いつかは食べたい?危険な食べ物たち【第135号】
2️⃣世界一「臭い」食べ物「シュール・ストレミング」はスウェーデンの塩不足から生まれました
3️⃣日本の納豆も負けてはいません
いちです,おはようございます.大阪出身ですが納豆大好きです.
僕が最初に勤めた会社は国際色豊かな企業でした.ある日の社内パーティで,フランス人研究者がにおいの強いチーズを持ってきたところ,中国人研究者が「我が国にはもっと臭い食べ物がある」と謎マウントをとりまして,国際紛争になりかけたことがありました.いや,大げさではなくて,ほんとうに子供っぽい研究員が多かったんです.別の日には,イギリス人がアメリカ人に向かって「お前の国に文化はあるのか」とけしかたり,アメリカ人が「文化はないがミリタリー・テクノロジーはある」とやり返したりしていました.
そのパーティでは日本人上司が「公平を期すために第1回国際臭いものグランプリを開催しましょう」と提案して,いったん両者とも引き下がりました.
で,第1回国際臭いものグランプリ当日,中国人が「腐腐」と書かれたパッケージを持ってきたのですが……もう,パッケージを開ける前から,というか会場に集合する前から,優勝が見えていました.

臭豆腐
さて,この号ではそんな「臭い」そして「危険な」食べ物について,科学的に見ていきたいと思います.
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《目次》
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シュール・ストレミング
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納豆
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カール・マルツゥ
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今週の書籍
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今週のTEDトーク
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Q&A
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一伍一什のはなし
シュール・ストレミング

シュール・ストレミング(出典)
東京聖栄大学・生化学研究室が公開している「世界で食べられている臭い食べ物ベスト5」の堂々1位に輝いているのが,スウェーデンの「シュール・ストレミング」です.塩漬けニシンの缶詰なのですが,そのにおいをある人は毒ガス級と呼び,ある人は別格でヤバいと言います.一方でうまかったとする意見もあります.実は僕も食べたことがあるのですが,においはともかく,味は良かったように記憶しています.ただここらへんは個体差があるのかもしれません.
シュール・ストレミングはニシンを薄い塩水につけて,缶詰にしたものです.ニシンを長期保存するためには,本来はさらさらとした塩につけてしまいたいところなのですが,残念ながらスウェーデンでは塩が大変に高価でした.スウェーデンは御存知の通り海に面した国なのですが,日照時間が短く海水から天日干しで塩を作ることが困難だったのです.そもそもスウェーデン周辺の海域は塩分濃度が低く,また岩塩も産出しないため,塩は輸入に頼ってきました.そんなわけで,スウェーデンではニシンの「塩漬け」ではなく「塩水漬け」が作られたのですね.
シュール・ストレミングのつけ汁は塩分濃度が低いため,つけ汁の中で細菌が活動を続けます.もしも塩分濃度が十分高ければ,細菌は死滅していたところなのですが,塩分濃度が足りなかったわけですね.シュール・ストレミングの場合は「ハラナエロビウム(Halanaerobium)」属という細菌がニシンを発酵させます.この発酵で炭酸ガス,プロピオン酸(特定悪臭物質),硫化水素(腐卵臭),酪酸(銀杏のにおい),酢酸(お酢のにおい)が作られるため,強烈なにおいが生じるのです.
シュール・ストレミングは,スウェーデンに塩が足りなかったゆえに生まれた「世界一臭い」食品でした.
納豆

納豆(出典)
日本では当たり前に手に入る「納豆」ですが,世界的に見ればこれも「臭い食品」の仲間です.納豆は東アジア原産のダイズを,日本に固有の「納豆菌」で発酵させたものです.ただし,納豆に似た食品は東アジアから東南アジアにかけて分布していますから,ダイズ発酵食品は日本だけのものというわけではありません.
それにしても,最初に納豆を食べた人は度胸がありますね.
ただし,江戸時代初期の頃までは納豆と言えば「糸引き納豆」ではなく,いまの塩辛納豆だったようです.塩辛納豆というのは,納豆と塩辛を混ぜたものではなく「浜納豆」のことですね.糸を引いていないほうの納豆です.こちらはダイズを使うところまでは同じですが,納豆菌ではなく麹(こうじ)を使います.見た目は「うさぎのふん」で,においの方も味噌や醤油に似ています.日本人や東アジア人には馴染みのにおいですが,他地域の人からは「なんじゃこりゃああ」となるにおいでしょう.
糸引き納豆は発酵過程でアンモニアを生じるため,塩辛納豆とは別の臭みがあります.アンモニアのにおいは人間の「疲労臭」とも言われるそうですね.納豆を食べると元気になりそうなのですが,においだけは疲労臭なのでしょうか.気になるので納豆を食べてきます.
どれも美味しいのになあ……
カース・マルツゥ

