フィボナッチ数と黄金比【第77号】
【140字まとめ】アラビア数字 (0, 1, 2, 3…) をヨーロッパ世界に紹介したレオナルド・フィボナッチは「フィボナッチ数」という特別な「数列」を書籍で紹介しました.フィボナッチ数は自然界によく見られる数字の並びです.今週はフィボナッチ数から「黄金比」へと続くストーリーをご紹介します.
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いちです,おはようございます.
皆様はゴールデンウィークを如何お過ごしになったでしょうか.僕はゴールデンウィーク直前に喉の調子が悪くなり,すぐさまPCR検査を受けてきたのですが,無事コロナ陰性でした.皆様もくれぐれもお気をつけ下さい.
さて,今週は「ゴールデン」つながりで,ゴールデン・レシオすなわち「黄金比」と,黄金比と関係の深い「フィボナッチ数」についてお話しします.
ぜひお楽しみ下さい.
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《目次》
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アラビア数字をヨーロッパに紹介したレオナルド・フィボナッチ
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自然界に出てくるフィボナッチ数
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美術で見かける黄金比
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おすすめ映画:新解釈・三國志
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おすすめTEDトーク:フィボナッチ数の魅力(日本語字幕)
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Q&A
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一伍一什のはなし

アラビア数字をヨーロッパに紹介したレオナルド・フィボナッチ
12世紀から13世紀にかけてのイタリアの数学者レオナルド・ダ・ピサ(ピサのレオナルド)は,後に誤った名前「レオナルド・フィボナッチ」で知られるようになります.これは「ボナッチの息子レオナルド」という意味なんだそうです.
レオナルド・フィボナッチは「インド・アラビア数字」をヨーロッパに紹介した人物です.彼はエジプト,シリア,ギリシアを旅して当地の数学を学びました.そして彼が1202年に著した「算盤の書」 (Liber abaci) でインド・アラビア数字をヨーロッパに紹介しました.
インド・アラビア数字というのは,我々が普段使っている数字そのもので,略してアラビア数字と呼ぶこともあります.少し混乱するところなのですが,アラブ世界最大の国エジプトで現在使われている数字は「アラビア・インド数字」と言って,字の形が異なるのですよね.アラビア・インド数字の時計はこんな感じになります.

カイロの時計 (Ajfweb, CC BY-SA 3.0)
なお英語圏ではインド・アラビア数字のことを Arabic numerals (アラビア数字)と言い,アラビア・インド数字のことを Eastern Arabic numerals (東アラビア数字)と言うようです.
なぜフィボナッチが「インド・アラビア数字」をヨーロッパに紹介したのかというと,それまでヨーロッパで使われていた「ローマ数字」が計算に恐ろしく不向きだったからなんですよね.
ローマ数字では 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10 が I, II, III, IV, V, VI, VII, VIII, IX, X になります.また 50, 100, 500, 1000 はそれぞれ L, C, D, M になります.基本的には大きい数字から小さい数字を並べて,全てを足し合わせます.例えば2021は1000が二つ,10が二つ,1が一つですからMMXXIになります.また10までの数字と同じく,小さい数字を大きい数字の左側に書いた場合は,大きい数字から小さい数字を引きます.例えば300は100が三つなのでCCCですが,400は500から100を引くのでCDになります.
確かにローマ数字だと計算が難しくなりますよね.例えば190+45という何でも無い足し算も,ローマ数字を使うと
CXC + XLV = CCXXXV
となり,筆算に不便です.このまま計算しようとすると,脳内で一旦
(100+(-10)+100) + ((-10)+50+5)
を計算することになります.
そこへ行くと漢数字は,我々が普段から親しんでいることを差し引いても分かりやすいのではないでしょうか.こんな感じです.
百九十 + 四十五 = 二百三十五
漢字に慣れていなくても,脳内で
1(百)9(十)0 + 4(十)5 = 2(百)3(十)5
と読んでいけるので,筆算しやすいわけですね.
ローマ数字が東アジアに伝わっていながら普及しなかったのは,ローマ数字に漢数字を置き換えるほどの魅力が無かったからでしょう.
ただし,ローマ数字にも取り柄はあります.ローマ数字はアルファベットを使っているため,文章中に数字を隠すことが出来るのです.「イングランドの黄金期」の女王と呼ばれる「エリザベス1世」の慰霊碑には
My Day Closed Is In Immortality
(我が生涯は終われども不滅なり)
と書かれているのですが,単語の先頭の文字だけ拾っていくと MDCIII つまり1603で,エリザベス1世の崩御の年を示しています.
自然界に出てくるフィボナッチ数
フィボナッチの「算盤の書」にはもう一つの歴史的偉業が書かれています.彼は「ウサギの出生率に関する数学的解法」という節で,現代では「フィボナッチ数」と呼ばれている数字の「並び」を紹介しています.
フィボナッチ数はこんな並びです.
0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, …
法則に気づかれましたでしょうか?
フィボナッチ数は,一つ目と二つ目の数を足した数を三つ目の数にしてあるのです.ただし最初の0と1はあらかじめ決められているとします.そうすると
0: あらかじめ決められている
1: あらかじめ決められている
1: 0 + 1
2: 1 + 1
3: 1 + 2
5: 2 + 3
8: 3 + 5
13: 5+8
と言う風に続いていきますよね.
フィボナッチ数は自然界のあちこちに姿を現します.例えば「花びら」の数は,種(しゅ)によって「3枚」「5枚」「8枚」「13枚」「21枚」「34枚」「55枚」「89枚」まであるそうなのですが,全てフィボナッチ数です.また有名どころでは,ヒマワリの種(たね)の螺旋の数がフィボナッチ数になっています.

