贋作を見抜け!アーティストとサイエンティストの戦いの歴史【第67号】

贋作の歴史は古代エジプトまで遡ります.贋作に悩まされ,贋作を超えたアーティストたちとサイエンティストたちの物語をお楽しみ下さい.
金谷一朗(いち) 2022.02.25
誰でも

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【140字まとめ】「偽の宝石」を作る方法について書かれた最古のパピルスがエジプトから見つかっています.今週は「贋作」に悩まされ,ときには贋作を超えたアーティストたちの物語をお届けします.デジタル・アートの真贋判定の切り札と一部で言われる「NFT」に関する「誤解」も解説します.

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STEAM NEWS は毎週届くニュースレターです.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するほか,おすすめ書籍,TEDトークもお届けします.芸術系や人文系の学生さんや教育関係者の方,古代エジプト好きな方に特におすすめです.

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いちです,おはようございます.

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってしまいました.個人で出来ることは何もないですが,仕事中はずっと気になって「アルジャジーラ」のニュースを聞いています.

さて,今週は「贋作 (forgery)」をテーマにお届けします.いつの時代も存在する贋作の問題と,その見つけ方,防ぎ方についてお話しします.おすすめTEDトークのコーナーでは,人の命を救うための「偽造 (forgery)」についてご紹介します.

《目次》

  • 古代エジプトから続く贋作の世界

  • 贋作に悩まされたアーティストたち

  • 贋作を見抜け!サイエンティストたちの戦い

  • NFTは真作鑑定の切り札?

  • 本物を超えた贋作の話

  • おすすめ書籍:ゼロ THE MAN OF THE CREATION

  • おすすめTEDトーク:父は偽造者

  • Q&A

  • 一伍一什のはなし

古代エジプトから続く贋作の世界

スウェーデン王立文学・歴史・考古アカデミー(KVHAA)には「ストックホルム・パピルス」と呼ばれているエジプトのパピルスが保管されています.このパピルスはギリシア語で紀元300年頃に書かれた写本で,中には「偽の宝石」「偽の金」を作る方法も書かれていました.発見したのはアルメニア出身の商人ジョバンニ・アナスタシ (Giovanni Anastasi, Jean d'Anastasi) で,現在のルクソールで大量のパピルスを発見し売りさばいた人です.

このパピルスの内容がまた面白くて,どうやら「偽デモクリトス」とあだ名された錬金術師たちの著作を借用したようなのです.偽デモクリトスは,紀元前460年生まれのギリシアの哲学者デモクリトスを勝手に名乗った学者たちです.彼らは錬金術について大量に書き残したため,現代では貴重な資料提供者になっています.

人類は紀元前から贋作を作ったり,模造品を作ったり,作者を偽ったりしてきたのですね.

ルパン三世 カリオストロの城(東京ムービー新社)

ルパン三世 カリオストロの城(東京ムービー新社)

1979年のアニメ映画で宮崎駿の初監督作品でもある「ルパン三世 カリオストロの城」では偽札が物語を支えるテーマになっていましたが,1260年に「元」が世界初の紙幣を発行した当初から偽札が存在したそうです.

贋作に悩まされたアーティストたち

贋作は偽札のような経済的な目的の他に,偽デモクリトスのような権威付けのためであったり,ときには宗教的な理由で作られることもあります.

ドイツのアルブレヒト・デューラーは大量に贋作を作られた画家で,作品に「他人の仕事と才能を略奪し模倣する者は呪われろ」と記したこともあります.デューラーは1471年生まれですが,グーテンベルクが活版印刷を開発したのが1439年のことで,当時は「ブックカース」と呼ばれる「模倣防止の呪い」がよく使われていました.

贋作に手を出した芸術家も少なからずいます.例えば,かのミケランジェロは「眠るクピド(キューピッド)」をアンティークに見せかけるために,人工的なエイジングを施しています.その後,取り戻して壊したいと周囲に漏らしていたようなので,後悔していたようですね.

オランダの画家・画商であったハン・ファン・メーヘレンは「20世紀で最も独創的・巧妙な贋作者」の一人とも言われ,フェルメールの贋作を制作していました.彼は17世紀の絵画から絵の具を回収して絵を描き,絵の表面にフェノール樹脂を塗って,オーブンで加熱してからキャンバスを丸めて「クラクリュール」という細かいひび割れを再現していました.

日本だと,東山魁夷の版画の贋作が出回ったことがあり,刑事裁判が現在でも続いています.国立西洋美術館も贋作に騙されたこともあったようですので,プロでも贋作を見抜くのは難しいのでしょう.その他の著名な事件はこちらのウェブサイトにまとめられています.

贋作を見抜け!サイエンティストたちの戦い

贋作と真作を見分けるために,真っ先に調べられるのがその作品の所有歴 (provenance) です.絵画の場合は紙面で残されることが多く,初期の所有者から最新の所有者までの移転の記録が手書きで残されていると,鑑定家が喜ぶことになります.このように所有権の転移の記録を英語で Chain of Custody (CoC) と呼びます.CoCはその作品が真作であることの強力な証拠になります.

