メディウム〈霊媒〉のはなし【第141号】

1️⃣メディア(media)の単数形メディウム(medium)には「霊媒」という意味があります
2️⃣インチキを白状した霊媒も,生涯隠し通した霊媒もいました
3️⃣霊媒のトリックを見抜こうとして,魅入られてしまった科学者たちもいます
金谷一朗(いち) 2023.08.04
誰でも

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いちです,おはようございます.

夏ですね.

7月も相当に暑かったのに,8月ですよ.一体どうなるのでしょうか.

さて,今週は「マスメディア(mass media)」という言葉にも入っている「メディア(media)」のお話をしたいと思います.「マス(mass)」は「集まり」「大量の」を意味する単語で,カトリック教会の「ミサ」も英語では「マス(mass)」と言います.「メディア」のほうは「間に入って伝えるもの」「媒体」の意味ですね.

メディアは複数形の名詞で,単数形はメディウムあるいはミディアム(medium)と言います.美術系の方はメディウムというラテン語発音を,コンピューターサイエンス系の方はミディアムという英語発音を好むような気がします.

メディウムと呼ぼうと,ミディアムと呼ぼうと,意味するところはメディアつまり媒体の単数形です.

そして,このミディアムにはもうひとつの意味があるのです.その意味とは「霊媒(霊媒師)」です.

一応はマルチ(複数)メディアでお伝えしているSTEAM NEWSですから,メディウム(ミディアム)についてもお伝えしなければなりますまい.

というわけで,夏らしく,霊媒のお話をお伝えしようと思います.

エヴァ・カリエール

エヴァ・カリエール

写真は「史上もっとも傑出した霊媒」と言われるフランス人エヴァ・カリエール(Eva Carrièr)

📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.

《目次》

  • 霊媒術の大流行

  • ミイラ取りがミイラに?

  • 今週の書籍

  • 今週のTEDトーク

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

霊媒術の大流行

18世紀後半にイギリスで始まった産業革命は,蒸気船を使った世界的な貿易を可能にしました.イギリスは「キャラコ」を植民地インドから大量に輸入したのですが,その結果でしょう,インドで発生したコレラがイギリスへと飛び火します.19世紀半ばとなる1853年から1854年にかけて,ロンドンでは1万人以上がコレラで命を落としたと言われています.このときのコレラは,大西洋を超えてアメリカでも大流行しています.

当時はコレラの原因がわかっておらず,予防方法も知られていなかったため,大変な恐怖だったでしょう.「敵」が目に見えないわけですから.

いつの時代だって,社会不安があるところに「オカルト」は入り込みます.19世紀のイギリスやアメリカで「霊能力への信仰」が大流行したのは,必然だったのかもしれません.そんな中で,とくに死者と話す「霊媒術」や,死者と話す能力を持つ「霊媒(霊媒師)」が大人気となりました.

フォックス姉妹

フォックス姉妹

代表的な霊媒に,アメリカの「フォックス姉妹」がいます.フォックス姉妹は3姉妹なのですが,次女マーガレッタ(マギー)と三女キャサリン(ケイト)が霊媒として有名です.彼女たちは「死者の霊が鳴らす音」つまり「ラップ音」を通して,霊と交信できると主張しました.

1848年3月の夜,二人の姉妹はベッドの中で「木を叩くような音」に気づきます.霊が語りかけているに違いないと考えた姉妹は,母親を呼びに行きます.母親のフォックス夫人はまさかと思い,霊にこう尋ねてみました.「私の子供は何人かしら?」驚くべきことに,その霊は正しい回数だけラップ音を鳴らしたのです.

姉妹の霊媒術はたちまち近所の話題となり,1849年11月14日にはニューヨーク州ロチェスターで公開デモンストレーションを行うまでになりました.

それと同時に,姉妹の除霊術がインチキではないかと疑う人たちも現れました.バッファロー大学の3人の調査員たちは,ラップ音の正体を彼女たちが関節を鳴らした音だと結論づけました.

1888年10月21日,ロチェスターでの公開デモンストレーションから39年後,マギーはこれらがインチキであったことを暴露します.彼女はニューヨーク音楽院に集まった2,000人の聴衆を前に,医師立ち会いのもと,彼女が好きなタイミングでつま先の関節を鳴らせることを証明して見せました.このときケイトも同席していました.

なおマギーは1889年11月に「暴露」を撤回しています.暴露には1,500米ドルのスポンサーがついていたことも白状し,経済的な理由や精神的に不安定だったことからデモンストレーションを引き受けてしまったと発言しました.1888年の1,500米ドルは,現在の価値で言うとおよそ48,000米ドル,換算すると700万円ほどになりますから「カネに目がくらんだ」という主張は一応は通ります.

ただし,マギーとケイトをその後も霊媒として信じる人達は急速に減っていきました.

ミイラ取りがミイラに?

霊の存在を疑ってかかった19世紀後半の科学者たちの中には,やがて「スピリチュアル系」に傾倒していった人たちもいます.イギリスの化学者・物理学者ウィリアム・クルックスは,「クルックス管」という実験装置を発明し,人類で最初に「電子」の存在を可視化しました.

