数学者アルブレヒト・デューラー【第119号】

1️⃣ドイツの画家アルブレヒト・デューラーは数学者としての顔も持っていました
2️⃣デューラーは名作「メランコリアI」に驚くべき「魔方陣」を描いています
3️⃣レオナルド・ダ・ビンチが「メランコリアI」に与えた影響についても考えます
金谷一朗(いち) 2023.03.03
誰でも

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いちです,おはようございます.

最近,AIによるラジオ局「RadioGPT」を聞いています.こちらのラジオ局は選曲も,DJのトークもすべてAIが生成したものだそうですが,人間のラジオ局と遜色ないクオリティです.いよいよSTEAM NEWS音声版もAIに脅かされるでしょうか.

アルブレヒト・デューラー

アルブレヒト・デューラー

さて,今号はルネサンス期のドイツの画家,アルブレヒト・デューラーについて語ってみたいと思います.イタリアにレオナルド・ダ・ビンチあれば,ドイツにアルブレヒト・デューラーありというぐらい,ドイツ・ルネサンスを支えた巨人です.なお,本記事では「ドイツの画家」と呼んでいますが,正確に言うとデューラーはかつてのドイツ国家「神聖ローマ帝国」出身になります.

そんなデューラーですが,実は数学者としての一面も持ち合わせていました.

📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.

《目次》

  • 「メランコリアI」に書き込まれた「魔方陣」

  • レオナルド・ダ・ビンチとつながる立体図形

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

「メランコリアI」に書き込まれた「魔方陣」

アルブレヒト・デューラーが1514年に製作した銅版画で,彼の代表作のひとつとも言えるのが「メランコリアI」です.こんな絵です.

メランコリアI

メランコリアI

本作の赤丸で囲った部分に,数字が16個書き込まれているのがわかるでしょうか.1から16までの数字が,次のように4×4の正方形に並べられています.

この数字の配置は「魔方陣(magic square)」になっています.魔方陣? ってなった方もご安心ください.詳しく説明しますね.必要なのは足し算だけです.

↑メランコリアIの魔方陣ですが,横に足していくと,どの行も34になります.おもしろいですね.

↑メランコリアIの魔方陣は,縦に足していくと,どの列も34になります.なかなかやりますね.

↑もちろん,左上から右下へ足していっても34になります.デューラーのドヤ顔が浮かびます.

繰り返しますが,デューラーは1から16の数字を並べているのです.都合よく数字を選んだわけではありません.

↑右上から左下の足し算も,当然34です.想像の範囲ですよね.

↑今度は左上から右下へ足すのは同じなのですが,出発点を「2」の位置にしてみました.「8」で行き止まりなので,左へジャンプして「9」「15」と進みます.こちらも足し算すると34になります.Wikipediaには載っていない豆知識ですよ.

↑左上から右下へできたのだから,当然右上から左下へも足し算ができます.足し算すると34になります.こちらも豆知識.

↑4×4の正方形を2×2の小正方形に分割して,それぞれ足し算すると34になります.ここらへんから意味不明になってきますよね.

↑中央の小正方形も足し算すると34になります.信じられないです.

↑驚くべきことに,四隅の数字を足し算しても34になります.デューラーは悪魔でしょうか.

↑まだあるのです.左右の辺の数字を足し合わせても34になります.「ふぁっ」てなりますね.

↑左右の辺で足し算をして34だったなら…もちろん上下の辺で足し算をしても34です.こういうのを,頭いいマウントと言うのでしょうか.

流石にこれでもう終わりだと思いますよね?

……続きます.

↑対角線を真ん中だけ90度回転させてみました.これでも足し算をすると34です.

ということは……

↑やっぱりね.美術の教科書でもここまで紹介されていることはまずなさそうなので,ご紹介させていただきました.(実はまだ他に,足すと34になるパターンがあります.気になる方は探してみてください.正解はこちらで公表します.)

↑最後に,デューラーが仕込んだとっておきの暗号を.

本作は1514年に描かれました.

デューラーにはいったい何が見えていたのでしょうか.

レオナルド・ダ・ビンチとつながる立体図形

デューラーは「メランコリアI」に,もうひとつ意味深な数学を描き入れていました.

それがこちらの,不思議な形の立体です.

なんとも不思議な形ですね.立方体(正六面体)の頂点を切り落として八面体にしたのではないかという説や,元が立方体だとすると少し細長すぎるという説もあり,デューラーがどういう着想でこの立体を描いたのかはまだ決着がついていません.