カース・マルツゥ(出典)
最後に「臭い」というよりは「危険な」食品をご紹介しましょう.河豚(ふぐ)やホットドッグ(!)と並んで,多くのランキングで「世界で一番危険な食品」に数えられ,ギネスブックに「世界一危険なチーズ」としても登録されているのが,イタリア・サルデーニャ島の「カース・マルツゥ(casu marzu)」というチーズです.
このカース・マルツゥという名称ですが,サルデーニャ語で「腐ったチーズ」という意味です.アジアに臭豆腐あれば,ヨーロッパにカース・マルツゥありということですね.美味そうです.
実は,カース・マルツゥの「危険」の本質は腐っていることではないのです.このチーズは,羊チーズのひとつ「ペコリーノ」にチーズバエの幼虫,つまり「うじ」を植え付けて作るのです.この子たちが体外でチーズを消化するため,チーズの分解が進むわけですね.
カース・マルツゥはこの「うじ」ごと提供されます.もちろん取り除いて食べてもよいのですが,まるごと食べちゃう人もいます.この子たちはなかなか生命力が強いらしく,飛び跳ねたり,なんだったら胃の中でも生き延びたりするらしく,生食は大変危険だと考えられています.実際イタリア政府はカース・マルツゥの販売を禁じています.またアメリカ政府も,フランス産チーズ「ミモレット」と同じように輸入を禁止しています.
非合法な食品になってしまったカース・マルツゥですが,闇市で販売されたり,その非合法性についての研究がなされたりと,無くなるわけではなさそうです.
日本の河豚と同じで,どうしても食べたい人がいるのですね.
腐るってどういうこと?
微生物が有機物を分解することを「腐敗」と呼びます.
シュール・ストレミングも納豆も細菌によるタンパク質の分解ですから「腐敗」と呼んで差し支えないのですが,人間にとって無害なものは特別に「発酵」と呼びます.
ニシンやダイズと言った「ご飯」を微生物が食べて「消化」するプロセスがあるわけですね.その結果が人体にとって無害なら「発酵」で,有害なら「腐敗」と呼ぶのです.発酵は食品を保存するための技術として用いられますが,これは人間にとって無害なほうの細菌を意図的に増やして,有害なほうの細菌に「椅子取りゲーム」で負けさせる人類の知恵と言えるでしょう.
カース・マルツゥの場合はチーズバエの「消化酵素」によるチーズの分解,つまりは「消化」なのですが,生物が有機物を分解していることに違いはありません.
なお「腐敗」は見た目や味の変化を伴いますが,100パーセントの確率で食中毒を引き起こすわけではありません.単に微生物が「ご飯」を消化しただけの場合もあるのです.一方で,見た目や味の変化を伴わずに食品から毒素を生成する微生物もいます.このような微生物が付着した場合,人間が気づかずに食べてしまうことがあるため,食中毒に繋がりやすいわけですね.なお食中毒は通年で発生するため,この時期だけでなくいつも,どうぞお気をつけくださいね.
……と,ここまで書いておいてアレなのですが,僕は賞味期限を大幅に過ぎた「いちご大福」が大好きなんです.いちご大福って,放置しておくといちごとあんこの境界面が腐敗(?)いや発酵(?)するではありませんか.僕はあの舌が痺れる感じが大好きで……
そのうち「発酵いちご大福」なんて商品が生まれないですかね.
今週の書籍

発酵学者の小泉武夫さんは,日本一,いやおそらく世界一「くさい食べもの」を味わいつくしてきた経験をもつ,稀有な人である.「くさい食べもの」とは,発酵食品のように,私たちの先祖が長い年月を経て生み出した究極のスーパーフードも数多く含む.著者は「くささ」とその食のもつ魅力をできるだけリアルに伝えるべく,全ての食べものに「くさい度数」を5つの星でランク付けし,あらゆる情熱と実体験とを注ぎこんで本書をまとめ上げた.「発酵仮面」との異名も持つ著者の集大成とも言える作品.読んで面白く,読んでためになる一冊.ただし「鼻に栓をして読んでください」.
あのですね,僕は自分をたいがい「臭いもの好き」だと思っていたんですよ.
この著者はレベルが違いました.取り上げられた「くさい食べ物」のうちシュール・ストレミングやくさやはまあ想像の範囲内だとして,カラスだとかカメムシの幼虫だとか,いったいなぜそれを食べようと思ったのかわからないものまで出てきます.
著者が勧める「納豆のピータン和え」はとても美味しそうですので,試してみようと思います.上手にできたら,ご報告しますね.
今週のTEDトーク

TED
世界には健康な食べ物を手に入れられない人がたくさんいる一方で,食べ物が大量に廃棄されている場所もあります.社会起業家のディディ・オコンクウォ・ヌネリは,この問題を解決するために大胆な策を講じることができるのではないかと考えています.すべての人に必要な栄養を与える,より公平で持続可能な食料システムを構築するために必要なことを説明し,次の食事をする前に視野を広げるよう訴えます.
食と廃棄の問題について,真正面から語っている動画です.
彼女が語る「夢を追う者にとっては,忍耐できないことが美徳だ(For the dreamer, impatience is a virtue)」は《STEAMな言葉》に収録したいひとことでした.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
カワイイ顔してるけど実は超危険な生き物は何ですか?
イエネコです.
食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨するため,世界で猛威を奮っています.日本も例外ではありません.
最大の武器である「可愛さ」を使って人間の支配も開始しています.ご注意ください.僕は支配されています.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
今週はSTEAMボート乗組員から励ましのお便りをいただきまして,背中のネジを巻いてもらった気分になりました.ほんと,このニュースレターはご寄付と反応で成り立っていますので,どうぞ皆様よろしくお願いいたします.「読んだよ」ボタンを押すだけでも嬉しいです.
さて,この夏もタイへ行くことが決まりました.タイではいつも泊まるお宿があるのですが,そこ「ドリアン禁止」なんですよね.タイといえばドリアンの本場なのにー.食べさせてくれい.
皆さんのお好きな「くさい食べ物」はなんですか?
また教えてくださいね.
🍓
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では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
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