写真プリントでしたら,裏書きが残されることも多いです.

写真プリントの裏書き <a href="https://www.jrileystewart.com/blog/tag/art-provenance/">(J. Relay Stewart Photograph)</a>

写真プリントの裏書き (J. Relay Stewart Photograph)

日本の茶道具は,道具に合わせた大きさの箱に収めて「箱書き」をしておくのですが,所有者が変わると,その箱を納める一段大きな箱を作って,それに箱書きをして…というふうにCoCを構築するそうですね.

もちろん贋作家もCoCを偽造しようとしますが,各世代の移転記録や箱書き,箱そのものを作る必要があるため,手間が非常にかかります.これは後で述べる「NFT」という新しい技術の根底にある考え方と同じです.NFTの場合は偽造が事実上不可能なので,デジタル・アートの救世主と「勘違い」されることもあります.

さて,CoC以外に贋作かどうかを鑑定する手段がいくつも考えられているのですが,これらは考古学でも使われる手法と同じです.

その第一はやはり「放射性炭素年代測定」でしょう.これは「炭素14」(カーボン・フォーティーン)という自然界に存在する放射線源を利用するものです.地上の炭素は,放射性を持たない炭素12と放射性を持つ炭素14がおよそ1兆対1の割合で混在しています.動植物は環境から炭素をぱくぱく食べて体内にため込むので,生きている間は炭素12と炭素14の比率も環境と同じ1兆対1です.一方,動植物が死ぬと,放射性を持つ炭素14だけが放射線を放出して減少していきます.炭素14は約5,730年で半減するので,動物由来,あるいは植物由来の素材中の炭素12と炭素14の比率を調べれば,元の動植物がいつ死んだかが分かるのです.

(お詫びと訂正:初出時「炭素12」とすべきところを「炭素16」としていました.)

死海文書の一例&nbsp;The Isaiah Scroll (Photographs by Ardon Bar Hama, Website of The Israel Museum, Jerusalem, Public Domain)

死海文書の一例 The Isaiah Scroll (Photographs by Ardon Bar Hama, Website of The Israel Museum, Jerusalem, Public Domain)

例えば1940年代に見つかった一連の「死海文書」は,当初は本物の聖書写本なのか,後世の模造品なのか評価が定まりませんでした.しかし放射性炭素年代測定によって紀元前250年頃から紀元70年頃の写本とわかり,現在では「20世紀最大の考古学的発見」と呼ばれています.

また「鉛白」という白顔料に僅かに含まれる放射性物質の分量から,絵画の制作年代を推定する方法も用いられます.こちらは鉛の産地によって含まれる放射性物質の分量が異なることから,顔料の輸入元を調べることによって,絵画の制作年代を推定するものです.

他に,絵画の「レントゲン写真」を撮って下地に新しい絵がないかどうか調べる方法であったり,絵の具の組成を調べたりする方法も用いられます.

NFTは真作鑑定の切り札?

ところで「NFT」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか?NFTは「非代替性トークン(Non-Fungible Token)」のことで,いまアート界隈を大いに騒がせています.

NFTを一言で言えば,茶道具の箱書きです.誰かの手に渡るたびに,外側に新しい箱を作って,その中にこれまでの箱を納めます.このようにして箱を「マトリョーシカ」にすることで,Chain of Custody (CoC) を残すわけですね.箱の大きさには持ち主の個性が表れるので,歴史を途中からやり直すことは困難です.

NFTの場合はこの箱作りに「暗号資産」で使われる「ブロックチェーン技術」を用います.暗号資産技術に関してはこのニュースレターでも以前ご紹介したことがありますので,よろしければバックナンバーもご覧下さい.

簡単に言うと,NFTは偽造が出来ないのです.箱書きの例えで言うと,箱が毎回3Dパズルのような複雑な形をしていて,それにぴったりはまるような外箱を短期間で模倣することが難しいようなものです.

では,NFTは真作鑑定の切り札でしょうか?

違います.

偽造できないのはNFTだけです.NFTは箱書きです.そして,箱の中身,つまりアート作品は模造できるのです.もしそれがデジタルデータならば,いくらでもコピー出来るのです.

世の中には「NFTアート」を名乗るデジタルデータが多数あります.このようなコンセプトも含めて「実験的アート」だと思ってお金を出す分には問題ありませんが,一部のアーティストやアート愛好家が「絶対複製されないデジタルデータ」だと勘違いして「購入」する事故が後を絶たないのは,大変悲しいことです.

繰り返しますが,NFTは「取引」の真正性を担保しようというものであり,アート作品が真作であるかどうかを担保するものでも,それを目指すものでもありません.

本物を超えた贋作の話

「カリオストロの城」作中の偽札について,ルパンは「かつて本物以上と称えられた」と紹介しています.

冒頭でご紹介した20世紀最高の贋作家ハン・ファン・メーヘレンは,優れた描画力に加え,科学,工学に裏打ちされた技術力で「本物以上」とも言われた贋作を制作しました.彼はフェルメールの作品をナチス・ドイツの高官ヘルマン・ゲーリングに売ったという理由で,第二次世界大戦後にオランダ政府によって逮捕,起訴されています.死刑を恐れたファン・メーヘレンは,贋作を制作していたことを白状します.

