古代エジプト人たちの見た七つの惑星たち【第85号】
【140字まとめ】古代エジプト人たちは天体の動きを注意深く観測しました.そして太陽と月をあわせた「七つの惑星」を地球から遠い順に並べることに成功していたようです.またアレクサンドリアの女性天文学者ヒュパティアは天体の動きを再現する装置まで発明していました.この観測は,やがて地動説へと繋がります.
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いちです,おはようございます.
先月登壇させて頂いたTEDxKobeの動画がアップされました.魅力的なトークやパフォーマンスがぎっしりですから,是非楽しんで下さい.
さて,今週とても美しい写真が届きました.「惑星パレード」です.

写真には水星,金星,天王星,火星,木星,海王星,土星,月が並んでいます.海王星は肉眼で見るには暗すぎ,天王星もぎりぎり見えるか見えないかぐらいの明るさなのですが,この五つの惑星と月,そしてもうすぐ登ってくる日(太陽)は,コペルニクス,ケプラー,そしてガリレオ・ガリレイといった地動説を唱えた科学者たち以前の人類にとって,特別な存在でした.
2022年6月は,惑星が勢揃いする月だったのですね.
今週はそんな七つの「惑星」についてのお話をお届けします.
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《目次》
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古代エジプトの天文学
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地球から7惑星までの距離と曜日の関係
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エジプトの天才天文学者「ヒュパティア」
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おすすめ書籍:ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編
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おすすめTEDトーク:光害問題を解決する簡単な5つの方法(日本語字幕)
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Q&A
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一伍一什のはなし

古代エジプトの天文学
古代エジプト人たちは,現代の我々と同じように星々に名前を付け,ときに星座を作り,星座の中で夜な夜な位置を変える「惑星」たちを識別していました.位置を変えない星々のことは「恒星」と呼びます.
現代の星座はアレクサンドリアの天文学者クラウディオス・プトレマイオスがまとめた「プトレマイオスの48星座」に由来しています.クラウディオス・プトレマイオスは英語でクローディアス・トレミー (Claudius Ptolemy) と呼ぶので「プトレマイオスの48星座」は「トレミーの星座」とも呼びます.
トレミーは紀元83年頃生まれなので,古代エジプト人たちの影響は受けてはいたものの,古代エジプト人たちの星座とは違った星座を編纂したものと考えられています.実際トレミーは,同じく古代ギリシアの天文学者ヒッパルコス (Hipparchus) の仕事を多く引用しています.ヒッパルコスは小アジア出身と考えられているので,古代エジプト人たちの星座と現代の星座は繋がっていないかもしれません.
とは言え,共通する部分もあります.
古代エジプト人にとって,満天の星の中で,惑星を除けば最も明るく,南天をゆっくりゆっくりと動くおおいぬ座の「シリウス」星はとりわけ重要な星だったのでしょう.シリウスは当時は「ソプデト」と呼ばれており,現代のオリオン座に相当する「サフ」と共に,当時の「天体図」に描かれています.

シリウスとオリオン座は,現代人の我々から見ても特別な存在に見えることと思います.2019年から2020年にかけて,オリオンの右肩,向かって左上の「ベテルギウス」が少し暗くなったときには,僕も冷や冷やしたものです.ほんと,明るさが戻ってよかったです.
地球から7惑星までの距離と曜日の関係
一方の惑星たち,水星,金星,火星,木星,土星,そして月と太陽についても,古代エジプト人たちは注意深く観測したようです.
古代エジプト人たちは,当時の北極星の周辺を急いで回る北天の星々を「滅びない星々」を意味する「イケム・セク」と呼んでいました.大地へと沈まないため「滅びない」と呼んだのですね.そしてゆっくりと動いていく南天の星々を「疲れを知らない星々」を意味する「イケム・ウレジュ」と呼んだそうです.ソプデトもサフも「疲れを知らない」グループです.
このように古代エジプト人たちは星々の動きに多大な関心を払っています.
もちろん,惑星たちの動きについても,精緻な観測をしました.そして,ゆっくり動く順番として,土星,木星,火星,太陽,金星,水星,月と順序づけました.これは地動説を知っている我々から見ても正確なものです.実際,七つの「惑星」はこの順番で地球に近いのです.

