.54パーセントを占めながら,議席数は全体の0.95パーセントでした.日本の衆議院比例代表制と逆で,大きな州が得をしていたわけです.ウェブスター方式は,ジェファーソン方式にあった不公平をいくぶんか緩和するものでした.
ウェブスター方式が導入された1840年代から1850年代は,アメリカの人口増に伴って下院の議員数も増加の一途をたどっていました.1850年の国勢調査に基づいた議席配分では,下院が234議席になっています.一方,上院のほうは州ごとに2議席と決められていますから,増加率は穏やかです.例えば1850年にカリフォルニア州が31番めの州として合衆国に加盟しています.そのため上院と下院がアンバランスになってしまい,下院の議席増を何とか止めなければという動きがありました.
そこで1900年の国勢調査から,新たに「最大剰余方式」あるいは「ハミルトン方式」と呼ばれる議席配分の方式が導入されました.これは総議席数を予め決めておいて,各州の人口に応じて議席数を分配していく方式の一種です.最大剰余方式では,まず議席数を各州の人口比通りに分配していくのですが,このとき端数はすべて切り捨ててしまいます.これを「基本配分」と言います.次に,余った議席をいくつかの州に1議席ずつ配分します.これを「追加配分」と言います.追加配分の優先順位は,まず基本配分で議席を貰えなかった州,次に切り捨て値の大きかった州の順です.
これは単純でわかりやすい方式なのですが「アラバマのパラドックス」という大きな問題が存在することを指摘されています.議席総数を増やすと,かえって配分議席数が減ってしまう州が出てきたのです.実際1880年の国勢調査に対して,議席総数を増やすシミュレーションをするとアラバマ州の配分が減ってしまうことから「アラバマのパラドックス」と呼ばれています.
結局1910年から1930年の国勢調査結果に対しては,ハミルトン方式を1回で見限って,ウェブスター方式に戻りました.しかし大論争の末,1940年に「ヒル方式」という新方式が採用されています.この時代になると機械式計算機が登場しており,また州の増加が1912年にニューメキシコ州とアリゾナ州が加盟した後は一段落したことも,複雑な計算を受け入れる素地が出来上がっていたのでしょう.
四捨五入を疑え!
もう一度ジェファーソン方式とウェブスター方式を思い出してください.ジェファーソン方式は端数を切り捨てるものでした.ウェブスター方式は端数を四捨五入するものでした.両者とも獲得議席数が0になってしまう州を特例扱いしないといけないため,一票の格差が大きく出やすくなってしまいます.特にジェファーソン方式は大きな州に不当に有利でした.
切り捨てや四捨五入をやめて,例えば端数を切り上げることにしてはどうでしょうか.例えば議席配分が計算上1.1議席となったら,2議席を与えてしまうのです.こうすれば計算上0.1議席の小さな州でも確実に1議席を確保できます.実際,この方法は「アダムズ方式」と言って,日本の「衆院選挙制度改革関連法」(2016年成立)で導入されています.アダムズ方式によって,衆議院比例代表制の議席配分は「東北13→12,南関東22→23,東京17→19,北陸信越11→10,中国11→10」と修正される見込みです.(残念ながら今年の選挙には間に合いません.)
アダムズ方式は端数をすべて「上へ」丸め込むため,切り捨てと同じように乱暴な方法とも言えます.そこでアメリカ政府が採用したのが「ヒル方式」でした.ヒル方式は端数の「切り捨て」「切り上げ」をユニークな方法で決めます.
四捨五入とは,ある数が整数nと整数n+1の間にあるとき,どちらに寄せるかという問題の解決方法でした.端数が0.5よりも大きいかどうかで決めるというのは,整数nと整数n+1の平均よりも大きいかどうかで決めるということです.例えば2.49は整数2と整数3の間にありますが,ここで整数2と整数3の平均値2.5と比べると2.5よりも小さいので整数2へと丸め込むことになります.
ヒル方式は,この四捨五入で使う「平均」正確には「算術平均」の代わりに「幾何平均」を使います.算術平均は御存知の通り「足して2で割る」ことです.一方の幾何平均は「掛けてルートをとる」平均のことです.例えば2と3の幾何平均は
(2と3の幾何平均)=√(2×3)=√6=2.45
となります.ヒル方式に従うと,2.49は「2と3の幾何平均」2.45よりも大きいので3に丸め込むことになります.とりわけ1未満の数はすべて1に丸め込まれるので,合衆国憲法の条件(iv)を自動的に満たすわけですね.