クルックス管

クルックス管

クルックスは当時有名だった自称霊媒,ダニエル・ダングラス・ヒューム(Daniel Dunglas Home)を調査したのですが,インチキの証拠をつかめず,かえって霊の存在を信じるようになりました.科学者なのに……と非難するのは後知恵というものでしょう.クルックスは電子という目に見えない物質の発見者でもあるのですから.なおヒュームは生涯を通して,公には一度もトリックを見抜かれたことがありませんでした

ノーベル賞物理学者ピエール・キュリーは,当時未解明だった磁力の研究をする中で,超常現象の調査が役に立つかもしれないと考えるようになりました.彼は1905年にパリで開かれた,イタリア人霊媒ユーサピア・パラディーノ(Eusapia Palladino)による「降霊術の会(séances)」に出席しています.彼もまた,磁力や放射能など,目に見えないものを探求していたのですから,霊媒に興味を惹かれたのも自然な成り行きだったかもしれません.もっとも彼は科学者としての一線は守り通し,実験で再現できない現象を公然と支持することはありませんでした.

1917年の妖精の写真 (Elsie Wright (1901–1988) - Scan of photographs, PD-US)

1917年の妖精の写真 (Elsie Wright (1901–1988) - Scan of photographs, PD-US)

推理小説作家として不朽の名作を残し,また自身も探偵として2件の冤罪事件を解決したこもあるアーサー・コナン・ドイルは晩年,心霊主義にのめり込んでいきます.彼は1917年に撮られた「妖精の写真」を本物と信じ込み,生涯にわたって擁護し続けました.

なお,この妖精の写真は1983年に捏造であったことが明かされています.

見えない現象を追いかける者は,ときに,ありもしない現象さえも追いかけてしまうのですね.「ミイラ取りがミイラになる」とはこのことかもしれません.

この教訓は,科学者にとってはひょっとしらたラップ音よりも恐ろしいかもしれません.

今週の書籍

死者が視える霊媒・城塚翡翠と,推理作家・香月史郎.心霊と論理を組み合わせ真実を導き出す二人は,世間を騒がす連続死体遺棄事件に立ち向かう.証拠を残さない連続殺人鬼に辿り着けるのはもはや翡翠の持つ超常の力だけ.だがその魔手は彼女へと迫り――.ミステリランキング5冠,最驚かつ最叫の傑作!
Amazon

もし探偵が霊媒だったらという,あらゆる探偵小説家が一度は夢想し,そして諦めただろう構想を具現化した小説です.ストーリーは繋がっているものの短編集の形をとっているため,読みやすくなっています.とはいえ,そんなこと関係ないぐらい夢中になるでしょう.僕はコミック版も気になって,こちらも読み始めてしまいました.

今週のTEDトーク

TED

TED

伝説的な懐疑論者のジェームズ・ランディがステージ上で致死量のホメオパシー睡眠薬をのみ,18分間にわたって不合理なものを信じることに対する痛烈な批判を繰り広げる.彼は世界中の能力者たちに挑戦した「あなたたちの能力が本物だと証明できたら,100万ドルを差し上げよう.」(達成者はまだいない)
TED

は本気です.ステージ上で32錠のホメオパシー睡眠薬を飲んでみせ,なぜなんの効果もないのかと糾弾します.本当の霊媒がいれば,100万ドルを支払うとも言っています.(この企画は2015年に終了しました.)

彼は別の講演で,こんなジョークを残しています.

Everyone who believes in telekinesis, raise my hand.

(超能力を信じるひとは,どうか私の手をあげてください.)

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

今まで聞いた中で最もクレイジーなWi-Fi名/パスワードは?
Quora

「{学会名} Free Wi-Fi」です.ありがちですよね? でも学会会場のあちらこちらに「当学会はFree Wi-Fiを提供しておりません」と張り紙が出されていたのです.

「提供しておりません」と言われても使ってしまうじゃないですか.

このWi-Fiスポットの正体は,同じフロアの別会場で開催されていたBlack Hat会議が仕掛けたハニーポットでした.Black Hat開場のLED式電光掲示板に,メールアドレスとパスワードの一部が流されていました.電光掲示板の上には高らかと「Idiots(馬鹿ども)」のロゴが掲げられていました.

馬鹿は僕一人じゃなかったと知って,少し気が休まりました.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

一伍一什のはなし

アメリカで映画「バービー」と映画「オッペンハイマー」が同日に封切られました.そのためか,これらの映画を二本立てで見ようという「バーベンハイマー」という運動がネットで起こりました.

映画「オッペンハイマー」は「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた,クリストファー・ノーラン監督による重い作品ですので,明るいタッチの作品「バービー」と併せて鑑賞することに僕もまったく異論はありません.

しかし「バーベンハイマー」運動ではバービーの背後にピンク色のきのこ雲を描いてみせたりと,オッペンハイマーが開発を主導した原爆をカジュアルに描きすぎているきらいがあります.また「バービー」公式X(ツイッター)アカウント

It's going to be a summer to remember 😘💕

(忘れられない夏になるわよ)

リプライをしていて,僕もどうしても一言伝えたくなりました.そこで,バービー公式アカウントに

It always is. (From Nagasaki)

(いつもね.長崎より)

とだけ返しておきました.また大半は日本からでしたが,多くのアカウントからバービー公式アカウントへ批判のポストが届けられました.

その後なのですが,バービー公式アカウント運営元のワーナー・ブラザースが正式謝罪をし「忘れられない……」投稿を削除しました.

8月13日に開催するイベントTEDxDejima EDでは,この件に関してもひとつのメッセージをお送りする予定です.

🍓

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【休刊日のお知らせ】来週はSTEAM NEWSの配信をお休みします.

来週はSTEAM NEWSの配信をお休みします.次号は8月18日金曜日7:00に配信予定です.

【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.

***

ニュースレター「STEAM NEWS」

金谷一朗(いち)

TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授

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