僕には,この立体は菱面体(Rhombohedron)の頂点を切り落としたように見えます.しかし,切り落とし方が非対称にも見えるので,デューラーの意図はよくわかりません.あれだけの魔方陣を描き込んだのですから,きっとなにかメッセージを込めているのでしょうね.

デューラーの立体は五角形と三角形を組み合わせているように見えます.正五角形と正三角形を組み合わせた立体は「二十・十二面体」と言って,レオナルド・ダ・ビンチが印刷物としてははじめて描いたとされています.

レオナルド・ダ・ビンチが描いた二十・十二面体

レオナルド・ダ・ビンチが描いた二十・十二面体

デューラーもレオナルドも同時代の人,そしてデューラーは「メランコリアI」制作前に2度イタリアへ旅行していることから,ひょっとしてこの二人には接点があったのかも……と思ったのですが,直接会ったという記録はないそうです.(英語版Wikipediaには "He was in contact with... Leonardo da Vinci..." と書かれていますが,出典は見つかりませんでした.)

同じ疑問が青山愛香「アルブレヒト・デューラーとレオナルド・ダ・ヴィンチ ――《メレンコリアI》(1514年)を巡る考察 ――」に書かれています.本論文では,デューラーはレオナルドに会わなかったものの,レオナルドの素描は手に入れた可能性が高いこと,そして多大な影響を受けたことが指摘されています.ひょっとしたら,デューラーの立体も,その証拠に加えても良いかもしれませんね.

イタリアから遠く離れたドイツでも,芸術と数学が同時に花開いていったことの証拠を,デューラーの絵が語ってくれました.

もし数学者としてのデューラーにご興味がありましたら,吉川敦「デューラーの『幾何学世界』について」をオススメします.

今週の書籍

歴史から数学理論まで幅広い題材を収めた魔方陣の入門書,充実の新版.より丁寧な解説を目指したほか,魔方陣の実例も数百追加.
Amazon

正直にお話します.この本は結構難しいです.理工系大学1年生レベルの「線形代数」の知識が必要になります.とは言え,魔方陣の作り方から,超絶的な魔方陣まで網羅されており,第一級の教科書です.アメリカの政治家・科学者であったベンジャミン・フランクリンも魔方陣愛好家で,彼の作成した「魔円陣」も紹介されています.これだけの書物が母国語で読めるのはありがたいですね.

今週のTEDトーク

TED

TED

デヴィッド・クォンはマジシャンですが,クロスワードも作っています.つまり,相当マニアックな人間なのです.さて,彼が次に仕掛けるトリックとは・・・.
TED

デヴィッドは,パズルとマジックはどちらも「カオスの中に秩序を見出す」ことだと説明します.まるで魔方陣のことですね.彼のトークもおもしろいので,ぜひ.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

話が長い人に短めに切り上げてもらうにはどうすればいいですか?
Quora

2007年のMacworld参加者は,スティーブ・ジョブズによる伝説のプレゼンテーションを目撃しました.初代iPhoneの発表です.

熱狂の渦に包まれた参加者たちは,そのきっちり1時間後に絶望の底に叩き落されます.ジョブズに招かれたシンギュラーCEOスタン・シグマンによる地獄のプレゼンテーションを聞かされたからです.(リンク先の動画の1:08:18から始まります.)

動画を見ているだけで,参加者たちの心の叫びが聞こえてきます.「早くやめてくれ」と.

しかし,Macworld参加者たちは心で叫ぶだけではありませんでした.一部の参加者たちは,シグマンがまだ喋っているにもかかわらず拍手を始めました.

その結果シグマンがトークを早めに打ち切ったのか,もともと用意していた原稿がそこまでだったのかはわかりませんが,その後すぐにシグマンはトークを終えました.

トークが長い場合,拍手をするのは良い方法ですね.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

今週は国公立大学の前期入試がありました.受験生や関係者の皆様,お疲れさまでした.

僕も若干力尽きたところがありまして,なかなかニュースレター執筆に取りかかれなかったのですが,ふとデューラーについて書こうと思ってからは,一気に進められました.デューラーどころか「メランコリアI」に限っても膨大な研究がされていますので,とてもすべてをご紹介することはできませんでしたが,芸術と数学の爪痕を感じ取ってもらえたら幸いです.

また,デューラーの多面体に関してはいまだに多くの解釈があることに僕自身も驚いたとともに,俄然興味が出てきました.緻密に遠近法を組み立て,魔方陣で対称性に強いこだわりを見せたデューラーがわざと非対称な多面体を描いたことには,きっと理由があります.

皆様もぜひ,検討してみてくださいね.

🍓

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では,また来週,お目にかかりましょう.

【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.

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金谷一朗(いち)

TEDxDejimaStudioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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