ところで,古代エジプト人たちは12進数を採用していました.パンも12個セットなら,2人でも3人でも,そして4人でも分けられて便利ですものね.もし10個セットなら3人で分けられないところでした.この12進数という考え方は根強く,日のある時間,英語の「デイ」を12に分割したのも古代エジプト人です.次の写真は古代エジプト人が作った日時計です.12に分割されているのが見て取れるでしょう.

古代エジプト人は日が沈んでいる時間,英語の「ナイト」もまた12に分割しました.そして,1時間おきに,天空を惑星が支配すると考えたのです.
最初の1時間は土星,次の1時間は木星,さらに次の1時間は火星...というふうに,遠くから近い惑星へと1時間ごとに支配者が交代していきます.
日が明けて「デイ」の時間になっても,1時間おきに支配者は交代し続けます.太陽もまた惑星ですから,昼夜は関係なかったのかもしれませんね.
そして次の「ナイト」も交代は続きます.そして7日目の夜に,もとの惑星に戻ります.
土星から始まった7日間の,ちょうど真夜中,ミッドナイトを支配した惑星の名前だけをピックアップしてみましょう.

月,火星,水星,木星,金星,土星,日(太陽)
あれ,どこかで見たことのある並びですね.
もし今度1週間がなぜ7日間なのと聞かれたら,古代エジプト人たちが惑星を7個と考えていたからと,答えて下さい.
エジプトの天才天文学者「ヒュパティア」
紀元4世紀から5世紀のアレクサンドリアに,ヒュパティア (Hypatia) という女性天文学者がいました.いえ,天文学者というよりは,ずっと後世のレオナルド・ダ・ビンチに匹敵する「万能の人」です.

彼女は天体の動きを観測し,それを再現する装置「アストロラーベ」を発明したと言われています.(アストロラーベの発明は,ヒッパルコスとする説もあります.)アストロラーベは現代で言えば「星座早見盤」のようなもので,本誌【第11号】「地図デザイナの仕事」の中でメルカトルもアストロラーベ職人であったことや,2021年の【新年号】の「おすすめTEDトーク」でもご紹介しています.
実は,僕のTEDxKobeでのトークでは,万能の天才レオナルド・ダ・ビンチに加えて,同じく万能の天才ヒュパティアも紹介しようと思っていたのですが,どうも知名度が低すぎるなあと思ってカットしちゃったんです.もしこれからご覧になるのでしたら,ヒュパティアのことも思い出して下さいね.
惑星や恒星の位置を詳しく見ようという人々が,なぜかエジプトに集中しているのは,ひょっとしたら年1回やってくるナイル川の氾濫と関係があるのかもしれません.古代エジプト人たちは,シリウスの位置から1年の長さと,ナイル川の氾濫の日を知ったのですから.
なお12進数が大好きだった古代エジプト人,パンを5人でも分けられるようにと次は60進数を発明します.そして,1年の長さが60進数で綺麗に割りきれなかったことに納得がいかなかったのか,カレンダーは360日目でおしまいにしていました.
理念的な古代ギリシア人に比べると,とても現実的で工学的な古代エジプト人ですが,1年の長さについては妥協しなかったのかもしれませんね.
最後に,天動説に終止符を打ったひとりの観測者についてお話をしておきたいと思います.その人物はティコ・ブラーエ.16世紀デンマークの天文学者で,本誌【第10号】「火星の人」でもご紹介しています.
ティコは天動説を信じ,それを裏付けようと,超精密な天体観測を続けました.ティコは肉眼で星を観測した最後の天文学者とも言われています.残念なことに「おしっこ」事件で命を落としたティコの仕事は弟子のヨハネス・ケプラーに引き継がれます.詳しくは本誌【第10号】を読んでみて下さいね.
ケプラーはティコの集めた天体観測データを詳細に検討した結果,また同時代のコペルニクスやガリレオ・ガリレイの洞察と発見も勘案し,ついにはティコが手に入れたものは地動説の証明であることに気付きます.
なおティコが使用した計測装置の原理は,おそらくはヒュパティアが発明したアストロラーベから引き継いだものです.古代エジプト人たち,ヒッパルコス,トレミー,ヒュパティア,テイコと続いた天体の観測は,ケプラーによってついに我々の地動説へと繋がります.
もし早起きして水星,金星,火星,木星,土星,月を見上げられたなら,そんな歴史も思い出してみてくださいね.
おすすめ書籍