結局,ファン・メーヘレンの罪状は偽造と詐欺のみとなり,1947年に禁固1年の刑が言い渡されました.しかし,彼は禁固刑を受けることなく,同年アムステルダムのバレリウス病院で心臓発作で亡くなっています.

ファン・メーヘレンの死後,彼が贋作だと告白した作品の「鉛白」に含まれる微量の放射性物質が調べられ,彼の告白が正しかったことを裏付けました.

おすすめ書籍:ゼロ THE MAN OF THE CREATION

神の手を持つ究極至高の贋作者・ゼロ.陶器・絵画・彫刻は言うに及ばず,この地球に存在する全ての物を「本物」に複製する創造主(ザ・マン・オブ・ザ・クリエイション).この世にただ一つしかないかけがえなき物の復元を願う人々の心を癒し,諌め,時に裁く…!
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贋作をテーマにしたマンガです.現実離れしたストーリーが続きますが,面白い作品です.本文中にご紹介した東山魁夷の贋作事件を予見するようなエピソードも挟まれていました.

おすすめTEDトーク:父は偽造者

サラ・カミンスキーが,彼女の父親アドルフォの驚くべき物語と,父が第二次世界大戦中に行なっていた活動について話します. 彼は人々の命を救うため,創意に溢れる才能を文書偽造に用いていたのです.このトークはTEDxParisで行なわれたものでフランス語で話されています.
TED

文書の偽造は時に人の命を奪う大問題になります.しかし,非常時には,人の命を救うこともあります.そんなトークを是非お聴き下さい.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらの質問から.

受験生だった頃の思い出で,今だから話せるエピソードはありますか?

ありますとも.

センター試験会場が神戸大学という山の上の大学だったので,最寄り駅で初対面の女性を誘ってタクシーで会場へ向かいました.

前日は同級生女子と学校帰りにアイスクリームを食べに行っていて,なんというか,チャラい高校生でした.

あとですね,これもセンター試験の思い出ですが,机の上にグミキャンディーを広げていました.

このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.

今週は職場に電話がかかってこなくて静かだなあと思っていたところ,電話線が抜けていました.いや,抜けていたのは気持ちの方かもしれません.共通テストや修論発表が一段落したので…とは言え,今日から前期日程入試です.気合い入れます.

贋作ではなくレプリカに関する話題ですが,ヨーロッパのとある美術館で,おそらくは展示替えの都合なのでしょう,展示スペースにレプリカが飾られていたことがありました.鑑賞者はレプリカを眺めて帰って行くことが多かったのですが,説明にはちゃんと「これはレプリカです」と書いてありました.僕は「なんか平面的だなあ」と思って周囲を探し回っているうちに,偶然その絵画の本物を見つけました.本物はどことなく「温度」がレプリカよりも高いように感じられたのです.絵画って不思議ですね.それ以来,ずっと「絵画の温度とは何だろう」と疑問に思い続けています.

それにしてもロシアのウクライナ侵攻です.僕はどういうわけか東欧に惹かれていて,学部生時代はロシア語を学びましたし,エストニアの電子居住権も持っています.英語の勉強もかねて毎朝英米の音声ニュースを聞いているのですが,いざ紛争となると頼れるのは「アルジャジーラ」です.ウクライナ侵攻に関しては次点がBBC,さらに次点がCNNでしょうか.CNNだと日本語でネットのニュース速報を見るのと同じぐらいのタイミングに感じます.

ロシアはなぜウクライナを欲するのか,ということをいつもニュースを聞きながら考えます.もちろんNATO諸国との間に緩衝地帯が欲しいことは間違いありません.それに加えて,ロシア自身はエネルギー生産国ですから,ウクライナの農業と工業を抑え,中国のハイテクを輸入できれば西側とは断絶してもやっていけると踏んでいる可能性もあります.

でも,なんとなくですが,それだけではないような気がしてならないのです.

なぜ英国がアイルランドを手放さないのか,なぜドイツがオーストリアやイタリアを強く欲するのか,なぜ米国が日本を手元に置こうとするのかを考えるときに,そこに共通する理由があるように感じます.エネルギーや食料やSTEM(科学・技術・工学・数学)だけでなく,もっと見えづらく「模倣」することが出来ないものが,それらの国々にあるような気がしてならないのです.

それは,ぶっ壊れた工業製品をもう一度使えるようにする技術を欲しているのではないかという,疑念です.そして,その技術はおそらく,背後にある宗教観や自然観にも結びついているように感じます.ただ強いエビデンスが僕にはないので,この話はまた改めてとさせて下さい.

このニュースレターの音声版である STEAM.fm がアップルのポッドキャストランキング「科学」カテゴリに安定して入るようになってきました.アップル製品以外でもお聴き頂けますので,是非お試し下さい.

今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)

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では,また来週,お目にかかりましょう.

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