宇宙へ届くエレベーター【第102号】

紀元前236年に発明されたと言われるエレベーターも,いまや宇宙を目指しているのです
金谷一朗(いち) 2022.11.04
誰でも

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【140字まとめ】皆さんがよくご存じのエレベーター.紀元前236年に数学者アルキメデスによって発明されたと言われています.そんなエレベーターは,いま大きな大きな進化を遂げようとしています.そう,宇宙へ届くエレベーターが研究されているのです.

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いちです,おはようございます.

昨夜,壱岐から帰ってきました.

僕たちは文化庁の補助のもと,一支国(いきこく)博物館長崎県美術館との間で,双方向に遠隔操作ロボットをびゅんびゅん走らせて,お互いに美術や遺物を鑑賞する実験的なイベントを実施しています.なんか面白そうじゃないですか?

世界の美術館や博物館がこのように遠隔操作ロボットで繋がっていって,みんなが海を越えて探険できるようになればいいなあと,僕は思っています.

そうそう,遠隔操作ロボットにとって,WiFiの入りづらいエレベーターは鬼門でした.ロボットがエレベーターに乗ると,通信が途絶えてしまうのです.エレベーターシャフトは電波伝播(でんぱでんぱ)しやすい構造なので,シャフトのどこかにWiFiルーターを設置しておけば良さそうですね.

さて,この号ではエレベーターについて話してみようと思います.エレベーターって身近にありますよね.毎日乗っている方もいらっしゃるでしょう.では,エレベーターの発明者は……?

答えを先にお伝えしてしまうと,エレベーターの発明者は古代ギリシアの数学者,このSTEAM NEWSにも何度も登場しているアルキメデスだと考えられています.そしてエレベーターの発明は紀元前236年とされています.

ただし,直接的な証拠はないので,ここら辺は「だいたいこんな感じか」という程度に受け取っておいてください.

この号では,そんなエレベーターの未来像,宇宙まで続くエレベーターについても取り上げます.

本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWS有料購読者様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.

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《目次》

  • アルキメデスの発明したエレベーター

  • 宇宙へ行くエレベーター

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDxトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

アルキメデスの発明したエレベーター

冒頭で述べたとおり,エレベーターは古代ギリシアの数学者アルキメデスによって発明されたと考えられています.発明は紀元前236年とされています.

アルキメデス自身は文献を残しておらず,アルキメデスがエレベーターを発明したことは,古代ローマの建築家・建築理論家であったウィトルウィウス(Vitruvius)が初代ローマ皇帝アウグストゥスに捧げた著書「建築について(De architectura)」にはじめて現れます.ウィトルウィウスはミリタリー・エンジニアでもあり,同書の執筆には膨大な調査を行っていると考えられることから,エレベーターがアルキメデスの発明によるとの記述もあながち無視できるものではなさそうです.

アルキメデスのエレベーターは,かごをの紐で引っ張るものだったようで,紐を引っ張るのは人間か家畜だったようです.麻と言えば,僕がカンボジアでがじがじ噛んでトリップした植物でしたが「世界最古の繊維作物」とも言われており,アルキメデスも利用可能だったのです.

ローマのコロッセオは,ウェスパシアヌス帝によって建築が始められ,続くティトゥス帝によって紀元80年に完成します.このコロッセオにはおよそ25のエレベーターが設置されていました.地下から地上へ,動物を持ち上げるためです.「パンとサーカス」のサーカスですね.

コロッセオのエレベーターの詳細な構造は残されていませんが,8人の男たちが270キログラムを持ち上げたと言われています.滑車は古代エジプトでも使われていたので,ローマ人たちももちろん知っていたでしょう.アルキメデス,ウィトルウィウスのいずれかが「ブロック・アンド・タックル」(動滑車の一種)を発明しなかったとは考えにくいので,コロッセオの男ひとりあたりの荷重は17キログラムずつぐらいだったかもしれません.それでも重労働ですよね.

なお,こちらも記録が定かではないのですが「紐で引っ張らない」タイプのエレベーターを「万能の人」レオナルド・ダ・ビンチが発明している可能性があります.レオナルド・ダ・ビンチのメモを編纂,翻訳した書籍「Leonardo Da Vinci: Engineer and Architect」に「よっつのスクリューのエレベーター」という言葉が出てきます.こちらは現在の言葉で言う「リードスクリュー」を使ったエレベーター(スクリュー式エレベーター)ではないかと考えられています.

ヘリコプターの原型を発明したレオナルドですから,新型のエレベーターを発明していた可能性も十分ありますね.

レオナルド型のエレベーターは,ロシアの発明家イワン・ペトロビッチ・クリービン(Ivan Petrovich Kulibin)によって(再)発明され,サンクトペテルブルクの「冬宮殿」に設置されました.1793年のことですから,女帝エカチェリーナ2世もきっとこのエレベーターを使ったことでしょう.

宇宙へ行くエレベーター

19世紀半ばになると,人や家畜ではなく蒸気機関を使ったエレベーターが現れます.かごを引っ張り上げるのも麻から鋼(はがね)へと変わっていきます.

エレベーターが普及したきっかけとなったのが,アメリカの発明家エリシャ・グレーブス・オーチス(Elisha Graves Otis)による「ガバナー(調速機)」の発明です.ガバナーによって,エレベーターをつり上げているワイヤーが切れても,エレベーターは安全に停止するようになりました.

そんなエレベーター,いったいどこまで高く登れるものでしょうか?

世界で3番目に高い高層建築,中国の上海中心に設置されたエレベーターが578.55メートルでギネス記録に認定されています.もっとも,地下エレベーターまで含めると,南アフリカのンポネン(Mponeng)金鉱に設置された2,283メートルのエレベーターが世界最長です.