ようこそ!個性派ぞろいの神々の世界へ!日本にアマテラスオオミカミやスサノオといった神様がたくさんいるように,世界各国にもたくさんの神様がいるんです.ピラミッド,スフィンクス……,エジプトはふしぎだらけで謎だらけ.そんなエジプトの神様はとっても個性的.本書はエジプトの神様を4コマ漫画でゆるゆると紹介しています.さらにエジプトと言えばこの人,駒澤大学の大城教授が4コマに登場する神様たちをわかりやすく丁寧に紹介,解説をしてくれています.大城教授のやさしい解説,クスッと笑える4コマ漫画.1日1神様,ちょっとずつ毎日読んで学んで楽しめる1冊になっています.
ゆるゆるで面白いです.古代エジプトの神々に触れてください.可愛いですよ.
おすすめTEDトーク

星が輝く夜空を見上げたことはありますか?今行動しなければ,この非常に美しい光景が失われてしまうかもしれないと,天体物理学者のケルシー・ジョンソンは言います.この魅力的で,予想外に笑わせられるトークで,ジョンソンはいかに光害が人間を含むほぼすべての生き物に影響を与えるかを説明し,この問題の解決の助けとなる「馬鹿みたいに簡単な」五つの解決法をお教えします.
都会の明かりによって夜の星が見えなくなることを「光害」と呼びます.確かに街の夜景は美しいものですが,天然の夜景すなわち星空を覆い隠してしまうのです.
なので天体観測をする人々は,光害の無い土地へと出かけます.大阪周辺だと,能勢の妙見山が有名な天体観測スポットで,僕も毎月通っていました.
妙見山は日蓮宗のお寺で有名なのですが,同時に北極星信仰の聖地でもあります.古代エジプト人たちと同じように,北の空をぐるぐる回る星々を日本人もまた,見上げていたのでしょう.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
一途な恋とかけまして,カーナビと解きます.その心は?
道無き道にはまります.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
色々とあった一週間でした.
先週末に FoE Japan 2022 というイベントを開催したために,このニュースレターの執筆や音声版の準備がかなり怪しくなるかと思ったのですが,こういうピンチはむしろイベントが終わってからやってくるものですね.そうなんです,今週の執筆と音声版の収録はかなりピンチでした.
というのも,今週に入って普段使っている4台のMacのうち3台が調子悪くなっちゃったんです.まあ僕がなんやかんやと設定をミスしたのが原因なのですが.普段はUlyssesというアプリでニュースレター原稿を書いていたのですが,これがついに使い物にならなくなってしまいまして,今週は Visual Studio Code というプログラミングに使っているエディタで書いています.ついでにGitでバージョン管理もしています.書いてみると,これもありかなあと思い始めています.
今週は京都,長崎,オランダを繋いだ恒例のオンラインバーにも参加させて頂きました.実はそのオンラインバーで提供させて頂いた話題を膨らませたのが今回のニュースレターです.
コロナが落ち着きを見せてきているので,徐々に移動量を増やしていければなあと思っています.
あ,今日は早速,壱岐高校へ出張です.
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今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」 金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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Photo by Marek Piwnicki on Unsplash
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