緑色のひみつ【第96号】

緑色がもっとも高貴な色と呼ばれた理由は?
金谷一朗(いち) 2022.09.23
誰でも

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【140字まとめ】タイの名高い仏教寺院ワット・プラケーオには緑色に輝く「エメラルド仏」があります.実際にはエメラルドではなく玉(ぎょく)すなわちヒスイでできた仏様ですが,どうして緑色なのでしょうか?東アジアで緑がもっとも高貴な色とされていた理由を無理矢理(?)推測してみました.

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STEAM NEWS はメールで毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,今週の書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方にとくにおススメです.

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いちです,おはようございます.

洪水のバンコクから帰国したところ,長崎の自宅で強烈な台風に遭遇しました.どうもそういう星の下に生まれたようです.

エメラルド仏 (By กสิณธร ราชโอรส - Own work, CC BY-SA 4.0)
エメラルド仏 (By กสิณธร ราชโอรส - Own work, CC BY-SA 4.0)

ところで,バンコクには大変に名高い仏教寺院「ワット・プラ・ケオ」があります.ワット・プラ・ケオは,緑色に輝く「エメラルド仏(ぶつ)」が安置されているため「エメラルド寺院」の別名を持っています.「エメラルド」と呼ばれてはいますが,この仏様,実際にはヒスイ(翡翠)でできています.英語にしたときの知名度や高級感から,ヒスイ (Jade) よりもエメラルド (Emerald) の名を冠したのでしょうね.

中国や日本ではこのヒスイのことを「玉(ぎょく)」とも言います.

ネフライト (By Cp9asngf, CC BY-SA 4.0)
ネフライト (By Cp9asngf, CC BY-SA 4.0)

中国のヒスイは学術的にはネフライトという石のことなのですが,日本では,中国では産出しないジェダイトというネフライトによく似た石も産出します.そして,ややこしいことに日本ではネフライトとジェダイトをまとめてヒスイと呼びます.それどころか,中国でも日本から輸入されたジェダイトをヒスイと呼ぶのです.

ジェダイト (By Cp9asngf, CC BY-SA 4.0)
ジェダイト (By Cp9asngf, CC BY-SA 4.0)

どっちやねーん,てなりますよね.

ジェダイトはネフライトよりも硬いため,区別するときはジェダイトを硬玉,ネフライトを軟玉と呼びます.この路線で行くと,より硬いエメラルドは「超硬玉」になるでしょうか.

さて,今週はこの緑色の輝石について,お話ししてみます.

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《目次》

  • 糸魚川のヒスイ

  • 緑は高貴な色なの?

  • なぜ「緑い」と言わないの?

  • 今週の音楽

  • 今週のTEDxトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

糸魚川のヒスイ

歴史上,日本は大陸からさまざまなものを輸入してきていますが,逆に日本から大陸へ輸出されていたのではないかと考えられるものもあります.それが,糸魚川近辺で採れるヒスイでした.大陸にもヒスイはあったのですが,大陸のそれはネフライトという石,日本のそれはジェダイトという別の石でした.

ジェダイトのほうがネフライトよりも硬いため,中国では「玉」としてより珍重されたのかもしれません.このような経緯もあり,日本鉱物科学会は2016年にジェダイトを「国石」としています

新潟県の「フォッサマグナミュージアム」によると,糸魚川のヒスイの利用はおよそ7,000年前に遡るそうです.この説が正しければ,世界最古のヒスイ利用例となるでしょう.

そんな日本のヒスイですが,なぜか奈良時代に急速に利用されなくなっていきます.長崎でも僅かにヒスイが見つかっているのですが,利用された形跡はありません.

日本のチーズである「蘇」のように,日本のヒスイ利用はいつの間にか廃れていった文化だったのかもしれませんね.

緑は高貴な色なの?

古代エジプトでもっとも高貴な色(顔料)と言えばラピスラズリの青ですが,中国やその影響を受けた国々ではヒスイの緑が長くもっとも高貴な色とされてきました.

日本にも,中国から仏教とともに「極彩色(ごくさいしき)」という色使いが伝わっていますが,緑色を強調するような配色が使われています.

バンコクの「エメラルド仏」もまた,そんな高貴なヒスイで彫られています.

確かに緑は美しい色ですし,東アジアに関して言えばラピスラズリの入手が難しかったという事情もあるのでしょうが,それでも,他の色を差し置いて緑が一番だったのか,疑問に思われる方もいらっしゃると思います.少なくとも僕は疑問に思いました.

ヨーロッパやエジプトと,東アジアとの日差しの違いもあるかもしれません.

ヨーロッパの男性には,東アジアの男性に比べて,緑色を知覚しにくい人が多いという事情もあるでしょう.

ただ,僕が強く感じているのは,東アジアでは,人間がある種の植物を摂ったときに見える「強烈な緑色」があまりにも美しかったので,その色をなんとか残そうとしたのではないかということです.