地上の大気は,赤道上空だと17キロメートルほど続きますから,我々のエレベーターはまだまだ地面に「へばりついて」いることになりますね.

しかし,宇宙までエレベーターで繋ごうという研究は進められています.

「静止衛星」という,地球の自転周期と同じ速度で地球をまわる人工衛星があります.静止衛星は地球とシンクロしているので,地面から見上げると静止しているように見えます.この静止衛星から紐を地上まで伸ばせば,その紐を伝って行ったり来たりできるでしょう.これが「宇宙エレベーター(軌道エレベーター)」のアイディアです.もし宇宙エレベーターがあれば,高価なロケットではなくエレベーターで,宇宙へ飛び出すことができるのです.

ただし,静止衛星と地球とを繋ぐ紐の素材がまだありません.大学の入試問題だと「紐の質量は無視する」となるのですが,この長さになると,紐の自重で紐が切れちゃうのです.現在では「カーボンナノチューブ」という新繊維が発見されており,ひょっとしてひょっとしたら実現できるかも……とも考えられています.

この宇宙エレベーターを最初に考案したのは,ロシアの物理学者・SF作家コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー(Konstantin Eduardovich Tsiolkovsky)でした.彼は19世紀後半から20世紀前半を生きた人で,ユーリ・ガガーリンによる人類初の宇宙飛行(1961年)を見ることなく,1935年に亡くなっているのですが,いつか人類は宇宙へ行くだろうと夢見ていました.

彼の言葉に

地球は人類のゆりかごである.しかし人類はゆりかごにいつまでも留まっていないだろう.

と言うものがあります.

宇宙エレベーターが現実になる日には「ふらっと」宇宙へ行くことができるようになっているでしょう.行き先ボタンが「1階」「2階」……「宇宙」とかになっていると思うと,わくわくしませんか?

今週の書籍

赤道上の同期衛星から超繊維でできたケーブルを地上におろし,地球と宇宙空間を結ぶエレベーターを作れないだろうか? 全長四万キロの〈宇宙エレベーター〉の建設を実現しようと,地球建設公社の技術部長モーガンは,赤道上の美しい島国タプロバニーへとやってきた.だが,建設予定地の霊山スリカンダの山頂には三千年もの歴史をもつ寺院が建っていたのだ……みずからの夢の実現をめざす科学者の奮闘を描く巨匠の代表作
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宇宙エレベーターをテーマに描かれた名著です.

僕は学生時代に一度読んだのですが,このニュースレターを書くにあたって改めて読み直しました.ところが,全然色あせていないのですよ.

映画化されていないのが不思議です.

今週のTEDxトーク

人が宇宙へ行くという夢は現代の科学で実現することができた.しかし,一般の人たちが低コストで訓練の必要もなく,安全で簡単に宇宙へ行けるという夢はまだ実現できていない.山極芳樹が情熱を傾ける宇宙エレベーターシステムは,近い将来そんな夢を実現してくれることになるだろう.まだ克服すべき課題は山積みだが,夢の実現に立ち会うことのできる若者たちへ伝えたいメッセージがある.
TEDxHamamatsu

静岡大学の山極芳樹先生によるTEDxHamamatsuでのトーク.宇宙エレベーターの基本的なアイディアを話してくれています.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週は本誌【第91号】でご紹介したこの質問を再掲し,加筆修正して回答致します.

エレベーターガールは,なんで必要だったのですか?

百貨店のエレベーターガールについてお答えしますね.

昭和から平成初期の百貨店のエレベーターは半自動と言った仕組みで,乗客が直接操作するのは困難でした.また駆け込みや無理な乗り込みなどを防ぐためにも,エレベーターには添乗員が必要でした.

現代のエレベーター操作というと,行き先ボタンを押すとか,扉を閉めるボタンを押すとかですよね.アップルストアのエレベーターのようにボタンがないのは例外です.一方で,当時のエレベーターは添乗員が「ボタンひとつ」で操作をしていました.このボタンには「ドアを閉じる」「運転を開始する」「ドアを開ける」という機能が割り当てられていました.

さて,なぜエレベーターの添乗員に若い女性を採用したかと言うと,客との接点となるため百貨店の「華」のようなイメージがあること,エレベーターに乗り続けて笑顔で接客できる体力があること,エレベーターに添乗中以外は百貨店の清掃や片付けをさせられること,そして安い労働力として雇用できることが理由でした.なんというか,そんな時代だったんですね.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

冒頭でお伝えしたとおり,壱岐から帰ってきました.長崎と壱岐とを遠隔操作ロボットでつないで,子ども達に交流してもらう実験的イベントを実施してきたんです.

双方向に繋ぐ必要があったので,それなりに大変なイベントでした.

そう言えば25年前,僕が奈良先端科学技術大学院大学の学生だった頃,奈良,札幌,稚内を繋いだ遠隔医療実験に参加したことがあったんですよね.当時はブロードバンド回線が無かったため,通信衛星を借りての実験でした.またZoomも無かったので,画像通信を行うソフトウェアを書いたりもしました.飛行機で急遽パラボラアンテナを取り寄せたりと,とても「無茶」な実験ではあったのですが,お陰様でだいぶ鍛えられたように思います.今度は自分が大学教員になって,学生に同じ体験をさせているとは,やはり時間はループしているのでしょうか.

今週はいつもお世話になっている無人島にも行ってきました.熱があってふらふらしてはいたのですが,素敵な友人達と知り合えました.

島に立っていると,ふと思うことがあるんです.地球って,宇宙に浮かぶ島だなあと.島に住む人々の国民性を揶揄して「島国根性」なんて言いますが,我々はほぼ全員「惑星根性」にとらわれていますよね.

科学とアートは,ひょっとしたらそんな惑星人の限界を超える思考法なのかもしれません.

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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