ヒル方式は比較的偏りが小さい配分方式と考えられ,アメリカ下院で現在まで採用され続けています.
おすすめ書籍
1票の格差を是正するためには,一般に比例方式がよいとされる.しかし比例方式でも,議席配分の算出には多くの手法があり,なかなか一筋縄ではいかない.本書は,著者が長年取り組んできたこの問題をアメリカの議席配分を例に取りながら,数理に基づいて解決する方法を解説する.日本で使われるアダムズ方式の有用性についても問う.「1票の格差」の数理的側面に関心のある読者には必読の書である.
議席配分方式について,日本語で読める中ではおそらく唯一のまとまった書籍です.ただし,数式が多い上に,一般向けを意識したのか,前半は工学系の人間から見ると読みづらい(わざとらしい)数式が続きます.例えば,実数を整数部と小数部に分けるなどですね.
とは言え,情報学的に充実した内容に加えて,日本で採用されるアダムズ方式についても詳細な検討を加えるなど,非常にリッチな内容になっていました.
おすすめTEDトーク
これまで選挙をしたことのない国の人々に,投票のやり方を教えるとしたらどうしますか?これは,民主主義が芽生え始めた国々で直面する大きな課題です.そして,その最大の障壁の一つは,選挙について伝えるための言葉が存在しないことです.どんなことも,それを説明する言葉がなければ理解することはできません,この示唆に富むトークでは,選挙の専門家であるフィリッパ・ニーヴが,民主主義の最前線での経験を交えながら,選挙にまつわる言葉の溝を埋めるための解決策について語ります.
選挙を実施するということが,途方も無いことだということを思い出させてくれるトークです.世の中には「投票」を意味する言葉が無い地域もあります.日本でも明治初期には「入れ札」と呼んでいたそうですね.
投票は我々国民が「勝ち取った」権利なのです.決して無駄にしないでください.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.
今週ご紹介するのは,マシュマロで頂いたこんな質問です.
いずれ来るときのために大ピラミッド型の墓石はお考えですか?
僕の墓は適当な地面にマタタビ(夏梅)を植えてもらえたらいいなあと思います.そうしたら猫が集まるので.
マタタビは東アジアにしか無いので,もしエジプトで客死したら,代わりにキャットニップ(猫ミント)がいいです.
古代エジプトのお墓からは猫のミイラも見つかっているのですが,むしろ生きている猫ちゃんたちが集まるお墓がいいなあと思いました.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問お待ちしております.

これまでの「振り返り」と「あとがき」に代えて「一伍一什(いちごいちじゅう)のはなし」というコーナーを作ってみました.
一伍一什というのは「始めから終わりまで」という意味で,作家さんによっては「いちぶしじゅう」とふりがなを打っていることもあります.このコーナーでは「大学てこんなところ」とか「制作の現場はこんな感じ」とかを,できるだけ始めから終わりまでお伝えしていこうと思っています.
というわけで,今週を振り返りますと…新型コロナウイルス感染症の第5波の影響で,高校へ出向いての大学説明会とか,大きな街で開かれる移動オープンキャンパスのようなイベントが軒並み中止になってしまったんですよね.
で,希望する高校へはオンライン説明会を開いているのですが,受験生個人単位でも進学相談を受けたいというニーズがあるため,教員が手分けしてZoomで個別相談を実施することにしたんです.となると,用意しなくちゃいけないのがオンライン受付サイトですよね.
大規模イベントのチケット販売と違って,美容室の予約みたいな感じになるので,できればその手のサービス(Airリザーブとか)を使いたかったのですが,これを使うとあまりにも商売っ気が出てしまうので,いつもTEDxイベントで使っているPeatixを使うことにしました.
以前,学内の研究室見学を予約制にするためにAirリザーブを使ったことがあるのですが,学生が予約するたびに「ご予約ありがとうございます!いつも笑顔で対応する金谷研究室でございます!お客様のご予約は…」みたいなメールが飛んでいってたんですよね.いや文面はカスタマイズ出来るんですが「お客様」だけは消せない仕様だったんですよ.
と,まあ,最近の大学教員はこんなことまでしてまっせというお話でした.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
では,また来週,お目にかかりましょう.
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