ヒマワリの種 (L. Shyamal, CC BY-SA 2.5)
美術で見かける黄金比
数学者はよく n 番目のフィボナッチ数を F(n) と書きます.例えば F(0) = 0, F(1) = 1,F(2) = 1, F(3) = 2 ですね.
フィボナッチ数 F(n) と F(n-1) の比率のことを一般に φ(n) と書きます.簡単に書くと
φ(n) = F(n) / F(n-1)
ですね.ギリシア文字φは「ファイ」または「フィー」と呼びます.「ダ・ヴィンチ・コード」のロバート・ラングドン教授は φ を「フィー」と呼んでいました.
例えば φ(2) = F(2)/F(1) = 1/1 なので φ(2) = 1 です.また φ(3) = F(3)/F(2) = 2/1 なので φ(3) = 2 です.もう少しお付き合いください.今度は φ(4) = F(4)/F(3) = 3/2 なので φ(4) = 1.5 です.このように n が大きくなっていくと φ(n) の値は大きくなったり小さくなったりしながら,ある値に近づいていきます.
そして n がうんと大きくなったとき φ(n) の値は 1.618… になります.この値は「黄金数 (golden number)」と呼ばれています.黄金数のことは単に φ と書きます.
長方形の縦横を 1:φ の比率にすると,人間の目には大変心地よく見えるようで,この比率のことを「黄金比」と呼びます.例えば「名刺」の縦横比は黄金比にかなり近いです.日本の名刺の一般的なサイズは55ミリメートル掛ける91ミリメートルなので,縦横比は 55:91 ですが,これはおおよそ 1:1.65 なので 1:φ に近い数字になります.
またある長さを 1:φ になるように分割することを「黄金分割」と呼びます.黄金分割のような直線上の比率も同じく「黄金比」と呼びます.黄金比は他にも,正五角形の頂点を結んだ「星形」の辺の比率に現れたりもします.

幾何学図形に黄金比が現れる例.正五角形の頂点を結んだ星形にも黄金比1:φが現れる.
フィボナッチ数が自然界によく見られることから,黄金比もそれなりに自然界に現れます.これをもって黄金比が「美しく見える」根拠とする学説もありますが,僕自身は非常に懐疑的です.また過去の建築や美術作品の中に黄金比を見つけようとする活動もありますが,無理矢理黄金比を当てはめた事例も多く,やはり僕自身は懐疑的に見ています.

ギザの大ピラミッド (Matson Collection - Library of CongressCatalog, Public Domain)
例えばエジプトの大ピラミッド.実用的な数学を駆使していた古代エジプト人たちは,ピラミッドの設計と建設にもその才能を発揮しています.

ピラミッドに現れる黄金比?--大ピラミッドの b:a が 1:φ に「近い」
そこで大ピラミッドの設計でも「黄金比を意識したはずだ」という意見が世の中にはあります.古代エジプト人が好んだ,各辺の長さの比率が「3:4:5」の直角三角形の場合,底辺(3)と斜辺(5)の長さの比率は 3:5 すなわち,おおよそ 1:1.667 になります.この値は 1:φ に近いため,古代エジプト人が「3:4:5」の直角三角形を好んだのではないか,またピラミッドの角度も「3:4:5」の直角三角形から決めたのではないか,とする説があります.
残念ながら,この「黄金比ピラミッド」説はかなりあやふやです.そもそもピラミッドの斜面の角度が 3:5 になっていませんし.
一方,工業デザインにおいて積極的にフィボナッチ数や黄金比を取り入れる例は良くありますし,そんな中には「名作」も多数ありますから,フィボナッチ数,黄金比と美しさの間が無関係ということも無さそうです.

アップル社のロゴ (Thiago Barcelos)
例えばアップル社のロゴにはフィボナッチ数と黄金比が隠されていることが,デザイナのティアゴ・バルセロス (Thiago Barcelos) 氏によって発見されています.
このあたり,研究が進んだらぜひこのニュースレターでもお知らせしたいと思います.

