★ リーゼ・マイトナーのノート【第91号別冊】
いちです,おはようございます.
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さて,本誌【第91号】でお伝えした「リーゼ・マイトナー」について,執筆時に参照した情報をまとめます.
別冊はもっと勉強したい方向けの「足がかり」や余談としてお送りするものです.お時間のある時にお楽しみ頂ければ幸いです.
(Cover Photo By Friedrich Hund, CC BY-SA 3.0)
ドイツの女性化学者イーダ・ノダック
【第91号】でお届けしたリーゼ・マイトナーと同時代の女性化学者・物理学者に,ドイツのイーダ・ノダック(旧姓タッケ)がいます.彼女もまたノーベル化学賞候補と目されていましたが,受賞はなりませんでした.
STEAM NEWS読者のおひとりから,本誌【第91号】ではこのイーダ・ノダックを無視しているのではないかというご指摘を頂きました.まったくその通りでしたので,こちらの別冊で少しご紹介したいと思います.
彼女はヨーロッパで学問の扉が女性に開かれた最初の世代の人で,物理学に興味を持っていたものの,当時はまだ物理学者の需要が少なかったため,化学の道を選びました.1934年,エンリコ・フェルミがウランに中性子を衝突させる実験の結果を報告すると,フェルミが主張する「超ウラン元素が生成された可能性」の難点をイーダは指摘しました.彼女はこの時点でウランが「核分裂」した可能性を検討していました.
ウランに中性子をぶつける実験が繰り返され,生成物を同定する研究が進められるなか,1938年にオットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンがついにバリウムの同位体であることを突き止めます.この結果を知らされたリーゼ・マイトナーが「核分裂」モデルを構築し,オットー・ロベルト・フリッシュ(リーゼの甥)が実証実験を行い,ウランが核分裂することを確かめました.
イーダ・ノダックの仮説は正しかったのです.
残念ながら,イーダ・ノダックは核分裂モデルの提唱者として広く知られているわけではありませんが,実は75番元素「レニウム(Re)」の発見者として歴史に名前を残しています.レニウムの名称はイーダの生地が「ライン川」左岸だったことに因んでいます.発表は1925年でした.
この75番元素は自然界に存在する元素ですが,日本人にとって苦い歴史のある元素でもあります.
レニウムは化学的性質が43番元素「テクネチウム」に大変よく似ています.そして,日本の小川正孝が1908年に「43番元素」を発見したと発表したことがあるのです.小川はこの元素に「ニッポニウム(Np)」と名付けることを提唱しました.しかし後に,この発見は否定されています.43番元素が自然界にはほぼ存在しないこともわかりました.43番元素は人類がはじめて合成した元素になりました.43番元素はテクノロジーによって合成された元素なので,テクネチウムと名付けられました.(ウラン238の自発核分裂でテクネチウムが生じるため,自然界でもゼロではありません.)
実は1925年にイーダ・ノダックも43番元素を見つけたと発表しています.しかしその後確認はされませんでした.小川の発見も,イーダの発見も,おそらくはレニウムだったと考えられています.
当時の分析技術では難しかったのでしょうが,もし小川が43番元素ではなく75番元素を見つけたと発表していたら,いまごろ「レニウム」は「ニッポニウム」と呼ばれていたことでしょう.
なお,現在では天然のレニウムよりも原子炉の中で生成されるテクネチウムのほうが,入手性が良いようです.
月刊ウィーン
「月刊ウィーン」という情報誌を僕も読ませて頂いているのですが,そのバックナンバーにリーゼ・マイトナーを取り上げた記事がありました.執筆された杉本純先生は,リーゼの記録が消された時代をリアルタイムに体験されていたようです.こちらはご本人から直接ご連絡を頂きました.