人間の視覚は赤,緑,青(青紫)の3原色を持つことはよく知られています.ただし緑は他の色によって「汚染」されています.人間の眼が赤い光を捉えたとき,緑に対応する視細胞も同時に強く反応します.青い光を捉えたときも,緑に対応する視細胞がある程度反応します.(僕の左目は少ししか反応しないようですが.)

また,人間の眼が緑の光を捉えたとき,赤に対応する視細胞が同時に強く反応します.

これがどう言うことかというと,人間は「本当の緑」を視覚によって得ることができないと言うことです.

しかし,緑に対応する視細胞はあるので,ピンポイントでその視細胞だけを刺激すれば「本当の緑」を人間に見せることができるはずです.あるいは,眼から脳に繋がる神経を「ハックして」緑に対応する信号だけ流してやっても良いでしょう.

実際にそんなハックが可能かどうかはわからないのですが,原理的にはそのような「本物の緑」が存在するのです.

で,僕自身,タイのお隣,カンボジアでそのような緑色を見たことがあります.

事情があって,アンコールワットに生えていた草をガジガジと噛んだ日のことでした.今思えば,一種の植物毒だったのでしょう.

なんかこんな草でした (<a href="https://weedmaps.com/learn/the-plant/weed-stems">Weedmaps</a>)
なんかこんな草でした (Weedmaps)

それはもう,大変に美しい緑色が見えました.

というわけで,僕も緑が大変に高貴な色だと認識しています.

いにしえの宗教者もきっと,似たような体験をしたのではないかなあと,僕は思いを馳せています.

なぜ「緑い」と言わないの?

日本語では「赤い」「黒い」「白い」「青い」はあるのに「黄い」「緑い」「紫い」などはありませんよね.

その理由は諸説あり,決定打と言えるものは無さそうなのですが,僕が一番確からしいと感じている説をご紹介します.

その説によると「赤い」は「明るい」という意味,「黒い」は「暗い」という意味なんだそうです.そして「青い」は「淡い」で,「白い」は「はっきりした(著しい)」という意味なんだそうです.

そう言えば,大陸の五行思想も東西南北を青白赤黒に割り当てますから,青,白,赤,黒だけが特別な地位を占めるのも,ありなのかもしれません.

日本語では緑信号を「青信号」と呼んだり,緑色の野菜を「青野菜」と呼んだりと,緑と青を区別しないことが多々ありますが,これは他の言語圏でも見られる現象だそうです.そのために,言語学者はグリーン (green) とブルー (blue) を合成した「グルー (grue)」という言葉を編み出しています.「青信号」の「青」はブルーではなくグルーというわけですね.

今週の音楽

今週は書籍に代えて音楽を.緑と青に因んで,「ブルー・イン・グリーン」を収めたビル・エバンスのアルバム「ポートレイト・イン・ジャズ」です.

今週のTEDxトーク

超「手前味噌」で申し訳ないのですが,僕のひとりプロジェクトTEDxDejimaStudioの動画第1号が公開されました.

どうぞご覧になってくださいね.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

掛け算の順序が交換可能との話はよく分かりました。その上で、特に工学系では単位付きの数字が重要です。具体的な数字を扱う場合は是非単位も一緒に考えると良いと思います。
一方で、引き算や割り算の順序については、符号や逆数まで含めて、足し算と掛け算だけで考えるとよりシンプルになります。
過日、NHKの番組で足し算と掛け算を統合した世界を論じていましたが、そこまで進むと更にシンプルな、詰まり究極の数学が見えて来る様です。

コメントありがとうございます.計算式に単位を入れておくとうっかりミスが無くて,工学ではとくに有効だと思います.(NASAにも教えたい.)計算機科学では引き算は害悪で,足し算と単項マイナスだけあれば良いと思っています.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

僕は電子工作をするときにこれまで赤色LEDを多用してきました.作品は暗い場所で使うことが多いので,緑だとまぶしすぎることが理由です.それに何となく,コンピューターと言えば赤色LEDがちかちかしているイメージもあって,赤を選んできました.

CM-2 at the Museum of Modern Art (MoMA), NYC (By Billie Grace Ward, CC BY 4.0)
CM-2 at the Museum of Modern Art (MoMA), NYC (By Billie Grace Ward, CC BY 4.0)

ただ,今回の記事を書かせて頂いたこと,映画「TIME/タイム」で緑色が印象的に使われていたことから,今後は緑色LEDを使っていこうと思いました.

さて,今週はものすごく久しぶりに,通勤電車の中で執筆をしています.ノート型パソコンとか,ポケットWiFiとかが出てきたときは,嗚呼これで通勤時間がムダにならないと喜んだものですが,よくよく考えてみると「なんでそこまでして仕事せなあかんねん」ともなりますよね.通勤時間は読書やポッドキャストに割り当てたいものです.

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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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Photo by Paul Blenkhorn on Unsplash

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