ドゥオモ広場にあるフィボナッチの像 (Hans-Peter Poste, CC BY 2.5)
レオナルド・フィボナッチの像が置かれた「ピサのドゥオモ広場」は世界遺産に指定されています.ピサの斜塔で有名な大変美しい広場です.そして,レオナルド・フィボナッチの像をよく見てみると,ここにも黄金比が隠されていることに気づくでしょう.
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ね?
なお,偶然だとは思うのですが…フィボナッチの立っている台座の縦横比も黄金比になっています.
コロナ禍が収まったら,ぜひ訪れてみたいと思っています.
おすすめ映画

「新解釈・三国志」
今から1800年前.中華統一を巡り三国【魏・蜀・呉】が群雄割拠していた時代.民の平穏を願い,のちに英雄と呼ばれる一人の男・劉備が立ち上がった.激動の乱世を経て,物語はやがて[魏軍80万]vs[蜀・呉 連合軍3万]という,圧倒的兵力差が激突する「赤壁の戦い」に突入していく!---という超有名歴史エンターテイメント「三國志」を「脚本・監督:福田雄一流の新たな解釈」で描く、完全オリジナル映画!
まあ,あれです.お馬鹿映画です.お馬鹿映画なんですけれども,面白いです.それに,意外と真実に近いんじゃないかと思わせるプロットです.三国志ファン,三国志おたくこそ見るべき映画な気がします.
で,なぜこのニュースレターの流れで「新解釈・三国志」をご紹介しているのかと言えば,この映画の冒頭で「黄金比」が出てくるんですよ.美男美女の条件として,顔のパーツ間の距離が黄金比になっていることという俗説があるのですが,この俗説が映画の中で出てきます.
映画中では完全にネタ扱いでしたが,中国の歴史小説を読んでいると「骨相」を見るシーンが度々出てきますので,あながちネタとも言い切れないなあと感じた次第です.
おすすめTEDトーク

TED
数学は論理的かつ機能的そして…スゴいのです.数学マジシャンのアーサー・ベンジャミンが探るのは,不思議で奇妙な数の集合「フィボナッチ数列」の隠れた性質です.(それに数学は想像力を刺激することだってできるのです!)
なぜ私たちは数学を学ぶの?計算(calculation),応用(application),そして直感(inspiration)のため,とアーサーは話を進めていきます.そして,フィボナッチ数の驚くべき性質について紹介してくれます.
6分12秒のこのトークをぜひ最後までご覧下さい.数学とは何かについて彼の「至言」が聞けますよ.
(お時間のない人のために)
Mathematics is not just solving for x, it's also figuring out y.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
日本語に翻訳したばっかりに残念な結果になってしまったものはありますか?
翻訳して残念な結果になったものといえばもう「ハリー・ポッター」シリーズのアルバス・ダンブルドア校長の杖ですよ.公式の日本語訳は「ニワトコの杖」なのですが,なんかニワトリがトコトコ歩いているみたいで,間の抜けた名前になってしまっています.
ダンブルドア校長の杖は原著では Elder wand となっていまして,Elderにはもちろんニワトコという意味もあるのですが,他に年長者という意味もあり,ダンブルドア校長の杖に相応しい名前なんです.
そのまんま「エルダーの杖」にしておいたほうが,ダンブルドア校長らしくてよかった気がします.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
ゴールデンウィークでしたね.
今週は「長崎水辺の森公園」に出来た特設ステージに吉本芸人さんの「すゑひろがりず」が登壇されまして,応援しに行きました.やはりコロナ禍の中でのお笑いイベントということで,屋外ではあったのですが声を出しての応援が禁止されており,すゑひろがりずのお二人も空気を作るのに苦労されているように見受けられました.とは言え,さすがはプロですね.しっかりとステージを作られていて,僕も勉強になりました.
出島では「オラニア・フェスティバル」と言って,オランダ国王の誕生日を祝うイベントが開かれました.オラニエはオランダ語で「オレンジ色」のことで,当日はオレンジ色の服を着た参加者たちが国王のお祝いに参加していました.
また祝日を利用して,中国出身の友人の友人が長崎を訪問してくれたので,半日ほど長崎市内を案内したりもしました.大変素敵な方々で,僕たちもすっかり打ち解けました.こんな時期だからこそ,少しずつネットワークが広がっていくのが嬉しいですね.
そうそう,ゴールデンウィーク中にYouTubeライブ番組「世界遺産の旅」もお送りしました.今回は「知床」の「自然遺産」についてお送りしましたので,またお時間のあるときにご笑覧頂ければ幸いです.
ポッドキャストをお聞きの方には大変ご心配をおかけしました喉の調子ですが,お陰様で元に戻ってきました.よろしければ STEAM.fm のエピソード75も併せてお楽しみ下さい.
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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
発行者:金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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Photo by Laura Gilchrist on Unsplash
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